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文学少年の恋物語 〜令和版源氏物語〜  作者: AYASAM
1年生2学期
PR
78/117

古暮兄妹の遠出 ポートタワー編 パート2

 妹の不意打ちが見事に決まってしまった後、俺たちはもうしばらく展望台からの眺めを堪能した。

三百六十度、どの方向からも景色を満足したところで急激に空腹感が押し寄せてきた。ポケットからスマホを取り出して時計を見ると、お昼にはちょうどいい時間帯だった。


明里に同意をもらい、ポートタワーの一階に降りた。


「例の店は確かあっちだな」

「はい」


テレビで取り上げられていた海鮮料理の店は、もと来た道を戻っていく必要がある。

ということはつまり、またしても奴らと対峙することになる。しかし、敵の根端はすでに把握済みなので、もう俺が攻撃は受けることはないだろう。

例の菓子売り場の前を通りかかる。我が妹は大丈夫だろうかと斜め後ろを見ると、


「大丈夫です」


無事、俺の後をついて来ているようだ。安心安心。 

俺たちは目の前に現れる敵を、蝶が舞うかのように華麗に躱していき、嵐のような勢いで食事処へと向かった。


 ワイワイ、ガヤガヤ。


俺たちはついに例の店、もとい食事処『漁夫の集い』にたどり着いた。

ふうと安堵の息を吐いて、肺を膨らませると、醤油の焦げた匂いが鼻腔をくすぐった。


空腹感が倍増する中、店内をちらりと一瞥すると、小さな子供からお年寄りまで、あらゆる年層がこの食事処を利用していて、それぞれ世間話や食事に勤しんでいる。とても賑やかで楽しそうだなと和んでいると、ぐうと腹の虫が鳴った。


「お兄さん、こっちにメニューがありますよ」


間抜けに突っ立っていると、遠くから話しかけられた。見ると、明里は店の外に設置されたメニューの前で、こいこいと手招きをしている。


「お兄さんはどれがいいですか?」  


俺は近づいてメニューを眺めた。


寿司、丼、ラーメン。そして、海鮮バーベキュー。お腹が空いているので、どれもこれもとにかく美味しそうに見える。じゅるり。


「この『気まぐれ寿司』はどうだ?」


寿司の枠にあるそのメニューは、マグロやサーモンといった赤身、タイやイカなどの白身、ウニにいくらなどの軍艦などが、豪勢に並べられていた。


「わあ、豪華ですね! 毎回こんな豪勢なネタが出てるんですかね?」

「うーん、どうだろうな……」


弱々しく返事をする。

よく写真を見ると、右下の隅に小さく『その日によってネタが変わります』と書いてある。毎回この写真のような豪勢なネタが出ると判断して良いのだろうか。

写真だけ豪勢ってオチもありそうだ。

でもまあ、なんか面白そうだから頼んでみようか。まんまと釣られてやろうじゃないの。


「あとはそうだな……この、『海鮮ラーメン』ってやつを食べてみたい」


俺は麺メニューにあるそれを指す。おすすめメニューらしく、でかでかと写真が載せられていた。


「本日のおすすめですか。美味しそうですね」


明里は和気藹々と破顔しながら応えた。本当に美味しそうで、今にも涎が垂れそう。


「あとは焼きホタテかな。これ、見るからに美味そうだ」


俺は海鮮焼きメニューにある焼きホタテの写真を指差した。

超絶旨そうな焼きホタテだ。

食欲をそそられる写真は多いが、これほどのものは見たことがない。口の中が唾液の大洪水だ。

こいつは絶対に平らげてやろう!


「それで、明里はどうするんだ?」


今度は俺が接客役だ。いろいろとメニューがある中で、明里はどれを選ぶのか。


「私は、海鮮丼と焼きホタテにしますね」


ほう、海鮮丼で来たか。なかなか良いチョイスをしたな。それと、焼きホタテは言わずもがな。


「じゃあ、俺が注文するから、席頼むわ」

「はい」


俺が先に入店すると、店員に「いらっしゃい!」と挨拶をされる。

俺は会釈して注文口へと向かい、列に並んだ。

皆、どこかソワソワしているのは、お腹が空いて切ない思いをしているからだろう。

メニュー紹介の鮮やかな写真と、鼻腔をくすぐる香ばしい匂いに誘惑されたら、こうなるのは当然だ。


ソワソワする。早く昼飯に有り付きたい。順番はまだかな。


……お、あと一人だ。早めにカモーン。


そしてついに、


「いらっしゃい!」


注文の番が回ってきた。

威勢の良いお兄さんが、快活な声で注文を促してくる。


「気まぐれ寿司を一つ! 海鮮ラーメンを一つ!」


空腹のせいか、喉から出る声に力が入った。注文取りのお兄さんに引けを取らない大声が出てしまう。


「海鮮丼一つ、それからバーベキューの焼きホタテを二つお願いします!」

「はいよ。お飲み物はいかがいたしますか?」

「お水で大丈夫です」


考えるのは面倒なので即答する。明里は何も言ってなかったし、水で十分だろ。


レジのお兄さんは嫌な表情をするかと思ったが、反対に破顔して朗らかに応える。


「承知しました! それでは、ご注文は以上でよろしいでしょうか?」

「はいっ!」

「合計で4,125円になります!」


俺は服のポケットからスマホを取り出して「eマネーでお願いします!」と差し出した。


「わかりました。ではこちらの機械にタッチしてください!」

「はいっ!」


スマホをデバイスにかざす。するとピッと音が鳴って、自分の口座からお金が引き出される。


「ありがとうございます! まずはレシートをどうぞ!」


レシートを受け取る。続けて、


「ご注文の品が出来次第このアラームでお呼びしますので、アラームが鳴りましたら、受け取り口までこのアラームをお持ちになってお越し下さい!」


小型リモコンのような機械を受け取った。


「ごゆっくりどうぞー!」


明るい笑顔を振りまくお兄さんに軽く頭を下げて、席の方へと向かった。


老若男女で賑わう店内をぐるりと見回してみる。すると、明里が手を振って居場所を示してくれた。ほう、よく座れる場所が見つかったな、と感心したが、近づいていくうちに相席だと分かった。


「ごめんなさい、どこも席が空いてなくって。相席でいいですよね?」


明里は少し不安げな顔付きで、是非を問うてきた。そのテーブルは三人ずつ向かい合って座る六人用のもので、その内の三席がすでに埋まっていた。


「ああ。あの、隣失礼します」


俺は隣の席の人に断りを入れて、明里と向き合うように座った。


「あらまあ、若いお兄さんじゃないの」


隣の席に座っている人が話しかけてきた。活力のありそうなおばあさんだ。

まさか話しかけてくるとは思わず、俺は返答に困った。


「お二人さんはもしかしてーー」


隣のおばあさんは、上半身をこちらにグイッと近づけて、


「恋人なのかしら?」


話しかけられたことが既に驚きだが、まさかそんな質問をしてくるとは。

明里はどんな反応を見せるのかーー視線をテーブルの向こう側の方に向けると、彼女は特に顔色を変えることはなく、口をつぐんでいた。今の話、聞こえていなかったのか……まあ、ここは俺が答えよう。


「違います。兄妹です」

「あら、そうなの? なんだか、それっぽい雰囲気が出ていたから」


まさか。それっぽい雰囲気など出しているわけがない。どう見たらそんな風に映るのだろう。


「恋人じゃないなら、とても仲のいい兄妹って感じかしら?」


おばあさんはにっこり微笑んで問うてくる。


「まあ、そうです」

「今日は二人でお出かけ? いいわねー、若い頃を思い出すわ」

「おばあさんも兄妹が?」


今度は俺が質問する。質問攻めされるのはごめんなので、こちらが喋らせよう。


「ええ、いたわよ兄が三人。私は末っ子だったわ」

「四人兄弟ですか。羨ましいです」

「そう? まあ私は兄弟にかわいがってもらったから、恵まれてはいたわね」


おばあさんは遥か遠くを見据えるようにして、哀愁深い表情を浮かべる。今までの人生を振り返っているのだろうか。


「昔は兄たちに街に連れてってもらったわね。ちょうど今のあなた達みたいにね」

「そうなんですね」

「若いうちにできるだけ遊んでおいたほうがいいわ。離れ離れになってから後悔しても遅いんだから」

「はあ……」


俺はなんと答えればいいかわからず、とりあえず相槌を打った。

離れ離れというのはどういう意味か。離別なのか死別なのか。


「ところで、おばあさんもこちらには観光でですか?」

「ええそうよ。旧友二人とぶらり旅ね」


そう言って、おばあさんは隣と斜め向かいに座る二人を示した。

二人は何かの話で盛り上がっているようだ。


「観光しておしゃべりしての毎日。とっても充実してるわ」

「そうなんですか。それは良いですね」


おばあさんの隣で楽しそうに会話する二人を見ながら、俺は同調した。

老人は暇が多くてうらやましい。読書し放題、ゲームし放題。老後のスローライフは最高。

いや待て。年を取るってことは、体が老化していくわけで……。

うーん、よく考えてみると早く老人になりたいとは思えない。

俺は話題を変えることにする。


「ここの料理はどうでしたか?」

「とても美味しかったわ。間違いなく☆5ね」

「それはーー」


おばあさんが満面の笑みで答えるので、期待が高まる。一体どんな味なのだろうか。


「ねえ! ちょっと!」

「え? あらもう行くの? わかったわ」


おばあさんは奥に座る連れの二人に話しかけられたようだ。席を立つのかな。


「連れが急かしてくるからもう行くわ。それじゃお二人さん、またどこかで会いましょう。さようなら」


おばあさんは柔らかい笑みを浮かべると、ゆっくりと立ち去った。


ビピピピ、ブーブー!


タイミングよく呼び出しブザーが鳴った。


「んじゃ、行ってくる」


おばあさんたちがテーブルから離れたのを見届けてから、俺は立ち上がった。


「あ、私も行きますよ」


明里が立ち上がりかけるが、「いや、俺に任せて」と制止して、受け取り口へと向かった。効率的ではないけど、体力があるから問題はない。


「お待ちどうさま! 海鮮丼に海鮮ラーメンだよ!」

「どうも!」


お盆ごと受け取って、一度席に戻る。料理を慎重に運んでテーブルに置く。

料理がなければただのシャトルランなどとどうでもいいことを考えつつ、受け取り口へ戻る。


「気まぐれ寿司と焼きホタテだよ!」

「ありがとうございます!」


お盆を表彰されるように丁寧に受け取り、席へと運ぶ。


「お待たせ」


手を付けずに待ってくれている明里の目の前に、例の豪華寿司をドーンとお披露目する。

明里は目の前に出された料理を見るなり、目を丸くした。


「まさに写真通りだな」

「すごい……」


やっと食べられる。昨日テレビで見た料理が今、目の前に!

箸を取って、「いざ実食!」といきたいところだが、自分に「待て」の合図をかける。

まずは料理を鑑賞しなければならない。食するまでの期待感を高ぶらせるのだ!


俺は料理に顔を近づけ、「ふおお……」と感嘆の声を漏らす。


気まぐれ寿司は、皿の上にまるで宝石箱のように盛り付けられていた。

鮮紅のマグロ、透き通るようなタイ、柔らかな艶を放つイカ。そして、黄金色のウニと、ぷちぷち弾けそうないくらの軍艦。

どれもつややかで、海から直送されたような輝きを放っている。


「ほんとうに豪華です」


明里が、丼に盛られた海鮮丼を前に感嘆の息をもらした。


彼女の丼は、寿司ネタが惜しげもなく盛られた絵巻のような一品だ。

マグロにエビ、ブリにホタテ。中央には厚めに切られたサーモンがバラの花のように巻かれており、その花びらの隙間にいくらが散りばめられている。


「お兄さんのお寿司もすごいですけど、こっちも負けてませんね」

「確かに。どっちも主役だ」


海鮮丼に気を取られるのも束の間、ふと鼻腔を魔性の香りが突き抜ける。

焼きホタテに目を向ける。炭火で焼かれたその身はふっくらと膨らみ、殻の中でぐつぐつと煮立つバター醤油の香りが立ち上る。

湯気に誘われ、俺の胃袋が悲鳴を上げている。


「あ、そうだ。写真を撮りましょう」

「写真? ーーおお、そうだな」


俺たちは料理を前にスマホを構えた。

店の照明によって役者感が増した魚介たち。ラーメンなど湯気を立ち上ぼらせていて、アピールは完璧だ。

角度を調整し、料理が一番魅力的に映ったタイミングでシャッターを切る。

写真を確認すると、まるで宝石のような料理が鮮明に映し出されている。ベストショット。

どうやら明里もうまく撮れたようだ。ついに食事の時間と相成った。


パシッと手を合わせ、間延びした声で「いっただーきます」と言う。

明里は俺とは対照的に、控えめな声でのいただきます。行儀が良いのは母親譲りだな。


最初に手を付けたのは寿司だった。マグロを一貫つまんで口に運ぶ。

舌の上にのせた瞬間、とろけるように赤身の旨みが広がり、醤油の香ばしさと混じり合う。


「これはうまい!」


思わず声が漏れる。

対する明里は、丼からサーモンの花びらをひと切れを箸でつまんだ。

口に入れた瞬間、彼女の頬がぱっと赤らんで――


「油が乗っていて美味しいです」


明里は素直な感想とともに頬を緩ませる。そっちも当たりだったようで何よりだ。


「さて、お次はーー」


俺は湯気を立てる海鮮ラーメンに箸を移す。

透明感のある黄金色のスープの表面には、エビの赤、ホタテの白、ワカメの緑が鮮やかに彩りを添えている。

まずはレンゲでスープをひと口。

じわっと舌に広がるのは、アサリとホタテから出た濃厚な出汁の旨み。

醤油ベースにほんのり生姜が効いていて、体の芯から温まるような深い味わいだ。


「ダシが絶妙だな」


お次は麺をすすってみる。

箸を入れると、縮れた中太麺が持ち上がり、魚介の香りを纏った湯気が鼻を直撃した。

するすると喉を駆け下りる麺に絡むのは、海鮮の旨みを凝縮したスープ。

ぷりっとしたエビの食感や、柔らかく煮込まれたイカの輪切りが時折顔を出して、海の幸を求めるトレジャーハンターの気分にさせられる。

五感で楽しませてくれるとは、さすがは主役級。おすすめされるだけのことはある。


そして最後、真打ちは焼きホタテだ。

殻の中でぐつぐつ音を立てる大きなそれを、箸でつまんで恐る恐る口に運ぶと――熱っ! 

歯を押し返す弾力があるのは新鮮さの証だ。ふっくらとした分厚い身をはふはふしながら咀嚼すると、貝柱の繊維がほぐしていく。一度噛むごとにバターと醤油の味が口内に広がる。


「くぅー。塩味がたまらん」


俺が唸っていると、明里も見かねたようで焼きホタテを頬張った。

よく噛んでから飲み込んで、感想を口にする。


「歯ごたえがあって美味しいです!」


ぱあっと華やいだその表情は、料理以上のご馳走と言えるのではないか。

幸せを体現したその表情を傍目に見ながら、さらにホタテにかぶりつく。


ホタテはこれまで何回か食べることがあったが、これが一番美味しいと断言できる。

海がすぐそばで新鮮さが段違いなのがやはり大きいのではないか。

そんな素人予想を立てつつ、ホタテの味を楽しんだ。


「まさかこんなに美味しい店があったとは」


俺がぼそりと感想を述べると、箸を進めながら明里が頷いてくれる。

もはや箸が止まらない。グルメレポートなどとうに忘れ、ひたすら海の幸に舌鼓を打つ。


そして気づけば料理を平らげていた。


「ふう、満腹だ」

「私もです」


ちょうどよい量で、お腹が適度に膨れた。これなら午後も問題なく動けそうだ。


賑わっていてとても居心地が良い海鮮のお店。味は言うまでもなく最上。

とても印象深い昼飯だ。写真も取ったことだし、もしかしてこの先ずっと忘れないかも。

席を立ち、食器をカウンター横の返却口に運ぶ。


「また機会があったら来たいな」

「ですね」

「今度は丼物行きたいなー。明里のやつ、見るからに超うまそうだったし」

「ふふ。なら私はラーメンですね」

「それがいい」


そんな会話をしながら、俺達は賑わいの未だ絶えない店を後にした。


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