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ユキシロを思い返して

もやもやとした気持ちを抱えたまま、家へと帰る。玄関扉を開けた途端、わぅっとエンがじゃれついてきた。


「わ……っ!!」


もふもふ。無邪気にじゃれついてくるエンを宥めつつ玄関にあがる。おかえりなさい、とエンジュが出迎えてくれた。

ただいま、と挨拶を返しつつ、ちらりとエンジュの顔を見る。こいつがユキシロのご両親を。その意外なつながりをまだ飲み込みきれない。

アンラが見せてくれた資料はエンジュが大量殺人犯だという事実を改めて提示するだけだった。嘘でも何でもなく、本当に14人も殺したのだということを。


「トウカ。聞きたいことがあるのですが、いいですか?」

「へ?」

「大したことではありません。……ユキシロのことをお伺いしたくて」


曰く。昨日聞かされた話でユキシロへの嫉妬が止まらなくなったらしい。

みっともない嫉妬で結構。好いた女が過去の男とどんな話をして、どんな関係だったか知りたい。どんなやり取りをして、どんな思い出があったか。それらをすべて把握しておきたい。

そしてそれに勝ったと自信を持てないと嫉妬がおさまらない。何がお泊りデートだ、こちらは同居しているぞと上を取らないと満足できない。


「……はぁ……?」


何を言い出すんだ。ぽかんと口を開けて、胡乱な声を出してしまった。

現在進行系でユキシロがライバルならともかく、ユキシロとはもう別れた後だ。終わった過去の男に対抗しようとするなんて。

そういうところあるんですよねぇ、変なところで負けず嫌いというか。エンが呆れたように鼻を鳴らした。


「まぁ……別に減るもんじゃないしいいよ」


それに、話しているうちに両親のことにも触れるかもしれないし、触れた時に何かを聞き出せるかもしれない。

頷き、じゃれつくエンを宥めつつ居間へ。やけに真剣な表情のエンジュが隣に座った。


「うーん、っていってもなぁ……特にこう、これ!っていうような話もなくて……」


飛び抜けて容姿がいいわけでもなく頭がいいわけでもなく、突出した良いところもなく、いたって平均的。容姿も頭も中の中、強いて言うなら優しいということだろうか。喧嘩をした時には必ずあちらが折れる。折れて謝ってはくれるものの、結局改善はしないのだが。

特にこれというほどの特徴がある男でもない。どこにでもよくいるだろう。そういった点で比較するなら、容姿端麗で頭も回る、おまけに守り人という社会的地位もあるエンジュのほうが上だろう。そう言ったら、エンジュの雰囲気がどこか得意げになった。


「毎週セミナーに行くのが不満って話は昨日した通りだけど……」


そのことをめぐって喧嘩になったりしたことも昨日言った通り。

それ以外は特に言うこともないような、どこにでもよくいる平均的な恋人だった。なんだかこう言うとユキシロがつまらない男に見えてくるが、実際そうだったかもしれない。振り返っても思い出になるようなエピソードが少ない。毎週のセミナーだとか急な別れ話とか、そんな不満は出てくるのに。


「よくいる『優しい彼氏』ってやつ。私が嫌がるようなことは全然しなかったし」


だからこそセミナーなんて些細なことで喧嘩になってしまったわけだが。それくらい円満だったし、衝突はなかった。


「あ、でも……あったかな、ひとつだけ」


一度だけ、『私が嫌がること』をしてきたことがある。

確か、付き合ったばかりの頃だったと思う。その時、栄養剤といって錠剤を渡してきた。小瓶に入った正体不明の錠剤だ。

薬としての成分表も説明書きも何もない錠剤を飲むなんて怖くてできやしない。恋人の頼みでも遠慮したいと断ったのだが、それでも、とユキシロは迫ってきた。結局、何時間もの平行線の末にユキシロが折れて飲まずに済んだ。

薬を飲めと迫られたのはそれっきりだが、それ以降も事あるごとに『栄養剤』を勧めてきた。冗談や軽口の一環として言いつつ、断られたら素直に引っ込めて。飲んだら元気になる、俺も飲んでるぞ、トウカもどうだ、と。


「それで、一回だけ飲んだことがあるんだけど……」


ユキシロが飲んでいるなら変な薬でもないのだろう。そう判断して、ユキシロと一緒に飲んだことがある。何度も勧めてくるし、一回飲んだら気が済んでもう言わなくなるだろうという希望的観測も乗せて。

ただの栄養剤で、成分だってビタミンや亜鉛を補うもの。そう聞いていたのだが。


「合わなかったのかな? すごい具合が悪くなっちゃって」


体が全力で、これは毒だと警告しているかのような。体内に入った異物を何が何でも排除するかのような。

そんな体調の崩し方をしてしまった。下痢に嘔吐に熱に咳。一週間ほど寝込んでしまったし、その後も不調が続いた。おかげで、その時期の成績は散々だったし、長い欠席を補うために大量の課題をこなすはめになってしまった。

ユキシロが土下座せん勢いで謝ってくれたし、元気になるまで徹底的に世話を焼いてくれたのでもうそのことは水に流したが。


「……その薬、今も持ってます?」

「まさか。ずっと前の話だし、もう捨てちゃったよ」


体調を崩した苦しさに記憶が上書きされて、どんな色や形をした錠剤だったかさえうろ覚えだ。そう答えると、エンジュは深刻な顔をしたまま、そうですか、とだけ呟いた。

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