お兄さん、しっぽをだす
その一 この店には、裏がある
俺の店は、町はずれの、廃材屋だ。
軍の払い下げ品が、流れてくる。
大戦のデッドストックが、たまに、転がり込む。
掘り出し物があると、俺は、あの姐さんに売る。
高く、売る。
あの姐さんは、いくらでも、買うからな。
……そういう店だ。
それだけの店だと、思われている。
「お姐さん、掘り出し物があるよ」
看板に、そう書いてある。
嘘は、書いていない。
掘り出し物は、ある。
ただ、
掘っているのが、俺だけじゃない。
……というだけの話だ。
地下がある。
店の裏、鋼鉄の階段を、二十段。
降りたところに、部屋がひとつ。
壁は、三重。
対爆、対電磁装甲。
扉は、対爆ドア。
厚さ、二十センチの鋼板で、戦車砲の直撃にも、耐える。
元は、軍の弾薬庫のものだ。
それを、九年前に、軍の工兵隊が、ここに埋め込んだ。
なぜ、そんなものが、必要なのか。
……ひとつの数字を、待っているからだ。
その二 十三年前
俺の名は、捨てた。
軍にいたときの、番号だけが、残っている。
俺は、軍の情報部にいた。
任務は、観測だ。
戦うことじゃない。
見つけること。
記録すること。
報告すること。
……それが、俺の仕事だった。
十三年前。
俺は、ひとつの報告書を、読んだ。
『先進科学研究所 原因不明の核爆発 生存者なし』
爆発。
……それだけなら、珍しくない。
しかし、核爆発なら、一気に、きな臭くなる。
研究所なら、なおさらだ。
だが、その報告書には、奇妙な一行が、あった。
『施設、消滅。生存者、なし。』
消滅。
生存者、なし。
……それだけなら、まだ、納得できる。
大きなクレーターが、できた画像も、あった。
あの規模の爆発だ。誰も、見つからなくても、おかしくは、ない。
だが。
……その、すぐ下に。
『現場より、小型人型。逃走方向、西。』
……生存者、なし。
なのに。
……誰かが、西へ、行った。
俺は、その報告書を、十三年間、離さなかった。
軍は、これを、公式には、厄介事として、闇に、葬った。
その三 九年前
観測者は、焦ってはいけない。
軍は、断片を、繋ぎ合わせて、いた。
研究所の、核爆発。
現場から、西へ、逃げた。
小型の、人型。
……そして、それから、少し、遅れて。
西の果ての、小さな、町の、記録に。
『身元不明の、娘。年齢、十五、前後。銀の、髪。』
軍は、それを、疑った。
……疑って。
俺を、送った。
『西へ行け。観測を、続けろ。』
命令は、それだけだった。
俺は、西へ、来た。
そして、この町の、はずれに、店を、開いた。
九年前だ。
……あの姐さんが、この町に、流れてきたのは、その一年前。
十年前。
つまり、俺は、姐さんより、一年、遅れて、来た。
遅れて来て。
店を、開いて。
九年。
俺は、ずっと、見ていた。
あの姐さんが、町はずれの、古い工場跡に、住み着いて。
近所の連中が、彼女を、陰で、**「吸血姫」**と、呼び始めて。
今でも、思い出す。
俺が、来た頃の、姐さんは。
まるで、人形と、話している、ようだった。
顔の表情を、うまく、出せないようで。
なまじ、顔が、整っている。
そのうえ、赤い目だろう?
あれなら、接客用の、アンドロイドの方が、まだ、愛想が、いい。
流石に、本人の前では、
「ヨロちゃん」
と、愛想よく、呼んで。
俺も、呼んだ。
「ヨロちゃん、いい掘り出し物があるよ」
って。
緊張したのは、最初の一年だけだった。
あの姐さんは、人を、傷つけなかった。
腹が減れば、そばを、食って。
暇があれば、デカいロボットを、組み立てて。
……とにかく、デカいロボットを、組み立てて。
だから、俺は、部品を、売った。
……いや。
正確には、発注した。
軍に、頼んでいた。
『観測対象が、好みそうなものを。』
と。
軍は、応じた。
デッドストックが、俺の店に、流れてきた。
慣性中和装置も。
反重力ユニットも。
あの姐さんが、欲しがりそうなものを、俺は、先に、取り寄せていた。
軍は、姐さん本人にも、興味を、持った。
核の直撃を、受けて、平然としているんだ。
……興味を、持たない方が、おかしい。
それから、姐さんの、作るものにも、興味を、持った。
『姐さんの、欲しがる物は、すべて、渡せ。』
そう、命じられていた。
軍は、姐さんの、作ったものを、コピーして。
研究所で、テストしているようだった。
金の、心配は、要らない。
俺は、軍の、人間だ。
この部屋も。
この計器も。
あの通信機も。
ぜんぶ、軍の、金で、できて、いる。
俺が、自分の、稼ぎを、工面する、必要は、どこにも、ない。
……なのに、俺は、店を、開いた。
その方が、自然だからだ。
それに、軍からも、指示が、あった。
廃材屋を、開けろ。
電気部品を、置け。
そして、
高く、売れ。
あの姐さんは、
「お前、警部と繋がってないか」
と、疑っていた。
見当違いも、いいところだ。
俺が、繋がっているのは。
もっと上の、もっと古い、ところさ。
……高く、売るのには、わけが、あった。
あの姐さんは、
金が、無ければ、動く。
……金が、無ければ。
警察の、依頼を、受ける。
賞金を、稼ぐために。
断れない、からだ。
俺は、あの姐さんから、むしり取る。
そうすれば、あの姐さんは、働き続ける。
働き続ければ。
……試験は、続く。
俺は、その、歯車、だった。
……そして、警察も。
あの姐さんは、気づいていない。
ここ最近、警察が、手に負えない事件が、増えている。
重装備部隊のADが、いつも、別件で、いない。
……あれは、偶然じゃ、ない。
軍が、コントロールしている。
あの姐さんを、戦わせるために。
どこまで、やれるのか。
何を、使うのか。
……試験、だ。
警部が、払った、報酬も。
事件の、結果も。
ぜんぶ、筒抜けだった。
あの姐さんが、気づかない、ところで。
俺の、通信機の、向こうに。
その四 計測器を、渡した
だが、九年経っても。
俺は、数字を、持っていなかった。
あの姐さんは、一度も、保健所の、検診に、行かない。
無理もない。
行けば、バレる。
俺は、そのことに、むしろ、ほっとしていた。
なんにせよ、誤魔化す手段が、無いのだから。
だから、俺は、計器を、用意した。
見た目は、医療用の、中古の、手のひらサイズの、スキャナだ。
廃品に、見える。
だが、中身は、軍の、試作。
闇に、葬られた、生き残りだ。
これが、曲者でな。
表向きは、機械化度を、測る。
保健所の、検診と、同じ数字を、表示する。
だが、本当に、測っているのは、機械化度じゃ、ない。
その物が、持つ、エネルギー密度だ。
……だから、大雑把なんだ。
正確な、数字は、出ない。
目の前の、物が、どれくらいの、エネルギーを、内に、抱えているか。
ざっくり、それだけ。
それでも、俺には、足りた。
大まかに、わかれば、いい。
データは、飛ぶ。
計器が、何を、測っても。
その数字は、暗号化されて、
この部屋に、届く。
衛星経由で。
あの姐さんが、機械化兵でも、気づかない。
極小の、帯域で。
俺が、直接、姐さんを、測るのは、危険だ。
バレる。
だから、あの子を、使った。
ジーミー。
あの姐さんが、雨の中から、拾ってきた。
あの、生真面目な、坊やだ。
「これ、要らなくなったから、置いてくよ」
そう言って、俺は、渡した。
坊やは、なんだかんだ言って、気にしていたからな。
あの姐さんの、ことを。
俺は、知っていた。
……観測者だからな。
人の、好奇心は、見える。
坊やは、三日、作戦を、練ったらしい。
俺を、先に、測った。
機械化度、二十七パーセント。
俺の、正しい、値だ。
事故で、機械に、したが。
役には、立った。
機械の、信頼性が、わかったらしい。
そして、信頼された。
いい坊やだ。
……利用するには、ちょうど、いい。
その五 数字が、動いた
その朝、俺は、地下の、部屋で、待っていた。
画面に、数字が、出る。
機械化度 0%
……坊やの、値だ。
生身の、十五歳。
当たり前だ。
次は。
機械化度 38%
……。
俺は、息を、止めた。
三十八。
ハイブリッドの、三十八。
あの姐さんが、周りに、言っている、通りの、数字。
……なんだ。
なんだ、そうか。
俺は、九年、なにを、怖がっていた?
ただの、ハイブリッドだったのか。
手か、腕か。
目の、あたりが、機械の。
普通の、女だったのか。
……ああ、そうか。
そうなのか。
その安心が、尽きるまで。
二秒だった。
38 → 41 → 57 → 69 → 80 → 91 → 97 → 99 → 100
俺は、椅子を、蹴って、立った。
100。
100だ。
全身、機械だ。
だが、姐さんは、動いている。
しゃべる。
そばを、食う。
いびきを、かく。
100なら、それは、あり得ない。
100は、脳が、無い。
なのに、画面の、数字は、止まらない。
100 → 100 → 100 → 100
同じ数を、繰り返す。
何かを、数えきれなく、なったみたいに。
そして、画面が、赤く、なった。
――― 計測値過大 ―――
測定不能/再測定を要する
……は。
計測値、過大。
俺は、その、五文字を、読んで。
読んで。
……読んで。
笑った。
笑って。
それから、
冷や汗を、かいた。
その六 計測器の、本当の仕事
だが、俺は、知っている。
この計器が、本当に、測っているのは、機械化度じゃ、ない。
エネルギー密度だ。
だから、機械化度の、百の壁は、この計器には、無い。
百は、表向きの、目盛りだ。
化けの皮だ。
つまり。
……つまり。
あの、五文字は、こういう、意味だ。
『この物が持つエネルギーの総量は、俺の計器の、測定上限を、超えている』
そして、画面の、いちばん下。
小さく、こう、出ていた。
参考値 エネルギー密度 ≒ 核融合発電施設
(推定・誤差大)
……核融合発電施設。
俺は、息を、吐いた。
町ひとつに、電気を、売っている。
あの、巨大な、炉。
それが、
立っているだけで、土地を、照らす。
それが、今。
……俺の、目の前の、画面に。
人の、形を、して。
華奢な、体に。
抱えられて、いる。
俺は、思い出す。
あの姐さんの、姿を。
腰まで、伸びた。
銀の、髪。
赤い、目。
華奢で。
角張ったところが、ひとつもなくて。
驚くほど、整った、顔。
町の連中が、吸血姫と、呼ぶ、顔。
肌が、ある。
髪が、ある。
まつげが、ある。
手首に、血管が、透けて、見える。
……あれは、ぜんぶ。
そう見えるように、できているんじゃ、ないのか。
俺は、自分の、腕を、見た。
片方は、機械だ。
三十七年、この腕で、生きてきた。
継ぎ目が、ある。
動けば、カチ、と、鳴る。
あの姐さんには、継ぎ目が、無い。
九年、見てきた。
……ひとつも、無かった。
数字は、壁を、超えて。
計器は、音を、上げて。
なのに、あの体には、
どこにも、切れ目が、無い。
そんなものは、無い。
俺は、その言葉を、何度も、唱えた。
教科書にも。
報告書にも。
あの暗い、軍の書類の、どこにも。
……載って、いない。
俺が、十三年、追いかけてきた、
『小型人型』
それは、
ここに、いる。
その七 板挟み
俺は、暗号通信機の、前に、座った。
震える、手で、打つ。
『観測対象A。計測値、過大。上限、超過。エネルギー密度、炉級。即応を、要す。』
その一行を。
十三年、待って。
やっと、打った。
送信ボタンに、指を、置く。
……そうして、俺は、気づいた。
この一行。
要らないんじゃ、ないか。
だって、そうだろう。
データは、もう、溜まっている。
計器が、測るたびに。
坊やが、近づくたびに。
あの姐さんが、動くたびに。
少しずつ、向こうへ、流れている。
警察が、挑ませた、あの事件の、結果も。
警部が、払った、あの報酬の、額も。
俺の通信機なんか、通さずに。
もう、向こうに、ある。
試験は、もう、とっくに、始まっている。
俺は、それに、加担してきた。
知らずに。
九年。
進んで。
だから、
この一行を、送っても。送らなくても。
……あまり、変わらない。
指が、止まった。
俺は、観測者だ。
見つけて、記録して、報告する。
それだけの、仕事だ。
それが、できないなら。
俺は、名前を、捨てた意味が、無い。
あの姐さんは、九年、人を、傷つけなかった。
それは、事実だ。
だが。
傷つけないことと。
傷つけられないことは、違う。
あの姐さんが、もし。
ある日、
機嫌を、損ねたら。
……この町の、どこが、残る?
俺は、送るべきだ。
飼い主に、吠えるのが、犬の、仕事だ。
……なのに。
なのに、指が、
動かない。
……そのとき。
その八 対爆ドア
ドン。
上で、音が、した。
ドン。
ドン。
足音だ。
ひとつ、ひとつが、重い。
階段を、降りてくる。
何が?
何が、鋼鉄の、階段に、そこまでの、音を、立てる?
俺は、立ち上がった。
対爆ドアが、ある。
厚さ、二十センチ。
戦車砲にも、耐える。
俺は、あれを、九年、信じてきた。
ギィイイイイイ。
……金属が、鳴いた。
ん?
……いや。
あれは、扉の、開く音じゃない。
あれは、
鋼が、引き伸ばされる、音だ。
ドガ。
ドガ。
ドガン。
びり。
びり。
びりっ。
対爆ドアが。
外から。
引き、はがされた。
ちがう。
むしり、取られた。
二十センチの、鋼板が。
軍の、弾薬庫の、扉が。
紙みたいに。
蝶番ごと、ひしゃげて。
ごろん、と。
床に、落ちた。
そして。
開口部の、向こうに。
にこやかな、笑顔。
腰まで、伸びた、銀の、髪。
赤い、目。
華奢な、体。
軍の、弾薬庫の、扉を。
片手で、持って。
ステラ、だった。
「――お兄さん」
ニコリ。
「やっと、しっぽを、出したねぇ。」
怖い!
その笑みが!
その九 押す、前
俺は、動けなかった。
……いや。
動いた。
手が、勝手に、送信ボタンへ、伸びた。
残った、たった、ひとつの、職務を、果たそうと。
指が、下り、かけて。
その指を。
姐さんが、掴んだ。
……いつ、横に、来たのか。
わからなかった。
「押さなくて、いいよ。」
姐さんは、にこにこしたまま、言った。
「……押せば、お兄さん。
頭が、弾け飛ぶ。」
「……ッ」
「それにね。
……押しても、押さなくても。」
姐さんは、少し、間を、置いて。
「おんなじ、だよ。」
……あ。
俺は、笑って、しまった。
震えながら。
……そうだ。その通りだ。
この人は、知っている。
俺が、九年、かけて、たどり着いた、答えを。
一足で、来た。
「……いつから」
「最初から。」
姐さんは、あっさり、言った。
「九年前。
あんたが、この町に、店を、開いた、日。
……あんた、軍の、においが、したから。」
「…………」
「それに、ほら。
……あんたが、持ってくる、掘り出し物。
私が、欲しがりそうな、ものばかり、だろう?」
……ぐ、の、音が、出た。
「発注、してるね?
軍に。
……『観測対象が、好みそうなものを』って」
「……な、んで」
「あんたの、通信も。この町の、軍の通信も。」
……私、読めるんだよ。」
姐さんは、ふふ、と、笑った。
「だから、わかってた。
……警察の、あれも。
ADが、いないのも。
警部の、お金も。
……ぜんぶ、試験だって、こと。」
ぜんぶ。
姐さんは、知っていた。
知っていて。
つきあって、いた。
九年。
俺の、店で。
高い、部品を、買って。
文句を、言いながら。
そばの、話を、して。
「……姐さん。
あんた、それ、知ってて。」
「うん」
「なんで、来て、くれたんだ。俺の、店に」
姐さんは、少し、黙った。
そして、俺の、顔を、見て。
……怒って、いなかった。
「掘り出し物が、ある、って、言うから。」
ニコリ。
その十 九年
俺は、観測者だ。
名前を、捨てた。
番号だけ、残した。
九年、あの人の、そばに、いて。
高い、部品を、売って。
金を、むしり取って。
……それが、あの人を、動かす、仕掛けだって、知りながら。
あの人の、組み立てを、見て、いた。
それが、任務、だった。
任務、だった。
はずだ。
……はず、だったのに。
俺は、いま。
この、一行を、送るか、送らないか、で。
迷っている。
送っても、変わらない。
データは、もう、溜まっている。
送る意味は、無い。
だが、
送れば、俺は、観測者に、戻れる。
名前を、捨てた、意味を、取り戻せる。
あの人を、見捨てても。
送らなければ。
俺は、何者でも、なくなる。
ただの、
廃材屋だ。
……いいや。
ちがうな。
送らない、理由を。
俺は、さっき、見つけて、しまった。
掘り出し物が、あると。
あの人が、来る。
……それが、
嬉しい、から。
九年。
俺は、楽しんで、いた。
姐さんが、目を、輝かせるのを、見るのが。
あの人が、でかい、ロボットを、組み上げるのを、見るのが。
気づけば、
情が、移って、いた。
敵の、正体を、見張る、はずの、目が。
いつのまにか、
あの人の、手元を、見る、目に、なっていた。
……参ったな。
俺は、手を、下ろした。
そして、
言う、ことに、した。
言って、しまえば。
俺は、もう、観測者に、戻れない。
わかって、いた。
でも。
…………でも。
「姐さん。」
「なに?」
「俺は、もう、送らない。」
……けど。
送らなくても、変わらないんだ。
データは、もう、向こうに、ある。
あんたの、試験は、もう、始まってる」
姐さんは、じっと、聞いて、いた。
俺は、続けた。
「だから、姐さん。
……あんたが、知って、おいて、くれないと、困る。
俺は、あんたを、見張って、いた。
九年、ずっと。
……今、やめる。
遅すぎる、けど」
言って、しまってから。
怖く、なった。
……でも、姐さんは。
にこにこした、ままで。
「うん。
知ってた。」
「……」
「だから、あんた、来て、くれたんだろう?
……私の、店に」
ニコリ。
俺は、何も、言えなかった。
あの、雨の日。
坊やを、拾った、顔が、浮かんだ。
……あ、そうか。
この人は。
人を、拾う、人、なんだ。
化け物が、人を、拾って。
育てて。
学んで、いる。
その十一 口止め料
「で。
お兄さん」
姐さんは、脚を、組み換えて、言った。
「私、起きて、しまったから。
……今日の、仕事、遅れちゃう。
だから、
慰謝料、もらうね。」
「……な、にを」
「あ、そこ。
お兄さんの、後ろの、金庫。
開けて」
俺は、開けた。
開かないと、姐さんが、開けるからだ。
……今、扉を、見たばかりだ。
姐さんは、のぞいて。
目を、輝かせた。
「ああ、これ、いいねぇ。
……新型の、電源モジュール。
……私の、五号機に、ちょうど、いい。」
「そ、それは、警察からの、発注品で――」
「売り物だよ。」
姐さんは、にっこりして。
あんたの、店だろう?
……掘り出し物、ある、んでしょ。
私、買うよ。
「……」
姐さんは、モジュールを、小脇に、抱えた。
でも、今日、お金、ないんだ。
……だから、
ツケで。
「――ッ」
ツケに、して、おいて、あげる。
お兄さん。
その、通信機。
……私の、ために、使うなら。
……それ、ツケ、じゃ、ない。
あの人は、俺に、選ばせて、いる。
送る、機械を。
送らない、機械に、しろと。
……ひとつ、だけ。
聞いても、いいか
「なに?」
十三年前。先進科学研究所。
……あんた、
あそこに、いた、んだろ。
姐さんは、にこにこした、まま。
答えなかった。
かわりに、こう、言った。
……私、逃げたんだよ。
あそこから。
……ぜんぶ、置いて。
「…………」
だから、追われて、いる。
お兄さん。
……あんた、みたいに。
誰かが、来る。
いつか。
……きっと
姐さんは、モジュールを、抱え直して。
だから。
……お兄さん。
ここに、いて。
ニコリ。
……それが、あの人の、口止め料の、正体だった。
「あ、そうそう」
姐さんは、階段を、上がりかけて。
振り向いた。
ドア、直すね。
明日。
……ついでに、
在庫、見せて。
俺は、力なく、うなずいた。
……姐さん。
ひとつ、だけ
「なに?」
……町の、連中が。
あんたの、ことを。
……吸血姫、って、呼んでるのは。
……知ってるか
姐さんは、
ぴたり、
と、止まった。
そして、
にこやかな、笑顔の、まま。
うん。
知ってる。
「……」
お兄さんは?
……私の、こと。なんて、呼んでる?
ニコリ。
俺は、正しい、答えを、選んだ。
「……ヨロちゃん。」
「よろしい。」
姐さんは、満足そうに、うなずいて。
……階段を、上がって、いった。
……あとに、残ったのは。
むしり取られた、対爆ドアと。
送らなかった、一行と。
売り物だった、モジュールの、空いた、箱と。
……それから。
俺の、手元に、残った。
五文字。
――― 計測値過大 ―――
参考値 エネルギー密度 ≒ 核融合発電施設
俺は、その、五」「ヨロちゃん」「吸血姫」の呼称は意図的なニュアンスがあるので文字を。
十三年、待って。
やっと、手に入れて。
……それが。
俺の、首を、絞める、縄に、なった。
俺は、扉の、あった穴と。
床に、落ちた、扉を、見て。
……ため息を、ついた。
報告、しない。
送れば、頭が、弾け飛ぶ。
送らなくても。
向こうは、もう、知って、いる。
……それでも。
それでも、俺は。
あの姐さんに、
部品を、売る。
だって、
掘り出し物が、あると。
あの人が、
来る、から。
俺の、店は。
今日も、
開いて、いる。
おあとが、よろしい、ようで。
……言って、みたかった、だけだ




