晴天の霹靂
「君に頼みがある」
アンラと名乗った彼女はそう切り出し、トウカの返事を待たずに続きを話し始めた。
頼みというのは、このソファの中央に座る男についてだ。
黙っていれば眉目秀麗、柔和そうな雰囲気の銀髪金目のこの男の名前はエンジュという。4課に所属する守り人であり、部署内では優秀な職員だった。
「……だった……?」
過去形。アンラの説明に引っかかりを覚えたトウカが不思議そうに繰り返せば、そうだと頷かれた。
「こいつは大量殺人犯でな」
「は?」
「14人ばかり殺した重犯罪人だ」
「はい?」
思わず聞き返してしまった。エンジュと呼ばれた男はにこりと愛想の良い微笑みを返す。まるでその事実を肯定するかのように。
曰く。彼は守り人という誇り高い役目でありながら、14人も人を殺した大量殺人犯。
法に則り処刑すべきなのだが、彼は熊神の力を受けた守り人だ。熊神の加護により半不老不死で、死刑に処そうにも殺せない。やむなく永久幽閉処分ということになったのだが、なんと彼は獄中で平然とこう言い放った。
「結婚というものがしてみたいのです。私はずっと守り人だったでしょう? 職務ばかりで色恋のひとつもしていないのですよ」
候補生となり学校を卒業して守り人になって100年少々、真面目に職務に励んできたせいで年相応の人生経験がまったくない。同じ年に生まれた者たちは相応に恋愛やお見合いをし、結婚して子供を産んで孫に囲まれている。早ければ曾孫もいる。
ずるいじゃないか。自分だってそういった人生経験がしてみたい。ここまで熊神に仕えてきたのだ。それくらいの報奨はあっていいだろう。
要約するとそう言ったのだ。大量殺人犯のくせに堂々と悪びれもなく慇懃無礼に。
「……で、だ。話が飛躍して申し訳ないのだが……」
以降の詳細は機密に触れるので省略させてもらうが、諸々の司法取引があって彼の要求をある程度飲むことになった。
永久幽閉は解除、ただし監視付き。その監視役にエンジュが要求する『結婚相手』をあてがう。
「……はぁ……?」
「つまり監視役兼嫁だな。ここまでは?」
「わかりましたが……え? まさか?」
なんだかとても嫌な予感がする。
背中に冷たいものが伝う。今すぐ回れ右して帰りたい。しかし帰れない。
仮に強引に踵を返したって、部屋の左右を固めている職員たちが取り押さえるに決まっている。彼らはこの大量殺人犯を押さえる役でもあるし、トウカが逃げ出さないよう捕まえる役でもあるのだ。
つまり逃げ場なし。ただ背筋を伸ばしたままアンラの次の言葉を待つしかない。
「トウカ。君にはこの大量殺人犯の妻になってもらう」
どうして?
「ま、待ってください! どうして私なんですか!?」
「本人の希望だ」
「えぇ。私の希望です」
あまりの衝撃に言葉を荒げるトウカとは対照的にアンラとエンジュは至極あっさりと返す。
本人の希望って。そんなの答えになってない。トウカが言い縋れば、ふむ、とエンジュが腕を組んだ。
「アンラさん。これはどこまで機密です?」
「理由くらいは教えてやれ」
「では」
ではそのように。頷いたエンジュが話の主導権を奪って話し始める。
「ご存知の通り、守り人になれば熊神より異能の力が授けられます」
熊神を守るという使命を果たすため、守り人には半不老不死意外にも異能の力が与えられる。
その力は個々によりまちまちで、中にはおとぎ話に出てくるような魔法にも似たものだってある。
「私の異能は特殊な視力でして」
自分の手の内を明かすことになるので詳しくは略すが、人を見てその良悪を判別できる。熊神にとって良い存在か悪い存在かが可視化されるのだ。
その異能を使い、たびたび学校に訪れては守り人候補生たちを眺めていた。もしも良い素質を持つ者がいれば、将来の良物件として目をつけておくために。
「それで、その業務の最中に貴女を見つけました。……ここまでは?」
「はい、大丈夫ですけど……」
まさかそれで素質を見出されて自分に白羽の矢が立ってしまったのか。結論を先取りして聞けば、まぁそれもありますが、とエンジュは頷いた。
確かに異能の目で視たトウカの素質は目を見張るものがあった。教師曰く、成績は並だそうだがそんなもの信じられないくらいに。
だが、素質だけでいったら他にも候補はあった。他の数十の候補を押しのけてなぜトウカが選ばれたのかというと。
「簡潔に言うと、一目惚れです」
貴女に惚れました。だから私の嫁になってください。
「…………は?」
こいつ、大量殺人犯の嫁になれって言った?




