綾子 その1/夏の自由研究その7 アンケート回答
新キャラ登場です。
9月5日。月曜日。
昼休み、俺は職員室で野暮用を済ませ、近くの階段へ向かった。
階段を上ると1Dと1Eの教室の前の広い廊下に出て、右に曲がり、1Bの教室に向かった。
D組の後ろドアに差し掛かったところで、C組の後ろドアから女子が一人出てきた。
数十枚のプリントを抱き抱えて、何やら慌てた表情をした女子は、早足で俺の横を通り過ぎていく。
「わっ!」
バサバサバサッ!
すぐ後ろから紙が散乱する音がし、続けて落胆する唸り声がした。
俺は足を止めて振り返る。
今さっきすれ違った子がつまずいてしまったようで、手にしていたプリントが盛大に散らばっていた。廊下一面を覆う大惨事だ。
状況を把握した俺は現場に近寄り、プリントを拾いにかかった。
すると偶然、同じプリントに手を伸ばす人がいたようで、
「あっ」
一回り小さな女子の手が、俺の手に重なる。その綺麗な手はすぐに引っ込められた。
「拾うの手伝いますよ」
少女漫画の典型的な出会いだと思いつつも、浮足立ったことを気取られないようさらりと進言した。
「すみません」
彼女は少し戸惑っていたようだが、俺の言葉の意味を理解したようで、頭を少し下げた。
「これくらいなんてことないですよ」
俺ははにかんで、散乱したプリントを拾い出した。
誰も近くを通らないので、手伝ってくれる生徒はいない。
まあ問題ないか。激しく動き回るのは、得意な方だ。
「……ありがとうございます」
全てのプリントを集め終えると、彼女はまたしてもお礼を言い、深々と頭を下げてきた。
俺が「いえいえ、困ったときはお互い様です」と返すと、その女子は「では失礼します」と丁寧にな物言いで去って行った。俺は一日一善だと満足しながら、教室に戻った。
***
六時間目。
俺は第一講義室の後方に、日代さん、万和人と三人並んで席を取った。
教室とは違い、広い空間にざわめきが広がっている。
自由席のため、どのグループも自然と固まって座っていた。
前の方では、ライトたちバスケ部の姿も見える。
俺はポケットからスマホを取り出しながら、夏休み前のことを思い出していた。
夏休み直前に、全体連絡があった。
・休み明け最初の総合学習の授業で、アンケート回答の時間があること
・自由研究の各グループごとにアンケート用の質問を複数作成すること。
・9/4(日)までにリーダーが学校のアプリに質問を提出すること。
『学習方法と学習環境』をテーマにしている俺たちは、それに沿った質問をいくつか考えて出した。
キンコンと鐘がなる。
教壇に立った倉石先生が、軽く手を叩いて注意を引く。
「はい、じゃあ授業始めます。皆さんに作ってもらったアンケートは、システム上で統合してあります」
ざわつきが少し収まる。
「こちらのQRコードから、回答フォームに入ってください。読み取りが難しい場合は、こちらのURL、もしくは学校のアプリからアクセスしてください」
教室前のスクリーンにQRコードとURLが表示される。俺達は各々回答フォームに移動する。
先生は周りを見回しながら続ける。
「質問はランダムで表示されます。
自分たちの研究テーマと似た内容は出ないように調整されているから、その点は安心してください。
純粋なデータ収集だと思って答えてください」
やっぱりそういう仕組みか。事前に通知があったからだ。
「回答時間は三十分。その後は自由時間です。結果は今週中にAIで分析して、各グループのテーマに関係ある部分だけ後日開示します」
説明が終わると同時に、教室の空気が一斉に動き出す。
今回のアンケートは自分のグループのためではなく、他のグループのために行うことになる。
つまりは助け合いの精神だ。
ここは適当に流さず真面目に取り組まなくては。
「よし、やるか」
俺はログイン画面を開いた。
「なんかちょっとワクワクする」
隣で日代さんが楽しそうに言う。
「ランダムだからね。何が出るか」
万和人が画面を覗き込みながら続けた。
三人でほぼ同時にフォームに入る。
最初の質問が表示された。
Q1:平日の平均起床時間は?
「全然関係ない質問来た」
思わず口に出すと、日代さんが顔を寄せて画面を覗いてくる。
「ほんとだ。でも、こういうのもデータとしては必要なんだろうね」
俺は日代さんのスマホをチラ見する。
彼女の最初の質問は「平日の平均運動時間は?」のようだ。
質問には選択肢が用意されているものもあるようで、日代さんは『3時間』をタップしている。
俺は自分の質問に戻る。
起床は七時……まあ、いつも通りだ。
次の質問。
Q2:通学手段は?
「なんか生活アンケートじゃね?」
万和人がそう呟く。彼も似たような質問が来ているのだろうか。
「考える必要なくていいんじゃない?」
日代さんは相変わらずサクサクと回答を進めている。
一方で、万和人は少しペースが遅いか。
「どんな質問来てる?」
「こんなん」
Q3:休日に一番時間を使う活動は?
「あれ、俺も同じ質問来てたよ」
「そうか? まあ被ることもあるか」
万和人はあっさり受け入れたので、俺も納得する。
「それにしても、これはちょっと迷うな」
俺は少し考える。万和人が口を開く。
「ゲームか?」
彼は俺がサブカルオタクであることを知っているので、こんな問いをしてくる。
即判断は難しいので考える必要がある。
「ゲーム以外の可能性もある」
「へえ、どんな?」
日代さんが横から口を挟む。
「ちょっと考えてみる」
それからしばし考えて、読書と入力する。
「やっぱり読書なんだね」
日代さんがうんうんと頷いている。若干恥ずかしいが仕方ない。
こういう何でもない質問でも、自分の生活を整理する感じがあって悪くない。
さらに進む。
Q4:好きな教科は?
「これは……」
「体育?」
「なぜ?」
「なんとなくだけど」
日代さんが笑う。
好きな教科など考えたことがなかったので、回答に迷う。
「まあ、嫌いではないけど」
「そっか」
一瞬音楽が頭に浮かんだが、高校の履修項目の音楽と考えると、特段好きというわけでない気がする。
一方で体育は文化部の俺にとって貴重な運動機会と言える。
ここは体育で答えておこう。
その後も順当に回答を進めていく。
万和人は途中から、画面に集中しているようだ。
「面白い質問が来た」
小さく呟く。
「何?」
「『平日に昼食で一番よく選ぶものは?』って」
「普通の質問じゃないの?」
「いや、選択肢で弁当、購買、コンビニ、外食ってある」
「外食?」
三人で一瞬止まる。
「自由すぎる」「校則違反」
俺と日代さんの突っ込むタイミングが重なり、笑いが漏れる。
こういうズレた質問も混ざっているのが、逆に面白い。
気がつけば、画面の進捗バーはかなり進んでいた。
最後の質問を終え、送信ボタンを押す。
ふと横を見やると、どうやら三人ほぼ同時タイミングで終了したようだ。
時計を見ると、まだ三十分は経っていない。周りも続々と終わり始めている。
倉石先生が前で言う。
「終わった人は自由時間なので、研究を進めてください」
講義室の空気が一気に緩む。
俺たちはそのまま席で軽く伸びをした。
「なんかあっという間だったね」
日代さんが言う。
「思ったより楽だったな」
「うん」
少し間が空いて、櫻井が口を開く。
「さっきのアンケートだけど、他にも変なやつがあった」
「どんな?」
「『一日に何回スマホを確認するか』とか」
「それ普通じゃない?」
「選択肢がな、『10回未満』『50回未満』『100回未満』『それ以上』」
「それ以上って何回だよ」
「知らん」
また笑いが起きる。
「私は『音楽を聴く時間』のやつ気になった」
日代さんが続ける。
「どれくらい聴くかってやつ?」
「うん。0時間から4時間以上まであった」
平日に4時間以上音楽を聴いているのは、かなりの猛者と言える。
「4時間以上の人って存在する?」
「遠方から来てる人は可能性あるな。電車通学とか」
言われてみれば確かにその通り。いつも電車通学なので、想像力が足りなかった。
日代さんがふと前を向いて言った。
「このアンケート、全部データになるんだよね」
「そうだね」
「ちょっと楽しみじゃない?」
「ああ、分析結果?」
「うん」
確かに。無関係なデータでも、どう切り取るかで意味は変わる。
AIがどう分析するかにもよる。
「俺たちのテーマに引っかかる部分だけ出てくるんだよな」
櫻井が椅子にもたれながら言う。
「なんか、ちゃんと研究っぽいな」
「今までは研究じゃなかなったの?」
「……いや、ちゃんとした研究だ」
万和人の答えには意思が込められているように感じる。
日代さんが少し身を乗り出す。
「じゃあ、そろそろやらない? 次に向けての準備」
「次っていうと、試験対策?」
そう問うと、彼女は頷いた。
「そうそう。勉強法の実践」
「なるほど」
万和人が頷く。
「じゃあ、ついでに学習環境も詰めよう」
「もちろん」
軽く笑う。講義室の窓から、午後の光が差し込んでいる。
ざわめきの中で、俺たちは次に向けた話し合いを始めた。
まだ途中だけど、確実に前に進んでいる。
***
放課後。
文芸部でコンクールについての話を軽くした後、少し雑談してから解散となった。
琴吹さんはこれから用事があるらしく、部活が終わるとすぐに帰ってしまった。
宿題は多く出されなかったので、多少の時間を潰すべく、またしてもサッカー観戦をすることにした。
昇降口を出てから少し歩き、サッカーグラウンドにやって来ると、
「ファースト!」
「「「へい!!!」」」
ちょうど紅白戦をやっていて、ゴールキーパーがボールを持ち蹴りするところだった。
赤陣営のキーパーが大きく蹴り上げたボールは、コートの中央円付近に落ちる。
そのボールを我が物としようと、二陣営のボランチたちが、空高く飛び上がり、体を激しく当てて競り合う。
そして、競り勝ったのは赤陣営。ヘディングしたボールはもう一人のボランチが長い足を伸ばしてなんとか拾う。
「もっと前に出してくれ!」「わるい、ごめん!」
長身の彼が相方のボランチにそう指示をした。今日も厳しくプレイをしているようだ。
俺は例のごとくベンチの方を見た。
そこで、昼休み会ったと思しき人がいることに気づいた。
コーチやマネージャーらはボールを捉えようと、忙しなく首を動かしている。当の彼女も仕事はないようで、彼ら同様に熱中して試合を見ていた。
そこでふと、彼女のすぐ隣にいるマネージャーが、彼女に近づいて何か指摘する。すると、彼女はコートのサイドラインに沿って歩き始めた。
スクイズボトルの交換と俺は予想する。
サッカーグラウンドの周りには、スクイズが等間隔で置かれており、選手がいつでも水分補給できるようになっている。どのチームでも見られる光景だ。
さて、俺の予想の結果はというと、彼女はハーフウェイラインの延長線上と、ゴール裏に置いてあるスクイズを持って、こちらにやってきた。大当たりだった。
「あれ、あなたは……?」
俺に気づいた彼女は、不思議そうな表情で話しかけてきた。
「お昼に会いましたね」
「お昼……? もしかしてプリント拾ってくれたーー」
「そうです」
俺が応えると、彼女は頭を下げた。
「あの時はありがとうございました」
「いえいえ」
俺は紳士に応える。数枚程度ばらまいた程度ではきっと助けなかっただろう。しかし、あの状況で見て見ぬふりをしていたら、廊下が長らくの間通行止め状態になっていただろう。さすがに無視はできなかった。それに、情けは人の為ならずとことわざにもある。
「あの、どうしてここに? サッカー部に用ですか?」
「ちょっと観戦をしてました」
「観戦……ですか?」
彼女は不思議そうな目でこちらを見た。不思議がるのも当然か。
サッカー部の知り合いに会いに来たわけでもなく、入部希望のための見学者でもなく、ただ暇つぶしに見ているだけだ。
「俺、中学でサッカー部だったからなんか見入っちゃって」
そう言われて、彼女は何か納得したような表情を見せた。
「北高のサッカー部、かなりレベル高い」
ボールを追いかける連中を見ながら、俺は呟いた。
「そうだね……」
隣でグラウンドを見ながら、彼女は共感の意を示した。どこか他人行儀だが、反対に親しみを寄せているようにも聞こえた。その横顔から表所を読み取ることはできなかった。
何かサッカーに思い入れがあるのだろうか。そう妄想しつつ、ふと視線を逸らすと、彼女が手に持つスクイズに気が付き、
「水汲み、やらなくていいんですか?」
と指を差しながら尋ねた。
「あっ、忘れてました。私行かないと」
そう言うや否や彼女は急ぎ足でこの場を去っていった。
ピロリン♪
通知音が鳴ったので、制服のポケットに手を突っ込んでスマホを取り出した。
なになに……んん!?
俺の昨今の推しである歌手kiraraの新曲『My coller』がリリースされただって!? 発売日は……昨日かよ! オーマイガー!
見落としにも程があるだろ。
ホーム画面に戻って時計を確認すると、もう六時過ぎだった。暇つぶしをしすぎた。
行きつけのレコード屋がまもなく閉まる時間だ。サッカー観戦をしている場合ではない。
CD特典をゲットして、全国ライブの席を今度こそ確保するのだ!
俺はグラウンドを立ち去り、足早にレコード屋に向かった。




