第10話:過ぎ去る一週間と、水面下の決意
警察本部での独断専行を咎められ、カレンに下された謹慎処分。その期間は、ちょうど1週間だった。
公式な捜査権限を剥奪され、署内への立ち入りさえ制限されたカレンだったが、彼女はその時間をただ無為に過ごしたりはしなかった。自宅の書斎にこもり、亡き父が残した膨大な研究データや、これまでのファントムとの交戦ログを夜通し解析し続けていたのだ。
「天童さんの言う通り、逆位相パルスによる硬直時間はせいぜい3秒から5秒。……その極限の短時間で、奴のポートにコードを直結し、キルコードを送り込むための接続手順を確立しなきゃならない」
カレンは自宅のデスクに投影した仮想端末に向かい、指先を凄まじいスピードで走らせていた。
生身の人間が暴れ狂う怪物の懐に飛び込み、わずか数秒の間に正確に接続を完了させる。普通に考えれば不可能な芸業だが、彼女は父の遺した解析アルゴリズムを応用し、一連の入力動作を極限までショートカットするためのシミュレーションを重ねていた。
何度も仮想空間でエラーを吐き出しては修正を繰り返す。睡眠時間を削り、食事もろくにとらずにキーボードを叩き続けるその姿は、憑かれたように執念に満ちていた。
その様子を、部屋の隅に控えるシオンのメインカメラが静かに、そして痛切に見つめ続けていた。
(またそんな無茶をして……! たった数秒の隙に飛び込むなんて、一歩間違えば一巻の終わりだぞ……っ!)
シオンの内部で、ユウキの思考回路は焦燥のあまり加熱し、冷却ファンがうるさいほどの回転音を上げていた。
警察ロボットであるシオンは、基本的には人間の命令に絶対服従であり、勝手にプログラムを書き換えて単独行動を起こすことなどできない。例外的に許されるのは、法に定められた「人命の危機が切迫した際の緊急回避・優先指示」が発動したときだけだ。
(もし当日、カレンが懐に飛び込もうとして命の危機に晒されたら……僕は命令を優先して、ファントムを拘束するどころか、その巨体を木端微塵に破壊・粉砕するしかないのか……?)
シオンの視界の隅で、冷徹なシステムモニターが微かに明滅する。
やがて、緊迫した1週間が経過し、カレンの謹慎が明けた。
処分が解けたその日の朝、カレンは署内の作戦室で署長と向き合っていた。今後の作戦について話し合う中、署長が苦い顔をして呟く。
「……ファントムの機体そのものは、かつて桐生博士が遺した技術の残滓だ。もしキルコードさえ正常に送り込むことができれば、暴走を引き起こしているコアプロテクトも、書き換えられた制御プログラムも、すべて元の正常な状態に戻せる可能性はある……だが、奴を傷つけずに無力化するなど、現実的に可能なのか?」
その署長の言葉を聞き、カレンはわずかに表情を曇らせ、しっかりと拳を握り締めた。
「……壊したくないんです。父が遺したあの機体を、これ以上怪物に汚されたままにしたくない。私の手で、正しい姿に戻してあげたいの」
そのカレンの胸の内を、メンテナンスリンクを通じてシオンの深部で聞いていたユウキは、ハッと息を呑んだ。
彼女はただ仇を討ちたいわけではない。父親の形見でもあるあの機体を、心の底から救いたいと願っているのだ。
(そうか……カレンは、あの機体ごと救いたいんだ。なら、力任せに破壊するなんて選択肢は絶対にダメだ。彼女の願いを叶えるために、僕が完璧に奴を抑え込んでみせる……っ!)
警察本部の整備ドックに、重々しい金属音が響いていた。
天井のLED照明が青白く照らし出す中、シオンの躯体に組み込まれた『重力制御の逆位相パルス』の最終同期テストが行われている。稼働テストは完璧だった。あとは、本番でファントムを確実に捉え、3秒から5秒の硬直を生み出すタイミングを計るのみだ。
作戦室のモニターには、町から遠く離れた山あいに佇む、かつての旧研究所の図面と、そこに仕掛けた監視網のマップが投影されている。
「準備はいいか、カレン」
署長が腕を組み、険しい表情で振り返った。
カレンは制服の上からプロテクターを締め直し、手元にある端末のキルコード送信用プログラムを最終確認していた。その瞳に迷いはない。
「ええ。町から離れたあの旧研究所の地下に、父の未公開データを収めた隠し保管庫があるという偽のシグナルを放ったわ。自律型のあいつなら、父の痕跡を追って必ずそこに誘き寄せられる」
彼女の背後には、微動だにせず佇むシオンの巨体があった。
その内部深部で、ユウキはカレンの動線を完全バックアップするためのシミュレーションを無限にループさせている。
(絶対に、君には指一本触れさせない……!)
静まり返った作戦室には、決戦前夜特有のピリついた緊張感が満ちていた。
Target : KAREN KIRYU / Hostility : 92%




