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必要な犠牲

エンジュの言う通り、守り人になるのは大熊守にとって最大の栄光だ。社会の発達によって仕事が細分化されたせいで守り人という役目ができたが、本来なら大熊守たちは熊神に仕えるもの。熊神に仕えることを仕事とする守り人は、この大熊杜において最も憧れの職である。

トウカもまたそのように教えられてきたし、トウカの両親だってその道に進ませるために娘を進学させた。トウカだけではない。トウカの学友だってそうだし、エンジュだってかつてはそうだと信じて守り人になったはず。


守り人になれば名誉だけではなくあらゆるものが与えられる。地位は高いし、そのぶん収入だって高い。皆の憧れの視線を一身に集めるのも気持ちがいいだろう。

それに守り人として熊神の眷属になれば、半不老不死の体と異能の力が与えられる。権力や収入といった俗っぽいところでも、半不老不死と異能という神秘的な部分でも、ありとあらゆる要素が恵まれる。疑いようもなく、守り人になるということは最高に良いことだ。


だが、それだけに代償もつきものだ。守り人になる代償として、熊神が目覚めた時、餌として自らの身を捧げねばならない。

存在するだけで大熊杜に恵みを与え大熊守に加護を与える熊神は、熊であるゆえに冬眠している。そして定期的に目覚め、餌を求める。その時、守り人は自らを捧げて餌となるのだ。つまりは神に喰われる贄だ。高い地位も恵まれた環境もそのための報酬。

技術や知識を継承したり、杜守庁という社会のシステムを揺るがさない程度に数は残し、それ以外は喰われる。その餌が足りなければ杜守庁の高い地位の者から身を捧げる。それでも足りなければ一般人だって捕食される。


熊神に与えられていたものを返す。非常に尊いことだ。そうして命はめぐっていく。

そう教えられてはいるものの、トウカはそれに賛同しにくい。だって、いざその時になったら怖いに決まっている。

熊神が目覚める周期はまだまだ遠く、トウカが守り人になったところですぐ起きることではない。だがいずれ、数十年後かそのあたりには熊神の目覚めの時が来る。その時に贄とならないとは限らない。


だからトウカは守り人になりたくないのだ。守り人にならなければ熊神の贄となる確率はずっと減る。何の取り柄もない平凡な杜守庁職員止まりであれば喰われない。熊神の牙はこちらに及ばない。


「熊神に喰われたくない? 大熊守の義務を捨てるのは又木の思想では?」

「そこまでじゃないよ。死ぬのは怖いってだけ」


与えられたものをお返しするのが大熊守の義務だが、それは自らを捧げることではなく次代に継承することで果たしていきたい。

自ら神の口に飛び込めるほど狂信者じゃない。順番を他人に押し付けるほど卑しくない。だができれば避けたいと思う。当たり前の生存本能だ。それを義務を放棄した反体制思想と言われるのは心外だ。


「……成程」


かけた圧をふっと緩め、エンジュは静かに納得したようだった。

せっかく磨けば光る素質を持っているのにそれをドブに捨てるようでもったいないと思うが、本人がそう考えているのなら強制しにくい。大熊守としての自覚を持ち、自分なりにその義務を果たそうという思考は持っているのだからエンジュがとやかく言えることはない。


「それはそうとして言っておきますが」

「……はい」


思わず敬語になったトウカの様子に微笑みつつ、つい、と課題のノートを指す。


「平凡な生徒だと偽装工作するならもっとうまくやりなさい。隠すならちゃんと隠さないと、私のように見抜いてくる奴がいますよ」


そして素質を見抜き、素質を潰すのはもったいないと言って強制的に守り人コースに乗せてくるだろう。

それを避けたいなら偽装工作は上手にやらないと。こんな適当に正解と不正解を並べるようではまだまだ。


「せっかくです。偽装工作の指導をしてあげましょう。もっと自然に『間違える』ように」


とんとん、とノートを指したエンジュは、まるで悪戯を共謀するような微笑みを浮かべた。

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