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よろず屋ステラ  作者: kero


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17/18

使えるよろず屋

###  十年分の仕事を、一日で


 パンドラ研究チームの会議室。


 長いテーブルを囲み、十数人の研究者が座っていた。


 中央の大型モニターには、先日搬送された古い研究装置の映像が映っている。


「では、整理しましょう」


 研究主任のエレナ・ヴァルター博士が口を開いた。


「旧式エネルギー蓄積制御装置。推定稼働年数、三十年以上。設計資料の大部分は消失。現在まで用途不明」


 画面が切り替わる。


「そして、ステラは実物を見て数秒で用途を特定しました」


 誰も口を挟まない。


「さらに」


 別の資料が表示される。


「周辺機器が欠落していることも即座に指摘。しかも、その欠落部品が何なのかを知っている可能性がある」


「……可能性、ですか?」


「本人が追加料金を要求して、そこから先を話さなかったからです」


 苦笑が漏れた。


 だが、エレナは笑わなかった。


「問題はそこではありません」


 画面が消える。


「我々がこの装置を再解析する場合、必要な人員を考えてください」


 数人が顔を見合わせる。


「材料工学」


「エネルギー工学」


「旧式軍事機器の解析担当」


「制御系」


「場合によっては、当時の設計思想を調べる歴史研究まで必要でしょう」


「期間は?」


 誰かが答えた。


「……最低でも数年」


「予算は?」


 沈黙。


「設備だけでも相当額になります」


「そして、それで答えが出る保証は?」


「ありません」


 エレナは頷いた。


「では、ステラなら?」


 部屋が静かになる。


「……一日」


 若い研究員が呟いた。


「一日あれば、たぶん」


「根拠は?」


「彼女は実物を見て、すぐに用途を言い当てました」


「過去の知識があるだけかもしれない」


「では、知識を買えばいい」


 別の研究員が言った。


「……」


「彼女は秘密を無料では話さない。しかし、依頼すれば話す」


 エレナが腕を組む。


「それは、かなり重要な点です」


「はい」


「彼女は協力を拒否しているわけではない」


「むしろ逆です」


 研究員が資料をめくる。


「金を払えば、かなり素直に答える」


 そこで一人が言った。


「なら……」


 全員がその人物を見る。


「今まで我々が何年もかけて調べていたものを、彼女に聞けばいいのでは?」


 誰もすぐには答えなかった。


 その言葉が、あまりにも合理的だったからだ。


 そして同時に。


 あまりにも恐ろしかった。


「……軍の研究機関が」


 年配の研究員がゆっくり言った。


「一人の少女に研究成果を聞くのか?」


「少女、という表現はやめたほうがいいでしょう」


 エレナが即座に返した。


「少なくとも、我々が知っている意味での少女ではありません」


 誰も反論しなかった。


 エレナは資料を閉じた。


「ですが、使えるものは使うべきです」


 その言葉に、何人かが顔を上げる。


「我々は彼女を兵器として扱う必要はありません」


「……」


「研究対象として扱う必要すらない」


 エレナは静かに続けた。


「よろず屋として扱えばいい」


 その一言で。


 部屋の空気が少しだけ変わった。


「修理を頼む」


「輸送を頼む」


「探索を頼む」


「解析を頼む」


「必要なら、情報を買う」


 指を一本ずつ折りながら、エレナは並べていく。


「我々が何年もかける必要のある仕事を、彼女が一日で終わらせられるなら――」


 そこで言葉を止める。


「依頼する価値はあるでしょう」


「……国家機密を扱う相手としては、あまりにも雑では?」


「逆です」


 エレナが言った。


「彼女にとっては、国家機密もただの商品です」


 誰かが苦笑した。


「それなら、こちらも商品として扱えばいい」


「そういうことです」


 会議はそこで一度終わった。


 ――だが。


 翌日。


 さらに別の問題が持ち上がった。


「旧式無人機の制御系について、まだ原因が分からない?」


「はい」


「何年やっている?」


「六年です」


「……六年」


 エレナは資料を見る。


 不具合の原因を特定できない。


 部品交換をしても直らない。


 制御ソフトを書き換えても改善しない。


 設計資料には欠落がある。


 担当者は代替わりしている。


 そして、予算は年々削られている。


 エレナはしばらく黙っていた。


 そして。


「ステラに聞きましょう」


「……」


 誰も反対しなかった。


 その日の午後。


 よろず屋。


「いらっしゃーい♪」


 ステラは店の奥から顔を出した。


「おや」


 やって来た軍人を見て、すぐに笑う。


「また仕事?」


「はい」


「今度は何を運ぶの?」


「今回は、解析を依頼したい」


「へえ」


 ステラは楽しそうに目を輝かせた。


「何を?」


 軍人が資料を差し出す。


 ステラは受け取る。


 ページをめくる。


 一枚。


 二枚。


 三枚。


 そして。


「これ?」


「はい」


「壊れてるんじゃないよ」


「……え?」


「設計思想が古いだけ」


「……」


 軍人の表情が止まる。


「この制御系、最初からこういう動きをするように作ってあるよ」


「しかし、仕様書には――」


「仕様書が間違ってる」


「……」


 沈黙。


 ステラは資料を閉じた。


「見れば分かるよ」


「どれくらいで原因を特定できますか?」


「もうしたけど?」


「……」


 軍人は絶句した。


「必要なら現物を見るよ」


「お願いします」


「それで?」


「はい?」


「報酬は?」


「あ……」


 ステラは満面の笑みになった。


「仕事なんだから、そこ大事だよ♪」


 翌日。


 ステラは基地に運び込まれた無人機を見た。


 そして。


「ここ」


 指差した。


「この配線」


「……そこですか?」


「うん」


「しかし、そこは六年前から――」


「だから直らないんだよ」


 ステラは工具を借りた。


 カバーを外す。


 配線を一本抜く。


 別の場所へ繋ぐ。


「はい」


「……」


「動かしてみて」


 技術員が恐る恐る起動する。


 システムが立ち上がる。


 エラー表示が消える。


「……直った」


 誰かが呟いた。


 ステラは満足そうに笑った。


「毎度あり♪」


 作業時間。


 約四十分。


 六年間。


 数十人。


 何度もの再設計。


 膨大な予算。


 そして――四十分。


 研究室へ戻った技術員は、しばらく何も言えなかった。


 やがて一人が呟いた。


「……我々は、六年かけて何をしていたんだ?」


 誰も答えなかった。


 ただ。


 エレナだけが、静かに言った。


「違います」


「?」


「六年間の研究が無駄だったわけではありません」


 彼女は窓の外を見る。


 ちょうどその頃。


 ステラは基地の食堂で出されたプリンを食べていた。


「……」


 スプーンを口に運び。


「おいしい♪」


 などと言っている。


 エレナは続けた。


「彼女が異常なだけです」


 その言葉に。


 誰も異論を唱えなかった。


 そして同時に。


 軍の中で、ある新しい考え方が生まれ始めていた。


 ――自分たちで何年も研究する前に。


 まず、ステラに聞いてみる。


 それは便利だった。


 あまりにも便利だった。


 だからこそ。


 危険だった。


 軍が長年積み重ねてきた研究。


 技術。


 失われた記録。


 解決できなかった問題。


 それらすべてが。


 たった一人の少女にとっては――


「よろず屋」の仕事になる可能性がある。


 そしてステラは。


 そんな軍内部の変化など知ったことではないという顔で。


「次は何の仕事かな~♪」


 と、鼻歌を歌いながら帰っていった。



その方向で第二十九章を書き直します。


###  できない仕事


 それから、軍からの依頼は少しずつ増えていった。


 最初は、誰もが慎重だった。


 旧式装置の搬送。


 失われた部品の特定。


 故障した無人機の修理。


 古い軍用機器の解析。


 どれも本来なら、専門部署が何週間、あるいは何年もかけて調べるような案件だった。


 だが。


 ステラは、それらをあっさり片付けた。


「これ、部品が一個違うよ」


「この設計、途中で変更されてるね」


「それなら、こっちを使えばいい」


「壊れてないよ。使い方が間違ってるだけ」


 そして最後には。


「はい、終わり♪」


 依頼時間。


 数時間。


 長くても一日。


 軍内部では、いつしか妙な言葉が使われるようになっていた。


 ――まずステラに聞いてみよう。


 研究者がそう言う。


 技術者もそう言う。


 現場の士官まで、そう言い始める。


 もちろん、全員が快く思っているわけではない。


 何十年も専門分野を研究してきた人間にとっては、面白くない話でもある。


 それでも。


 結果が出る。


 だから、依頼される。


 そして今日も。


 軍研究施設の会議室に、一件の案件が持ち込まれていた。


「旧型戦略兵器の制御システムです」


 エレナ・ヴァルター博士の前に、軍の技術担当者が座っている。


「現在は廃棄済みですが、一部の制御理論だけが現行システムにも流用されています」


「資料は?」


「紙ではありません」


 男が、小さなケースを机の上に置いた。


 蓋を開ける。


 中には、一枚の薄いデータチップが収められていた。


「設計図、制御系統、試験記録、改修履歴。関連資料を可能な限りまとめています」


 エレナはチップを見る。


 現代の戦闘機一機分の設計情報ともなれば、紙にすれば到底持ち歩ける量ではない。


 まして、現行兵器の設計情報ともなれば、設計図だけで機体そのものと同じ重さになる――そんな冗談が技術者の間で語られるほどだ。


 だからこそ。


 こういう仕事では、最初からデータで渡す。


「ステラに?」


「はい」


「依頼内容は?」


「完全解析です」


 エレナは少し考えた。


「本人に聞きましょう」


     *


「いらっしゃーい♪」


 よろず屋。


 ステラは店の奥で巨大ロボットの部品を弄っていた。


 軍人の姿を見ると、顔を上げる。


「おや。今日は何?」


「解析依頼です」


「また?」


「はい」


「いいよ♪」


 あまりにも軽い返事だった。


 軍人はデータチップを取り出す。


「こちらを」


「ん?」


 ステラが受け取る。


 指先で軽く持ち上げる。


 それだけだった。


 端末に接続するわけでもない。


 画面を見るわけでもない。


 まして、内容を読み込むような動作すらない。


「……」


 軍人は黙って待った。


 ステラも黙っている。


 ほんの一瞬。


 それだけ。


「……ああ」


 ステラが言った。


「これね」


「……はい」


「分かったよ」


 軍人の表情が固まった。


「……もう?」


「うん」


「まだ、接続していませんが」


「必要ないよ」


「……」


 ステラはデータチップを指先で弄ぶ。


「制御系の三番目の分岐、途中で設計思想が変わってる」


「……」


「試験記録の二十七番。そこから仕様変更が入ってるね」


「……」


「でも正式な改修履歴には載ってない」


 軍人の顔から表情が消えた。


「それと、現在の不具合」


「はい」


「不具合じゃないよ」


「……?」


「その制御系、意図的にそういう動きをするようになってる」


 軍人は言葉を失った。


 ステラは楽しそうに笑う。


「面白いね、これ」


「……解析を、お願いできますか?」


「いいよ」


 ステラはデータチップを返した。


「書き直しておいたよ」


「……え?」


「制御系」


「もう、ですか?」


「うん」


「……」


 軍人は手元の端末を見る。


 受け取ったデータチップを端末へ接続する。


 数秒。


 画面に新しいデータが展開される。


 修正された制御式。


 変更箇所。


 補足説明。


 さらに、ステラが必要だと判断した部分には簡単な注記まで入っている。


 まるで。


 最初から全部知っていた人間が、誤字を直しただけのように。


「……」


 軍人はしばらく画面を見つめていた。


「これで動くよ」


「……」


「たぶん、今までより素直になる」


「たぶん?」


「試してみて」


 ステラは笑った。


「壊れたら、また持ってきて♪」


 軍人は、何も言えなかった。


 そして。


 その日の夕方。


 実機試験は成功した。


 六年間。


 何十人もの技術者が原因を特定できなかった不具合。


 それが。


 ステラにデータを渡してから、数分で解決した。


 その報告を受けた研究室は、しばらく静まり返っていた。


「……何分だった?」


「正確には、チップを渡してから約二十秒です」


「二十秒……」


 誰かが呟いた。


「彼女は何をした?」


「分かりません」


「端末には接続していないのか?」


「していません」


「では、どうやって?」


 誰も答えられない。


 エレナは報告書を閉じた。


「……それを考えるのは、我々の仕事ではありません」


「しかし――」


「彼女がどうやっているかは、まだ分からない」


 エレナは静かに言った。


「分からないからこそ、今は結果だけを見ましょう」


 その言葉の直後。


 別の研究員が資料を差し出した。


「では、次の案件を――」


「待ってください」


 エレナが止める。


「さすがに今日はやめましょう」


 研究員たちが顔を見合わせる。


「……そうですね」


 誰かが苦笑した。


 しかし。


 翌日には。


 また新しい案件が届いた。


 そして、その次の日も。


 さらに、その次の日も。


 いつしか軍内部では。


 奇妙な現象が起き始めていた。


 本来なら研究会議を開く。


 専門家を集める。


 予算を申請する。


 数年単位の研究計画を立てる。


 ――その前に。


「ステラに頼めないか?」


 誰かが言う。


 最初は冗談だった。


 やがて。


 冗談ではなくなった。


     *


 そんなある日。


 エレナのもとに、一件の依頼候補が届いた。


「……これは」


 旧型戦略兵器。


 失われた制御理論。


 現在の兵器開発にも影響する重要資料。


 これまで何年もかけて研究されてきた。


 当然。


 ステラに依頼すれば、解決する可能性は高い。


「……依頼しましょう」


 エレナは言った。


 だが。


 今回は。


 少し違った。


     *


「はい、これ」


 よろず屋。


 軍人がデータチップを差し出した。


「今回も解析をお願いします」


「了解♪」


 ステラが受け取る。


 いつものように。


 ほんの一瞬。


 ――停止。


 そして。


「……」


 笑顔が消えた。


「これ」


「はい」


「誰が知りたいの?」


「軍研究部です」


「そうじゃなくて」


 ステラがデータチップを見る。


「誰が、これを使おうとしてるの?」


 軍人は答えられなかった。


「……研究目的です」


「ふーん」


 ステラはデータチップを返した。


「やらない」


「……え?」


「お断り」


「理由を伺っても?」


「これは仕事じゃないから」


「ですが、報酬は――」


「そういう問題じゃないよ」


 ステラは首を横に振る。


「できるよ」


 軍人が目を見開く。


「……できる?」


「うん」


 即答。


「内容は分かってる」


 それはいつものステラだった。


 データを受け取った。


 内容を把握した。


 だから、分かる。


「でも、やらない」


「なぜです?」


 ステラは少しだけ考えた。


 そして。


「これを知ったら」


 静かに言う。


「戻れなくなる人がいるから」


「……」


「知らないほうがいいことって、あるでしょ?」


 ステラはいつもの笑顔に戻った。


「私は、そういうのを仕事にしたくないんだ」


 軍人は何も言えなかった。


「お金を積まれても?」


「うん」


 ステラは頷く。


「それは売り物じゃないよ」


 そして。


「ごめんね♪」


 いつもの軽い笑顔。


 しかし。


 軍人には、その笑顔が妙に怖かった。


 店を出る前。


 軍人は振り返った。


「……あなたにも、できない仕事があるんですね」


 ステラは少し考えた。


「あるよ」


 そして。


「いっぱいある」


 笑った。


「私だって、なんでも屋じゃないからね♪」


 扉が閉まる。


 ステラは一人、店の中に残った。


「……」


 手の中には、いつもの工具。


 何事もなかったように作業へ戻る。


「さて」


 小さく呟く。


「ロボット作ろっと♪」


 その声は。


 いつも通りだった。




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