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文学少年の恋物語 〜令和版源氏物語〜  作者: AYASAM
1年生2学期
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86/117

綾子 その2

 九月七日、水曜日の朝。

今日は早く目が覚めたので、学校に早く着いた。

朝の学校は緩やかな時間が流れており、まるで学校自体が起きたばかりの人のような雰囲気だ。

青い空を眺めて、今日も一日頑張ろうと勢いをつけた。


現代文、数学と来て、三時間目になった。

三時間目は音楽の授業なので、移動教室だ。

階段を下りて、二階の音楽室に向かった。


音楽室はかなり広く、普通の教室の三倍近くある。

もとから置いてあるグランドピアノの他に、キーボードが十数台用意されていた。

今日の授業はピアノを使うのだろうか。


小休憩が終わるころには、人が大勢音楽室に収容されていた。

実技教科は選択制で、書道、美術、音楽の中から一つ選ぶことになっていた。

音楽はなかなか人気があったようで、全生徒のうち過半数が音楽を選び、その結果授業は三クラスに分けてやることになった。つまり、AB、CD、EF、といった具合だ。

今いるのは四十人くらいで、たいして普通の授業と変わらない。


「今日からは楽器演奏をメインに授業を進めます」


音楽の先生がはっきりとした声で言った。


「これまでは座学や鑑賞がメインでしたが、これからは実技中心になります」


ざわざわ、がやがや。


実技と聞いて、周りが反応した。


「皆さんに演奏してもらう予定の楽器は、ピアノと琴です。まずはピアノ、10月には琴をやる予定です」


ピアノは楽勝だろう。一方琴は触った事がないから、不安半分楽しみ半分だ。


「では、今日から実技試験に向けて、ピアノの練習をしていきます。今から試験の楽譜を配布します」


そう言ってプリントが渡され、それを前から受け取る。

見ると、プリントに書かれているのは五小節。左手はない。


ソレシラソシラソファラレ……。


これはそう、小フーガト短調の冒頭だ。


そうこうしているうちに、周りの生徒たちがざわめき始めたので、俺は楽譜から目を離して周りの状況を確認した。生徒たちが二人もしくは三人に固まっていく。これはグループを作っているのだろう。

そう思っている間にも、近くにいるもの同士でだんだんグループが形成されていく。遅れを取るわけにはいかない。


「すみません」


俺は隣に座っていた女子に声をかけた。するとその女子がくるっと回ってこちらを見た。


「はい」


そう、隣にいた女子は、昨日の放課後話したサッカー部マネジャーの彼女だった。

初対面したときC組の教室から出てきたので、てっきりC組の生徒だと思っていたが、A組だったんだな。


「あ、どうも。奇遇だね」


俺が挨拶すると、彼女は「ほんと!」と驚いた様子で応えた。


「まだ誰ともグループ作ってない?」

「うん」

「なら、一緒にやろう」

「……いいよ」


彼女は少し躊躇して、そう答えた。


「それでは皆さん練習を始めてください」


先生がそう言った後、一斉に演奏を始めた。

俺たちは教室の一番端にあるキーボードを使うことにした。


「どっちが先にやる?」

「お先にどうぞ」


俺は彼女に先を譲った。ピアノは家にあるので引こうと思えばいつでも弾けるのだ。ここはグループの人を優先させるのが良いだろう。

すぐ横から彼女の様子を見守ることにする。キーボードの譜面台に楽譜を立てて、短く爪を切った小綺麗な右手が鍵盤の上に置かれた。


ソレシラソシラソファラレ……。


まるで造詣が深い音楽家のような振る舞いで、可憐にメロディーを奏でるのを見て、俺は心底驚いた。

そして、止まることなく弾ききった彼女を拍手で称賛した。


「すごい上手いじゃん」

「そうかな……」


彼女は照れくさそうにして、はにかんだ。


「じゃあ次、俺弾くね?」

「うん」


彼女は横にずれて場所を空けてくれた。

昨日はキーボードを触れなかったため、少し腕がなまってしまった。

音量を小さくして、指を温めるために簡単なコードを弾いた。


ふと横を見ると彼女は驚いた様子でいた。おそらく俺が経験者だと察したはず。

俺は音量を上げて、キーボードに手を置き、楽譜通りに鍵盤を弾いた。


ソレシラソシラソファラレ……。


演奏が終わった後、彼女は目を輝かせながらこちらを見た。


「すごい! 手元を見ないで弾けるなんて!」

「まあね」

「いつからやってるの?」


俺が曲を繰り返し弾いていると、彼女が聞いてきた。


「3歳からピアノ教室に通ってる。今はもう卒業したけど」

「そうなんだ」


彼女は深く頷いている。 


「そういう君も経験者でしょ?」

「えっと、私は習ったっていうか、母がピアノの先生をやってることもあって、自然と身についちゃった感じで。君に比べたら全然だよ」


ふむ、親がピアノの先生なら弾けてもおかしくはない。というか楽譜を見て即演奏できるレベルなら、全然卑下することはないと思う。自称上級者の俺から見ても相当上手いと言える。まさかこんな身近なところに同士がいたとは思わなかった。


***


 数十分後。

名前とクラスの簡単な自己紹介を済ませ、差し障りのない話をし、同時に課題曲もほぼ完璧に覚えたかというところで、


「ねえ、ちょっと聞いていい?」


俺は興味本位で、一つの疑問を投げかけようとした。


「なに?」

「サッカー部のマネージャーの仕事って結構大変じゃない?」

「うん。かなり大変」

「わかるよ。俺、中学でサッカー部で、マネージャーの仕事を手伝ってた時期があったから」


すると先生が近くに来たので、俺たちは話を止め、ピアノに集中した。

話は一旦中断で、先生がいなくなったらまた聞こう。

ところが先生は俺たちのそばからなかなか離れないので、会話をすることが出来そうになかった。


そして数分後。先生が俺たち二人から離れていった。


「はーい、そろそろ時間ですね。皆さんピアノの電源を切ってください」


そう言われて掛時計を見るとあとニ分で授業終了時刻だった。


「皆さん片付け終わりましたね。それでは授業を終わります」


起立、礼の号令がかかり、解散となった。

俺は会話の続きを話そうとしたが、出口近くの席に人が密集して、彼女の姿が見えなくなってしまった。


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