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アフターアフター

しっかりとした足取りでエンジュが現れた。

血をたっぷり吸った服は着替えたらしく、服装が違う以外は記憶と相違ない姿だ。まるで刺されたことなどなかったかのよう。


「……ご心配をおかけしたようで」


ちらり。夕飯時を迎えたはずなのに洗い物をした様子のない台所。一口も飲んだ気配のない冷めきった紅茶のカップ。そこにトウカが座っていること以外、朝と変わっていない室内。それらを見回し、エンジュが何とも言えない顔をした。

ずいぶんとトウカに心配をかけさせてしまったようだ。無理もない。せめてエンだけは先に帰しておくべきだったか。判断に後悔しつつ、目線を合わせるようにトウカの隣に座る。


「だ、大丈夫なの?」

「刺された痕ですか? えぇ、この通り」


トウカはすっかり忘れているようだが、守り人とは半不老不死なのだ。常人よりずっと丈夫だし、しぶとい。刺された場所が腹でなく心臓であっても死なない。傷の治りも早く、腹を刺されたくらいなら数時間で癒える。おかげでもう傷跡も残っていない。


「よかったぁ…………」


ふにゃりとトウカがへたりこむ。すべての気が抜けたのだろう。張り詰めていた緊張が解け、その反動であらゆる感覚が戻ってくる。おなかすいた。寒い。目眩がする。胃も重いし、手足が冷たい。頭の芯に鉛が詰まっている気がする。徐々に追いついてくる感覚が全身あらゆる不調を訴えてくる。

現実に追いついた感覚の濁流に意識を手放しそうだ。手から陶器の感触がなくなって、あぁ紅茶のカップを取り上げられたのだとぼんやり把握する。

体が傾いて、肩に温もり。少し休んでくださいと声が聞こえ、あぁエンジュが肩を貸してくれているのだとやっと理解した。

それきり、暗転。


「…………まったく……」


意識を手放したトウカを抱き寄せ、エンジュは小さく嘆息した。

無理もない、と自分が思っていたよりもトウカの心には負担がのしかかっていたようだ。安堵のあまり気を失うくらい気を張り詰めていたなんて。

アンラがトウカを自宅に送り届けたのは5時間ほど前。授業の終わりを見計らって校門前に迎えに行ったのが15時頃。ユキシロの捕縛、騒動の事情聴取をしたのが16時くらい。トウカを家に送り届けたとアンラの連絡を聞いたのが17時になる前で、そこからずっと。

もう22時をとうに超えている。その間ずっと気を張り詰めたまま待っていたのだ。その事実を反芻して胸がいっぱいになる。なんていじらしくて健気でひたむきなのだろうと愛おしくなる一方で、そんな彼女に心労をかけた自分に腹が立つ。


「エン」


わん。はい了解ですとエンが尻尾を翻して駆けていく。動物らしさを保ったのは3歩目までで、そこからは使い魔らしく影に潜って消える。影を伝い、壁も床も天井も無視して家の中を移動する。

ややあって、戻ってきたエンの口には柔らかなブランケットが咥えられていた。お気に入りの毛布を引きずる犬のようなエンからそれを受け取り、トウカの肩にかけてやる。まだトウカは目を覚まさない。その足元にエンが寄り添った。


「アンラさん。報告書の提出は明日にしますね。この通りなので」


トウカの肩を抱き寄せ、すっかり存在を忘れられたまま背もたれに佇むアンラの使い魔の鳥へそう告げる。あの鳥の視覚と聴覚はアンラに共有されているので伝わるはずだ。

了解を示すように鳥が翼を拡げて畳み直した。人間の仕草に置き換えれば、肩を竦めて苦笑するといったところか。


その状態で1時間ほど。今夜はもうベッドに運ぶべきかとエンジュが考え始めた頃、ようやくトウカが目を覚ました。


「お目覚めですか?」

「あれ……私……?」


ぼんやりとした意識を振り払うように軽く頭を振って体を起こす。肩からブランケットが落ちた。

そのまま再び意識を眠りに落としても構いませんよ。エンジュにそう言い添えられて、やっと状況を把握する。どうやら押し寄せた諸々の不調に負けて意識が吹き飛んだらしい。


あれ、エンジュの顔が近い。ぼんやりとした意識が覚醒するにつれてそのことが思考の真ん中に来る。

待って。私、寝てる間に何が。エンジュと密着しているような。肩にエンジュの手が回っているような。


「あ、え……? わ……っ!?」


なんでこんな近いんですか!?

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