ささやかだけど人生においては重要な偽装工作
このまま部屋にこもって課題、とはできないのである。監視任務だ。できるだけエンジュの横にいろという指示が出ている。
課題を放置していたことへの小言を聞かされるのだろうなぁと気分が重くなりながらも、筆記具を持って居間へと降りる。エンの腹を撫でていたエンジュが顔を上げた。
「おや。茶の作り置きならもう作りましたよ」
「そうじゃないですぅー」
根に持ってるなこいつ。そう思いつつも、居間のテーブルの上にノートを広げる。その様子を見て、成程、とエンジュが諒解する。できるだけ同じ空間にいろという指示を律儀に守って、わざわざ部屋から出てきたのか。てっきり、不利を悟って逃げたまま有耶無耶にする気かと思っていたのに。
「わからないことがあれば聞いてくださって構いませんよ。私は曲がりなりにも守り人ですし」
「はいはーい」
大量殺人犯ではあるが、つい先日まで現役だった守り人だ。知識でも実戦経験でも教えられることはあるだろう。
先輩風を吹かすエンジュに応じつつ、トウカはノートにペンを走らせる。エンジュが教師役をするまでもなく、その手は滑らかだ。
しばらくその様子をエンとともに眺めていたエンジュだが、ふと、あることに気がつく。
「…………トウカ。気になることがあるのですが」
「なぁに?」
「貴女、わざと間違えていますよね?」
課題の設問の解答をわざと間違えている。理解度が足りなくて正しい答えがわからないのでない。であれば、基礎問題を間違えて発展問題を正解するなんてことはできない。もちろん当てずっぽうでもない。
そんなことができるのは、正しい答えがわかった上でわざと外しているからだ。
「学校の成績も中の下と聞いています」
この監視任務を求めるにあたり、トウカのことはある程度調べている。もちろん成績についてもだ。
時々、赤点の危機に遭いながらも成績はいたって平均的。突出したところもなければ落ちこぼれでもない。目立つところもなく、守り人になるのはよほど熱意がない限り難しいだろうとのこと。このまま学校を卒業すれば、杜守庁の職員あたりになるのがせいぜい。本人もまた守り人になれないことを自覚し、職員に就くことを望んでいるので、そのように進路指導をしているとか。
だが、エンジュにはわかる。この異能の目はごまかせない。
トウカは立派に守り人になれる素質がある。課題を解く様子を見てさらに確信した。知識についても申し分ない。
きちんとやる気を出せば優秀な守り人になれるはずだ。4課でもそれ以外でも、どの課でも上位に食い込めるはず。それこそエリートコースのトップにだって躍り出せるだろう。
エンだって懐いている。あれはより優秀な守り人ほどよく懐く。出会い頭に突進して尻尾をちぎれんばかりに振っていたのはただの人懐っこさじゃない。トウカの素質を正確に嗅ぎ分け、最高に良いものだと判断したからあの態度なのだ。
それなのに、トウカはそうしようとはしない。わざと解答を間違えて成績を落としてまで。まるで守り人になりたくないかのように。
エンジュはそれが理解できない。熊神に仕える守り人はこの大熊杜において最も名誉ある役目であるのに。大熊守たちはこぞって守り人になろうとする。トウカの両親だって、自分の娘を守り人にするために学校に入学させたはず。
「どうしてです?」
エンジュが指摘すれば、う、とトウカは唸った。
エンジュが言ったとおりだ。答えはわざと間違えている。問題集の解答を見て写して、わざと間違えて偽装工作するような。適当に、赤点の危機を演出しつつ成績を中堅どころで抑えている。
その理由だって、エンジュに見抜かれてしまっていた。
「……守り人になりたくないから」
観念するように、自白した。




