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文学少年の恋物語 〜令和版源氏物語〜  作者: AYASAM
1年生2学期
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82/117

Rosetteの話し合い その1

 Green Boxのスタジオに入った瞬間、私はギターケースを開かなかった。

いつもなら、何も言わなくても各自が準備を始める。

けれど今日は、誰も動かなかった。


「合わせる前に話したいことがあるんだ」


自分でも驚くくらい、声は落ち着いていた。


ラブがぱちぱちと瞬きをする。


「え、どうしたの?」


リオはアンプの前に立ったまま、こちらを見る。

逃げ場はもうない。私は一度だけ深く息を吸って、吐いた。


「最近思ってたんだけど……このままバンドを続けるのは、違う気がしてる」


一瞬、空気が止まる。


「違うって?」


サヤが首をかしげる。

うまく言葉にできないまま、私は続ける。


「上手くやることばっかり考えてるっていうか。ミスしないとか、完成度とか」

「それは必要なことでしょ」


リオの声は、すぐに返ってきた。

迷いのない、まっすぐな音。


「評価されるためには、当然だと思うけど」


わかってる。それが間違ってないことくらい。

でも。


「……それだけじゃ、足りないって思うんだ」


リオの眉がわずかに動く。


「足りない……?」

「うん。私、最近ちゃんと歌えてない気がする」


ラブが、ゆっくりと頷いた。


「それ、ちょっとわかるかも」


眉を潜めていたリオが、ラブに視線を向ける。


「どういう意味?」

「なんかさ、ナノハ、前より楽しそうじゃないっていうか……」


言い淀みながら、それでも言葉を探してくれる。

私はその続きを引き取った。


「上手く歌えてはいるんだろうけど、その実感がないんだよね」


沈黙が落ちる。

機材の小さなノイズだけが、やけに耳についた。


「私から見たら、問題ないように見えるけど」


リオの声は、少しだけ低かった。


「良い音は出せてるし、バンドとしては成立してる」

「でもさ」


言葉がぶつかる。


「届けたいものが、置いていかれてる気がする」」


リオは一瞬だけ黙ってから、答えた。


「それは、後から付いてくるものじゃないの?」


その言葉で、はっきりした。

ああ、違うんだ、と。

同じ音楽をやってるのに、見方が違う。


ミユが、壁にもたれたまま口を開く。


「言われてみれば、今のナノハってライブの前と違う気がする」


短い一言だった。少しだけ心が軽くなる。


サヤは腕を組んだまま、小さく息を吐く。


「うーん、どっちの主張も間違ってはないと思うよ」


誰も否定しない。でも、同じ場所にも立ってくれない。

私は、手をぎゅっと握った。


「……私、このままじゃ続けられない」


ラブが顔を上げる。


「え、それって……」


言葉の続きを、誰も言わない。言わせたくなかった。


「音楽をやめたいわけじゃないよ」


ゆっくりと言葉を選ぶ。


「でも、このままの形でバンドを続けるのは違うかなって思う」


視線が交錯する。

リオは何も言わない。

ただ、こちらを真っ直ぐ見ている。


逃げない視線だった。


だから、私も逸らさない。


「だから、一度ちゃんと話したい」


一人ひとりの顔を見る。


「みんなは、どこを目指してるのか」


静かに、でもはっきりと。


「同じ方向を向いていけるのか、それとも違うのか」


息を吸う。


「それを、ちゃんと確かめたい」


スタジオの空気が、少しだけ重くなる。

長い沈黙のあと、リオが小さく息を吐いた。


「……そうだね」


それは否定じゃなかった。


「一回、ちゃんと話すべきだと思う」


ラブがほっとしたように肩を落とす。


「……びっくりした。ほんとに」


ミユは静かに頷き、サヤも小さく「うん」と返す。

まだ、何も終わっていない。


でも、もう誤魔化せないところまで来ている。

私は胸の奥で、静かに覚悟をなぞった。


――どんな答えになったとしても。


それでもきっと、前に進むためのものになる。


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