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文学少年の恋物語 〜令和版源氏物語〜  作者: AYASAM
1年生2学期
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73/117

古暮家の食卓

 九月三日。土曜日。

朝の習慣のランニングを終え、帰宅する。

自室で普段着に着替えてから、リビングに向かった。


「おはよう」


俺の声に気付き、彼女は振り返る。長い黒髪が揺れて、整った顔がこちらを向いた。


「おはようございます、お兄さん」


そう言って爽やかに微笑んだのは、花柄のエプロンを着た俺の妹だった。


 中学に上がる頃、俺は母から料理を教わった。

それから一年、中学二年になった頃、明里も料理をしてみたいと言い出した。

仕事でますます多忙になった母に変わり、俺は彼女に料理を教えた。

一年という経験の差があるので、明里が俺に追いつくのは先のことなのだろうと思っていたが、その予想は裏切られた。

彼女は僅か数か月で俺と肩を並べる程の料理の腕前に到達し、今となっては俺よりも勝るほどになってしまった。

いっそ明里に料理を任せたほうがよいのではないかとも考えたが、料理をすることに一定の価値を見出していたため、一任はしなかった。

その代わりに、交代制で食事を作ることにした。

一食置きや一日置きなどと、最初は交代のちょうどよい塩梅を見ていたら、いつのまにか、妹は朝、俺は夜を主に担当するルールが出来上がっていた。

ちなみに平日の昼は学食で済ませ、休日の昼は外食か、気が向いた方が料理を作るという流れが通例となった。


俺は四人がけのテーブルに近づく。座る場所は決まっている。

ふと、いつもの空席になっている2席に目が行った。


母は小児外科医で、病院に泊りがけで勤務しているため、家には年始しか帰ってこない。

また、父はサクソフォニストで、有名なジャズバンドに所属している。海外に行くことも多々あるみたいだ。

他にも、作曲や指導など手広く仕事をしている。俺の母校である北中学校の吹奏楽部の面倒も毎年見ているようだ。

つまりは父も母同様多忙であり、家には帰って来ることはめったにない。

実質、古暮家は俺と明里の二人ということになる。


一般的な家庭とは少し違うかもしれないが、寂しさを感じたことはほとんだない。

明里がいれてくれさえすれば、それで十分だ。


フンフン♪ と鼻唄を歌いながら、明里は料理の盛った皿をテーブルに置いていく。

今日の朝食も非常に美味しそうに見える。口の中に唾液があふれてきた。

いつものことではあるが、颯爽と料理を運び終えた妹の手際の良さに感心しながら、窓側の席に腰掛ける。

明里はエプロンを脱ぎ、ソファーの上にかけて、テーブルを挟んで反対側に座った。


「じゃあ、食べましょう」

「ああ」


互いに見合って、パシッと手を合わせる。そして、


「「いただきます」」


箸を手に取って、まずは味噌汁を一口すする。明里も同様に味噌汁をすする。ゴクリ。

うん、にぼしの出汁が効いていて美味しい。


次は漬物だ。旅行好きの知り合いからもらったと父が言っている、海辺のイラストが描かれた立派な箸で、漬物を器用につまむ。適度な塩味と酸味で、とても美味い。


「明里、先週期末テストあったんだって?」

「……はい」


若干反応が遅かったような気がするのは気のせいか。


「どうだった?」


聞くまででもないことだが、一応聞いてみることにした。


「ええと……数学で一問だけ計算ミスをしてしまいました」

「えぇ!? ……お、おう、そうか。それは惜しかったな」


俺はてっきり全部満点でしたという返答が来るとばかり思っていたので、非常に動揺した。語調がだんだん弱くなっていったのを見るに、明里は落ち込んでいるようだ。


「まあ、計算ミスは仕方ないな」

「はい……」


〜〜〜〜〜〜〜〜


「今日のテスト、全然できなかったよー……」

「まあそう落ち込むなって。今度頑張ればいいだろ」

「でも……」

「なら、俺が勉強を見てやるから、元気出せよ」

「……ほんと?」

「ああ、遠慮しなくていいぞ!」

「ありがとう、お兄ちゃん」


〜〜〜〜〜〜〜〜


こんな感じで、最近見たアニメみたく、兄のかっこいい姿を見せたいところだが、現実はそうはいかない。明里が優秀なこともあるが、それは別としても気の利いたことが言えない能力の低さになんだか申し訳なくなる。



「お兄さんはどうでした? 全国統一模試でしたっけ?」


馬鹿な想像をやめたところで、明里が聞いてきた。結果は芳しくなかったのだが、「良くなかった」の一言で終わらせるのは野暮なので、詳しく話してみようと思う。


「えーと、理系教科はどれも六割五分だった。国語は七割五分で、英語は六割ぐらい」


「へえ、そうなんですか?」


妹は目を見開いた。俺がもう少しできると思っていたのだろうか。


「学校の考査に比べてかなり難しかったな」


と、難易度で言い訳はするものの、テストがあること自体を見落していたことは口にはしない。格好悪いところは見せたくないからね。


「それは大変でしたね」


「ああ。でも、もう少し頑張れたかも。計算ミス、スペルミスが結構あったからな……」


改善点は沢山ある……と思う。対策をしていれば、間違える傾向とかがすぐにわかるのだが、今回はしていないので、そうはいかない。そして必然、見直しも大変になる。


「次は頑張ってください。お兄さんならやれます!」


「はい、頑張ります」



どちらの立場が上なのかしばしわからなくなるが、こんな感じで俺達は、朝と夜、食卓をはさんでお互いの日々の出来事を話している。

学校の同級生や先輩と違って、リラックスしながら話ができるので、非常に貴重な時間だ。

明里はとても聞き上手なので、食事中を忘れて話し込んでしまうこともしばしばだ。



パクリ。明里がきゅうりの漬物を慎み深くほおった。


「ん!」


明里は漬物を飲み込むなり、


「このきゅうりの漬物、とっても美味しいですね!」


と意気揚々と言い放った。


「うん、そうだな」


俺は同調して、同様にきゅうりの漬物を口にほおった。

すると明里は笑って、「そうですよね」と何度も頷いて、ペースを緩めることなく、漬物を口に運んでいく。これはすごい勢いだ。そんなに味加減がマッチしていたか。

幸せそうな顔をしながら幾度となく漬物を口に運んでいく様子を見ていると、なんだか微笑ましくなって、自然と笑顔がこぼれた。



 食事もそろそろ終わりそうな頃合いを見計らって、


「明日は日曜だけど、何か用事はあるか?」


と俺が問いかけると、明里は何か思案するような顔をした。なにか予定があるのかもしれない。


「特に予定はないですね……」


数秒ののち、明里は表情を柔らげてそうのたまった。そうか、予定はないか。都合が良くてよかった。


「なら、どこか出かけるか?」


俺がそう言った途端、明里の表情がパアッと嬉しそうなものに変わった。

そして、期待の眼差しを向けながら、「はい!」と嬉々とした声で返事をした。


さて、どこへ出かけようか。

普段はあまり行かない場所で非日常の体験を味わいたい。

午後は予定があるので、今すぐネットで調べなければ。


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