夏の自由研究 万和人編パート5 覚醒
夜、自室にて。
俺は机に広げた資料を前に、自由研究と向き合っていた。
これまでは「ほどほどに、言われたことをこなせばいいか」としか思っていなかったこのテーマに、少しずつ本気で取り組もうという気持ちが芽生えている自分に気づく。
面倒だと思っていた研究だが、興味とアイデアが次々と湧いてくるのを感じた。
今の俺は、ただ与えられた仕事をこなすだけじゃない。
興味のあること、知りたいことを、自分の手で手に入れようとしている。
それはまるで、風を受けて回るだけの風車が、自ら風を生み出す扇風機に変わったみたいだった。
資料を手に取り、ノートにメモを走らせ、ネットで関連情報を調べる。
最低限だった調査範囲もどんどん広げていく。
――そんな中、すぐに壁にぶつかった。
どれだけ調べても、欲しい情報が見つからない。
机の上で腕を組み、うんうん唸ったあと、ふと思い出す。
自由研究は一人でやるものじゃない。頼れる仲間がいる。
俺はスマホを取り出し、LINEで日代さんにチャットを送った。
「日代さん、ちょっといい?」
すぐに既読がつき、返事が来た。
「いいよ。どうしたの?」
言葉を選んで説明すると、日代さんは「ちょうどいいデータがあるよ」と言って、URLを添付してくれた。
そのサイトには、必要な情報が分かりやすくまとまっていた。
「ありがとう、日代さん。おかげで進められそう」
礼を伝えると、役に立てて良かったというメッセージが来る。それに続けて、
「櫻井くん、最近すごくやる気だよね」
「そうかも」
「何かいいことでもあった?」
「自由研究を進めてる途中で、進路についてのヒントが得られたんだ」
「へえ、いいね。良かったじゃん」
「うん。本当に」
以前は、流れに任せて、何も考えずに日々を過ごしていた。
でも最近は、ぼんやりとだけど将来のビジョンが見えてきた気がする。
それが、俺の中に何かを芽生えさせているのかもしれない。
自由研究を通してアヤナちゃん、そして何よりミサキちゃんとの接点ができたのは、本当にラッキーだった。
頭脳も運動神経も平凡な俺だけど、運だけはいいほうに分類されるのかもしれない。
これまでは、適当にやってきた。
でも、それじゃ駄目なんだってことに、ようやく気づいた。
「いつかちゃんとしなきゃ」と思いながら、ずっと先送りにしていた。
そんな自分とは、もうお別れしよう。今が、そのときだ。
自由研究も、進路も、流されるんじゃなくて、自分で考えて、行動しよう。
俺は心の中で、改めてそう決意した。
そこから、俺の研究は目に見えて進んでいった。
和人から指示されていたけれど興味のなかった項目も、着実に調査を進めていく。
中間発表での失敗を繰り返したくない――そんな思いも少しはあったけれど、それ以上に「自分のため」に努力している感覚があった。
「はは、充実してるな」
自前のiPadに調査事項をまとめながら、ふとつぶやく。
電源を切ると、黒い画面に映った俺の顔は、どこか嬉しそうだった。
数日後。
また図書館でミサキちゃんと再会した。
彼女は机に座り、手元の資料に目を落としていたけれど、俺が近づくとすぐに顔を上げ、にこっと笑った。
挨拶もそこそこに、雑談がてら自由研究の話題を振ってみる。
「俺の高校さ、授業で自由研究っていうのがあって、今ちょうど取り組んでるところなんだ」
「どんな研究をするんですか?」
「グループごとにテーマを決めるんだけど、俺のグループは学び方の研究をしてる。どんな環境だと勉強が捗るかとか、どうすれば効率よく目標に近づけるかって感じ」
「へえ、私とても興味があります。どうすれば効率よく勉強できるか知りたいです!」
ミサキちゃんが目を輝かせる。俺は笑って答えた。
「じゃあミサキちゃんのためにも、しっかり調べるね」
「お願いします」
ミサキちゃんが深々と頭を下げる。謙虚だが貪欲なその姿勢には感心する。
「それにしてもマナトさん、ちゃんとやりたいことあったんですね」
優しく目を細めながら、ミサキちゃんが言う。
「いや、友達に誘われて、なんとなく参加しただけなんだよね。図書館なんて一度も来たことなかったし。でもこのテーマがきっかけで、試しに来てみたんだよ」
「そうなんですか? じゃあ、そのお友達に誘われてなかったら、私たちが出会うことはなかった?」
「うん、おそらくは」
ミサキちゃんの言葉を引き継ぐ。
「じゃあ、そのお友達には感謝しないといけませんね」
「全くその通りだね。それに、ミサキちゃんにも感謝してる」
「え、私ですか?」
「うん。進路を考える大きなヒントをもらったからね」
俺は若干誇張しながら感謝を述べる。ミサキちゃんには感謝してもしきれない。
「最近は教育とか啓発を調べてて……あ、啓発って意味わかる?」
ミサキちゃんは少し首を傾けて、口を開いた。
「考えるきっかけを与えること、ですかね?」
「おお、正解! 教えることで気づきを与えるって感じなんだけど。生活や勉強のノウハウを教えたり発信したりとか。そういう仕事も、面白そうだなって思ってるんだ」
そう言うと、ミサキちゃんの顔がぱっと明るくなった。
「すごいです。ちゃんと向き合ってるんですね」
「うん」
ちょっと照れくさくて、ほくそ笑んでしまう。
「一緒の仕事にはならないかもしれませんけど、私はマナトさんのことを応援します」
その言葉に、胸の奥がじんわりと温かくなる。
──ありがとう、ミサキちゃん。
俺は心の中で、そっとつぶやいた。
未来に向けて、一歩踏み出した自分を、少しだけ誇らしく思いながら。




