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答えは出ないまま、時間だけが流れていく

9割がどうでもいい雑談で埋まった話は、あらこんな時間、じゃぁ明日お野菜取りに来てね、という呆気ない一言で打ち切りになった。

ようやく受話器を置ける。はぁ。ひとつ溜息を吐いてから、トウカは緊張がにじんだ顔でエンジュを見上げた。


「……ねぇ、さっきの話」

「えぇ。こちらから手を回します」


ユキシロがやってきたという話だ。こくりとエンジュが神妙に頷く。

一度受け入れられたのだ、困窮したらまたやってくる可能性がある。今回は大人しく施しを受けていたが、いつそれが翻されるかわからない。次訪れる時は今より逼迫しているはず。今度は金を寄越せとなりふり構わず暴力沙汰になるかもしれない。

そうなる前に手を打つ。アンラにこのことを報告し、4課の職員を手配してもらう。本人たちにはわからないよう、遠巻きにその身を護衛するように。ついでに近所一帯の見回りも強化しよう。もしかしたらまだ近くにいるかもしれない。


「少し席を外します」


アンラに連絡してくると言ってエンジュが立ち上がる。ぽつんとトウカだけが居間に取り残されてしまった。

しんと静まり返った居間にはトウカと、手を付けかけた課題と、机の下にのんびり居座るエンだけがいる。大丈夫ですかモフりますか、という顔でエンが見上げてきたのでお言葉に甘えて毛並みをもみくちゃにする。


「……はぁ」


重苦しい息を吐く。

どうしていいのかわからない。ユキシロのことはまだ割り切れていない。又木だから殺すなんて。しかもエンジュがその手で。

捕まえて更生の余地を探るなんて段階はユキシロには適用されないらしい。彼は矯正不可能なのだそう。エンジュに言わせれば『腐りきっている』と。だから見つけ次第その場で即刻処刑するそう。

これが捕縛して矯正するという穏健な方法ならまだ折り合いはずっとつきやすかった。殺し殺されなんてことになるせいで話はややこしくなるし、感情はついていけない。


もしユキシロが目の前に現れたら自分はどうするんだろう。その結論も出ないままなのに。

ユキシロが家に訪ねてきたせいで『その時』の想像がより具体的になってしまう。自分はいったいどうするべきか。

又木なんてごめんだ。匿うのも庇うのも願い下げ。もしユキシロじゃない他の又木だったら容赦なく通報していたし引き渡していただろう。でもそれがユキシロだったら。うわぁ又木だ通報しろと行動なんてできるわけがない。引き渡した後どうなるか知っているからなおさら。じゃぁユキシロを匿うかといったら。

議論はそこでループする。結論は出ないまま。


ユキシロは両親を訪ねてきた。きっと自分の存在が受け入れられるかの観測気球だろう。追い返されなければ自分はある程度受け入れられているということで、つまりはトウカも何だかんだ許してくれるんじゃないかと。逃亡生活の仮宿にできるんじゃないかと。そういう狙いでとりあえずトウカの周りの人物、つまり両親から様子を見ようと。

次はトウカとユキシロの共通の友人あたりに目をつけて接触をはかってくるんじゃないだろうか。そうして少しずつ様子を見ながら、いけると踏んだらトウカの目の前に現れて、急に別れ話なんてごめんやり直そうとか言って元鞘に収まり、どさくさに紛れて居候して云々。

きっとユキシロはそういう考えのはず。曲がりなりにも元恋人だ。どういうふうに考えるか、思考の癖はわかっている。ケンカの後、へそを曲げたトウカに対してユキシロはいつも周りの知人を観測気球にして謝罪の機会を練っていたのだから。今話しかけても応えてくれるのか、どういうことにどの程度怒っているのかとか、遠巻きに様子を見てから切り出しに行く。だから今回もそうだろう。急な別れ話をして怒らせてないか、会っても受け入れてくれるのかをはかるために両親を訪ねた。娘さんから何か聞いていますか、娘さんの様子はどうですか、とか探りを入れるために。


まるで叱られたことにうろたえ、周囲をうろつく小さな子供のよう。

そういう回りくどいことをしてくれるおかげでこうして考える時間が取れるわけだが。はぁ。どうしよう。もしユキシロが目の前に現れたら。エンジュと鉢合わせたら。


「…………どうしようねぇ」


え、そりゃその場でやっちゃう以外ないですけど。エンがそう言いたげな顔をした。そりゃそうだ。エンの立場ならそう言う。

だがこっちはそう簡単に割り切れない。だから悩んでいるのに。

むぎゅ。鬱憤晴らしにふかふかの毛並みをもみくちゃにする。あぁそんなご無体な、と哀れっぽくか細い鳴き声がしたが無視。むぎゅむぎゅ。もふもふ。ぎゅっ。


「……どうしたいんだろう、私」


エンをぎゅっと抱いたまま、小さく呟いた。

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