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「─では私からセン・マイルズに手紙を書こう」
「お任せします、フォワード公爵」
リオンの改まった物言いに、少し笑ってサーシャは次の話題に移った。
「私とお母さまは王妃様と件の侯爵令嬢と話の摺合せをするわ、早ければ明後日に」
「ええ。
あ、そうだわニナ貴女にも協力して欲しいのよ」
「─へ?」
蚊帳の外だとばかり思っていた自分の名前を呼ばれて、ニナはちょっと間の抜けた声を上げた。
「眠いの?」
「あら、じゃあお話しは明日にしましょうか?」
アニスとサーシャの言葉に、ニナは首を横にブンブン振り眠くないアピールをする。
「だいじょぶ!いっぱいおひるねしたから!」
「そうなの?」
「うん!だからお母さまきょうりょくってなに?」
アニスはニナの小さく柔らかな手に、自分の手を重ね言った。
「ニナルディア・フォワード。
王妃様は貴女の証言をとても重要なものだと考えてらっしゃいます」
ニナに向かってサーシャも言う。
「だから貴女にも二ヶ月後の園遊会に参加して欲しいのですって」
「……え」
「皇太子様もそれを望んでいるんだ」
エルンストの発言にも驚きニナは振り返る。
「園遊会には発言力の強い者ばかりが、招待されている。
そこでおまえにクリフォード殿下からの被害を訴えて欲しいのだと」
(─園遊会への参加は願ってもないことだわ。でも)
ニナは考える。
皇太子殿下と王妃様が、自分に園遊会への参加を要請して来たのは、クリフォードから何らかの被害を受けた者のなかで、身分が高くとびぬけて幼いからなのだと。
そして彼がサーシャと両親が居ないフォワード邸に、友人である令嬢たちと押しかけ騒いだ公的な記録がしっかりと残っているからだ。
『見舞いだと嘯き、高熱で苦しむ幼児の枕元で騒いだ』などと国中に広まれば、いくら王がクリフォードを庇おうが彼の評判が落ちることは目に見えてる。
だからこそニナは思う。
─ニナの証言のせいで自分が落ち目になったと逆恨みしたクリフォードに、私はまた殺されるのではないか、と。
テーブルに乗せた手を強く握る。
クリフォードとサーシャの結婚は絶対阻止したいし、園遊会にも参加はしたい。
でも。
あの時のようにクリフォードが、ニナを突き飛ばしたら?
あの時のニナは十八歳だった。大人だ。
それでも男のクリフォードに、バルコニーから突き落とされあっけなく死んだ。
今のニナはたったの四歳だ。
少し強く暴力を振るわれでもしたら、簡単に命を落としたり大怪我をしてしまう身体の幼児だ。
ぶるりと身体が震えた。
アニスとサーシャに握られていた手を振り解き、ニナは自分の身体強く抱き締める。
(また、私死ぬの……?)
「大丈夫」
「……リオン?」
か細い声で愛しい人の名をニナは呼ぶ。
リオンは床に膝をつきニナの手を取って言う。
「セン達も園遊会には参加するんだ、フォワード家側の証人としてね。
アイルは剣が得意だし、ダン・ワークスは素手での格闘の名手だ。
エルおじさんもアニス様もサーシャもいる。
あまり頼りにならないかもしれないけど、僕は君から離れないよ。何かあった時君を逃がす時間くらいは絶対稼ぐ」
「だめよ!リオンはそんなことしないで!」
ニナは死にたくないしケガもしたくない。だからと言って自分の代わりに誰かが死んだりケガをするのも嫌だ。
それがリオンならもっと嫌だ。
思いがけないリオンの言葉に、ニナの瞳には涙が浮かび、今にも泣き出しそうに唇を歪めた。
「大丈夫だ、ニナ」
エルンストはニナに近付き優しく頭を撫でる。
「あのぼんくらが激情しておまえに危害を加える可能性については皇太子様も気付いている」
「ええ、王妃様も気付いていらっしゃるわ。
だから貴女の周囲には女性騎士を配置して下さるの。わたくしたちにだって護身の手段はあるのよ」
「だから安心して園遊会に出てくれないか?」
「お父さま、お母さま」
「ニナ」
サーシャはニナに向かって頭を下げた。
「お姉さま?!」
「ごめんなさいニナ。
私がもっと早くクリフォード殿下に見切りをつけていれば、病気の貴女に辛い思いをさせることも、危険な証言をさせることも、他家の人間が傷つくこともなかったのに」
「……え?」
「"私が望むフォワード領"を創り護る為には、扱いやすい人間が必要だから、クリフォード殿下を手放してはいけない。そう思いこんでいたの」
ふ、とサーシャは遠い目をした。
「おねえさま?」
「─だからと言って自分以外の人に、我慢を強いるなんて傲慢でしかないのに。
そんな簡単なこともわからなかったなんて、クリフォード殿下と同じくらい私は愚かだわ」
サーシャは両手の指を組み、室内に居る四人を見回すと立ち上がり言った。
「私が望んで殿下と婚約していたせいで、いらない迷惑をかけ続けてしまってごめんなさい」
サーシャはエルンストに向かって頭を下げる。
「殿下がいいと言い続ける私を次期当主から外せと言う声から、庇い続けてくれていたのにも気付けなくてごめんなさい」
「取り返しがつかなくなる前に気づけたのならいい」
エルンストは胃のあたりを軽く叩いて笑う。
サーシャはアニスに向かって頭を下げる。
「お母様の侍女ホリーの婚約が破談になったのクリフォード殿下のせいよね?
殿下が街でホリーに絡んだところを、お相手のご家族が見て『主人の娘の婚約者と親しげにしている常識のない者とは縁を結べない』と断られたって、今日第二王女様から聞くまで知らなかった」
アニスは目を伏せて頷く。
「貴女だけの責任ではないけれど。……ホリーにも謝罪なさいね」
アニスの言葉にサーシャは唇を引き結んで頷く。
サーシャはリオンにも頭を下げた。
「貴方の誕生日プレゼントを殿下が壊したのも私の愚かさのせいだわ、ごめんなさいリオン」
「遠因ではあるけど壊したのは殿下だよ」
気にしないでと笑うリオンに、サーシャは痛ましそうな表情を向ける。
「でもあのプレゼントは、貴方の亡くなられたお母様からの」
「サーシャ、大丈夫だから。
あのぼんくらを叩き潰す良い材料になったろ?」
リオンの言葉にサーシャは一瞬眉を顰めたが、すぐに顔を戻し四人に向かって再度頭を下げた。
「皆に迷惑をかけ続けてきたのだと、やっと解った愚かな私を許して欲しいとはいいません。
でもだからこそ私は、絶対クリフォード殿下との婚約を破棄したい。
協力してください。お願いします」
深く深く頭を下げたサーシャを四人は見る。
優秀で思慮深く美しく成長したフォワード家の嫡女サーシャ・ミルドレット・フォワード。
領地経営のノウハウも海運に関わる法律も全て頭の中にあり、一つ質問すれば五つは答えを提示してくる才女でもある。
幼い頃から適切な言葉と適切な態度を取り『あの方が跡継ぎならフォワード家は安泰だ』と褒め称えられて来た。
彼女が何よりも愛しているのは、自分を育んだフォワード領だと家族皆が知っている。
数百年フォワード家に受け継がれてきた領地の景観を、一切壊したくないと狂おしいほど考えていることも。
だからこそサーシャは、クリフォードを伴侶に望んでいたことも。
領地経営に欠片ほども興味のないクリフォードなら、自分のやることに反対はされない─されたとしても金さえ渡せば黙るだろうと─と踏んでの白い結婚を望んでいたことも。
だがサーシャは方向転換した。
この先どうフォワード領を活かそうかと考えていた計画も、新たに他国への販路を開拓する為、目を付けていた人材と顔合わせも、全て一度脇に置いて、本気でクリフォードとの婚約破棄を望んでいる。
「サーシャ」
「はい」
「貴女が殿下をいらないと言った言葉に、私たちがどれほど喜んだと思う?」
かるく微笑んでアニスは、サーシャの頬へ手を伸ばした。
「フォワード領を護るための都合のいい相手との結婚は、確かに利にはかなっているわ。でも」
愛おしそうにサーシャの頬を撫でながらアニスは問う。
「そこに『サーシャの幸せ』はある?」
アニスの声にサーシャは俯く。
「サーシャ」
エルンストの低い心地よい声が室内に響いた。
「今の時点でフォワード一族の中で、一番優秀で跡継ぎに相応しいのはお前だ。だがな」
エルンストはサーシャの肩に手を置いた。
「おまえが他の道を行きたいと思うのなら、後継は違う者に変えてもいいんだ」
「でも、」
「好いた相手がいるんだろう?」
「─っ……はい」
「その相手と共に歩みたいのならそうしてもいい。
私はまだ若い。あと二十年くらいならフォワード公爵を続けることは可能だ」
エルンストとアニスの言葉に、サーシャの瞳から涙が溢れた。
「ありがとう……ございます……」
(お姉さまそんなにもセンのことが好きだったの?)
両親と姉に挟まれ身動きできず、三人の会話を聴きながらニナは驚いた。
確かに一度目のサーシャは、センに好意があるのじゃないかとニナも思うが、フォワード家を継ぐことを放棄したいと考えるほどの激情を抱いていたとは信じられない。
たしかにクリフォードに比べたら、紳士的で優秀で浮気なんてしなさそうなセンの方が、遥かに姉を幸せにしてくれる相手であると思う。
だけど。
昨日までのサーシャと、今日のサーシャは何かが違う気がしてならない。
(お姉さま、今日王宮で何かあった……?)
訝しむニナとサーシャを労るアニスとエルンストを、一歩引いた立ち位置で見ていたリオンは、聞こえないくらい小さく舌打ちをした。
土日ぼんくらSideを20:00〜に投稿します。
リオンがちょっと怪しい……(笑)




