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文学少年の恋物語 〜令和版源氏物語〜  作者: AYASAM
1年生2学期
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93/117

自分磨きその1 紹介:外見担当/夏の自由研究その8 前期末考査に向けて

 週明けの9月12日。昼休みのチャイムが鳴った。


普段は誰かを誘って学食へ直行するところだが、今回は教室の前のドアの近くで待機する。

ほどなく中虫壁さんが近寄ってきて、少し緊張した面持ちで俺を見た。


「大丈夫?」

「うん。篠原さんに話は通してるよね?」

「もちろん」


正確には、「紹介したい人がいる」までだが。

細かい内容は、直接会ってからじゃないと意味がない。


廊下に出ると、すぐに目的の人物が見えた。

同じA組の女子が数人集まっている先、その少し外れで、壁にもたれながらスマホをいじっている。


彼女と中虫壁さんはクラスメイトだが、一度も話したことがないがないらしい。それも納得で、同じ女子グループに所属しない限りは、接点などそうそう生まれるものではない。

中虫壁さんはあまり外交的な性格ではないようで、花形のサッカー部とはいえ友達は少ないとのことだ。


……さて、ご対面だ。俺は中虫壁さんに目で合図を送る。彼女は小さく頷いた。


「栄子」


俺が声をかけると、栄子はちらりと視線だけを上げた。


「来たわね」

「昼休みに悪いな」

「別にいい。それで、その子がLINEで言ってた紹介したい子?」


 そう言って、中虫壁さんに視線を向ける。彼女は一瞬固まり、それから慌てて一歩前に出た。


「はじめまして。中虫壁綾子です。同じA組ですけど、私のことはご存知……」

「もちろん知ってる」


栄子が即答する。


「話すのは初めてね」

「はい。よろしくお願いします」


深く頭を下げる中虫壁さん。その様子を、栄子は無表情で眺めてから、俺に視線を戻した。


「それで?」


短い一言。さっさと本題に入れという圧がすごい。

俺は一度息を吸ってから、言った。


「中虫壁さんの外見プロデュースを頼みたい」


栄子の眉が、わずかに動いた。


「……外見?」

「ああ。服装、髪、化粧。やれること全部お願いしたい」


俺の話を聞き、栄子が中虫壁さんを直視する。中虫壁さんが慌てて補足する。


「無理なお願いなのは分かっています。でも、私は……」

「変わりたい?」


栄子が言葉を被せる。中虫壁さんは目を見開いて、こくりと頷いた。

そこから数秒の沈黙。A組の昼休みの教室は、かなり静かだ。


「和人」

「うん?」

「対価は?」


おっと、来たな。体育祭のときは対価を提示して乗り切ることができたが、今回もそれが通用すればよいが。


「本、でどうだろう?」


彼女の口元が、ほんの少しだけ緩むのを俺は見逃さない。


「詳細は後日要相談で」


予想はしていたが、一筋縄ではいかないな。

外見に関して全部を見てくれる場合、どれだけ時間がかかるか想像できないし。


「わかった」


栄子は腕を組み、きょとんとしている中虫壁さんを改めて見た。


「中虫壁さん」

「はい」


名前を呼ばれた彼女が姿勢を伸ばす。


「覚悟はできてる?」

「……できてます」


どこか緊張した様子の中虫壁さんに、栄子はふっと息を吐いた。


「いいわ」


俺の肩の力が、一気に抜ける。


「今日から私が――」


一拍置いて、はっきりと言った。


「あなたをプロデュースしてあげる」


その言葉に、中虫壁さんが目を見開く。


「いいんですか?」

「逃げるなら今よ?」

「逃げません!」


その返答を聞いて、栄子は満足そうに頷いた。


「なら決まりね」


俺は、なぜか自分まで背筋が伸びるのを感じる。

顔合わせがうまくいき、契約を交わすことに成功した。

これで彼女は一歩、前へと進めるだろう。

彼女の自己磨きがどうなっていくのか。長い目で見守っていくつもりだ。


***

 六時間目。

俺は第一講義室の後方に、日代さんと万和人と三人並んで席を取る。先週と同じ場所だ。

広い講義室は相変わらずざわついているが、今日は少し空気が違う。

試験一週間前。部活動も原則停止となり、どこか全体が引き締まっている。


俺は机の上にスマホを置いた。

週末の三人のグループチャットのやり取りが頭に浮かぶ。


・今週で試験対策のやり方を固める。

・目標、ツール、環境。この三つを決め、各々がソロで実践していく。

・週の途中で修正日を設ける。細々した修正は適宜行う。


既読はすぐについた。細かい返事はなかったが、二人とも了承している。


「じゃあ早速始めようか」


俺が言うと、日代さんが小さく頷いた。


「うん、いいよ」


万和人も背もたれにもたれたまま、軽く手を上げる。


「司会は任せた」


俺は軽く息を吐いてから、二人を見た。


「事前の話し合い通りで、今日は個々の試験勉強の進め方について、目標、学習ツール、学習環境の順に決めていこう」

「了解」「はいよ」


二人とも特に異論はなさそうだ。


「まずは目標設定から。これは前回のテスト結果を基に決めていくね」


そこで一拍置く。


「じゃあ、皆のテストの点数を開示するね」


テスト結果の開示については事前に皆に許可をもらっている。

そのため、改めて聞く必要はない。


「うん、大丈夫だよ」

「おう。たぶん俺が最下位だ」


あっさりと返ってくる。

俺は頷いて、スマホのメモを開いた。

先週、三人分の結果をまとめておいたやつだ。


「じゃあ、整理する」


画面を軽くスクロールする。

表形式で名前と各教科の点数が記載されている。


「まず俺から、国語と英語は平均より上だね。一方で数学と物理基礎は低い」


自分で言っていて、改めて分かりやすい偏りだと思う。理系に難ありだ。


「日代さんも俺と似たような感じだね。理系がちょっと低め」

「うん……数学は苦手」


あっさり認める。誰も笑ったりはしない。


「万和人は――全体的に低いかな。ただ、数学は平均より上だね」

「そこ拾う?」

「そりゃーね。俺達負けてるし」


そう返答しつつ日代さんに視線を送ると、薄い笑みを浮かべた。

強みは強みだ。万和人は肩をすくめている。


「まあ、他は終わってるけどな」

「そこは研究ついでに改善していこう」


短く返す。日代さんが画面を見て口を開く。


「つまり、私と古暮くんは理系が弱くて、櫻井くんは全体的に弱いと」

「ちょ、日代さん言い方」

「まあまあ」


俺は万和人をなだめる。日代さんは腕を組んで、少し考え込むような顔をしていた。


「……じゃあ、理系に時間かける感じ?」

「基本はそうなる」


俺は頷く。


「ただ、全部同じ配分にはしない」


指で机を軽く叩く。


「文系は維持でいい。今のやり方で点取れてるなら、時間かけすぎる必要はない」

「たしかに」

「余った時間を理系に回す」


シンプルだが、これが一番効率がいい。万和人が口を開く。


「俺は?」

「全部やろう」

「なんか雑?」

「でも優先は決めるよ。まずは赤点回避ライン。その上で、やれそうな教科を伸ばすだけ伸ばす」

「おう」


意外と素直に頷く。俺は軽く整理してから、次に進む。


「じゃあ、具体的な目標を決めようか」


ここが重要だ。漠然と頑張るではダメなのだ。


「前回比でどれだけ上げるか、もしくは点数で設定する。あと、科目ごとに優先順位つける」


日代さんが身を乗り出す。


「点数で決めた方がいい?」

「どっちでもいい。ただ、曖昧なのはなし」

「なるほどね」


万和人はちらりと天井を見上げた。


「じゃあ俺、全部平均いきたい」

「いいと思う」


現実的だ。


「数学は?」

「……平均+10くらい?」

「いいんじゃない」


俺はメモに書き込む。次に日代さんを見る。


「日代さんは?」

「うーん……英語はこのままでいいとして」


一拍考える間を置く。


「数学、前回より+15くらいかな」

「結構上げるね」

「やらないとまずいし」


苦笑しながら言う。


「他は?」

「全体的に+10点くらい」

「了解」


最後に自分。俺は一瞬だけ考えてから口にする。


「文系はそのままで、理系は+15点を狙う」

「強気だね」

「やれるだけやってみる」


短く答える。これで三人分の目標は出た。

俺は画面を見直してから、顔を上げる。


「じゃあ次は」


一度区切るように言うと、二人が軽くこちらを見る。


「勉強時間について。リソースの確認をしよう」


机の上に置いたスマホを軽く指で叩く。


「試験まで一週間。ここで無理な配分にすると、途中で崩れるから」


日代さんが小さく頷いた。


「確かに。最初だけ頑張っても意味ないもんね」


万和人も腕を組んだまま口を開く。


「じゃあ、どれくらいやれるかは大事だな」

「そう。まずは一日どれくらい使えるか、ざっくりでいいから教えてもらえる?」


俺はメモの下に新しく項目を作る。


「試験期間は午前のみで終わるから、通常授業日と試験期間は分けて考えよう」

「ああ、確かに」


万和人が頷く。


「今回って、後半が科目数多くなってたはず」


日代さんが問いかける用に言う。

俺は今回の試験日程を頭の中で整理する。


月曜は現代文と古典、情報。

火曜は数学Iと公共。

水曜は英語と生物基礎。

木曜は数学A、化学基礎、家庭科。

金曜は物理基礎、歴史、保健、音楽。


「確かに」


特に水木は、時間の使い方がかなり重要になりそうだ。


「通常授業日は、皆部活停止になる?」

「ああ、俺はなる」


万和人が答える。


「私も。古暮くんは文芸部あるの?」


日代さんが俺を見る。あいにく文芸部は部活停止ではない。

一応活動日に定められている月木は活動ありだ。

文化祭に向けての話し合いをしなければならない。


「停止じゃないけど、短縮されるから調整はできる」

「そっか」


俺はそのまま続ける。


「じゃあ俺から。通常授業日は……3時間は取れると思う」


文化祭の展示用の作品作りもしなければいけないため、せいぜい4時間が限度だろう。

わずかに間を置いて続ける。


「帰ってから2時間半、朝に30分くらい」

「朝か。いいな」


軽く答えると、万和人が笑う。


「試験期間入ったら、午後使えるからもう少し増やせるかな。5〜6時間くらい」

「真面目だね」

「研究ついでだから。それに、土日は8時間くらいかな」


正直なところ、もっといける気もする。しかし、盛りすぎると心の余裕がなくなるため危険だ。

これでも普段よりはかなり長い勉強時間だ。

俺はそのまま二人に視線を向ける。


「日代さんは?」

「うーん……」


少し考えてから答える。


「通常授業日は3時間くらいかな」

「うん。試験期間は?」

「午後が空くなら、4から5時間くらいはやれると思う」

「了解」


俺はメモに書き込む。


「土日はどう?」

「五時間くらいかな」

「了解」


最後に万和人を見る。


「万和人は?」

「えーと」


多少考える素振りを見せる。


「通常授業日はせめて……3時間は取れる?」

「ああ。帰ってからダラけなければ」

「そこは頼むよ」


思わず突っ込むと、万和人が笑う。


「試験期間は?」

「午後どっか寄って勉強するなら、4時間くらい?」

「お、結構やるじゃんか」

「まあ、研究ついでだよ」


俺と同じことを言っている。

ただ勉強するのでは無理でも、別の目的が加われば身が入るというものだな。


「土日はもっといけるよね?」

「そうだな。プラス2時間ぐらいで」

「オッケー」


俺は一通り書き終えて、画面を見直す。


「じゃあ、まとめるけど——」


俺、日代さん、万和人の順で勉強時間を口に出す。


「こう言われると結構差があるな」


万和人が呟く。


「別に気にすることじゃないと思うよ」


日代さんも特に気にした様子はない。俺は続ける。


「この時間内で、さっき決めた目標を達成する」


机を軽く叩く。


「だから、やり方はこの時間で回せるものにする必要がある」

「重すぎると無理ってことね」

「そういうこと」


万和人が身を起こす。


「確認だが、勉強時間に休憩は含まれてないよな?」

「そうだね。休憩は学習環境の範囲だから、最後に万和人に決めてもらう」


そう言って区切る。


「今はひとまず使える総時間の把握をしただけ」


日代さんが納得したように頷いた。

俺は一度メモを閉じてから、二人を見る。


「じゃあ次、学習ツールだね。どういうものを用いて勉強していくか」


日代さんに視線を向ける。


「ここは日代さんに提案してもらいたい」


「うん。じゃあ」


日代さんはそう言って、わずかに前に身を乗り出した。さっきまでの落ち着いた雰囲気とは違って、なんだか楽しそうだ。


「一個確認したいんだけど」


指を立てる。


「二人って、普段どうやって勉強してる?」


想定通りの流れだ。俺は軽く頷く。


「俺は基本、参考書と問題集だね。分からないところは調べるか、解説読む。

あと、軽くまとめることはあるけど、ノートはそんなに作らない」

「効率重視だね」


日代さんがすぐに返す。


「櫻井くんは?」


振られた万和人は、一拍置いてから答えた。


「俺は……動画かな。あと問題集ちょっとやるくらい」

「どれくらいの割合?」

「動画多めかな。アウトプットはあまりしてないかも」


自分で言って笑う。日代さんも苦笑した。


「なるほどね」


そう言ってから、視線を斜めに落とす。


「じゃあ整理すると――」


指で机を軽く叩きながら続ける。


「古暮くんは効率重視で、ちゃんと回せてるタイプ。ただ、ちょっと重い」

「まあ、そうだね」


否定はできない。


「櫻井くんは手軽だけど、浅くなりがち」

「耳が痛い」

「でもそれで続いてるのはすごいよね」


フォローも忘れない。


「で、私は――」


一瞬だけ間を置く。


「まとめるのに時間かかるタイプかな。インプットが得意じゃない」


自分で言って肩をすくめた。


「ってことで、それぞれにあった方法を考えてみる」


俺は腕を組んで頷く。


「続けられて効率が良いのがベストだね」

「うん」


日代さんは嬉しそうに頷いた。


「……まず、共通でやりたいことがある」


指を二本立てる。


「一つ目。時間はちゃんと区切って休憩する」

「タイマーだね?」

「うん。とにかくダラダラやらないことが大事」


万和人が小さく頷き、口を挟む。


「ああそれなら、50分ぐらい勉強したら休憩取るのが効率は良いって聞くな」


なかなか具体的な意見だな。参考にしよう。


「で、もう一つ」


真剣な顔つきになる。


「一日一回はテストをすること。アウトプットは必須」


俺はすぐに反応する。


「インプットだけで終わらせないってことだね」

「そう。参考書や動画だけ見て終わりとか、要点をまとめて終わりとか、それだと記憶に定着しにくいから」


万和人が苦笑する。


「反省します」


軽く笑ってから、日代さんは続ける。


「その上で、個別に調整する」


ここからが本題だ。


「まず櫻井くん」


彼に指を向ける。


「全体的に底上げ必要だから、一教科に時間かけすぎない方がいい」

「まあそうだね」


素直に頷く。


「動画は使っていいけどーー」


少しだけ間を置く。


「一本見たら、必ず問題一問は解く」

「一問でいいの?」

「いいよ。とにかく理解したか確認するのが大事」


俺が口を挟む。


「範囲広げるより、ベースを固める感じだね」

「そそ」


日代さんは頷く。


「動画をテスト化できるアプリもあるから、使ってみて」

「え、そんなのあるの?」


万和人が驚きながら言う。

グループラインにアプリのURLが送られてくる。


「うん。使い方は簡単だから、後で見て」

「わかった。ありがとう」


万和人が笑みを見せる。


「あと動画見すぎないように時間決める。例えば一科目30分までとか」

「制限ねぇ……」

「うん。じゃないと、関連動画を無限に見ちゃうかもしれないし」

「それは否定できない」


万和人は苦笑した。


「じゃあ俺はどうかな?」

「動画とかアプリを使って基礎固めてみるのはどうかな?」


日代さんは一度区切って、次に俺を見る。


「櫻井くんと同様で、動画見すぎには注意だよ」

「はい」


即答すると、くすりと笑われた。


「大丈夫だとは思うけど」

「まあね」

「とにかく、無駄に時間かけすぎないことが大事だね」


俺は少し考える。


「と言われましても?」

「やることを決めたらすぐ回すこと」


万和人が口を挟む。


「それ、和人にできる?」

「多分」


反射的に返すと、二人にふっと笑われた。


「もしかしたら、古暮くんは問題演習多めの方がいいかも。特に数学とか」


俺は「そうかな?」と問いかける。


「AI使うのもありだと思うよ。いろんなメーカーが出してて、試験Modeに特化したやつもあるし」


日代さんの口から自然に出た。


「試験Modeか。何気に使ったことないんだよな」

「質問すればすぐ返ってくるし、理解の補助にはすごく有用だよ」


確かに効率は良さそうだ。


「わかった」


そう応えると、日代さんは自分の方を指差した。


「で、私は――まとめすぎない、かな」


少しだけ苦笑する。


「ノートは作るけど、時間を決める。例えば一単元30分まで」

「やっぱり制限つけるんだ」

「うん。で、その後すぐ問題解く」


俺は頷く。


「インプット→アウトプットを一セットにする感じか」

「そう。ちょうどいいアプリサービスもあるし」


万和人が感心したように言う。


「へえ。それならこう、体系的に学べるわけだね?」

「うん」


日代さんはどこか得意げに返事をした。


「あと、暗記用のアプリも軽く使う」


ここで少しだけ話が広がる。


「単語系とか、暗記はスキマ時間でやった方がいいから」

「通学とかか」

「そう。あと寝る前とか。記憶に残りやすいし」


俺は頷く。


「時間は分散させたほうが良い?」

「うん。暗記系は頻度が大事だよ」


一通り話し終えて、日代さんは軽く息をついた。


「こんな感じかな」


俺は少し整理してから口を開く。


「共通ルールは、休憩を取ることと、毎日アウトプットすること」

「うん」

「あとは個別に頑張る」


万和人が背もたれにもたれたまま言う。


「なんか、思ったよりちゃんとしてるな」

「思ったよりとは?」


軽くツッコむと、二人が控えめに笑う。

俺はスマホに内容を書き込みながら、最後に一言付け加えた。


「とりあえず、この形で一回回してみよう」


日代さんも頷く。


「うん。まずはやってみて、良さそうなら継続、問題あれば修正って感じでどうかな?」


万和人も軽く手を上げる。


「異議なし」


ひとまず、ツールは決まった。


「じゃあ次、学習環境だね」


俺がそう言うと、自然と視線が万和人に集まる。


「ここは万和人に任せたい」

「はあ、俺か」


軽く背もたれから体を起こして、万和人は机に肘をついた。

さっきまでのゆるい雰囲気とは違って、少しだけ考える顔をしている。


「環境って言っても、いろいろあるんだよな」

「場所とか時間帯とか?」


日代さんが問いかける。


「人によって集中できる場所は違うと思う」


俺が一言加えると、万和人は小さく頷いた。


「そうだな。じゃあまず前提からいくか」


珍しく、真面目な口調で話し始める。


「さっき決めたやり方をちゃんと回すための環境を設定する。これが目的だな」

「うん」


思わず頷く。軸がぶれていない。


「相応しい環境がそれぞれ違うだろうから……とりあえず共通ルール+個別ルールって流れで考える」


日代さんが軽く身を乗り出す。


「うん、それがいいと思う」


万和人は指を一本立てた。


「まず共通だが」


一拍置く。


「一番は苦渋の決断だけど、やっぱり電子機器の制限だろうな」

「だよな」


俺が苦笑すると、万和人も笑う。


「スマホ、PC、ゲーム機等、間違いなく制限が必要だと思う。

さっき動画の話も出たけど、これをしないと無限に時間を浪費してしまう」

「めっちゃわかる」


日代さんも納得している様子だ。


「完全に触るなは無理だから、設定で時間制限かけるか、もしくはアプリで制限するとか」


そう言われ、俺は自分について述べる。


「俺は通知切るだけでもいいかな。そんなにスマホ見ないし」

「それで集中できるなら良いが、一番は遠い場所に置くことだな」


別の場所い置くか。手の届かない場所においてくれば、スマホに意識が向くことはなくなるか。


「日代さんは?」

「私はアプリで制限するかな。触り始めたら止まらないし」

「正直でよろしい」


三人で軽く笑う。


「じゃあ共通は、無駄な電子機器の使用を制限するってことで」


俺はメモに書き込む。


「次はーー」


万和人は二本目の指を立てる。


「場所だな。家でやるか、外でやるか」

「俺は基本家かな」


すぐに答える。


「自分の机の方が一番落ち着くし」

「私も」


日代さんが追従する。万和人は少しだけ肩をすくめた。


「せっかく研究なんだから、変わらず家で勉強っていうのも違う気がするんだが」

「なら、どうする?」


俺が問いかけると、万和人は「そうだな……」と呟いて、頭を捻る。


「似たような環境で比べてみるのはどうだろう。例えば、図書館とかカフェとか」

「いいね」


日代さんが応える。


「なら、二人は何日か他の場所で勉強してみて、家でやるときと比較するって方向で頼めるかな?」

「はーい」「わかった」


俺達は彼の提案に承諾する。


「残るは俺なんだけど、俺は家だと集中できないんだよな」

「じゃあ、どうするの?」


日代さんが聞くと、万和人は少し考えてから答えた。


「外を使う」

「例えば?」

「図書館とか、カフェとか」


ああ、なるほど。


「静かな場所がいいの?」

「いや、逆に静かすぎるのが無理」


意外な答えだった。


「前にさ、家でやったら全然ダメだったんだけど、ファミレスでやったら3時間はいけたんだよな。だから、俺は雑音がある方が集中できるタイプだと思う」

「へえ」


日代さんが納得したように頷く。


「それ、理にかなってるかも」


俺も補足する。


「完全無音より一定の音がある方が集中しやすいっていう研究もあるし、自分も家でやるときは何か音が鳴ってる方が集中できてる気がする」


集中できる音環境については、俺もそこそこ調査しているからな。


「なるほどな。この際、俺は外縛りでいこうかな」


万和人はあっさりとそう決めた。


「時間は?」

「平日は帰りにそのまま寄る感じかな」

「いいね、それ」


日代さんが頷く。


「流れを作れば習慣化しやすいとは思う」


俺はメモを整理する。


「じゃあ個別でまとめるね」


軽く口に出す。


「俺と日代さんは家中心。万和人は外中心」


「うん」


万和人は三本目の指を立てた。


「あと、休憩」


ここでわずかに真面目なトーンになる。


「さっき50分・10分って言ったけど、別に縛る必要はないから。

自分のやりやすいように調整するのがいいと思う。

例えば、短くやるなら30分・10分。長い場合90分・20分とか」


万和人は一呼吸置いてから続ける。


「まあ基本は50分+10分が良いと思う」

「OK」


シンプルだが、現実的だ。


「あと、休憩中やることだけど――できるだけスマホを見ないほうが良い」

「どして?」


日代さんが詰め寄る。どこか圧を感じる。


「休憩でスマホ見ても、脳の疲労が回復しないからね」

「そうなの?」

「うん。気分転換にはなるけど、結局脳を使ってるからね」


万和人は説明を続ける。


「休憩として効果が高いのは、目を閉じる、深呼吸する、水を飲むとかだね」

「なるほど」

「他にもいろいろあるから、調べて試してみて。もちろん、俺に聞いてもらってもいいし」


漠然と休めば良いというわけではないのか。とても参考になるな。

なんか万和人が頼もしく思えてきた。

——いや、今までそう思ってなかったわけではないけれど。

少なくとも、ここまでやる気を見せると想像できなかった。


「それじゃ最後」


四本目の指。


「時間帯」


ここで微妙に空気が変わる。


「朝やるか、夜やるか」


俺はすぐに答える。


「俺は朝、少しやってるよ」

「ああ、さっき言ってたね」


万和人が確認する。


「うん。頭クリアだから、入りやすい気がして」


万和人は「いいね」と返事をして、しばし考える。


「俺は夜だけだな」

「朝はやらないの?」

「やれたら良いのはわかってるんだが、俺、朝無理なタチで」


即答だった。


「へえ、意外」


日代さんが笑う。


「私は夜しかやってなかったけど、この際朝に切り替えてみようかな」


それは良い心がけだ。インプットには最適だろう。


「じゃあ――」


万和人はまとめに入る。


「時間帯は固定しすぎない。ただ、自分が集中できるタイミングを測るために、いろいろな時間を試してみるってことでどうかな?」

「いいと思う」「賛成」


俺たちは頷いたことで、話がまとまった。

万和人は軽く息を吐いた。


「ふう、仕事した」


俺はスマホのメモを見直す。


「じゃあ――話し合いの決定事項をまとめるね」


二人の視線が集まる。


「三人が各々に相応しいと思うやり方を試す」

「うんうん」


日代さんが笑う。


「研究っぽいなー」


万和人も頷く。


「今日の放課後から早速始めよう」


そう述べて、日代さんの顔を見る。


「了解!」


続けて万和人。


「逃げ場がなくなったな」


彼がほくそ笑むので、俺も笑みで答える。

講義室のざわめきの中で、三人のやり方が決まった。

あとは、やるだけだ。


***

 夕方。

部活を終えて帰宅したあと、俺は机に向かいながらスマホを手に取った。

おとといの夜、俺は中虫壁さんに自分の自由研究のテーマについて話を通しておいた。


勉強法や学習環境について調べていること。

効率のよい学習方法を実践しながら検証していること。


すると中虫壁さんは、思った以上に興味を示した。

成績アップすれば、自信がつくかもしれない――俺はそう思い、研究とは切り離した形で、手を差し伸べることにした。


これは正式な自由研究の一部ではないため、日代さんや万和人には一切話していない。

完全にプライベートな範囲での協力だ。


もっとも、今の段階でやることはそこまで複雑ではない。

急に高度な勉強法を詰め込むより、まずは最低限の土台を整える。

どこで、どうやって、何を優先して勉強するか。

自由研究で調べている内容の中でも、比較的再現性の高い部分を試してもらうつもりだ。


俺はLINEを開き、中虫壁さんとのトーク画面を表示する。


『勉強はどんな感じ?』


数分後、返信が来た。


『英語の単語やってた。でも途中で通知が来てスマホ見ちゃった』


正直で助かる。俺は少し考えてから返信を打った。


『それは良くないね。スマホは机の近くに置かないほうが良い』

『なるほど』

『できることからやっていこう』


送信したあと、俺は自分のノートに視線を落とした。


自由研究を始めてからわかったことの一つは、人間の集中力は意外と環境に左右されるということだ。

意志だけでどうにかしようとするより、余計な誘惑を減らした方が早い。

少なくとも、中虫壁さんのように集中が長く続かないタイプには合っている気がする。


『勉強時間は区切ってる?』

『うん。四十分やったら十分休憩って感じで』

『いいね。その調子で頑張れ』


少し間が空く。


『古暮くん、なんか先生みたい』


その一文を見て、思わず苦笑した。上から目線になっていただろうか。

ただ自分たちで調べたことを伝授しているだけだが。


『口じゃなくて手を動かしましょ』

『はーい。頑張る』


その文面から、中虫壁さんのやる気が伝わってきた。

不器用ながらも自分を変えようとしている。

出会った当時の彼女からは想像できなかった。

俺は軽く息を吐き、スマホを持ち直す。


『何か疑問とか湧いたら適宜聞いて。勉強があるから即レスはできないかもだけど』

『わかった』


短いやり取りを終え、トーク画面を閉じる。

俺たちが調べてきたことを誰かに試してもらい、見えてくることもあるのかもしれない。

本当に役立つ知識かどうか判断するためには、サンプル数が多いほうが良いだろう。


今後の成長に期待しつつ、俺は問題集を開いた。

友達か仲間かヒロインか。彼女がどうなっていくか、今後に期待です。

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