夏の自由研究 万和人編パート2 ミサキ
数日後。
俺は今日も図書館に赴き、宿題を広げていた。
先日初めて図書館という空間で学習をしてみたわけだが、思いの外捗ったので、もう一度トライしてみることにした。今日は先日の課題の倍の量をこなすつもりだ。
一時間ほど集中して国語のワークを消化し、休憩を挟む。
ふと視線を上げ背伸びをすると、何個か席を挟んで反対側の席に、先日見かけた少女のミサキちゃんが座っていた。
全然気づかなかったが、いつの間に来たのだろう。
それに、何やら難しそうな本を広げているな。数式がたくさん書かれているから、中学生レベル。少なくとも小学生の域は超えている気がする。
俺より年下の子が、どうしてこんな真剣に勉強に取り組んでいるのか。「なんとなく」じゃなくて何かしらの理由があるのだろうか。
疑問と好奇心が湧いた俺は、鞄から2つの飴玉を取り出した。そして少女の席に近寄る。
あと数歩のところで彼女が俺の存在に気づき、顔をこちらに向けた。
「こんにちは。ミサキちゃんだよね。俺は県立北高校の櫻井万和人っていいます」
丁寧に挨拶をして続ける。
「俺、最近よく図書館を利用してるんだけど、君のクラスメイトにアヤナちゃんっているよね?」
ミサキちゃんは一瞬眉をひそめて、「はい」と頷く。
「先日その子と図書館で知り合ったんだけど、そのときに君がいつも勉強頑張ってるっていうのを聞いてね」
その言葉に、ミサキちゃんは納得したような表情を浮かべた。俺は手に持っていた飴を机の上にそっと置いた。
「これ、良かったら食べて」
彼女はちらっとその飴を見て、一瞬戸惑った様子を見せる。
「お近づきの印に」
「……あ、はい。ありがとうございます」
少しぎこちない反応だったが、俺は気にせずに続けた。
「今はなんの科目勉強してるの?」
「えっと、算数です……」
「あー、算数か。難しいよね」
「はい」
「ミサキちゃんは算数得意なの?」
「いいえ、得意というほどではないです」
「そうなの? これ、小学生の範囲じゃない気がするんだけど」
俺がそう聞くと、ミサキちゃんはコクリと頷いた。
「得意って言っていいと思うけどな……」
そう呟くが、彼女は特に反応を示さない。俺は続けて問いかける。
「宿題というよりは予習だね?」
「はい」
「偉いね」
俺は経験がないが、独学で何かを学んでいくというのは相当難易度が高いはず。
学習に対する意識がかなり高くなければ自分から学びたいとは思わないだろう。
「順調に進んでる?」
「まちまちです」
ミサキちゃんの反応はあまり良くない。やはり一人での学習は一筋縄ではいかないよな。
「誰か教えてくれる人とかいる?」
「いえ。特にはいません」
「そっか」
それはなかなか厳しい状況だ。学校の先生ぐらいしか頼れる人がいないということだろうか。
友達も全然いないみたいだし、学習に適した環境とはいい難いな。
「俺、今日は図書館が閉まるまでやる予定だから、もしわからないこととかあったら、声かけてくれれば力になるよ」
優しい声でそう提案し、軽く笑う。すると、ミサキちゃんは少し戸惑いながらも、丁寧に「ありがとうございます」と応えてくれた。
彼女が勉強を再開したのを見て、俺も自分の勉強に戻ることにした。
その後、図書館内では非常に静かな時間が流れる。俺はひたすら黙々と勉強を続けた。
スマホのタイマーをセットして一時間おきに休憩を挟みつつ、宿題をこなしていく。
自宅ではそれほどでもなかったが、なぜか図書館内だと驚くほど集中することができた。
最後の方は、休憩を取らずに課題に没頭してしまった。
ピンポーンと閉館のアナウンスが鳴り、ふと正気に返ったくらいだ。
やはり学習環境は大事だなと実感する。
一息つく間もなく帰る準備を始めて、ふとミサキちゃんが向かいの席にいないことに気づいた。
またしてもいつの間にかいなくなっていた。彼女は勉強が捗っただろうか。
彼女の華奢な後ろ姿を思い浮かべながら、俺は図書館を後にした。




