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文学少年の恋物語 〜令和版源氏物語〜  作者: AYASAM
1年生1学期
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46/117

ハピバ その2

 7月17日。夏休み前の日曜日。

俺は新作のラノベを探して、駅前をうろついている。


目当ては『同級生の大半の女子が、恋愛シミュレーションゲームのヒロインな件』。

三十人のヒロインとの仲を深めながら、主人公が真実の愛を探す――少しバグった学園ラブコメらしい。


発売は昨日。

だが、いつも行くLUCUA(ルクア)の書店には置いていなかった。

そこで愛野駅周辺の書店を二軒回り、三軒目でようやく平積みを発見する。


表紙のヒロインたちが、まっすぐこちらを見つめていた。


――やっと見つけた。


手に取り、そのままレジへ。袋は断り、むき出しの本を抱える。


家で読むのが普通だろう。

けれど今日は無理だ。今すぐ一ページ目を開きたい。


視線の先に、見慣れたロゴがあった。


ハピバ。


六月に入った学校近くの店舗とは別の店だ。

そういえば、ここに入るのは初めてかもしれない。


混雑はしていない。本を読むには悪くなさそうだ。

冷房も効いているだろう。


自動ドアをくぐると、ひやりとした空気が流れ出てきた。


「次のお客様、どうぞー!」


店員の明るい声。


「アイスコーヒーで」


前回の反省を活かした無難な選択だ。ハピチーノは甘すぎた。


会計を済ませ、トレーを受け取る。

席は空いている。


真ん中は落ち着かない。壁際も圧迫感がある。

結局、窓際の端を選んだ。ここなら背後を気にせずに済む。


コーヒーを一口。冷たい。生き返る。


ようやく新作を開いた。


一ページ目。プロローグ。

夏祭りの夜、ヒロインが告白する場面から始まる。


『ずっと前から、好きでした』


直球すぎる。


ページをめくる指が自然と速くなる。

周囲の音が遠のいていく。


――そのはずだった。


「ねえ聞いて。あいつさ、既読つけといて返してこないんだけど」


隣の席から、弾けるような声。


顔を上げると、制服を着崩した女子が三人。

夏仕様なのか、スカートがやけに短い。

テーブルにはデコったスマホとトッピング過多のドリンク。


「それ脈ナシじゃね?」

「でも昨日は電話してきたし」

「キープじゃんそれー」


笑い声が重なる。


『君しかいないんだ』


俺はページに視線を戻す。

だが女子三人ら声が大きく、文章が頭に入らない。


「顔はいいんだよねー」

「イケメンなら全部許せちゃうよね」


物語の恋は一直線。

現実は、分岐だらけの迷路みたいだ。


ストローをくるくる回しながら、一人がぼそっと言う。


「私は本気だったけど、あっちは遊び半分なんだよね」


一瞬、空気が静まる。

けれど、


「しゃーない。次行こ、次」


すぐに明るさが戻る。


ページをめくる。


主人公は三十人のヒロインと学生生活を送りながら、やがて一人を選ぶらしい。

ルート分岐型か。もしかすると〇〇ルートのように冊数が増えていくのかもしれない。


「てかさー、夏祭り行く?」

「行くに決まってるじゃん。浴衣どうする?」

「え、あいつ誘ってみよっかな」


夏祭り。

さっき読んだ告白シーンと重なる。


物語では花火が上がる瞬間に告白が成功する。情景描写は完璧だ。


氷がカランと鳴る。

ガラス越しに、店内の冷気と外の蒸し暑さが揺れている。


「でもさ、また同じタイプ選びそー」

「顔重視は卒業しなって」

「無理。だってときめき大事じゃん?」


ときめき。


いろんなラノベを読んできた。

だが現実で、それに遭遇したことはあるだろうか。


外見と中身。

結局どちらが重いのか。


考えていると、ふと視線を感じた。


「……あの人、さっきからめっちゃ読んでない?」


ひそひそ声がこちらを向く。


「ガチ勢っぽくない?」

「え、オタク?」

「やばいじゃん」


落ち着かない。

ページに視線を固定するが、内容は入ってこない。


物語の主人公は迷いながらも正解ルートへ進む。

選ばれなかったヒロインたちは、きれいに身を引く。


「ね、もし運命の人とかいたらさ」

「なに急に」

「一発でわかると思う?」


三人は少し考え込む。


「わかんない」

「運命とか信じてるの?」

「いや、あったらエモいって話」


エモい、か。


ラノベなら、主人公の相手は運命と言える。

だが現実はそう簡単じゃない。どこかで妥協が生まれる。


ページを閉じる。半分ほど読んだ。


続きは家で読もう。


トレーを持ち上げると、椅子が床をこすった。

一人と目が合う。


「何の本、読んでるの?」


一拍遅れて、自分に向けられた言葉だと理解する。


「めっちゃ集中してたけど、面白い?」

「はい。頭がバグるくらいには」


自分でも妙な返答だと思う。

だが彼女は笑った。


「バグるって、なにそれ?」

「昨日発売の学園ラブコメなんだけど、三十人ヒロインが出てくるんです」


軽く内容を説明する。


「は、三十人?」

「修羅場確定じゃん!」

「主人公絶対クズっしょ?」

「オチは?」


全員が話に乗ってきたので、最後に問われた質問に答える。


「最終的には一人に絞るらしいです」

「えー、選ばれなかった子かわいそー」


その一言が、引っかかった。

選ばれなかった子。

さっき「彼は遊び半分だろう」と言っていた彼女の顔がよぎる。


「でもさ」


その子が続ける。


「選ばれなかったら、次行けばよくない?」


軽い調子。

けれど、ほんの少しだけ強がりに聞こえた。


「ゲームならリセットできるけどね」

「現実は無理ゲーだよね」


俺を置き去りに、彼女たちは盛り上がっている。

会話が終わったとみなし、本を抱え直す。


「あの、予定あるんで」

「うぃー」「じゃーね、ガチ勢の人」


女子二人から挨拶され、手をひらっと振られる。

俺はそそくさと店を出た。


まさか読書をしていてギャルに絡まれるとは思わなかった。


選ぶ側と選ばれる側。


ラノベの主人公みたく、いつか自分も選ぶ側になれるだろうか。

そんな妄想を膨らませながら帰宅した。


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