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文学少年の恋物語 〜令和版源氏物語〜  作者: AYASAM
1年生2学期
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70/117

始業式

2学期の始まりです。

 ピピピピ。

目覚まし時計を止めて、俺はのろのろと起き上がった。

ザッとカーテンを開けて、いつもの景色を眺める。


家前の電線に、小鳥が二羽、向かい合って鳴いている。

何を話しているのだろう。「今日はいい天気だね」それとも「夏もあと少しですね」だろうか。


心地の良いさえずりを聞いていたら、だんだん頭の回転が速くなってきた。


長期休暇が終わるころはいつも憂鬱だ。永遠というものが想像上のものでしかないということを実感させられる。

新学期が始まるという実感はまだ無いが、学校に行けば否が応でもわかるだろう...そんな事を考えているうちに、着替えなどを済ませて下の階へ降りた。そして、玄関に直行する。ランニングシューズを履き、家の外に出た。


まだ眠く、頭がすっきりしていない。雑念が浮かばない状態で、ただただランニングの心地良さに浸っていた。


商店街の通りに差し掛かったところで、誰かに声をかけられた。


古暮(こぐれ)くん?」


少し高めで、あどけなさの残る声。振り向くとジャージ姿の東条(とうじょう)さんがいて、橙色の髪の毛が朝日の光で神々しく強調されている。


「あっ、東条さん。おはよう」

「おはよー。朝会うのって初めてだね」


俺は「そうだね」と頷く。


「動きやすい格好だけど、もしかして古暮くんも毎朝走ってる?」

「うん。この道は毎日通るよ。今まで合ったことはなかったけど」

「ああ、今日はちょっと早く目が覚めたから、普段来ないルートを開拓してるの」

「いいねー。毎回同じルートだと飽きてくるよね?」


時間のあるときは普段通らない道を開拓して、町の変化を楽しむのも一興だ。


「うんうん。古暮君の家はここから近いの?」

「ここから南西に一キロくらいいったところだよ。東条さんは?」

「私は反対の方に同じくらいかな」

「へー。じゃあ学校に近いんだ?」


ここから反対ということは、北東の方角。学校のある方向だ。


「うん。結構近いよ」

「うらやましい」


そう言うと、東条さんは「うーん」と唸り、口を開く。


「通学は間違いなく楽だけど、走ってるところを他の生徒に見られるのはちょっと恥ずかしいかも」


なるほど。努力している姿を見られるのが恥ずかしいということか。

俺は全くそんなことを思ったことはなかったが、そんな考えもあるんだな。


「なるほど。デメリットもあるんだね」

「いや、デメリットかどうかは人によるかも」

「そうだね」


俺にとっては学校が近いことはメリットでしかない。

通勤手当が削れるということは、睡眠時間確保できるということだ。


「じゃー、古暮くん。私、そろそろ行くね」


話が切れたところで彼女が言った。立ち話をし過ぎると遅れるので、俺も帰ることにした。


「また学校で」

「うん。ばいばい」


大きく手を振った東条さんに、俺は控えめに手を振り返した。

喋っている時間はほんの数分だったが、あまり話したことのない人と話したおかげで、すっかり目が覚めた。


 

 家に帰った後、着替えをした。時計を見ると、七時を少し過ぎていた。

リビングに行くと、明里が朝食の支度を済ませていた。


「おはよう、明里」

「あっお兄さん、おはようございます。ご飯できてますよ」


今日はご飯、味噌汁、サラダ、魚。普通の和食だ。


「サンキュー。じゃあ、いただきます」

「どうぞ召し上がれ」


ゴクリ。まず味噌汁を飲んで喉を潤した。

出汁が効いててとても美味しい。


「この味噌汁美味しいな」

「それはよかったです」


その次にサラダ、ご飯といった具合に、回しながら食べていく。


「今日からまた学校か。夏休み、一瞬だったな」

「ふふ、そうですね。有意義に使うことができたので、私は満足です」

「ほう、それは良かったな」


明里は夏休みの間、家ではピアノか勉強しかやってなかったような気がするが、遊びに行ってきたのだろう。


「ま、二学期もがんばれよ」

「はい。お兄さんもがんばってください!」

「ああ」



***


「ごちそうさま。今日もおいしかったよ」

「お粗末様でした」


 明里は笑みを浮かべた。いつ見ても変わらずいい笑顔だ。


「じゃあ片付けやるから、支度して」

「そうですか? なら、お願いします」

「任せろ」


最近は妹に朝食をまかせっきりだから、片付けくらいはやらないと面目ないのだ。



 支度を済ませ、俺たちは玄関で別れた。


「じゃあまた」

「はい」


八月の終わりとはいえまだ夏の面影が色濃く残っていて、半袖でも十分快適に過ごすことができる。


いつもの通学路をスピードに乗って走る。風が気持ちいい。

植物、鳥、そして人。

いつも通っているこの道が、全く違うもののように感じる。


さて、今日も思考を膨らませますか。


昔読んだ本で、『言語』について書かれたものがあった。

人類が言語を使うようになったのは様々な説があり、そうかもしれないと思うようなものもあれば、疑わしいものもある。


ーー言語は、人自身の本能的な叫び声や記号やジェスチャーの助けを借りつつ模倣・改良したものに起源を負っていることは疑いえないーー


これは進化論で有名なチャールズ・ダーウィンの言葉だ。とても鋭い点をついていて、この言葉だけで言語の歴史が窺い知れる。情報を伝える手段が「叫び声」や「記号」、「ジェスチャー」だけの世界があったなんて信じられないが、もしそんな世界に生きるとしたらそれは非常に不便な生活になるだろう。


俺はジェスチャーはあまり得意ではない。

というかむしろ今の時代、ジェスチャーが得意な人は少ない。

この超情報化社会では、デジタル機器さえあればコミュニケーションをとることが可能なわけで...…言ってしまえば、誰とも話さなくても生きていける時代だ。

1タップで洗濯ができる、テレビはつく、料理も作れる。買い物はオンラインショッピングで済ませられるので、家から一歩も出ずに生活できる。自動車はもちろん自動運転だし、手紙やハガキなんてものはもう風前の灯火だ。

どんな店でも買ったものの代金を現金で支払おうとすると断られることが多い。今は仮想通貨、eマネーが主流だ。


とまあ、非常に便利な世の中ではあるが、そのせいで本来人間に備わっているはずのコミュニケーション能力がなくなりつつあるのを実感することが多くある。


少し話がずれてしまったが、まあいいか。今度は『言葉』について考えよう。

推理小説の中の探偵がこういう名言を残した。


「言葉は変幻自在なもの。使い方次第で、厄介な凶器にも、病気にも勝る薬にもなる。言葉のすれ違いで、一生の友達を失うことも、その逆もありうるってことだ」


俺はこの言葉で、言葉での意思疎通はなかなか難しいものなんだと深く実感した。

双方が信頼関係になければ会話は成り立たないし、言葉で人を簡単に騙すことが出来る。たった一言だけど、どんな意味合いを持たせるか。それによって二人の、その先の未来が決まるんだ。

数年前に読んだ本だが、この言葉に感動したのを今でも覚えている。

俺はこの本をきっかけに、推理小説を読むようになったんだよな。



 大通りを渡り、学校の近くまで来た。徐々に同じ制服の人が増えてきて、新学期の実感が湧いてきた。

駐輪場に自転車を止め、正門まで来る。


「おはよう、和人。久しぶりだな」


ライトが後ろから追いついてきた。


「ん? おーライトおはよう。久しぶり」


「今日から後期かー」


「そうだね」


そんな会話をしながら、1Bの教室に入った。


「みんなおはよう」

「よーライト、おはよう」「おはよう、ライトくん」


ライトの挨拶に、クラスメイトたちが応える。


「おはよう」

「「おはよう」」


続いて俺が挨拶をすると、嬉しいことに皆、挨拶をしてくれた。

人気者の後に続いたことで、注目が集まったということだろう。ライト効果サマサマだ。


くだらない思考をやめて、窓際の一番後ろの席に座った。ライトも同じタイミングで前の席に座る。


「んで、夏休みはどうだった?」


ライトはくるっと回って椅子の背もたれを肘掛けにし、俺の顔を見た。


「結構楽しめたよ」


それから俺たちはたわいない雑談を始めた。



 キーンコーンカーンコーン。


一か月ぶりくらいに、このチャイムの音を聞いた。夏休み中は鳴らなかったんだよな。


ガラッ


「おはよう、みんな」

「「おはようございます」」


一ノ瀬先生の元気な挨拶に、1Bの面々が応える。


「皆さん、夏休みは楽しめましたか? 今日から気持ちを切り替えて、勉学に励みましょう!」


「えー…」や「はあ、始まるのか後期」などというネガティブな意見が挙がるが、先生は気にしないで続けた。


「では、始業式についてですが……」


先生の話を軽く聞き流し、小休憩に入った。

俺は先生に尋ねた。


「あの、先生。琴吹さんは来てないんですか?」


そう、俺は隣が空席なことに、寂しさを覚えていた。


「ああ、実さんはお休みだよ。風邪を引いたって連絡がありました」

「はあ、そうですか」


今日から琴吹さんと話が出来る、と思っていたのに残念だ。


その後、ライトとたわいない話をしながら体育館に向かった。人が入り口付近で溢れていて、入学式のことを思い出した。

確か、もの凄く退屈だったから、最近読んだライトノベルの内容を思い出していたんだよな。


あの時はまだ話し相手がいなかったけど、今は友達が沢山いる。自分でもけっこう奮闘した方だと思う。


今までの人生の中で、この半年が一番人脈を広げられたと思う。いろいろ縁があったよな。いやー、ほんとうに嬉しいことだ。


もしかして、高校入学と同時に人を引き寄せる力にでも目覚めたのかもしれない。それとも俺は、誰かが作った小説の主人公で、作者の赴くままに行動を操られているのかもしれない。

まあ、後者の真偽を知る術はないから、きっと前者なのだろう。異能力に目覚めたとか、なんかクールだよな。


そこまで考えたところで、自分が大いに舞い上がっていると気づいたが、あくまで頭の中でのこと、すなわち妄想なので、何も問題はないよな。



そんなくだらないことを考えていると、校歌、校長先生の挨拶、表彰などが、すでに終わっていた。


「それでは始業式を終わります」


何の話も聞かず、始業式が終了してしまった。


帰る順番は一年、二年、三年の順なので、すぐに退出することが出来た。

精神は教室に置いてきて、体だけをここに持ってきた。そんな感覚を味わった。


***

 二時間目。


「それじゃ、授業を始めます」


起立、礼、着席。


「授業と言っても、今からするのは後期の役員決めなんだけどね」


一ノ瀬先生は声のトーンを上げた。


「じゃあ、望月さん、進行をお願いね」

「はい」


望月さんと呼ばれたその人は、冷静に返事をした後速やかに前に出た。

彼女は学級委員長の望月聖理奈。長い黒髪、きりっとした目つき。学級委員長に相応しい、品格のある人だ。学級委員や生徒会役員は、一年単位で入れ替わりなので、司会は彼女のままだ。

「それでは、役員を決めていきます」





「図書委員をやりたい人」


 俺はすかさず手を上げた。

周りを見るが誰もいないようだ。決まりだな。


「じゃあ、図書委員は引き続き古暮君で決定」


図書委員はあまり、というか全く人気が無い。みんなは知らないのだ。いかに図書委員が素晴らしいものであるかを。しかしまあ、そのおかげで俺が図書委員の地位を獲得することができているので、みんなは知らなくても別にいいのだ。


「それでは皆さん役割が決まりましたね。では、皆さんのデバイスに集会のデータを送るので、委員会活動の日時を各自確認してください」



時計を見ると、二十分ぐらい時間があった。もう休憩だろうか。

「それじゃあ、役員決めの次に……席替えをします」


クラスメイトたちの反応はは「えー……」「やったー」と、賛否両論だ。

俺はと言うと前者。

琴吹さんやライトと話しづらくなるのは残念だ。

まあ、全く話が出来なくなるわけじゃないからいいか。


「窓際の席の人から順番に引いてください」


先生はそう言って、くじ引きの画面、言い換えると、シンプルにボタンが一つ表示されている画面のアイポッドを教卓に置いた。

俺は列に並び、どこの席をを引けるか予想した。

これが紙のくじなら、前の人が番号続きを引く、なんていう偏りがあるかもしれないが、このくじ引き機は乱数なのでそんなことはなく、完全にランダムで決定される。どこになってもおかしくはない。全てはコンピュータの赴くまま。


タッ!


俺は画面のボタンをタップした。

出たのは窓側の後ろから二番目の席。今までライトが座っていた場所だ。一席前に移動するだけだ。

なかなかのポジションが手に入った。


***


「皆さん引きましたね。では、明日からは新しい席に座ってくださいね」

「「「はーい!」」」


 クラスメイトたちは幼稚園児のような間延びした返事をした。


皆の様子を伺うと、喜ぶものが大半だった。友達や仲良くなりたい人と、近くになれたのだろうから。しかし、俺やライトはというと、


「正反対の席だな……」

「ああ、そうだね……」


と、別れを惜しんでいるのであった。


三時間目からは普通の授業が始まった。時間割は前日にスマホに転送されていたので、どの授業があるかは把握済みだ。俺は教室移動のため、席を立った。


それからは何事もなく、放課後になった。

「じゃあ、またな」


「じゃあね」


ライトと別れて、部室に向かった。



***

「こんにちは」


 霞先輩はすでに部室に来ていた。


「今日から部活再開ですね」


「そうね。ところで、コンクールに応募する作品はもうできた?」


「はい、一応」

「先輩はできましたか?」

「ええ。できたわよ」

「後で読ませてくださいよ」


俺は懇願するような目で先輩を見つめた。『つぶらな瞳』攻撃だ!


「……わかったわ、後でね」


俺は心の中でガッツポーズをした。やったね。


ガラリ


「こんにちは」


篠原栄子の登場だ。


「こんにちは」「うっす」


俺たちは声を合わせて彼女に挨拶した。


「和人、この前貸した漫画、もう読んだ?」


栄子は俺の前まで来て、そう聞いてきた。


「ああ、読んだ読んだ。面白かったよ」

「それは良かった。できればその漫画、早めに返してほしいんだけど」


栄子は、『もう一度読み返したいから』という表情をしている。わかるぞ、その気持ち。こう、急に前読んだ作品が読み返したくなることってあるよね。


「今日持って来てないから明日返すね」

「わかった」


そう言って彼女はお決まりのポジションに着いた。


「こんにちは!」


一ノ瀬先生が勢いよくドアを開けて入ってきたので、俺たちは揃って挨拶をする。


「実ちゃんがいないけど、他は揃っているわね」

「そうですね」

「それで、作品は完成したかな?」


先生は語尾をやたらと上げて訊いてきた。先生が来たのはこれを訊くためか。それにしても、この言い方は何か威圧されているような気がしてならない。


「「はい」」


俺たちはほぼ同じタイミングで答えた。


「そうかそうか。なら、後は応募するだけね。応募の仕方はわかる?」

「はい、去年の要項を見て、なんとなくですけど理解はしました」


「応募票は一応取っておいたから、言ってくれば渡すよ」

「そうですか。それは助かります」


ちゃんと顧問の仕事をしているようだ。頼りになる。


「期限はあと十日だから、早めに応募してね」



***

 その後もコンクールに関する話が続いた。

日も暮れてきたので、そろそろ部活終了時間だ。


「じゃあ、今日はこのくらいにしましょう」

「そうですね」


読んでいた文庫本をカバンにしまい、立ち上がった。

彼女たちも同様に帰り支度をした。


「さようなら」


俺はみんなに挨拶をして別れた。



 校舎を出るとグラウンドでは、サッカー部が紅白試合をしていた。

俺はしばしの間、その試合を観戦した。サッカーを生で見るのは久しぶりだった。

じっと観戦していると、この学校のサッカー部は結構レベルが高いことが分かった。

突き刺さるような早いパス。それを的確なトラップで足元に収める。

攻める側のサイドの切り替えが素早いし、ディフェンス陣のラインの上げ下げも絶妙だ。

ふとベンチに目をやると、マネージャーと思しき人達がいた。

全員女子で、紅白試合に見入っている。マネージャーが複数いるなんて羨ましいな。


ザッ、ピピー!


ネットにボールがかかる音が聞こえた後、ホイッスルが鳴った。

ゴールの瞬間を見逃した。残念。


そのあと、試合がリスタートするかと思いきや、選手たちが輪のかたちに集まり始めたので、これで終わりだなと察し、俺は帰ることにした。



 夜風にあたりながら、黄色く光る三日月を見ていた。

長いようで短かった前期が終わり、後期が始まった。

明日から普通授業だ。また勉強付けの日々が始まる。


前期はいろいろなことがあったが、今期はどうだろうか。

学園もののラノベみたく、新たな展開が待ち受けているだろうか。

期待に胸を膨らませて、目を閉じた。



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