お仕事の時間だよ
さて。エンジュとトウカがそんなやり取りをしている一方。アンラは職務に励んでいた。
せっかくの穏やかな時間を邪魔されたのだ。お前たちさえ視界に入らなければ、コーヒーを飲みながらのんびりと雑談を交わすひとときがあったのだ。平穏を潰された責任は取ってもらわないと。
そうして、アンラは彼らを尾行していた。律儀に気配を消して後をついていくのではない。尾行と諜報は使い魔任せだ。カラスによく似た黒い鳥を尾行させ、自分は離れた場所で待機する。使い魔の聴覚と視覚は術者に共有されており、それでもってアンラは彼らの様子を窺っていた。
彼らから得た情報は以下の通り。表向きの名前は若葉会というらしい。生活困窮者の支援を目的とした集団で、その活動費のための募金を公園で募っていた最中なのだとか。つまりは又木で、資金調達活動だ。
エンジュが視るに、彼らの魂は真っ黒に濁っているそうな。この世に存在するありとあらゆる汚物を集めて凝縮したかのような。そこまで腐り果てたものは思想の矯正は不可能。やるだけ無駄なので、その場で即刻処刑してよし。情報を引き出すためにリーダーだけは残しておけだとか、そんな慈悲も要らない。
そういう思い切った行動はエンジュのほうが得意なのだがな。内心そう思うアンラの耳に4課課長からの指示が到着する。伝書鳩よろしく飛ばした使い魔の中継曰く、やってよし、と。
又木どもを尾行して聞き取った会話は課長の元にも届けられている。その会話の内容も、こちらが握っている情報以上のものはなさそうだ。わざわざ1人だけ残して情報を聞き出す必要はない、やれ。
「了解」
短く返し、アンラはゆっくりと立ち上がった。外回りと称して公園でサボっているやる気のない社会人のふりをやめ、1歩踏み出す間に表情を引き締める。3歩歩く間にもう4課の職員の顔へ。足元の影から這い出すように使い魔の鳥が何匹も飛び立つ。あっという間に空を黒く覆い尽くした。
「さぁ、狩りを始めようか」
***
はぁ。危なかった。溜まり場にしている空き家に入り、彼らは息をついた。
いやぁ、まさかの事態だった。クジウラさんの庭を巡回していた3課職員に、あなたたち募金活動の許可は取ったの、募金といえど活動許可は必要ですよ、なんて言われてしまったばかりに。当然無許可。若葉会という表向きの顔はあれど詳しく調べられて足がつくといけないからと申請していなかったのが仇になった。
さっさと撤収できたからよかったものの。無許可がばれてあれこれ言われていたら厄介なことになっていた。ただでさえこちらの世界は厄介なことになっているというのに。
「やっぱりしばらく潜伏してたほうがいいですって」
そう。いつもは見つけ次第捕まえてくる守り人どもが変な動きをしている。我々又木の正体を伏せ、無辜の犠牲として報道しているのだ。又木を処刑したと裏で処理するのではなく、心身衰弱した職員が無辜の住民を手に掛けたと表で流布している。いつもとは違う動きだ。何かの罠かもしれない。警戒しなければ。
だというのに、この若葉会の会長ときたら。資金調達を止めるわけにはいかない、本部にもっと金を流さないとと欲を出したせいで。守り人どもが妙な動きをして皆が警戒して活動を止めている今、恐れず活動を続ける姿勢を本部に見せれば評価してもらえるなどと。
そんな欲目のせいで危うく職務質問を受けるところだった。無許可の募金活動から探りを入れられて我々の正体が知られたら終わりだった。
「……に、しても…………あいつ、大丈夫ですかね」
「あぁ、勧誘担当の……名前、なんだっけ? ユ、ユキ……?」
ユキナリだったかユキシロだったか。マサユキだったかもしれない。まぁとにかく、名前にユキが含まれている同志だ。
何食わぬ顔で大熊守に混じり、見込みがありそうな者を我々に引き込む勧誘担当の彼は、ついこの前、自らの役目を捨てて逃亡した。大熊守として暮らすための表向きの立場も身分も何もかも放り出して、立つ鳥跡を濁しまくって、大わらわで。
まったく何の目立ちもしない平凡な男がある日失踪し音信不通になったなんて不審がられるに決まっている。何も知らない周囲の者たちは失踪した男を探すため捜索依頼を出すだろう。そして捜索を担当する3課が奴を又木だと突き止めるだろう。
そこから芋づる式に捕まるなんてご免だ。だから我々又木は彼を追放した。同志ではあるが、その身柄を保護しない。匿わない。むしろ善意の住民を装うために守り人に引き渡すことさえする。
そうして追放を言い渡し、そこから数日。彼が守り人に捕まったという情報はまだない。うまく逃げて潜伏しているのかどうなのか。
「まぁ……もう『関係ない』人間さ」
もう追放したのだ。彼は又木ではない。切り落とされたものを気にかけたってしょうがない。
元同志として、まぁうまくやってくれとささやかに願うくらいだ。
そう呟き、ふと窓の外を見た。時刻は夕暮れ、窓から見える枯れ木には鳥が止まっている。誰が指揮したわけでもないだろうに、等間隔で並んで整列している様子は少々可愛らしい。
「……なんか…………それにしては多いような……」
巣に帰る途中、枯れ木で一休みする鳥の群れの姿にしてはやたら数が多いような。あんなに密集していただろうか。木の枝が重みに耐えかねてしなるほど大量に群れているものだろうか。
そしてその黒い鳥たちは、ひと鳴きもせずにこちらを見ているのはなぜか。
「まさか」
次の瞬間、鳥たちがいっせいに枯れ木から羽ばたく。鋭い鉤爪と嘴をそなえた黒い群れが空き家になだれ込んだ。




