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25.

 




 ルミエの全身から噴き出した圧倒的な魔力の奔流は、すさまじい突風となって中庭の薔薇を大きく揺らした。空気がビリビリと震え、常人ならば立っていることすら困難なほどのプレッシャーが広場を支配する。



「……っ、ルミエ!」



 エリカが悲痛な声を上げてルミエへと駆け寄ろうとするが、荒れ狂う魔力の風に阻まれて前に進むことができない。ルミエの赤紫色に染まった瞳は怒りと絶望、そして愛する者を守りたいという強烈な感情によって、完全に理性を失いかけていた。


 まさに彼がその絶大な力を解放し、アルドリックへと襲い掛かろうとした――その瞬間だった。



「――そこまでだ!! 勝負あり!」



 カシウスの魔力を乗せたよく通る声が響き、ルミエがはっと理性を取り戻した。

 その声に呼応するように、テラスから勢いよく駆け下りてきたグラディオラス侯爵が広場へと転がり込んでくる。



「ま、待て! 剣を引け、アルドリック! お前もだ、若き騎士よ!」



 侯爵は息を乱し、全身を震わせながらルミエの元へと歩み寄った。

 アルドリックは、公爵に応じてすっと剣を収める。侯爵はそんな息子の様子を見届けると、震える手でルミエの肩を掴んだ。



「その瞳の色……その桁外れの魔力……。間違いない。君は、ヘリオトロープの血を引いている!」

「へ、ヘリオトロープ……? いえ、私は十年前からの記憶がなく……」



 ルミエが魔力の暴走を何とか抑え込みながら、戸惑ったように答える。

 侯爵の言葉に、中庭の空気が再びピンと張り詰めた。


 バンッ!!


 その重苦しい静寂を破ったのは、迎賓館の裏口の重厚な扉が勢いよく開け放たれる音だった。



「お、お待ちくださぁぁぁぁい!!」



 息を限界まで切らしメイド服の裾を振り乱しながら場に割って入ってきたのは、セレナだった。

 彼女は高く掲げた右手に、銀色に光る何かを握りしめている。


 カシウスは彼女と視線を交わすと、確固たる証拠が手に入ったことを確信してにやりと笑った。



「これを見てください、侯爵様!」



 セレナはずざざざっと見事なスライディングをして侯爵の足元に滑り込むと、手にしていた古びた銀のロケットペンダントを突き出した。



「それは、私の……!?」

「ええ! 帝国側の控室の荷物から、ちょっと……いえ、かなり強引に拝借してまいりました! 中を見てください!」



 セレナの勢いに押されるまま、侯爵は震える指先でペンダントの小さな留め具を外した。

 カチリと微かな音を立てて開かれたその中には、色褪せた女性の肖像画がはっきりと刻み込まれていた。それはかつて侯爵が何度も目にし、そして歴史の闇に葬られたはずの恩人の妻だった。



「おお……おおおっ……!」



 侯爵の両目から、滝のような涙が溢れ出した。

 彼はそのまま崩れ落ちるように膝をつき、ルミエの手を両手で固く握りしめる。



「生きて……生きていてくれたか! 君は私が生涯で最も敬愛した友、ヘリオトロープ当主の忘れ形見だ!」

「私が、その……ヘリオトロープの?」

「そうだ! 友よ、許してくれ……私はあの時、君の家族を救えなかった。だが、その血脈はこうして立派な騎士となって生きていたのだな……!」



 男泣きに泣き崩れる侯爵。ルミエとエリカは、突然明かされた真実と劇的な展開に完全に言葉を失っていた。



「ちょっと待ちなさい! 突然何事ですの!」



 そこへ扇をパチパチと苛立たしげに鳴らしながら、イザベラ夫人がテラスから降りてきた。



「帝国とグラディオラス家のお見合いの席で、身元不明の騎士を旧友の息子だと宣うなど……。この縁談をうやむやにする気ですか!?」

「待ってください、イザベラ夫人。これは帝国にとっても素晴らしい朗報のはずですよ」



 間髪入れず、カシウスが王子スマイルを浮かべてイザベラ夫人の前に進み出た。



「侯爵。貴方は先ほど、親友の忘れ形見を救えなかったと悔やんでおられましたね。ならば今、その罪滅ぼしをするべきではないですか? ――例えば、彼をグラディオラス家の正式な養子として迎え入れるという形で」

「……! そ、そうだ! その通りだ! ルミエよ、今日からお前は私の息子だ! グラディオラス家の総力を挙げてお前を守り抜いてみせよう!」

「なっ……」



 侯爵の鶴の一声に、イザベラ夫人が絶句する。

 カシウスはすかさず、夫人の逃げ道を塞ぐように言葉を畳み掛けた。



「お聞きになりましたか、夫人。彼――ルミエは今、帝国が喉から手が出るほど欲しがっていたヘリオトロープの力を宿す、グラディオラス家の立派な令息となりました。エリカ殿下との身分の釣り合いも完璧だ」



 カシウスは膝をついて男泣きする侯爵と、呆然と立ち尽くすルミエ。そして彼を案じて駆け寄ったエリカの姿を舞台のように手で示してみせた。その光景は、誰の目にも運命の再会であり、抗いがたい物語の結着として映っている。



「アルドリックの代わりに彼をエリカ殿下の婚約者として迎え入れれば、帝国の目的はすべて達成される。違いますか?」

「そ、それは……」



 イザベラ夫人は扇で口元を隠したまま、凄まじい勢いで頭を回転させた。

 確かに色々と扱いづらそうなアルドリックよりも、すでにエリカと深い絆で結ばれており、かつ絶対的な力を持つルミエを引き入れた方が帝国にとっての利益は計り知れない。



「……ええ。カシウス殿下の仰る通り。これも何かの運命でしょう。我が帝国は、ルミエ様を新たな婚約者として歓迎いたしますわ」



 夫人が折れた瞬間ルミエとエリカはお互いの顔を見合わせ、信じられないといった様子でその場にへたり込んだ。絶望的だった身分違いの恋が、嘘のように丸く収まってしまったのだ。

 エリカの瞳から、安堵と喜びの涙がこぼれ落ちる。


 感動的な大団円。誰もがこの奇跡のような結末に胸を打たれ、中庭は温かな空気に包まれていた。



「父上が彼を養子にして、彼が皇女殿下と結婚する……。ということはつまり、俺の見合いは完全に白紙になったということか?」

「ああ。そういうことだよ、アル。君は自由の身だ」



 カシウスが愉快そうに告げると、アルドリックの顔がみるみるうちに輝き始めた。

 まるで世界を救った勇者のような、いや、それ以上の希望に満ちた眩しい笑顔を浮かべ彼は両手を大きく広げた。



「やったぞ!! シャルぅぅぅぅぅぅぅ!!」

「えっ、ちょ、ばっ――!」



 ドスン という鈍い音と共に、アルドリックはメイド姿のシャルミーヌに猛烈な勢いで抱きついた。

 いや、抱きついたというより、もはや愛の弾丸によるタックルに近い。



「俺たちの愛を阻む壁はすべて消え去った! 見合いは破談だ! さあ、今すぐ俺と一緒にグラディオラス家の戸籍に入ろう! いや、いっそこのまま新婚旅行に出発するべきだな! 行き先は君の瞳と同じ赤い薔薇が大量に咲くところにしよう!」

「重い! 苦しい! 離れなさい、アルっ……じゃなくて、旦那様!!」



 生真面目なシャルミーヌにとって両国の重鎮や王太子、さらには他の使用人たちまでが見ているこの公の場でこれほどの過剰なスキンシップをされるのはあり得ないことだった。



「とりあえず早く離れて! その話は貴方の魔法を解いてからにしましょう!」

「解く必要などない! 俺の愛は魔法などというちゃちな枠組みをとうに超えている! 俺の魂がシャルという名の奇跡を求めているんだ!!」

「だーかーらー! 声が大きい!! 誰かこの暴走機関車を止めてえぇぇっ!」



 美しい薔薇が咲き乱れる迎賓館の中庭には感動の涙を流すルミエとエリカ、それを満足げに見守るカシウスとセレナがいた。



「ふふっ、『愛』ですね! シャルミーヌ様!」

「ああ、紛れもなく『愛』だな」

「……っ、レナ! それにカシウス殿下!うぅ……うるさい!!」



 助けてもらった恩義があるだけに強くも言うことができず、真っ赤に染まったシャルミーヌが苦々しげに叫ぶ。そして――。



「シャル! 愛している! 宇宙の何よりも!」

「うるさーーーい!!」



 周囲の空気など一切お構いなしに今日も今日とて重すぎる愛をぶつけるアルドリックと顔を真っ赤にしてツッコミを入れるシャルミーヌの、ドタバタと騒がしい声が天高く吸い込まれていったのだった。






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