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だから貴女の協力を

「ユキシロが……又木……」


信じられないが、理詰めで考えれば筋が通る。


だからあんな急な別れを切り出したのだ。言うだけ言って、返事も話し合いも待たずに音信不通になって、真摯さの欠片もない別れ方。まったくユキシロらしくない別れ方だった。

そうしたのは、両親がエンジュによって処刑されて自分も足がつきそうだったから。だから急いで逃げ出す必要があった。


じゃぁ、あの毎週末に行っていたセミナーというのも、もしかしたら。あれはもしかしてセミナーと銘打った又木の集会だったんじゃ。

だから又木でもなんでもない恋人とのお泊りデートより優先したんじゃないか。そうだとしたら納得できる。


そう思うと、いつかに飲まされた謎の薬だって怪しい。あれは又木の自作の怪しげな薬の実験台だったのでは。臨床実験の相手が欲しくて、そのために効果を偽って無理矢理飲ませたんじゃないだろうか。

どんな効果だったのか具体的には知れないが、熊神を深く信仰すればするほど体の不調としてあらわれるとか、なんだかそういうものだったり。


ユキシロの理解できない行動のすべてが、彼が又木だったことを裏付けてくる。急な別れ話も、絶対に譲らないセミナーも、ほぼ強制的に飲ませてきた薬も。思い返してみれば全部『そう』だと告げている。


「……そんな……」


まさか。付き合っていた男の正体を突きつけられ、愕然とする。

ユキシロが又木だった。そのこともショックだが、又木が身近にいたという事実も衝撃的だ。


又木なんて自分には縁遠いことだと思っていた。又木とは大熊杜に反する思想を持つ集団だ。そんな連中とは関わり合いのない人生だと思っていたのに。そんなものが身近に潜んでいたなんて。しかもそれが恋人であったユキシロだったなんて。


だったら、きっと他だって似たようなものだろう。

何気なく話しかけてきたチラシ配りの人だったり、すれ違った通行人だったり。彼らが又木だったなんてこともありえる。それくらい、又木は人知れず身近に潜んでいるのだ。縁遠いものなんかじゃない。間近にある脅威だ。

だからエンジュは一般人に紛れる必要があったのか。大熊守たちの身近に潜む又木をあぶり出すために。


「えぇ。そして大量殺人犯という名目も、です」


私欲も混じっているが、この名目も彼らをあぶり出すために必要だった。


又木の処刑など本来ならば一切報道されない。又木がいたということすら不名誉だ。だから裏でひっそりと処分し、表には出さない。

それを捻じ曲げ、無辜の被害者として報道する。4課の職員に秘密裏に処刑されたという真実を逆転させ、大量殺人犯に襲われた無辜の人々として。


「隠れ潜む彼らは面食らったでしょうね。だから動く。そこを総ざらいというわけです」


ある日急に連絡が途絶えた同胞。4課に摘発され、処刑されたと又木たちは解釈したはず。いつもそうだから今回もそうなのだと思ったはず。それがなんと、狂った大量殺人犯に殺された被害者として報道された。又木であるということは世間に公表されず、ただの大熊守として。

いつもはこうなのにそうじゃない。その驚きは彼らを動揺させ、コミュニティを揺らしただろう。言うなれば、池に石を投げたかのよう。池の魚たちは驚いて水面を叩き、ばしゃばしゃと波打たせるはず。

そしてそれを補足して捕らえる。それが大量殺人犯という役割だった。エンジュはただ、池に投げ込まれる石の役割をしたのだ。監視という名目でトウカを巻き込んだ部分については私欲も私欲だが。


「ですから、改めて言わせてください。協力をお願いできますか?」


何も、動いた又木たちの摘発に参加しろとは求めない。それは4課の仕事でありトウカの役目ではない。

トウカに協力してほしいのは、このままエンジュとの同居生活を続けることだ。そうして日常の中で、一般的な感性を教えることや、ふとした街角の噂話を聞かせてほしい。それが又木摘発のヒントになる。


と、いうのは建前だ。せっかく、わざわざ遠回りして名目を仕立て上げて合法的に強制的に囲ったのだ。手放すなんて考えられない。

この女は俺のもの。一言で言うならそんな執着だ。これを手放すなど、許しはしないし許せはしない。

舞台の裏側を知り、真実を知ったのだ。任務としても逃がすわけにはいかない。渋るならそれを盾にして協力をせがむだろう。どんな理論も弄して囲い込む。必要なら非合法だって。


「私には貴女が必要です。どうか、お願いします」


その場に土下座するのではないかというほど腰を低くして、エンジュは彼女に願い縋った。

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