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まったく嬉しくない!!

前足と首の輪。それは呪具なのだそうだ。

もしエンジュが不審な動きをした場合、エンが取り押さえるために。飼い主の制止命令に逆らって強制的に動くように。そのためのものだ。


だから、エンジュが他害しようとした場合のことをトウカは心配しなくていい。男女の力の差を前にどうしろと困っていたようだが、エンジュを押さえるのはエンの役目だ。トウカはただ、エンジュと一緒に暮らしつつその行動を見張っていればいい。


「エンがここにいるのは私の使い魔だからではありません。私の捕縛役です」


使い魔でありながら、いざとなれば主人を取り押さえる任務を負っている。使い魔としてエンジュをよく知るからこそ、彼の不審な動きを敏感に察知できるからという理由で抜擢されたのだ。

今、エンの正式な主人はエンジュではない。杜守庁の組織そのものにある。エンジュが大量殺人犯として捕縛された時にエンもまた取り上げられ、その所有権と行使権は杜守庁に引き取られた。情のないことを言ってしまえば、組織の備品なのだ。それが今回の監視任務に貸し出されたにすぎない。


「そ、そうなんだ……」


わん。そうなんですよ、と言いたげにエンが鳴いた。だが、その目には主人との信頼関係が相変わらず存在している。エンにとって、主人とは杜守庁ではなくエンジュなのだ。それは実態がどうであろうと変わることがないのだろう。エンジュもまた、杜守庁の備品や取り押さえ役としてではなく自身の使い魔として変わらぬ態度を取っているのは明らかだ。


「いざという時以外は私が主人という捉え方で構いませんよ」


備品だ何だと特に意識せず接していいそうだ。エンジュがそう言うと、わぅん、とエンが同意するように鳴いた。


「はぁ…………」

「状況を整理しますか?」

「そうさせてください」


落ち着いて状況を整理しよう。トウカの役目はエンジュの監視。具体的にやるべきことは、彼と一緒に生活してその活動を週末にアンラへ報告すること。

もしエンジュがトウカや誰かを害そうとする素振りを見せれば、エンが取り押さえる。


と、いう生活をしつつ、表向きはエンジュの婚約者としての同居生活をする。エンジュが大量殺人犯だということは外部には伏せられ、世間的には一般的な杜守庁の職員ということになっている。そのエリート職員のもとへ、結婚を前提として同居する婚約者が自分だというのが表向きの『設定』だ。


外から見れば、二階建て新築一軒家、庭付き、犬付き、婚約者付きの夢の新生活。しかしその実態は大量殺人犯の監視。

そこまで整理して、はぁ、と息をつく。本当に、どうしてこんな目に。


「なんで私が……」


がっくりとうなだれる。外から見れば誰もが羨む新生活なのに、中身は真っ暗な絶望だ。飢えた猛獣と一緒に檻に閉じ込められた気分になる。助けてほしい。

まったく、どうしてこんな目に。眉目秀麗な男に一目惚れされるなんて、女の子なら一度は憧れる夢だというのに。大量殺人犯に惚れられたって嬉しくない。


「言ったでしょう。一目惚れだって。何度も言わせないでください」

「嬉しくない……」


繰り返すが、こんな大量殺人犯に惚れられたってまったく嬉しくない。だってこいつは14人もやったのだ。きっと息をするように、笑顔を崩さずその手を血に染めたのだろう。こんにちは、と会釈しながら凶器を振り下ろしたに違いない。

惚れられているからといって、自分がその手にかからないとは限らない。物語によくありがちな、愛しているからこそ殺すだなんて支離滅裂な理由で殺されるかもしれない。愛したいと書いて殺したいと読み仮名が振ってあるあれだ。

そうでなくとも、惚れた女の周囲にちらつく男を排除するとかいう名目でどうたらこうたら。嫉妬深い男の典型的なパターンだ。それが現実になるかもしれない。しかも血みどろの形で。


もうだめだ。どう考えても絶望しかない。どんな想像をしても希望がない。

やっていける気がしない。白旗をあげてすべてを投げ出したいが、残念ながらそれは許されない。もしトウカが監視任務を放棄して逃げ出した場合、杜守庁の職員たちが捕まえにやってくるのだそうだ。きっと、エンもそれに加わるのだろう。そう考えると、エンにとってはエンジュだけじゃなく自分もまた『不審な動きをした場合に捕まえるべき対象』なのだろう。


「助けてぇ……」


か細く呟く。助けの手は誰もなかった。


よし、まず一番に両親に宛てて遺書を書こう。もうそれくらいしかできることがなさそうな気分だった。

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