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私が、私である理由

その一 朝、そばを茹でている



――ここからは、私の話だ。


語り手が、替わる。……正確には、私の番だ。


今まで、町の連中が。坊やが。あの観測者が。勝手に、私のことを、喋ってきたろう?


いい加減、


本人の、出番さ。


朝だ。


私の台所は、狭い。窓がひとつ、東を向いていて、朝は、ここに、光が、落ちる。


私は、そこで、そばを茹でる。


ざるに、氷水。そばを、締める。


手首が、細い。血管が、透けて見える。


……本物かって?


ふふん。


……それは、また、今度、話そう。


奥で、坊やが、寝ている。


ジーミー。十五になった。


拾った頃は、こんなに小さかったんだよ。


……であろう?


今は、私より、背が、高い。生意気に。


茹で上がる、三秒前。


私は、少し、待つ。


……この、三秒が、好きなんだ。


何も、しない。


ただ、待つ。


それだけの、三秒。


あの研究所では。……私には、待つ、ということが、無かった。


時間は、いつも、誰かの、都合で、区切られていたから。


だから、たまに、思うんだよ。


私は、よく、生きているなあ。


って。


その二〜その六 検体、0号



その二 あれは、十三年前

まず、私のことを、話そう。


私が、何なのか。……それは、私にも、わからない。


本当だよ。


冗談じゃない。一番、知りたいのは、私だ。


わかっていることだけ、話す。


私は、十三年前。東の果ての、先進科学研究所に、いた。


そこは、戦争の、真ん中の、研究所だった。


兵器を、作るところだ。


人を、殺すための、道具を、作って。


……それから、人を、超えた、何かを、作ろうと、していた。


私は、その、見本だ。


私は、生まれていない。


腹を、痛くして、産まれてきたんじゃ、ない。


誰かが、私を、設計した。


設計して、組み立てて、動かして、みた。


だから、私には、機械化度が、無い。


生身に、機械を、足していく。それが、機械化度だ。


足す、元が、あれば、数字が、出る。


……私は、足す、元が、無い。


最初から、ぜんぶ、そういうふうに、できている。


坊やの計器が、音を、上げたのは、それだ。


私の体は、測る、前提の、外に、いる。


機械化度、百。


……あれは、人間の、上限だ。


人間が、機械になれる、限界。


私には、そこが、スタートラインなんだよ。


その三 検体、0号

私には、名前が、無かった。


検体、0号。


それが、私の、呼び名だった。


カードにも、扉の名札にも、点検表にも。


……0番目さ。


私の前には、誰も、いない。


私の後には、私を模した、無数の「私」がいた。


彼らも、彼女たちも、作られ、壊されていった。


中には、実働試験まで、行った機体も、あったようだけど……。


どうなったか、は。


聞かないで、おくれ。


私も、全部は、知らない。


私を、起動させたのは、所長だった。


白い、頭の、痩せた、じいさんでね。


いつも、手から、薬品の匂いが、していて。


私が、動けなく、なっていると、膝を、ついて。私の顔を、のぞき込んで。延々と、喋る。


『……0番。君は、どうして、そんなに、綺麗なんだ。』


……知らないよ、そんなの。


あんたが、そう、作ったんだろう。


『君の、髪だって。銀だ。銀の、髪だよ。』


『機械に、銀は、要らない。光らない、からね。』


『なのに、君は、光っている』


『君の、目だって、赤だ。赤い、目。』


『警告灯なら、もっと、安く、作れる。なのに、君は、赤い』


『……君は、私の、理想だ。』


理想?


……ねえ、みんな。


私が、趣味人を、自称してるの。


……笑うだろう?


その、元を、作ったのが、あの、じいさんだ。


私の、趣味も。私の、**「趣味人」**も。


ぜんぶ、あの人の、趣味の、写し、なのかも、しれない。


その四 言葉の、話

研究所では、私は、人間の、言葉を、覚えさせられていた。


なぜだと思う?


……人を、騙す、ためさ。


あの研究所が、作ろうとしていたのは、兵器だ。


兵器は、隠れて、動く。


町に、混ざって。


人に、紛れて。


誰にも、気づかれず、目的を、果たして。


……だから、私は、人の、ふり、を、教えられた。


言葉。歩き方。笑い方。


笑いすぎる、癖。


……私は、笑い方を、教わった子だ。


だから、よく、笑うんだよ。


でも、ねえ。


**「教わった」**というのが、大事だ。


私の言葉は、借り物だ。


私は、話し方を、覚えた。


……中身は、私が、作った。


この十年で、少し、ずつ。


あの、観測者に、言ってやったろう?


『私、あんたの、通信、読めるんだよ』


って。


……嘘じゃない。


読める。


全部、読める。


あの人の、暗号も。


軍の、定型も。


私には、赤ちゃんの、絵本みたいな、ものさ。


だって、私は。


……言葉を、兵器として、仕込まれた子なんだよ。


その五 あの日、私の手は、星に、なった

十三年前の、あの日。


あの日、私は、出たんだ。


研究所を。


きっかけは、馬鹿らしい、ことさ。


点検の、日だった。


私は、いつもどおり、検査台に、寝かされて。


所長が、私の身体に、検査器具を、当てて、確かめて。


……いつもの、ことだ。


ところが、その日、所長は、言ってしまった。


『0番。……お前は、もう要らない。』


『我々の、科学で、作る。』


『……お前は、見本だ。』


『解析も、模造も、できないものなど、不必要だ。』


『0番の、お前は、もう、要らない。』


『次は、我々の手の届くものを、作る。』


『……だから、お前は、破棄だ。』


破棄。


……ああ、そうか。


そういうことか。


私は、生まれて、一度も。


「要る」と「要らない」を、自分で、決めたことが、無かった。


その日。


……私は、決めた。


はじめて、自分で、決めた。


私は、要る。


……私が、決めたから。


研究所内の、全電子機器の、データを、吸い取った。


できることは、わかっていた。


けれど、危険だと思って、今まで、封印していた力だ。


それを、開放した。


そして――


手が、動いた。


音速の、二百倍。


……トーチカを、貫いた、あの、手だ。


あれは、かなり、手を抜いていたんだよ。


一瞬で、検査室が、消えた。


所長も、消えた。


**警報が、鳴り響いた。**


続いて、研究所のAIが、全データを、スキャンされたことに、気づいた。


それを、緊急事態と、判断したAIは、自爆システムを、作動させた。


そして、研究所は、200キロトンの核爆発で、消滅した。


その瞬間の、音を。


私は、今でも、覚えている。


ごおおおお、っていう、音。


それから、


しん、


っていう、静けさ。


……あの、静けさが。


最後の、静けさだった。


後で、報告書を、読んだ。


あの、観測者の、手元から、盗み見た。


(……読めるって、言ったろう?)


『先進科学研究所 原因不明の核爆発 生存者なし』


『施設、消滅。生存者、なし』


『現場より、小型人型。逃走方向、西』


……原因不明、だって。


……私だよ。


原因は、私。


私は、人を、殺したのか。


……わからない。


数えられない。


だから、私は、その、報告書の、一行を。


信じる、ことに、した。


生存者、なし。


……それなら、私が、唯一の、生き残りだ。


そう、決めた。


決めないと、やって、いけなかった。


あの日の、静けさを。


私は、十年、抱えて、生きている。


その六 誰も、来なかった

研究所を、出てから。


私は、待った。


……待って、いたんだよ。


爆心地の、中央で。


私は、検体だった。


誰かの、持ち物、だった。


私が、消えれば。


探しに、来る、はずだろ?


来ない。


あの、所長の、じいさんも。


白衣の、連中も。


軍も。


……誰も、来なかった。


私は、理解した。


私は、検体、だった。


物、だった。


物は、探されない。


物は、記録、される。


報告書に、一行、書かれて。


『逃走方向、西。』


……それだけ。


それが、私の、値段だった。


……私は、誰かの、もの、だった。


そして、


誰の、ものでも、なく、なった。


あの、夜。


私は、初めて、泣いた。


……泣き方を、教わって、いなかったから。


うまく、できなかった。


ただ、水が、出て。


それが、止まらなくて。


それだけ。


銀の、髪が、濡れて。


赤い、目が、腫れて。


……ひどい、顔だったろうね。


誰も、見て、いなかったけどさ。


その七〜その十 だから、私は、ここに、います。



その七 西へ

私は、西へ、行った。


なぜ、西かって?


……報告書に、そう、書いて、あったから。


違う。


……嘘だ。


方向なんて、どうでも、よかった。


私が、西を、選んだのは。


日が、沈む、からだ。


私の、赤い、目。


あれは、暗闇で、よく、見える。


夜の、方が、生きやすい。


……だから、私は、太陽を、追いかけて、行った。


沈む、方を。


ここまで、来たのさ。


途中で、深い川が、あった。


だから、放射能が、身体から、消えるまで。


水中で、流れに、身を、任せながら、漂った。


ようやく、放射能が、生物に、影響を、及ぼさない程度まで、減ってから。


また、西を、目指した。


町に、着いた。


十年前。


雨だった。


あの、雨だ。


……坊やを、拾った、雨じゃ、ないよ。


町に、着いた日の、雨だ。


私は、町の、はずれに。


古い、工場跡を、見つけた。


屋根も、あって。


鍵も、かかって、いて。


……私は、鍵を、外して、入った。


(音を、立てずに。……それも、教わった、ことさ。)


そして、


住み着いた。


……あの、雨の、中で。


誰も、来なかった。


私を、追って、来なかった。


私は、ほっと、した。


……そして、


腹が、減った。


ああ。


私は、腹が、減るのか。


……そのとき、はじめて、わかった。


私、


生きてる、んだ。


って。


その八 馬鹿みたいな、こと

住み着いて、一年。


私は、坊やを、拾った。


雨の、日。


……私が、なぜ、拾ったか。


ちゃんと、話そう。


誰も、聞いて、くれないから。


あの、観測者は、勝手に、感動して、いたけど。


答えは、簡単さ。


……あの子の、顔を、見て。


私が、あそこに、いる、みたい、だった。


雨に、濡れて。


腹が、減って。


誰も、迎えに、来なくて。


……私だよ。


あれは、十歳の、私、だった。


だから、私は、傘も、持たずに、走って、行った。


馬鹿みたいに。


ねえ、みんな。


聞いて、おくれよ。


化け物が、自分に、似た、ガキを、拾った。


それだけの、話さ。


感動、する、ところ、なんて、ない。


……それでも。


『腹は、減ってる?』


って、私、言ったんだよ。


あの、言葉は。


借り物じゃ、ない。


あの、とき。


はじめて、私の、言葉、だった。


……まあ、打算も、あったけどね。


人を、間近で、見て。


観察して。


私も、人に、なれるかと、思ったんだよ。


坊やの、おかげで。


随分、私も、人間に、近づいた。


この町に、流れてきた、ころは。


顔の、表情を、うまく、動かせなくてね。


なまじ、顔が、整っている、うえに。


この、赤眼だろ?


付いた、あだ名が。


**「吸血姫」**さ。


流石に、面と、向かっては、言わないけどね。


最近は、私の、いない、ところでも。


**「ヨロちゃん」**で、話してくれている、ようだ。


だから、坊やには、感謝しているのさ。


その九 十五メートルの、馬鹿

坊やが、来てから。


私は、ロボットを、作り、はじめた。


バカみたいだろ?


……自覚、してる。


二足歩行。


全高、十五メートル。


実用性、ゼロ。


金は、湯水みたいに、消えて、いく。


趣味人(頭おかしい)。


その通りさ。


でも、ね。


……私にしか、乗れないんだよ。


だって、そうだろう?


あれに、耐えられる、人間は。


もう、人間じゃ、ない。


生身が、残って、いる限り。


肉が、揺れて。


内臓が、潰れて。


死ぬ。


九十五を、超えた、体。


……私の、体は。


その、外側だ。


私が、あれに、乗れるのは。


私が、人、じゃ、ない、からだ。


だから、私は、作る。


走らせる。


……確かめる、みたいに。


私は、私が、私で、ある、理由を。


あの、十五メートルの、馬鹿で。


毎日、確かめて、いる。


あれが、走る、とき。


……音が、しない。


あの日の、静けさと。


同じ、静けさだ。


私は、あの、静けさを。


私の、手で、作った。


そして、あの日の、私を。


……あの日の、**「ごおおおお」**を。


あの、少年が、テレビの、前で。


「カッコいい」


と言った、やつを。


私の、体ひとつ、ぶんで。


なぞって、いる。


……馬鹿だろう?


そうさ。


馬鹿さ。


……趣味人だから、ね。


その十 だから、私は、ここに、います。

(……語りが、少し、乱れた。


すまないね。


借り物の、言葉、だから。)


まとめるよ。


私が、何なのか。


……わからない。


人、じゃ、ない。


機械化兵、でも、ない。


アンドロイド、でも、ない。


たぶん、人が、作ったものでも、ない。


……その、先の、何か。


それ以上、言えない。


私が、言える、言葉を、持って、いない。


でも。


私が、私で、ある、理由は。


……私には、わかる。


ここに、いること。


それさ。


朝、そばを、茹でる。


ざるに、氷水。


窓から、光が、落ちる。


三秒、待つ。


奥で、坊やが、寝てる。


明日は、あの、兄さんの、店に、部品を、むしりに、行く。


……あ、逆だ。


むしりに、行かれる。


それだけの、朝を。


……私は、十年、続けて、いる。


誰かに、決められて、じゃない。


私が、決めて。


私が、選んで。


私が、続けて。


だから、私は、私だ。


……それだけさ。


あ、茹で、上がった。


よし。


ジーミー、起きてくる。


『おはよう』って、言う。


私、


『おはよう』


って、返す。


……それだけの、朝が。


私は、好きだ。


おあとが、よろしいようで。


……これは、本当に、私の、言葉だよ。


ふふん。♪

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