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文学少年の恋物語 〜令和版源氏物語〜  作者: AYASAM
1年生夏休み
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文学少年の揺心

 七月のライブが終わってから、少し時間が経った。

夏休みも中盤に差し掛かり、あの日の余韻はだんだんと薄れていく気がする。


ライブの翌日、俺はナノハにLINEを送った。


昨日のライブ、良かったよ。


それに対する返事は「ありがとう」だけ。

絵文字も、シロクマのスタンプも、続く言葉もない。


忙しいのだろうか。

その可能性は十分考えられる。そして、もう一つの可能性。


ライブで覚えた違和感ーーナノハが歌う理由について悩んでいるという可能性。

あのライブを「良かったよ」の一言で片づけてしまっていいのかわからない。


それ以来、こちらから連絡を控えた。


そして今日に至る。八月最初の日曜日だ。

昼過ぎまでだらだら過ごして、スマホをいじっていると、ふとMioのアカウントが更新された通知が来た。


新曲だろうかと何気なく開いた瞬間、指が止まる。


《ーーご報告ーー

9月のライブをもって、Mioとしての活動を終了します。

引退ライブをーー》


一瞬、何かの間違いではないかと思った。

しかし、他のSNSでも似たような通知が来ていたため、ようやく現実として飲み込む。


――引退。


Mioは、ナノハがずっと推していた存在だ。

暇つぶしの電話をしていたときも、展示会に行ったときも、彼女の名前は自然と出てきた。


胸の奥が激しくざわついた。


ナノハはこのニュースをどう受け止めるのか。

今しがた通知が来たばかりなので、知ってない可能性もある。

ライブ後のチャットで、あんなそっけない返事しか来なかった理由も気になる。


少し迷った末、通話ボタンを押す。


数コールのあと、繋がった。


『もしもし』


声はいつも通りだ。

少なくとも、泣いている感じではない。


「よう。今、平気か?」

『うん』


その返事を聞き、単刀直入に切り出す。


「さっき、MioのSNS更新されたけど、見たか」


一拍、間が空いた。


『うん』


声のトーンは落ち着いている。

でも、感情を押さえている感じがした。


「大丈夫か?」


少し間があって、ナノハが深く息を吸う音がした。


『……整理が追いつかない』


正直な言い方だった。


『通知を見た瞬間、何も考えられなくなって、今も……よくわからない』

「そっか、そうだよな」


やはりショックを受けて当然か。


『引退ライブのことも書いてあって……終わるって分かってるのに、まだ実感が追いつかない』


声は静かだったが、普段より少しだけ低い。


『ずっと、いるものだと思ってたから』


その一言で、胸が締めつけられた。新参者とはいえ、推しがいなくなるのは心に来るものがある。


「ナノハにとって、Mioは大きい存在だったよな?」

『うん』


短い肯定。


『迷ったときとか、うまくいかないときに聴いて……。

そしたら、不思議と「もう一回やろう」って思えたから』


しばらく沈黙が流れる。


『だから……いなくなるって思ったら、心に穴が開いたような感じ』


言葉を探しながら話しているのが、電話越しにも分かった。

俺は返事に迷い、話を変える。


「ライブの後、返事がそっけなかったけど、最近忙しいのか?」

『あ、うん。ごめん』


被せるように、ナノハが言った。


『ライブ終わってから、ずっと考えてて。これからどう進んでいけばいいか』


それは、バンドの話なのか、Mioの話なのか。

あるいは、その両方なのか。


「止まってるのか?」

『……うん』


小さな笑い。


『なんか、音楽が楽しいと思えない』


電話の向こうで、ナノハが深く息を吐いた。

音楽を楽しめないというのは彼女にとって死活問題ではないか。

非常に返答に困る。


「悩みとか相談したいことがあったら、いつでも電話していいからな」


無難にそう声をかける。


『ありがとう』


その「ありがとう」は、LINEで見たものよりずっと温度があった。


「じゃあ、今日はもう切るね」

「おう」


通話が終了する。

俺はしばらくスマホを握ったまま動けなかった。

画面は暗くなっているのに、ナノハの声だけが頭の中に残っている。


音楽が楽しいと思えない。

あいつの口から、そんな言葉を聞く日が来るとは思っていなかった。


やはり7月のライブが、ナノハに何かを残したのは間違いない。


そこで、推しであるMioの引退。

いつか終わるのは仕方ない。

でも、どうして今なんだ。


ナノハは大丈夫だろうか。不安が胸に募る。


俺はベッドに仰向けになり、天井を見上げる。

夏休みは、まだ半分も残っている。

なのに、もう終わりに向かっている気がした。


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