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文学少年の恋物語 〜令和版源氏物語〜  作者: AYASAM
1年生2学期
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72/117

閑話 文学少年のとある夏の日の思い出

「いやー、キャンプなんてひさしぶりだな」

「数年ぶりですね」

「新鮮な空気。いい景色。弾き語り。いやー、贅沢だ」

「ふふ」


==============================


「あっ、古暮様。こんな山奥へようこそおいでくださいました」

「あーどうも○○さん。今回はお世話になります」

「はい。よろしくお願いします」

「こっちが息子の和人、こっちは娘の明里です」

「「……」」

「ちゃんと挨拶なさい」

「お願いします」「……します」

「ふふ。可愛らしいですね。初めまして、私は○○です。よろしくお願いします」

「んじゃ、施設の案内を」

「はい。こちらへどうぞ」


===========================


「ふー、組み立て完了ー」


おでこの汗をぬぐいながら、父は大きく息をはいた。


「結構苦戦しましたね。お手伝いをお願いしたほうがよかったんじゃない?」

「これもキャンプの醍醐味でしょ」


タオルで額の汗を拭く母に、父は笑って応えた。


「次は食事の用意ね」

「よっしゃ!」


父が張り切った様子で、俺たちの方を向いた。


「お前たち、もうひと頑張りだ」

「やだ。遊びたい」「わたしも!」


俺の訴えに明里が乗ってきた。


「お手伝いしてくれたら遊んでもーーってちょっと!」


俺は父の声を聞き流し、テント内にあるカバンの中からフリスビーを取り出すと、明里を連れてすぐさま広場へと駆け出した。


===========================


「いくよ、それっ!」


俺は勢いよくフリスビーを投げた。すると急に風が強く吹いて、明里めがけて投げたフリスビーは彼女のはるか上を飛んでいき、林の中へと入ってしまった。

明里がすぐさま追いかけて林の中に入ったので、俺は後を追おうとする。


しかし、足を踏み出した瞬間、後ろから何かが頭にぶつかって、その場に膝をついた。


「やっべー」「おーい、君!」


いくつもの足音と声が近づいてきた。意識がはっきりしてきたので、ゆっくり立ち上がった。


「すまない。ぶつかったよな? 大丈夫か?」


自分と同じくらいの年の少年二人が、心配そうな顔をしている。片方の少年はサッカーボールを持っていた。


「う、うん。だいじょうぶ」


俺は頭から手を離し、顔を上げた。


「そっか。ならよかった」


二人は互いに顔を見合わせた。


「そうだ、お前もよかったら俺たちとーー」

「あっ!」


俺は明里と遊んでいたことを思い出した。そうだ、彼らにかまっている暇などなかった。


「行かないと!」

「ちょ、おい!」


少年たちの声を背に、俺は林の中へ入った。


===========================


「おーい、明里!」


林に入り、すぐさま名前を叫ぶが明里の返事はなかった。

まさか声が届かないほど遠くへ行ってしまったのか。これはまずい。


周りを見回しながら進んでいると、木の枝ではない何かが足に当たった。見るとそれは黄色くて丸いもので、真ん中に英語の文字が書かれていた。

間違いない。これは俺が投げたフリスビーだ。まさか、こんなに遠くまで飛ばされていたとは。広場からかなり歩いたような気がする。


「明里、いるかー!」


フリスビーがあったことだし、もしかしたら近くにいるのではと思い、彼女の名前を叫ぶが返事はなかった。

全然見つからない。さらに奥まで行ってしまったのか。

さすがにこれ以上奥へ進んだら、来た道がわからなくなるんじゃないか。なんだか不安になってきた。


……だめだ。悩んでいても仕方ない。もう少しだけ進んで、見つからなかったら父の所へ戻ろう。


「明里ー!」


俺は林の中をさらに進んでいった。だんだん木の数が増えてきて、視界も悪くなっていった。

注意深く周りを見回しながら進んでいるが、人の気配はない。

いったん戻ろうーーそう思って顔を上げたところで、少し遠くの地面で何かがきらりと光った。

なんだろうと思い駆け寄った。足場が悪く、途中で少し太めの木の枝につまづきそうになりながらも、なんとか光の見えた場所たどり着いた。


光を放ったその小さな物体を拾い上げる。汚れていたので手で土を払うと、それは見覚えのある髪留めだった。黒い下地に白いアジサイがついていて、その花の真ん中が金属でてきているヘアクリップーー今日明里がつけてきたものじゃないか。

これが落ちているということは、明里はこのすぐそばを通ったということになる。

なら、近くに明里がいる可能性は高いんじゃないか。俺は探す気力を取り戻し、大きな声で叫んだ。


「明里ー! いたら返事してくれ!」


体の向きを変えていろんな方向に何度も声を発した。そして耳を澄ます。


「……にい……」


かすかに声が聞こえた気がした。それほど遠くない。


「明里! どこだ!」


もう一度叫ぶ。すると


「……おにいちゃん……」


今度はちゃんと聞こえた。方向も分かった。すぐさま声のした方に向かった。


==============================


声のした場所にたどり着くと、獣道のそばでうずくまる明里を見つけた。


「明里!」


声をかけると、明里は顔を上げた。


「お、おにいちゃん……」


明里の顔は砂と涙でひどく汚れていた。上着もズボンもところどころ破れ、髪には葉っぱがついていた。


「大丈夫か?」

「あし、いたい」


明里が膝から手を離すと、服の右膝の部分が大きく破れて擦り傷ができていた。傷口からは血が流れている。


「血止しないと!」


俺はズボンのポケットを漁り、ハンカチを取り出すと、明里の膝に巻いてきゅっと結んだ。

髪留めを拾った場所はとくに足場が悪かったから、きっとそこで転んでしまったのだろう。


「明里、歩けるか?」


明里が首を横に振る。


「じゃあおんぶしてやる。肩に掴まって」


俺はしゃがんで背中を向けるが、明里は背中に乗ってこない。


「明里……?」

「あしが……」


振り返ると、明里は左の足首をかばっていた。左足は擦った跡はあるものの、大きく破れてはいないようである。


「いたっ!」


明里の手をどけて足首に触ると、明里は大きな声を上げた。

俺は驚いてすかさず手を離した。


「靴の下見ていいか」

「ん……」


苦しそうに返事をする明里の靴を脱がせ、靴下をめくると、くるぶしの下が青黒く染まっていた。


「うわっ……」


ひどい内出血で、見ているだけで気分が悪くなった。

転んだ時にひねったんだろうけど、あの場所からここまでは数十歩ある。きっと痛みを我慢しながら歩いて、ここでとうとう動けなくなったんだろう。


「もう動かすなよ」


俺はそう明里に告げて、これからどうするか考えた。

もうすでに暗くなり始めている。フリスビーを見つけたところまでの道のりは完全に覚えている。

でもそこから髪留めを見つけるまでの道のりは正直あやふやだ。

明里を背負って今から歩き回るのは危険だ。下手に動かずに助けを待った方がいいか。


「明里。そこの木の下で休もう」

「うん」


俺は周りの葉っぱを木の下にかき集めてから、辛そうな表情の明里を木の下に運んだ。


「おにいちゃん……」


明里の体を木に寄りかからせると、明里はか細い声で俺を呼んだ。どこか遠くへ消えてしまいそうな、とても弱くもろい声だった。

俺は明里の隣に座り、彼女の頭に腕を回した。その体が小刻みに震えているのを感じた。


「だいじょうぶか?」

「こわい……」


知らない場所。しかも薄暗い。こんな場所で助けを待つことしかできないなんて。俺は背に流れる汗が氷のように冷たく感じた。


「だ、だいじょうぶ。俺がついてる」


自分を励ますように言うと、明里が俺の腕の袖をぎゅっと握った。

俺ですら怖いというのに、明里はより幼くて、しかもけがをして動くことすらできないなんて、頭がどうにかなってしまいそうなほど恐ろしいはず。明里のそばから離れるわけにはいかない。


「だいじょうぶ。だいじょうぶだ」

「うん……」


何度も励ますと、明里の体の震えが少し収まった。


「明里、少し休んだほうがいい」


そう告げると、明里はうんと頷き、俺の胸に頭を預ける。体の緊張が少し解けたようだ。


俺は顔を上げ、宙をぼんやりと見つめた。

もし見つけてもらえなかったら、俺たちはどうなるんだろう。

そういえばおなかが空いた。昼から何も食べてない。喉も乾いた。


「……と! あかり!」


誰かが遠くから俺たちを呼んでいる気がする。暗い中、いくつもの光がふらふらと飛んでいるように見える。なんだか眠くなってきた。少し休もう。



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