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文学少年の恋物語 〜令和版源氏物語〜  作者: AYASAM
1年生夏休み
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夏の自由研究 万和人編パート3 ミサキ その2

 数日後。

俺は今日も図書館で教科書を広げて、自習をしていた。もうすっかり習慣になってるけど、悪くない習慣だし、できればこのまま続けていきたいと思っている。


ページをめくりながら、ふと顔を上げると――視界の端にミサキの姿が映った。彼女も別のテーブルで本を開き、静かに勉強していた。軽く手を挙げて声を掛ける。


「あ、ミサキちゃんこんにちは」


ミサキちゃんは顔を上げ、「こんにちは」と会釈してくれる。


「今日も勉強?」

「はい」

「そんなに勉強してたら、夏休みの宿題なんてとっくに終わってるんじゃない?」


少し茶化すような口調で聞いてみると、ミサキちゃんは「はい、終わってます」と丁寧に応えた。

本当にしっかりした子だな。


「今日は何の勉強をするの?」

「今日は理科を勉強しようと思います」

「へえ、理科か。ミサキちゃんは理系が得意なのかな?」

「いえ、そんなことはないです。今日はたまたま理科です」


この前は算数で今日は理科と来たから理系が強いのかと思ったが、そんなことはないらしい。

彼女は見た目にそぐわず大人っぽい話し方をするので、国語も得意であることは確実だろう。


「そっか」


俺は頷いて、鞄から飴を2つ取り出す。


「食べるかい?」

「はい。いただきます」


ミサキちゃんが手を差し出してきたので、飴を差し出した。


「さて、今日も頑張ろう」


自分に気合を入れて、宿題に取り掛かった。


それから俺たちはそれぞれ学習を進めていった。

休憩を挟むたびにミサキちゃんが真剣な顔で勉強しているのを見させられて、毎度毎度感心させられてしまった。

どうしてそんなにも勉強熱心なのか。その力はどこから湧いてくるのか。

随分前から気になっていたことだ。相手に深く切り込んでいくことになるが、もう我慢せずに聞いてみるか。

流石に勉強中に声をかけるのは悪いので、彼女が席を立ち、戻ってきたところを見計らって声を掛けることにした。


「ねえ、ミサキちゃん?」


ミサキちゃんがこちらを向く。


「ずっと気になってたんだけど、どうして君はそんなに勉強頑張ってるの? なんとなくやってるわけじゃないよね?」


そう聞くと、ミサキは顔を上げて、少し驚いたような表情を浮かべたあと、考え込むように視線を落とした。

そして、


「将来のため……です」


彼女の声は低い。これは聞いていいものかどうか悩むが、もうこのタイミングしかないだろう。


「へえ。詳しく聞いてもいい? もし嫌だったらいいけど」


俺は黙って反応を伺う。ミサキちゃんは少しの間俯いて、そこからぽつりぽつりと話し始めた。


「私は姉弟が二人、弟と妹がいるんですけど、父が幼い頃亡くなってしまって、今は母と四人暮らしをしてて。

母が必死に頑張ってお金を稼いでくれてはいるんですけど、結構生活がギリギリで」


これは重い話だ。三人兄弟を一人の親が支えるというのは、厳しい状況であるのは容易に想像できる。


「本当はクラスの皆みたいに、かわいい服を着ていろんな場所に遊びに行きたいです……けど、下の子たちのことを考えるとなかなかできなくて」


自分一人だけが贅沢をするというのが許せないたちなのだろう。家族思いだ。


「なので今は勉強をしてます。将来家族を支えられるように」


ミサキちゃんはまっすぐな目で言った。


「そっか。そんな事情があったんだね」


話を聞いて、俺は彼女に尊敬の念を覚えた。そして同時に自分が情けなくて仕方がない。


「将来何の仕事をするか決まってるの?」


俺は追加で問いかける。明確な答えを持っていないとしても、今の自分よりは尊厳が高いだろう。


「……子どもたちを助けるような仕事がしたいです。私みたいに、親の事情で夢を諦める子が出ないように、支えてあげたいんです」


俺は黙ったまま、その言葉を胸に受け止めた。

職種は漠然としてはいるが、その動機は真っ当で誠実だ。


黙ったままの俺に、ミサキちゃんが視線を向けてくる。しっかりコメントをしないといけない。


「すごいね。尊敬できるよ」


そう言うと、彼女は頬をほんのり染めて、「ありがとうございます」と感謝を述べる。

そして今度は彼女が口を開く。


「櫻井さんはーー」

「ああ、マナトで良いよ」

「あっはい。マナトさんの将来の夢は何ですか?」


真っ向からの問いかけに、言葉が詰まる。


将来のことなんて、ちゃんと考えたことなどほとんどない。

それを打ち明けていいものかと考えると、どうしようもなく自分が情けない。


「俺は……まだないんだ」


少し経って、肘を机についたままぼんやりとつぶやいた。


「自分が何したいのか、たまに考えてはみるんだけど、まったく分かんなくて。

とりあえず高校は進学校に入ってみたものの、何かが変わるわけでもなく」


ミサキはペンを置いて、じっと俺を見つめた。

少しの沈黙のあと、優しい声で言った。


「県立北高校でしたっけ? 難関校だと聞いていますけど、どうしてそこを選んだんですか?」


俺は少し照れくさくなって、肩をすくめた。


「いやー、正直……流されただけだよ。幼馴染が行くから俺も行っとくか、みたいな」


自分で決めていないことに、今更ながら羞恥心を感じる。


「北高校に入って後悔しましたか?」


その問いかけにハッとする。

考えてみれば別に後悔はしていない。

クラスメイトは皆頭が良くていい人ばかり。学ぶにはこの上ない環境と言えるのではないか。


「いや。全く後悔はしてないな」

「なら問題ないんじゃないですか?」


そうか。流されても正しい方向に進んでるなら構わないということか。

まさか小学生にそのことを気付かされるとは思わなかった。


「そうだね」

「あとは夢を見つけるだけですね」


彼女のまなざしはやけに優しく、何とかなるのではないかと思わせる。


「もうちょっと真剣に考えないとダメかもな。自分が何したいかとかさ」


ふと、そんな言葉が口をついて出た。

ミサキちゃんはしばらく黙りこんで、ふと顔を上げて言った。


「……私と同じ目標にしてみるのはどうですか?」

「え? 子どもを助ける仕事ってこと?」


そう聞くと、彼女は真っ直ぐ「はい」と頷いた。


「うーん、悪くないかもな。ちょっと考えてみるね」


俺ははにかみながら応える。

これまでの人生で、いろいろな職業や仕事があると紹介されてきた。

その中で、同じ夢を追いかけようと提案されたのは、初めてのことだ。


ここで即決するのは良くない。今までと変わらず流されているだけだ。

持ち帰って考える時間を取ろう。


「あっ、ごめん。長話が過ぎたね。勉強を終わらせないと」

「そうでした」


ミサキちゃんの貴重な勉強時間を削ってしまったことに罪悪感を覚えるが、今はお返しできるものがない。せいぜい次会ったときに、しっかり進路について考えたという姿勢を見せられるようになっていなければならないな。


そのあとは、お互い特に会話もなく、それぞれの勉強に集中した。

進路のことは、帰ってからゆっくり調べよう。


「じゃあ、私は帰ります」


ミサキが静かにそう言って、立ち上がる。

俺はまだノルマが残っていたから、一緒には出なかった。


「うん、またね」


自然と口から出たその言葉に、ミサキちゃんはちらっと俺を見て、小さく頭を下げた。

そして、彼女は静かに図書館を後にした。


その小さな背中が見えなくなるまで、俺はずっと見送っていた。



 今まで、ただ流されるままに生きてきた。

目の前のことをこなすだけで、深く考えたことなんてなかった。


でも、今日――ミサキちゃんと話して、

ほんの少しだけ、自分の未来に向き合ってみようーーそんな小さな決意が、胸の奥に芽生えた気がした。


俺も彼女のように、毎日勉強に励んでいこう。もしかしたら勉強の途中で進路につながるものに出会えるかもしれない。

それに、自由研究にもしっかり取り組んでいこう。人生は学びとともにあるのだから。


きっと今日が人生の転換期だ。


高揚して歩幅が広くなっているのを感じながら、俺は図書館を後にした。

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