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第6話:父の形見と、神話の謎

特捜本部の無機質な小部屋に、署長の苦々しい溜息が響いた。


「――バカ者があああッ!! 証拠品の中に私的な父親の遺品が混ざっていたからといって、無断で私邸に持ち帰るなど……お前、それがどれほどの公私混同だと思っているのか!」


デスクを叩きつけた署長の顔面は、怒りと焦燥で歪んでいた。

カレンは直立不動のまま冷たい床を見つめていた。証拠品の私的持ち出し、そして管理不徹底による重要データの強奪。本来であればその場で制服を脱ぎ捨てさせられても文句の言えない大失態だった。


「幸い、データが強奪された件も包み隠さず上に報告した。だが、本部の監査部門からは『即刻の懲戒免職』を求める声が上がっている……!」


「……っ!」


「だがな」署長はデスクに額を押し付け、苦渋に満ちた声を絞り出した。「お前が父の遺品に惑わされた事情は酌む。本部の連中には俺が頭を下げて突っっぱねた。お前に対する処分は、1週間の自宅謹慎の形にねじ曲げた。……いいか、これが精一杯だ。これ以上組織を裏切るような真似をしてみろ、その時は俺もかばい切れん。おとなしく家で頭を冷やしてろ」


重い処分と、署長の隠しきれない庇護を受け、ぼろぼろの心で自らのマンションへと戻ったカレンを待っていたのは、冷え切った絶望だった。


リビングの玄関ドアはまだ修復されておらず、黄色い立入禁止テープが張られ、その前には警備の警察官が一人、硬い表情で立っていた。身分証を示して中に入ると、部屋の中には無数のエネルギー残留反応を調べるマーキングや、破壊された壁の痕が生々しく残っていた。


そのリビングの床の隅で、前回の襲撃で受けた電磁パルス障害により、シオンは完全に機能を停止し、ただの冷たい金属の塊と化していた。


カレンは足を止め、複雑な視線を投げかけながらその躯体を見下ろした。

ロボットという存在そのものに対する拭えない警戒と嫌悪感。それでも、自分を護るために盾となり、機能停止した相棒を前に、彼女の胸中には言い知れない重苦しい感情が去来していた。


その時、玄関の方から重い足音が響いた。警備の警察官に案内され、私服姿の男がスタッフを連れてリビングに入ってきた。


「失礼するよ、カレンちゃん」


見覚えのある顔だったが、かつてのあどけなさは消え、研ぎ澄まされたエンジニアとしての鋭い眼差しが加わっていた。

カレンはわずかに目を見開いた。

「……天童……さん?」


「正解。すっかり大きくなっちゃってね」


現役の先端ロボット工学ベンチャー『アーク・システムズ』の代表取締役を務める天童湊てんどう みなとは、かつて桐生博士の右腕として研究チームに所属していた男だった。特捜からの極秘要請を受け、破損したシオンの検証のために自ら現場へと駆けつけたのだ。


天童は停止したシオンの躯体を一瞥し、静かに息を吐いた。

「今のシオンのスペックじゃ、あのファントムの出力を前にしてはスクラップにされるのがオチだ。……警察からの回収要請の件だが、スタッフ任せにはしない。僕が直接この手で引き受ける」


天童はまっすぐにカレンを見据え、重みのある声で言った。

「お世話になった桐生先生の愛娘である君が、あんな呪縛に命を狙われている。……先生の遺した技術が暴走しているのなら、そのツケを払うのは僕たち技術者の責任だ。うちの最新カスタムチップをぶち込み、対ファントム用の戦闘アルゴリズムを急ピッチで叩き込む。シオンを、君を護り抜くための最強の盾に生まれ変わらせてみせるよ」


天童の指示で、スタッフたちが専用の大型搬送カートを組み立て、シオンの重い巨体を慎重に乗せていく。

天童たちがシオンの機体を乗せたカートと共に去っていったあと、カレンは一人きりのリビングに取り残された。

張り詰めていた糸が切れ、制服のポケットに指を入れた瞬間、硬い金属の感触に触れた。


取り出したのは、一本のプラチナ製のペンダントだった。

それは、両親が殺される直前、最後の誕生日プレゼントとして父親からもらったものだった。


――『カレン、将来何があったとしても、これだけは肌身離さず持っていきなさい。いつか必ず、お前の盾になるから』


生前、父がそう言って首にかけてくれた記憶が蘇る。

カレンはペンダントの留め具や装飾を細かく指で探った。ふと、微かな違和感を覚え、側面の小さな溝に爪を立ててスライドさせた瞬間――カチッ、と冷たい金属音が響き、精巧なロックが外れた。瞬間、プラチナのトップが微かに跳ね上がり、朝の薄明かりを反射して鋭い白銀の光がカレンの瞳をかすめた。


内部から姿を現したのは、極小の物理データ読み取り端子だった。


「……これ、は……?」


驚いたカレンが、その端子を自身の特捜端末に接続する。瞬時に画面が立ち上がり、テキストデータが展開された。

そこに記されていたのは、ファントムの技術的なバックドアや弱点ではなく、さらに根本的な秘密だった。


――『我が研究が悪用され、自律兵器が暴走したときの最終安全装置キルスイッチ。その起動コードは、我が愛娘カレンとの約束の中に眠る』


キルスイッチ自体の具体的なコードはここにはない。ヒントとして記されていたのは、幼い頃に父から何度も聞かされた、ある古い「神話の記憶」だった。


『神が人間を創造した。しかし、人間はその知恵を奢り、悪事を重ねた。怒った神は、人間を罰するため、全地を水で覆い尽くす大洪水を起こした。――だが、その絶望の淵にあっても、神との「聖なる契約カヴェナント」を違わなかった者だけが、新たな世界を許された』


(神話……? 父さんからよく寝る前に聞かされたっけ。大洪水、そして神との契約……。たしか、ただ生き延びただけじゃなく、父さんが強調していた『神との約束の証』のようなものが別にあったはず……)


カレンは記憶の糸を必死に手繰り寄せようとしたが、どうしても肝心な細部が思い出せない。

たしか、その神話の詳しい解説が載っている古い研究手帖や、父親が遺したメモが、かつて家族で暮らしていた実家の書斎の本棚のどこかに眠っているはずだった。


両親を殺されて以来、二度と足を踏み入れることのなかったあの忌まわしい実家へ、カレンは車を走らせた。

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