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憧れの新生活……だったのになぁ

そうして、あれよあれよという間に連れ去られる。


二階建ての新築一軒家。庭付き。そこに将来の旦那と同居。

こう書くとまさに憧れの体現だ。いつかは掴みたい夢がまさに目の前にある。

しかし現実はそう甘くない。実態は憧れの新生活とは真逆だ。残酷なくらいに対極だ。

新築一軒家は檻。将来の旦那というのは建前で、同居する男の正体は大量殺人犯。入居の目的は監視。


「はぁ…………」


まったく気が重い。どうしてこんな目に。トウカは心から溜息をこぼした。

ここまで送るなりアンラを始めとした職員たちは早々に立ち去り、トウカは今、大量殺人犯と一緒に玄関扉の前に立っている。


絶対にろくでもない。眉目秀麗、物腰こそ丁寧だが、この手の人間は笑顔で人を殺すのがお決まりだ。人当たりの良さそうな笑顔を浮かべたまま、呼吸するかのように殺人に及ぶ。おはようございます、では死ね、と躊躇しない。物語によるあるタイプだ。

少しでもこいつの機嫌を損ねれば、トウカもきっと15人目の被害者になるだろう。そんな予感がしてやまない。


第一、監視っていったって。トウカはただの勉強中の学生だ。いたって普通の守り人見習い候補生。こんな大量殺人犯の監視なんて荷が重すぎる。

エンジュがもし、こちらや周囲に危害を加え始めたら絶対に止められない。ただでさえ男女の力の差があるのに。

週末に定期報告を入れるだけでいいとアンラは言っていたが、それも務められる気がしない。玄関をくぐって家の中に入った途端、人目がなくなってこれ幸いにと殺されるかもしれない。最速の死亡パターンだ。そうでなくても、何かの拍子に、きっと。


「いつまで立ち尽くしている気ですか?」

「最速で死にたくなくて……あっ」


しまった。ついうっかり聞かれるままに答えてしまった。

慌てて振り返るが、エンジュはやや呆れた表情を浮かべるだけだ。何言ってるんだこいつ、と言いたげに。

しまった。失点増加。死までのカウントダウンマイナス1。余命あとわずか。そんな言葉がトウカの脳裏によぎった。


「私がそんなことするはずないでしょう。馬鹿なことを言っていないで入りますよ」

「ひゃい……」


成程、最速殺害はさすがに無いと。いや、1分後のことが少し後の未来に延びただけだ。いつかはきっと。

もう断頭台に登る気分だ。トウカの心には絶望しかない。その間にエンジュは鍵を取り出し、錠前に差し込んでいる。解錠して半歩左へずれ、玄関扉を引いて開ける。

その途端、黒くてもふもふしたものが勢いよく飛び出してきた。


「んぶぇっ!?」


重量のあるものをみぞおちに食らったトウカがよろめく。3歩よろめいて倒れそうになったところをエンジュが片手で支えて受け止める。


「いたた……いったいなんだってのよ……」


わん。真っ黒な大型犬がそこにいた。

どうやら、玄関を開けるなりこの犬が勢いよく飛びついてきたらしい。それをもろに食らったと。エンジュめ、半歩左にずれたのはこのせいか。


「なに……犬?」

「エン。静かに」


わぅっ。ちぎれんばかりに尻尾を振っている犬はエンジュの命令で一声吠えてから行儀よくその場におすわりした。

へっへっへっと息をする黒犬は喜びで興奮しきり、おすわりの命令がなければトウカかエンジュに飛びついてその顔を舐め回していただろう。言葉が通じなくてもわかる。とてもとても嬉しいと全身で言っている。


「紹介は家に入ってからで。いつまでも玄関にいるわけにもいきませんしね」

「あ、はい……?」


エンジュに促されるまま、とりあえず靴を脱いで家にあがる。わんわん。大喜びで尻尾を振りながら犬がついてきた。

足にじゃれつく黒犬を適当にいなしつつ、エンジュは真っ直ぐ歩いていく。家の中は生活用品や家具が一通り揃っており、生活するのに問題はなさそうだった。

エンジュについてトウカも居間へ。落ち着いた色合いの家具でまとめられた居間のソファへと座る。腰を落ち着け、さて、とエンジュが切り出した。


「紹介しましょう。この子はエン。使い魔です、私の」


わんっ。元気よく黒犬が一声鳴いた。ぱたり、と機嫌よく尻尾が揺れる。

使い魔というと、守り人に支給されるあれか。その職務を助けるために熊神から遣わされるもの。

成程、道理で世の中のありとあらゆる犬種のどれにも当てはまらないと思った。雑種なのではなく、そもそも普通の動物ではなかったのか。


「……もしかして、エンジュだから、エン?」

「そうですね。私に犬が宛てがわれたのも、イヌエンジュという木があるのでそれにちなんだそうです」


なんと単純な。そんなことでいいのか。まぁ、職務が果たせるなら何でもいいのだろう。

ははぁ、と相槌を打つ。ご紹介にあずかりましたとばかりに黒犬もといエンは得意げだ。その前足と首には不似合いな金属の輪がついている。


「あれは? 首輪にしては似合わないけど」

「枷ですよ。飼い主が大量殺人犯ですから」


そうだった。忘れてた。

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