古暮兄妹の遠出 ポートタワー編 パート5
イベントが閉幕となり、俺たちは解散した。
ロッカーでカバンと貴重品を回収し、出発する身支度を整える。
俺はスマホの時計を確認し、明里に問いかけた。
「もう5時過ぎだけど、これからどうする?」
「結び岩を見に行きたいです」
「わかった。案内する」
先導してリスタを出ると、雲一つない空に橙色が混ざり始めていた。
日が落ちるまでもう一時間もないだろう。
今日という日は残りわずか。なんだかしんみりした気持ちになった。
「なあ明里、手繋いでもいいか?」
「いいですよ」
特に嫌がることもなく快諾してくれる。俺は彼女の左手をそっと握った。
「昔はよくこうして手を繋いだよな」
「はい」
レンガのレトロな空間には、家族連れの笑い声が響いている。
自然豊かな空間には、草木と土の匂いが広がっている。
趣のある二つの空間は、昔のことを思い起こさせた。
幼稚園の頃の明里は、好奇心が旺盛な子だった。
いつも周りをきょろきょろ見回し、気になるものに近づいては匂いを嗅ぎ、触って感触を確かめる。
理系体質とでも言えばよいだろうか。観測を始めたら止まらない。
誰かが視界を遮りでもしない限り、一歩たりとも対象物から離れず、ひたすら真理を探求していた。
ある時は虫の観察をしていた。
「おにいちゃん見て。なんかへんな虫がいる」
「それはテントウムシだ」
「いちごみたいだね。おいしいのかな?」
「ぜったいに食べるなよ。めっちゃ苦いらしいから」
あるときは天気の観察をしていた。
「ねえおにいちゃん。雨がふるのはなんで?」
「地球が泣いてるから」
「地球さんはなんで泣いてるの?」
「太陽が来なくて寂しがってるんだよ」
わからないことは適当な話をでっちあげてごまかすという、なんとも不甲斐ない行いを度々してきた記憶が残っている。
明里が小学校に入ると、その天賦の才が開花し始める。
テストは常時満点、運動神経も抜群。運動会で一等賞のリボンを乱獲していた。
毎年11月に開催されるピアノ発表会は華麗なアドリブで会場を魅了。
読書感想文を書けば学校の最優秀賞にされ、作文を書けばコンクールで市から表彰される。
小学校中学年になるころには、同級生から頭一つ抜け、他人の追随を許さない力を身に着けた。
そして小学5年生になると、妹は更なる成長を見せた。
背がぐんと伸び、いつの間にか俺の呼び方が「お兄さん」に変わった。
十分すぎる思考力がさらに強化され、手際がますます良くなった。
物事を追究する姿勢は変わらないようで、勉強を独学でどんどん進めていった。
俺が使っていた中学1年分の教材を渡したところ、なんと5年生のうちに読破してしまった。そして6年生のうちに中学2年分を読破。
中学校に上がり半年が経った今では、中学3年の分を攻略中だという。
もう半分は習得済みのようで、このペースで進めば、あと半年もしないうちに追いつかれてしまうだろう。
妹が自分より優秀であるというのは、兄としては情けない。
しかしその劣等感は微々たるもので、彼女のことを誇り思う気持ちの方が断然大きい。
「お兄さん赤です!」
「おっとすまん」
驚いて心臓がきゅっと縮む。どうやら思考に没頭して注意散漫になっていたようだ。
これはいかん。エスコートに集中せねば。
深呼吸をすると信号が青に変わったので、横断歩道を渡る。車道沿いに進み、階段を上る。
「着いたぞ」
俺は明里の手を離す。明里は目的の岩に近づいてじっくり眺めた。
「これが結び岩……結構大きいんですね」
結び岩はまるで石槍のようで、側面がざっくり削られ先端が尖ったいびつな形をしている。
底面の大きさは50x50cmくらいで高さは胸に届くぐらいだ。
頂点からだいたい40cmの位置に大人の腕がすんなり通せるほどの穴が水平に貫通している。
明里が岩の側面に取り付けられたプレートを見つけて言う。
「説明が書いてありますね」
俺もイベントのときにプレートを見つけていたが、時間が惜しかったので詳しくは読んでいない。
「古より縁を結ぶ結び岩。美海栄町 道の駅A港。あなたに幸多からんことを願う」
明里がプレートの上半分の文章を読み上げた。訪れる旅人たちの幸福を願うとは、さすが恋人の聖地。
「一人なら真ん中の丸い石に手を置く。二人なら両側から互いの手を入れ繋ぐ」
残りの説明を聞きながら、貫通穴を覗きこむ。穴の真ん中に空洞があり、手のひらで覆うことができるサイズの丸い石が置かれている。
「つなぎ方の縛りはないのか?」
「書いてないですね」
どうやら手のつなぎ方はおまかせらしい。指定してくれたら考えずに済んだのに。
本当のカップルならば考えるまでもなく、指と指を絡ませ、いわゆる恋人つなぎをするのだろう。
あるいは、どちらかが恋愛を意識できないほど幼ければ、恋人つなぎをするかもしれない。
しかし俺たちは高校生と中学生で、一歩踏み出せば大人とみなされてしまう年齢だ。
関係の分別は付けるべきで、兄妹の範疇で収まる握り方にする他ない。
振り返れば今まで喧嘩などほとんどせず、助け合って暮らしてきた。
それもそのはず。両親は仕事が忙しくほとんど家にいないため、家事は二人で分担しやるほかなかった。
お金を稼いでくれていることはいいことだが、いざとなったときにすぐに頼れるのは明里だけだ。
もしも彼女を失おうものなら、自分をなくしたのと同意と言えるのではないか。
一心同体。一蓮托生。相手のためなら命を投げ打てる存在。それが目の前にいる彼女だ。
要望や相談には極力乗るようにする。
高校の勉強も教える。
夕飯だけじゃなく朝食を作れというなら作る。
邪魔な存在や障害があれば排除する。
明里の笑顔を守るため、俺はどんなことだってしてみせる。
その決意表明を、ここで示そうじゃないか。
「じゃあ、握手してくれるか?」
俺は少し屈んで結び岩の穴に右腕を突っ込む。すると明里は「はい」と応えてくれた。
真ん中の空洞で手を広げて待つと、指の先が彼女の手に触れる。
俺がぎゅっと手を握ると、明里も握り返してきた。
「これからもよろしく頼む」
「こちらこそ、よろしくお願いします」
これからもきっとたくさん迷惑をかけるだろう。
極めて少ないだろうが、迷惑を掛けられることもあるかもしれない。
大人になるまであと数年しかないけれど、それまでは助け合って生きていこう。
俺は手を離し、穴から腕を引き抜いた。
「ちょっとそこのベンチで休まないか?」
「はい」
少し歩いてベンチの一つに腰掛ける。明里も距離を置かず隣に座った。
イベントの際に気になったことを聞いてみることにした。
「なあ、明里」
明里がこちらに顔を向ける。俺は続けて言う。
「俺たちは家事を分担したり、悩み事があれば相談に乗ったり、普段から助け合って暮らしてきたよな?」
「はい」
考える間もなく、明里は頷いた。
「さっきのイベントの2ndステージで『俺を助けられるよう頑張る』って書いてたけど、俺は数え切れないくらい助けられている。すでに目標を達成しているわけだが、助けるというのは何か違う意味があるのか?」
そう聞くと、明里は少しの間の後、口を開いた。
「昔、家族全員でキャンプ場に行ったときのこと、覚えてますか?」
「うん。覚えてる」
「あの時はフリスビーで遊んでいて、お兄さんが投げたフリスビーが森の中に入ってしまって」
「うん」
「森の中を夢中で探していたら、迷子になってしまって」
明里は遠くを見ながら語る。あのときの光景を思い出しているのだろう。
「木の枝につまずいて怪我をして、痛いし怖いしでどうしようもなくなったところで、お兄さんが助けに来てくれて」
俺はあのときの光景を浮かべながら相槌を入れる。明里はひどい怪我をして震えていたので、たくさん励ましたのを思い出した。
「『大丈夫だ』って何度も励ましてくれて、すごく安心したんです」
明里は微笑む。俺の励ましで不安を紛らわせることができたのなら、それは本当に良かった。
「先月の事故のときもそうです」
明里がこちらを一瞥し、視線を戻して続ける。
「車とぶつかりそうになったとき、とっさに私のことをかばってくれました」
「そうだったな」
俺は思い出しながら応える。あのとき俺は擦り傷を負ったが、明里は怪我一つなく無事だったため非常に安心したのだ。
「これまで何度も危ないことがありましたけど、お兄さんがいてくれたおかげで無事でした」
俺はこれまでの記憶を辿る。
明里は好奇心旺盛な子だったので、突然いなくなったり危険なことをしたりすることが多々あった。
怪我をしたときや身動きが取れなくなったとき、たいていは大人を呼んで解決した。
助けをすぐに呼べない状況もいくつかあったが、そのときは決まって母直伝の応急処置を施してから、助けを呼ぶなり待つなりしていた。
「毎回うまく対処して助けてくれて、本当に感謝しています」
明里は優しい声で言いながら頭を下げる。俺はうんと頷いて返す。
「これまではお兄さんに助られてばかりでしたが、将来はそうはいかないと思います。
私一人で対処しなければならない場面が間違いなくあると思います。
それにこれまでとは逆に、お兄さんの危機を私が助ける場面があるかもしれません」
俺は頷いて続きを促す。
「そのときに途方に暮れないようにするためには、もっと知識を身に付ける必要があります。そのために勉強を頑張りたいーーそう考えたからあの解答にしました」
守られる存在から守る存在に変わろうとしている。明里もたくましくなったものだ。
「なるほど、そういう意図があったのか。それは素晴らしい考えだな」
俺が称賛の言葉を述べると、明里はにっこり微笑んだ。
「そうか。なら勉強で困ったことがあればいつでも聞いてくれ。
勉強の仕方とか筆記用具とか部屋の環境とか。高1までの範囲なら各教科教えられるから」
「はい。頼りにしてます」
勉強の話をしたとこで、先日の明里との会話を思い出す。
彼女は帝都大学の医学部に進むと言っていた。
「そういや6日前に進路の話をしたとき、帝大の医学部を目指すと言っていたな。将来は母さんの後を追うのか?」
「えっと、医師になるかどうかはまだ決めていません。ただ医療に携わろうとは考えています」
てっきり母さんと同じで外科医を目指すのだろうと思っていたが、そうではないのか。
他にどんな職業が考えられるか。
「医師でないとするなら、研究職とかか?」
「そうですね。研究機関に入るのも一つの選択肢です。他にもいろいろ考えていて、医療行政なら医師技官や保健所、一般企業なら製薬会社や医療系のコンサル会社なども視野に入れています」
「ふむふむ。いろいろ調べているようで何よりだ」
さまざまな可能性を考えているのは良いことだ。
「製薬会社となると、医学というより薬学の知識が必要になるのか?」
「はい。医学を学ぶ傍らで、薬学も勉強しようと考えています」
「そうか」
明里の頼もしい返答に、俺は少し考える。
母さんが家に置いている薬学本を試しに開いてみたことがあるが、複雑な化学式と専門用語だらけで頭がクラクラしたのを思い出す。
医学と同様で、薬学の習得も相当難易度が高いだろう。
しかし類稀なる頭脳の持ち主の明里なら、大学で並行して勉強するのも問題なくできるだろう。
「かなり大変な道のりだとは思うが、明里なら大丈夫か」
「はい。頑張ります」
明里は張り切って応える。もはや頼もしすぎて中学一年生とは思えない。
「明里はまだ中学生で時間はたっぷりあるんだから、母さんとか進路指導の先生とか、使えるものは使って、いろんな進路を模索しておくのがいいな」
俺がそうアドバイスすると、明里は頷いた。
会話が途切れたので、夕焼けの空とポートタワーに視線をやる。
明里にアドバイスしたものの、俺自身は進路について何一つ決めていない。
傍から見れば、人のことを構っている暇があったら、自分のことを考えるべきだと思うかもしれない。
俺の高校生活は残り2年半。まだ猶予がある。
高校2年になれば文理選択がある。一応文系を考えてはいるが、もしかしたら変更するかもしれない。
高校3年になれば志望大学を決め、それに応じたクラスに配属されることになる。
となると進路について考える期間は、実質あと1年半ということだ。
そう考えると、猶予があると考えるのは悠長かもしれない。
自己分析を進めて、自分がどの分野に進みたいのかはっきりさせる必要がある。
「お兄さん」
明里に呼ばれ思考を止める。
「早速、進路に関して相談があるのですが、聞いてもらえますか?」
「お、うん。もちろんいいぞ」
俺は頷いて先を促した。
「昨日お兄さんに聞かれてから、大学に入学までのルートを複数考えたのですが、どれを選んだらよいかアドバイスしてほしいです」
「わかった」
俺は首肯して話を聞く体勢になる。
「大まかに3通りのルートを考えています。順番に話します」
「頼む」
「まず一つ目は、中学卒業後、高校に進学せず、代わりに予備校に3年間通います。その間に高卒認定試験を受けておいて、一般入試を受けて入学するというルートです」
高校分の3年間を予備校の受験対策に充てるということか。なかなかストイックだな。
明里の頭脳があれば、3年も受験対策をしたら間違いなく合格できる。
「シンプルなルートだな。勉強には全集中できるだろうけど、高校生を経験できないのはデメリットか」
体育祭とか文化祭とか、高校ならではのイベントに参加できなくなるというのはもったいない気がする。いや、イベントの規模がスケールアップしただけで、やってることはそんなに中学と変わらないから、別に参加しなくても損ではないか。
「そうですね。予備校だとひたすら勉強するだけなので、人と交流を持つ機会がほとんどないです」
「うん。けど、人脈に関しては予備校以外のところで広げようと思えばいくらでも広げられるだろうから、そこはそんなに心配することでもないんじゃないか」
今の時代はネットで探したらコミュニティはすぐ見つかるから、出会いに関して難易度は高くないと言える。ただし、無法者や下賤な連中に出会わないようフィルターするのは必須だが。
「あとデメリットがあるとすれば……そうだ、高校よりお金がかかるんじゃないか? 有名な予備校とかだと、めっちゃ高そうな気がする」
俺の問いに明里がうなずく。
「一年でざっと100万くらいかかるみたいです」
思っていたよりは安いな。親が十分賄える金額だ。
「あーそうなの? ならお金の心配ないか。そんなにデメリットもないし、とてもいいルートだと思うぞ」
「はい」
明里が返事をする。俺は次の進学ルートを聞いてみる。
「二つ目は、北高校に通いながら飛び級入学制度を狙うルートです」
「飛び級入学制度……推薦入試みたいに面接重視なのか?」
「面接もありますが、学業に関する実績でほぼ決まるそうです」
学業の実績。例えば検定、オリンピック、学術論文とかだろうか。
「何かしらの実績がないと受験できないということか?」
「はい。資格や大会の実績などが必要になります」
つまり受験までに何かしらの実績を出す必要があるということだ。これは面倒だな。
「倍率はどれくらいなんだ?」
飛び級制度で勝ち上がれるのは、そう多くはないはず。数人くらいしか採用されないのではないか。
「年によってばらばらですが、平均で50倍くらいだそうです」
「そりゃー高いな」
予想通り狭き門だった。医学部は人気だから倍率も高いわけだ。
すごい実績を積んだとしても、大学の采配によって切られてしまう可能性はそこそこある。
先例を踏襲して同じような功績あげたとしても、複数人いた場合は不合格にされる可能性があるということだ。
「相当厳しいだろうな。沢山の強者たちの中から、大学のお眼鏡に叶うかは運によるところも大きいだろうし」
「はい……」
明里はこくりと頷く。彼女の運はあまり強い方ではないので、期待しすぎるのは危ないかもしれない。
「他者と差別化しないと見向きもされないだろうな」
一から何かしら研究するというのは相当難易度が高いだろう。ここは資格や大会等で複数の実績を残すというのが一番良い方法だろう。
「オンリーワンの実績が持てれば一番いいけど、それができない場合は複数の実績を持って勝負するしかないだろうな」
「ですね」
「デメリットは、実績作りが大変なこと。……それぐらいか」
運用素も絡んでくるとは思うが、決して不可能はルートではないだろう。
「もし失敗だったとしても、次の年に一般入試で合格すれば入れるわけだから、挑戦してみるのも良いだろう。学費もおそらく一番安いだろうし、全然ありなルートだな」
明里がうんと頷く。意見が参考になっていれば良いが。
「それで、3つ目は?」
「少し複雑ですが、高校には入らず海外の高卒認定試験を受けて、海外の大学で2年間学び、19歳になったら帝都大学に編入するルートです」
なんと、海外進学か。スケールが大きくなった。高卒認定試験は聞いたことがあるが、海外にも似たような制度があるのだろう。
「高卒認定試験は日本と海外とで違いはあるのか?」
「はい。どちらも受験できる年齢は満16歳で変わらないのですが、合格とみなされる時期が違います。海外の場合、合格通知が来た時点で合格とみなされますが、日本の場合18歳の誕生日に合格が有効になります」
「なるほど。海外なら合格した年に出願できるけど、日本は18歳にならないと出願できないってことか」
「その通りです」
高2、高3と2年分を飛び級できるということになる。便利な制度があるものだ。
「海外の試験は英語だよな?」
「はい」
「なら、英語はがっつり勉強しとかないといけないな」
「はい。大学も大抵は英語を使うので、話せるようにならないといけません」
もし付け焼刃で試験をクリアしたとしても、コミュニケーションが取れないと海外の大学ではやっていけないだろう。最低でもリスニングは習得しておく必要がある。
「それに、日本みたいに良い環境で暮らせない可能性があるよな。治安が悪いとかさ」
「そこは考えていませんでした。あとで調べておかないと」
明里が納得したように深く頷く。さすがに生活環境について思考が至らなかったようだ。
「あとは、学費か。国によるとは思うが、アメリカって絶対日本より高いよな?」
「はい。アメリカだと、公立で一年につき300万くらい、私立だとそれ以上かかるみたいです」
「やっぱりな。ちなみに平均して日本の何倍くらいだ?」
「日本は公立の大学四年間で100万程度です。一年あたりだと十倍くらい差があります」
なんと、そんなにかかるのか。それは厳しいんじゃないか。
もし2年通うとなれば、600万円か。そこから帝大に編入して4年で100万。合計700万。
すごいお金がかかるが、両親はお金持ちなので払えることは払える。
「それは驚きだ」
浪人は避けたいところだ。いくら親に余力があるとはいえ、数百万の出費に何も思わないということはないだろう。
「そういや、海外の大学から編入する場合、単位はどうなるんだ?」
大学は高校までと違って、講義を自分で決めて単位を取得する必要があるというのを、母から聞いたことがある。
きっと海外もそれは同じだろう。海外の大学の単位が、帝大のどの単位に相当するか。考えるのは面倒だが、進級するには避けては通れないだろう。
「換算する必要がありますが、そこは大学に問い合わせですね」
明里のことだから単位についても調べてはいるだろうが、さすがに単位換算の情報は無かったか。
俺は返事して続ける。
「他の懸念事項はあるか?」
「そうですね……あっ、帝大医学部の受験資格に、海外の高卒認定が適用されているかどうかを調べていませんでした」
そう言われ、俺は少し考えて口を開く。
「ふむ、海外のものを持っていても帝大を受験できない可能性があるってことだな?」
「そうです。もしかしたら日本の高卒認定試験を受けなきゃいけないかもしれません」
「それは面倒だな」
「仕方がないです。あとで調べておきます」
明里が苦笑いで応える。世界基準の高卒認定試験とかあったらいいのに。
「そうした方が良い。他に懸念はあるか?」
「えっと、今思い当たるのはそれぐらいですね」
明里の返答に、俺はわかったと頷く。三つ目の進路ルートの総評をする。
「三つ目のルートも難易度は高いが良い案だと思う。慣れない環境で生活するのは懸念事項だが、最大で2年飛び級できるというのは非常に大きなメリットだ。
一つ目と二つ目の案に比べて調べなきゃいけないことは沢山あるし、困難も多いと思うけど、ポジティブに考えるならば、日本の普通の学生とは全く違う経験を得られるということだ。
もし挑戦するとなれば、もちろん応援するぞ」
俺の総評を明里は相槌を入れながら聞いてくれた。少し言い方が気障っぽくなってしまったが、そこはご愛敬だ。
一通り、三つの案を聞き終わったので、内容を思い出しながらまとめる。
「当面は進路についての調査と、高校の範囲の勉強を同時に進めていくのがいいな。
中学3年時点での学習状況によって、ルートを切り替えることを考えておいた方が良い。他にもルートを模索して、選択肢を増やしておくのが賢明だ。
将来海外進学も視野に入れているんだから、英語に関しては優先度を上げて勉強する必要があるな」
俺が総評を終えると、明里は真面目な表情で口を開く。
「そうですね。お兄さんの言う通り、学習は英語を重点的に進めつつ、進路も同時進行で模索していきたいと思います」
「うん。あまり気を張らずに気楽に行こう」
「はい。アドバイスありがとうございます。とても参考になりました」
「役に立てたのなら良かったよ。何かあればまたいつでも相談してくれ」
「はい。その時はお願いします」
明里の笑顔が夕日に照らされている。思ったより話し込んでしまったようで、もう日が落ちそうだ。
「もう日が暮れそうだな」
「はい」
「他に見たいところはないか?」
俺はイベントにて主要スポットを全て探索したが、明里は未探索の場所がある。
広場と埠頭・駐車場の二か所はしっかり見ていないはずだ。
「いいえ。ポートタワーと結び岩が見られたので十分です」
「そうか。なら、お土産を買って帰るか」
「はい!」
俺はベンチから立ち上がる。遅れて明里も立ち上がり、服に付いたほこりを払った。
「行くか」
そう言って手を差し出すと、明里は返事をして手を伸ばしてくる。
しかしその手は途中で止まり、明里は「あっ、そうだ」と声を上げた。
「写真を撮っていませんでした」
そう言われて思い返す。そういえば撮るのを忘れていたな。
「そうだな。ツーショットで撮るか」
そう言って結び岩の斜め前に立ち、明里の肩に触れて隣に誘導する。
カメラアングルを調整し、俺たち二人と結び岩が映るようにする。
「撮るぞ。はいチーズ」
シャッターのボタンを押して写真を撮る。ピンとのずれもなく、上手に撮ることができた。
「うまく取れた。ラインで送る」
「お願いします」
俺はラインのトーク画面を開き、写真を添付する。
「ばっちりですね」
明里が出来栄えを褒めてくれた。自撮りは普段あまりやらないが、一発でOKが出て良かった。
「他のアングルで取りたいとかあるか?」
思い残すことのないよう問いかけると、明里は「ちょっと待ってください」と言って何枚か写真を撮る。カメラの位置的からして、結び岩とポートタワーをフレームに収めたのだろう。
「満足したか?」
「はい」
明里が笑顔で返事をする。俺も自然と笑みがこぼれる。
「じゃあポートタワーに戻るか」
そう言って明里の手を取り、結び岩を後にした。
ポートタワーに戻った後は、お土産屋を順番に回ることにした。
午前中に明里が釣られそうになった菓子の店には、チョコレートやクッキーといった洋菓子から、せんべいや饅頭、大福などの洋菓子まで一通りのお菓子がそろっていた。
あれもこれもと買っているとお金が尽きてしまうので、それぞれ一つずつ欲しいものを厳選することにした。
明里は色とりどりのフルーツキャンディー、俺は醬油味のせんべいを購入した。
建物の東側にある一番広い土産店には、菓子類はもちろんのこと、野菜や海の幸、ソフトドリンクからお酒まで幅広い品揃えをしていた。もはやスーパーといった感じだ。
野菜コーナーに漬け物が売っていたので、はくさいときゅうりの漬物を購入した。
ソフトドリンクコーナーには、果汁100%のりんごジュースが1リットル瓶で売っていた。値段は少し高いが、物は試しにと購入することにした。
南入口近くには、ドライ食材売り場があった。
数十種類のドライフルーツやドライ野菜が、つるかごに入って並べられていた。
珍しいフルーツに目を輝かせていると、試食OKというポップを見つけた。
俺はすべてコンプリートする勢いで試食し、明里は目ぼしいものを数種類試して控えた。
俺はマンゴーとオレンジ、明里はいちごを気に入ったので、それぞれ100gずつ購入した。
すべての土産屋を回り終えた俺たちは、ポートタワーを出た。
外は日が沈み、暗くなり始めている。
満杯になったかばんを背負いながらバス停に向かうと、ちょうどよくバスが来たため乗りこんだ。乗客は少ないようで、来た時と同じ席に腰掛けた。
「ふう、疲れた」
「……ですね」
明里の反応は鈍い。俺と同じで疲労しているのだろう。
「道の駅はどうだった?」
俺がそう問いかけると、明里は顔をこちらにゆっくり向けた。
「楽しかったです。キーホルダーが手に入ってとても嬉しい」
「それは良かった」
明里の返事に俺は微笑む。
「気分転換できたか?」
今日ここに出向いたのは、明里がテストでミスしたことを落ち込んでいるように見えたのが大きい。
旅行でリフレッシュできただろうか。
「はい……」
返ってきたのは弱々しい声。ふと彼女を観察すると、そのまぶたは落ちかけている。
「起こしてやるから寝てもいいぞ」
「ありがとうございます」
明里はお礼を言ってまぶたを閉じた。すぐに静かな寝息を立て始めた。
その健やかな寝顔を見守る。すると自分にも眠気が移ってきた。
思ったより疲れがたまっているようで、これは起きているのは無理そうだと察する。
明里を起こさないよう慎重に、床に置いているカバンからワイヤレスイヤホンを取り出し耳に付けて、スマホのアラームを起動する。そして目を閉じた。
明里にはこれからの人生、いろんなことが待っている。
どんな天才であろうが必ず失敗はする。大切なのは、失敗を恐れてはならないということだ。
失敗したら原因を分析し対策する。切り替えの速さが重要だ。
もし一人で進めないときは周りを頼れ。
俺でなくても良い。友人でも他人でもAIでも良い。
俺はいつだってお前の味方だ。強く生きてハッピーエンドをつかみ取れ。
肩に温もりを感じながら祈り続けていると、意識が遠のいっていった。
将来に向かって努力する人は、本当に尊敬しています。
陰ながらですが応援しています。頑張ってください。




