第2話:沈黙のパトロールと、近くて遠い1.5メートル
「行くわよ、鉄屑。管内のパトロールよ。さっさとついてきなさい」
カレンは吐き捨てるように言うと、取調室のドアを乱暴に開けて廊下へ歩き出した。ユウキは動揺を押し殺し、彼女の背を追う。
足を踏み出すたび、関節部から低い駆動音が鳴る。視界には見慣れない情報が流れていた。
Target : KAREN KIRYU
Distance : 1.5m / Vital : Normal / Stress Level : High
前を行くカレンの心拍や筋緊張が数値として流れ込む。彼女がふと背後を流し見るたび、ストレスレベルが跳ね上がる。
(ごめんね、カレン。怖いよね)
署の裏手の駐車場に出ると、春の風が生ぬるく吹いていた。カレンは運転席に滑り込み、車載AIの案内を冷たく遮る。
「マニュアルモードへ移行。音声アシスト、完全オフ」
彼女は自らハンドルを握った。機械に命を預けたくないという意思が、指先の力に表れている。ユウキは助手席で身を低くし、サスペンションが沈むのを感じた。
車内は沈黙に支配される。カレンは前だけを見てアクセルを踏む。横顔を盗み見ると、唇は強く結ばれていた。
Target Status : Heart Rate 112bpm
赤信号で停車したとき、カレンが低い声で言った。
「……おい、鉄屑」
『ハイ、桐生刑事。何カ御用デショウカ』
「管内の航空管制ネットワークに、未登録の機が紛れ込んでいる。配達ドローンに偽装しているらしい。あんたの眼で位置を捕捉しなさい」
『了解シマシタ。空間スキャンヲ実行シマス』
ユウキの視界が切り替わり、周囲がワイヤーフレームで展開される。生前の分析力と機体の処理能力が一瞬で結びつく。
『報告シマス。北北東、距離320メートル地点。未登録動体ヲ確認』
「ふん。機械の目だけは優秀ね」
カレンはサイレンを鳴らし、迷いなく発進した。路地裏で急停車したとき、彼女は言い捨てる。
「あんたは車で待機!」
ダッシュボードの下からネットガンを掴み、カレンはドアを蹴って飛び出した。上空の違法ドローンが反転し、底部ハッチから小型焼夷弾を投下する。
「チッ……!」
カレンは流れるように拳銃を抜くが、指が止まる。周囲は住宅街だ。空中で焼夷弾を撃てば、破片が民間人を巻き込む。
Target Status : Heart Rate 130bpm / Muscle Tension : High
Warning : 桐生刑事オヨビ民間人ヘノ致命的被害ヲ予測。人命保護プロトコルヲ最優先
(今なら、動ける!)
ユウキの意思と機体の『人命保護』が一致した。助手席のドアを勢いよく開け、アスファルトを蹴る。内蔵アクチュエータが咆哮し、鋼の巨体が爆発的に加速する。舗装にひびを残し、シオンはカレンの真上へ跳躍した。
「待機しろって言ったでしょ!」
カレンの声が下から聞こえるが、ユウキは止まらない。空中で腕を伸ばし、落下する焼夷弾を鷲掴みにした。手の中で火花が散り、着火プロトコルが作動する。
ユウキは焼夷弾を抱え、ビルの壁を蹴って二次跳躍。ドローン本体に肉薄し、焼夷弾ごと胸部装甲へ押し当てた。瞬間、ドローンのバッテリーと焼夷弾が連鎖爆発する。
シオンは巨大な盾となり、爆風と破片をすべて受け止めた。装甲は焦げ、煙が上がるが、下にいる人々には欠片一つ届かない。
ズスゥンッ――重い着地音。土煙が晴れると、シオンは立ち上がっていた。
カレンが駆け寄る。怒りが声に滲む。
「勝手な真似をしないでって言ったはずよ! 誰が飛べって言ったのよ。あんたはただの盾だって言ったでしょう!」
『……申シ訳アリマセン。民間人及ビ桐生刑事ヘノ被害予測ガ規定値ヲ超エタタメ、自律判断ヲ優先シマシタ』
カレンは装甲の隙間を掴み、睨みつける。だが指先は微かに震えている。ユウキのセンサーは、その震えを正確に捉えた。
(……ユウキみたいな、不器用な庇い方)
カレンは一瞬、顔を曇らせてから首を振る。機械に意思があるはずがないと自分に言い聞かせるように、乱暴に手を離した。
「ドローンの確保は確認した。メモリを抜き出して解析に回しなさい。次に行くわよ」
冷たく背を向けるカレンの背中に、ユウキは静かに追従する。視界の数値は、ほんのわずかだけ下がっていた。
Target : KAREN KIRYU / Hostility : 98%
(カレン。まだ鉄屑のバディかもしれないけど……絶対に君を守る)
シオンは微かな駆動音を立て、焦げた装甲の熱を冷却しながら彼女の背を追った。




