第11話:決戦の代償
静まり返った深夜の山あい。町から遠く離れた旧研究所の敷地周辺に、カレンたちが仕掛けた微弱な電子ビーコンが静かに作動していた。
「……反応があったわ! 旧研究所の敷地内へ奴が侵入した!」
作戦室からの連絡を受け、カレンとシオン、そして署長を乗せたパトカーが旧研究所の正門前へと急停車する。車を降りた瞬間、冷え切った夜気に乗って、軋む金属音と不気味な低周波のうなりが耳を突いた。
月明かりに照らされたかつての研究所。その中庭の中央に、奴はいた。
冷たい青色のセンサーアイを闇の中でギラつかせ、ファントムが偽のシグナルを追って姿を現す。こちらに気づいた瞬間、その巨体が音もなく跳ね、殺気すら感じる猛スピードで距離を詰めてきた。
「――来るぞ!」
署長の怒号と共に、ファントムが襲いかかる。
だが、その姿を見たカレンとシオンは、同時に息を呑んだ。先日の地下聖堂で自ら切り捨てたはずの左腕には、いつの間にか未知の金属で作られた巨大なアックスが取り付けられていたのだ。自ら改造したのか、あるいは裏で糸を引く何者かが与えたのか――それは定かではないが、明確な「殺意の刃」がそこにあった。
素手同士のパワー比べであればシオンが上回っていたはずだが、リーチと殺傷能力を伴う武器を前に、そのアドバンテージは完全に相殺されていた。
ガィィンッ……!!
ファントムが振るうアックスが地面を抉り、凄まじい風圧と火花を散らす。
さらに厄介なことに、天童の開発した『逆位相パルス』は、遠隔ではなく相手に直接接触していなければ効果を発揮しない。巨大なアックスを縦横無尽に振り回されると、シオンにとってもその危険な間合いへ踏み込むことすら容易ではなかった。
一進一退の攻防が続き、緊迫した膠着状態が辺りを支配する。
その戦況を遠巻きに見つめながら、署長は苦渋に満ちた表情でポケットの通信機を握り締めていた。
(カレンの想いは痛いほど分かる……だが、これほどの危険な暴走兵器を放置すれば、他の署員たちの命まで奪いかねない。もしもの時は……容赦なく破壊兵器で木端微塵に吹き飛ばすしかないか……)
署長の胸中にあるのは、警察組織の長としての冷徹で現実的な判断だった。
一方、シオンの内部でユウキの思考回路は狂おしく回転していた。
(署長はきっと、これ以上リスクが高まれば破壊を命じるだろう……。そうなったら、カレンの父親の研究成果も、彼女の最後の希望もすべて消え去ってしまう……そんなこと、絶対にさせない!)
シオンのコアの底で、ユウキは自らの存在意義を賭けた決意を固める。
カレンの願いを守るためなら、自分の躯体がどうなろうと構わない。
(行くぞ……!)
シオンは全ての防御をかなぐり捨て、正面から突撃を敢行した。
だが、ファントムが容赦なく振り下ろしたアックスの刃が、シオンの左肩から腕部にかけて深く突き刺さり、凄まじい金属音と共に左腕が根元からスパリと切り落とされた。さらにその勢いのまま、首元から斜めにかけて装甲がざっくりと切り裂かれ、火花と冷却液が盛大に噴き上がる。
「シオンっ……!?」
カレンの悲鳴が夜空に響く。
しかし、シオンはそのボロボロに崩れかけた巨体をさらに踏み込ませた。逆位相パルスを叩き込むためには、相手をしっかりと掴まなければならない。残された右腕を失えば、もう二度とチャンスは訪れない。
(――『重力制御の逆位相パルス』、最大出力展開……っ!!)
シオンは身を挺してファントムの懐に飛び込み、その巨体を右腕で力任せにガッチリと抱え込んだ。至近距離で叩き込まれた重力パルスにより、ファントムの内部ジャイロがエラーを起こし、その凶悪な動きがぴたりと停止する。
(今だ……カレン、早く……っ!)
シオンの内部から発せられた無言の叫びに呼応するように、カレンは迷いなく走り出し、ファントムの胸部ポートへ端末の接続ケーブルを叩き込んだ。
「キルコード、転送開始……!」
モニターのプログレスバーが、0%から急速に上昇していく。
20%……50%……70%――。
「いける……!」カレンの瞳に希望の光が宿った、その瞬間だった。
グ……ガガガガッ……!!
強制停止しているはずのファントムのセンサーアイが再び赤く不気味に輝き、システムが強引に再起動を始めた。プログレスバーは80%でピタリと止まり、エラーの警告音が耳を突く。
(くそっ……! 処理速度が足りない……このままではコードが弾かれる……っ!)
絶望的な状況を打破するため、シオン(ユウキ)は狂気的な判断を下した。
先ほどの攻撃で根元から引き千切られ、スパークを散らす左腕の断面――その本体側に残る高圧給電端子を、ファントムの露出した外部ポートや装甲の隙間に文字通り無理やり押し付けたのだ。
(全エネルギー回路、直結オーバーロード……ッ!!)
ユウキの意思に従い、シオンの躯体から限界を超えたフルパワーの過電流が、千切れた左腕の断面からファントムのシステムへと直接叩き込まれる。
「ガァァァ……ッ……!」
ファントムから今まで聞いたこともないような悲鳴じみた駆動音が漏れ、その動きが完全に泥のように鈍っていく。
だが、その代償はあまりにも大きかった。シオンの内部ネットワークに凄まじい負荷が逆流し、ユウキの意識を保っていたメインプロセッサが次々と焼き切れていく。
(あぁ……カレン、君の願いは……これで……)
視界が急速に白濁し、思考の海が深い闇へと沈んでいく。最後に残ったのは、カレンの無事を祈る微かな演算の残響だけだった。
ボロボロに破壊され、火花を散らすシオンの巨体が、ガクリと力なくその場に崩れ落ちる。
静まり返った中庭に、プログレスバーが「100%」に到達したことを告げる電子音だけが、虚しく響き渡るのだった。
Target : KAREN KIRYU / Hostility : ??(計測不可)




