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そしてXデーが来る

事態は何も動かないまま、数日。そしてある日、事態は動いた。


それはある日のこと。放課後、校門前で待つエンジュがいつもの『放課後デート』にトウカを誘うその瞬間だった。


「トウカ!」


聞き慣れた声がした。トウカが振り返れば、雑踏をかき分けてこちらに向かってくるユキシロの姿。

平凡さと最低限の清潔感のある見た目は崩れ、着の身着のまま、窮鼠の表情でこちらを見ている。


「あ、うわ、まずい」


縋るように駆け寄ってくるユキシロの姿を見て、トウカが短く呟く。

やばい。まずい。最悪の展開だ。エンジュとユキシロが鉢合わせてしまう。

公衆の面前。さすがにこんな場所でエンジュはユキシロを即刻処刑なんてしないだろうが。でも場所を移したら『やる』。さりとて逃げろとも言えず、どうしようもなくなってトウカは立ちすくむ。


その間に、すっとエンジュが割り込んだ。


「失礼。彼女はもう私のものです」


ぴりりと空気が張り詰める。元恋人と現婚約者の修羅場だと皆が注目する。

ちょうどいい。周囲の解釈に便乗させてもらおう。真の目的を隠す名目を作り上げてその通りに立ち回るのは得意だ。素早く思考を回したエンジュはユキシロを威圧する。今更のこのこ現れた元恋人を追い返す婚約者の顔で。


「彼女はもう私のものです。貴方が出る幕はありません」

「は……? え……?」

「お引き取りを」


人前だ。ここで即刻処刑なんて手を下したらさすがにまずい。だからいったん追い返す。もちろんエンが尾行するので見失わない。そうして人目を離れた途端に処分する。

その決意を隠しつつ、修羅場を演出して威圧する。ほんの少し、演技でない部分が演出に迫真さを出す。


この男をトウカに近付けさせるわけにはいかない。想像してみてほしい。最高級の絶品料理の横に、ありとあらゆる汚物が添えられる光景を。そんなの許すわけにはいかないだろう。だから阻止する。

『これ』は私のものだ。誰にも渡しはしない。熊神にだって譲りたくないくらいだ。贄になどせず手元で愛玩したいほど。それをこんな汚物になど。


それがどんな名称の執着なのかエンジュ自体わかっていない。至上の餌への固執か、愛する女への慈しみか。ただ『美味そう』だからなのか、『愛しい』からなのか。そんな分類などどうでもいいので区別していない。とにかく『これ』は自分のものだという独占欲がすべてだ。


「下がれ」


慇懃な口調を心がけるエンジュにしては珍しく、命令形で告げる。

これ以上の騒ぎは起こしたくないだろう今ならまだ修羅場の小競り合いで済む。しかしこれ以上の騒動になればそうもいかない。学校を警備する警備員が騒ぎを聞きつけてやってくる。そうなったら捕まるし、4課に引き渡されて即刻処刑だ。

そうはなりたくないだろう。だから引き下がれ。まぁ、引き下がったとしても尾行して処分するので結末は同じだが。


どんな語彙でも表現しきれないほど腐りきった汚物を見る目で再度言い渡す。彼女は私のものです、と。


「っ、お前、誰だよ」

「彼女の婚約者です」


しれっと言い返す。ぐ、とユキシロが怯んだ。

とどめを刺すつもりでさらに言葉を重ねる。色んな意味での最後通牒を突きつける。


「守り人ですが、何か」


はっとユキシロが息を呑んだ。それと同時、ユキシロの魂の気配が濁るさまが視えた。

来る。決定的に何かが崩壊する直前の空気を感じる。張り詰めていた糸が切れ、何もかも崩れ去るような。


「ぅ……うわぁあああああああ!!!!!!!!」


決壊。ユキシロが叫ぶ。

もう終わりだ。もう逃げられない。最後の綱であるトウカには先んじて手が打たれていた。逃亡し追放されて行き場のない自分が頼るだろうと見越してすでに駒が配置されていた。こうして不用意にのこのこ現れたことで完全に詰んだ。

自らの末路を悟り、ユキシロが絶叫する。活路を拓こうと足掻く。足掻こうとする。懐には包丁ひとつ。トウカの両親を訪ねた際、台所からくすねたものだ。


「トウカ!」


トウカへ向かって駆け出したユキシロを見、エンジュが声を荒げる。おそらく、ユキシロは彼女を人質にして逃亡を図る気だ。

そんなことはさせない。許すものか。汚物の手が触れる前に身を挺した。使い魔がその本領を発揮して飛びかかる。


「きゃぁあぁぁ!!」


交錯。鮮血が散る。観衆の誰かが叫んだ。

背中から蹴倒すように乗りかかり、ユキシロを取り押さえるエン。そして。


「エンジュ!?」


――腹に深々と包丁が刺さったエンジュ。

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