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文学少年の恋物語 〜令和版源氏物語〜  作者: AYASAM
1年生夏休み
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恩人への訪問

 終業式から約10日。もう8月だ。

『何も用事のない日』というものは、電光石火のように時間が過ぎていく。

朝7時に起きて、朝食を食べ、自室に戻る。そんな規則正しい生活を毎日続けている。

午前に今日の分の課題を終わらせ、昼食を取った。


リビングにて。

いつもなら、ラノベを読んで過ごすか? それともミステリー? いや、ここはアニメを……と考えているところだが、今日はこれから大事な用事があるのだ。

ソファーから起き上がると、妹がリビングに入ってきた。


「お兄さん、宿題は済ませましたか?」

「うん。そっちもやることは済ませたか?」

「はい」

「なら、支度するか」


俺たちは佐藤さんの家に向かう準備を始めた。


〜〜〜〜〜〜〜〜


佐藤さんと知り合ったのは数日前。

妹と食事に出かけて、その帰り道の出来事だ。


商店街の交差点で横断歩道を渡り終えようとした時のこと。


「危ない!」


左後ろから、叫び声が聞こえ、振り向くと普通の乗用車がスピードを抑えることなく突っ込んできた。

横断歩道の信号は、もちろん青。

俺は咄嗟に妹の肩を掴んで歩道に押し出し、妹を抱きかかえるような形で受け身を取った。


ガッシャーン!


衝突音がしたので起き上がると、車は信号機の電信柱に激突して、その形を酷く歪めていた。


今の時代、交通事故はかなり少ない。

自動車の自動運転化が進み、高速道路や幅の広い国道などは自動運転システムが主流だ。

しかし、住宅街や入り組んだ道路、砂利道や森というような場所は、自動運転の整備がまだなされていないので、手動での運転だ。

よって、全て自動運転化という、事故が全く起こらないシステムというところまでは、まだまだ到達していないのだ。


運転席に乗っていた中年の男の人は、右足を抑えて唸っていたので、救急車ですぐさま運ばれた。俺たちは擦り傷程度の怪我で済んだが、一応病院で手当てを受けることになった。


警察が来て、いろいろと事情聴取された。

走行中にほとんど音がしないため、声をかけられるまで全く気がつかなかったこと、横断歩道の信号は青にだったことなどを話した。


〜〜〜〜〜〜〜〜


左手の手首と右足の骨折という重体の負傷者が出てしまったため、一昨日のニュースでその旨が報道された。俺たち事故に関わった人の名前は全て伏せられていた。

警察の調べでは、今回の事故の一番の原因は電気自動車の運転システムがハッキングされていたことによるものそうだ。運転手いわく、大通りから商店街へ続く道路で手動に切り替え、信号機が赤になったのが見えて、ブレーキを踏んだが効かなかったらしい。


なので、運転者に過失はないと思われたのだが、普通ならタイヤがキュルキュルと音が鳴るはずの音が鳴っていなかったのを俺たちが証言したところ、タイヤがかなりすり減っていたのが確認されて、整備不良だと運転手の過失も認められたそうだ。


最後に、今回の事故は事件性があるため、警察は捜査を継続して行うと言っているそうだ。

ミステリー好きとしては、事件の続きが気になるところだ。

もしかしたら、犯人の真の狙いは運転手じゃなくて……いや、一歩遅ければ死んでいたかもしれないのだから、そういういうことを考えるのは止めにしよう。


 佐藤さんには本当に助けられた。佐藤さんはいち早く車の異変に気付き、声を上げて助けてくれた命の恩人なのだ。あの事件の後、佐藤さんがこの近くに住んでいると聞き、後日改めてお礼に伺うと言って別れた。

そして今日がその日というわけだ。



広い門を通って十数歩進み、俺がインターフォンを押した。


「どちら様ですか?」


戸の横から声が聞こえた。カメラがあるのでテレビドアホンだろう。俺はマイクに口を近づけた。


「ええと、古暮です。この前の交通事故でお世話になりましたので、そのお礼をしに参りました」

「あっ、はい。今扉を開けますのでお待ちください」


まもなくガラガラと玄関の扉が開く。


「「こんにちは」」


俺たちはそろって声を上げた。


「どうぞおあがりください」


少しの間の後、佐藤さんが来てそう言った。


「「失礼します」」


俺たちは靴を脱いで揃え、幅広の廊下を踏み出す。

そしてすぐ左側にある部屋に案内された。

広さは12畳。傷や汚れ一つない畳が敷いてあり、真ん中に木の四角いテーブルが置いてあった。


「あの時はありがとうございました」


俺はお礼の言葉を述べた。そして頭を下げる。明里も同じように頭を下げた。


「佐藤さんが大声で叫んでくれたので、擦り傷で済みました。本当にありがとうございます」


またしても俺たちは頭を下げる。今度はより深めに。


「いえいえ。助かって本当によかったわ」

「お礼してもしきれないです。ありがとうございます」


一通り話し終えたので、では帰ろうかと思ったところで、佐藤さんが俺たちを引き止めた。

そして、再び俺たちは雑談を始めた。


「……そういえば私、名前を言ってなかったわね。私は佐藤(さとう)和子(かずこ)です」

「俺たちも改めて自己紹介させてください。俺は古暮和人です。こっちは妹の」

「古暮明里です」


明里が微笑んで挨拶する。


「和人さんに明里さんですね」

「はい」


俺の返事に、佐藤さんは柔和な笑みを見せた。


「和人さんも明里さんも学生よね?」


佐藤さんが早速質問してきたので、俺が返事をして応える。


「和人さんは高校生かしら?」

「はい。高校一年です」


俺は頷いてそう応える。佐藤さんはうんと頷き明里の方を向いた。


「明里さんは中学生?」

「はい」


明里が笑顔で返事をする。


「そうなのね。中学校は北東中かしら?」

「いいえ。北中です」


明里が首を振って応える。


「あら、そうなのね。私の孫が二人いるんだけど、北東中に通ってるのよね」

「あっ、そうなんですね」

「明里さんは何年生?」

「一年生です」

「そうなの? 大人びた雰囲気だから、二年生か三年生かと思っていたわ」


佐藤さんが微笑しながら言う。明里もにこやかにしている。


「なら、下の子と同級生ねー」

「お孫さんのお名前をお聞きしてもよろしいですか?」

「下の子の名前はカズマと言います。上の子は三年生でマユリと言います」


名前からしてカズマは男。マユリは女だろう。流れで家族事情について聞いてみるか。


「佐藤さんはご家族とこのお屋敷に住んでいらっしゃるんですか?」

「そうです。私と息子夫婦と孫二人。それに臨時のお手伝いを一人雇っているわ」

「はあ。大所帯ですね」


お手伝いの人がいるとは、金持ちだな。まあ、門を通ったときから察してはいたが。


「そうですわね。今、息子夫婦は出張中なので、私と孫の3人しかいないけれど」

「それは寂しいですね」

「普段よりは静かだけれど、孫がいるから寂しくはないわ」


佐藤さんは笑顔を作る。孫という話し相手がいるというのは幸せなことだろう。


「あなた達の家族について聞いてもいいかしら?」


佐藤さんが質問してきたので、俺が返事をして応える。


「父と母がいます。どちらも働いていて、家にはほとんどいません。昔は落ち着いていたんですけど、最近はとても忙しいみたいで、全く話せていません」

「あら、それは寂しわね」

「……寂しくないといえば、嘘になりますね」


遠回しな言い方をする。親と趣味や学校の話ができないのは寂しいが、俺はひとりではない。


「けど、俺には明里がいるので大丈夫です」


俺は明里を一瞥し、自信持って応える。


「明里さんは寂しくない?」

「はい。私もお兄さんがいるので大丈夫です」

「そう。それは良かったわ」


佐藤さんは胸を撫で下ろす。心配が溶けたようで良かった。


「両親がいないってことは、家事はどうしてるのかしら?」

「分担してやってます」

「炊事はどちらが?」

「朝は明里で、昼は購買や学食、夜は俺が担当してます」

「あら、どちらもお料理できるのね?」


佐藤さんは目を開いた。兄妹どちらも料理をするというのは、世間一般からしても珍しいかもしれない。


「はい。小学生のころに一通り母から教わりました」

「それは偉いわね」


佐藤さんはうんうんと頷いている。感心しているといった様子だ。


「話は変わるけどーー」


その後は趣味や学生生活についてなど様々な方向へと発展した。

佐藤さんはとても話好きで、しっかりリアクションしながら聞いてくれた。


掛け時計を見るともう五時半を回っていた。そろそろ帰るか。でも、佐藤さんにもう少しだけとか粘られるのは嫌なので、ただ「暗くなったので帰ります」とは言わずに、もっと良いフレーズを使うことにする。


「あ、もう六時近いですね。これから用事がありますので、そろそろお暇しますね」

「あらそう。それは残念ね」

「それでは失礼します」

「またいつでもいらっしゃい」


暇なときに近くに通りかかったら、また佐藤さんの家に寄ることにしよう。空調も快適で、かなり過ごし安かったし。


「はい、それではさようなら」

「気を付けて」

「「はい」」


二人揃って返事をし、俺たちは佐藤さんの家を後にした。


「じゃあ、帰りますか」

「はい」

「あ、食材足りないやつあるから、買い物に行かないと」

「私も付き合います」

「そう。じゃあ、行くか」


俺たちは進行方向を変えた。


「今晩は何がいい?」

「なんでもいいです」

「うーん、一番困るやつだ……」

「冗談です。では、パスタにしましょうか……」


ふふ、と口に手を当てながら楽しそうにする妹。俺が困るのを狙ってやった感がしなくもないが、可愛からいいことにする。


「わかった、パスタな」


俺たちは目的のスーパーへと向かうのだった。


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