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文学少年の恋物語 〜令和版源氏物語〜  作者: AYASAM
1年生1学期
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45/117

文学少年の暇つぶし4

 7月中旬のとある夜。

ベッドに座りスマホをいじっていると、画面がふっと切り替わった。

LINEの着信。名前を見て、少しだけ口元が緩む。


「もしもし」

『起きてた?』

「ああ。まだ寝るには早い」

『だよね』


ナノハがふっと笑った。


「今日もバンドの練習か?」

『うん。いつもより2時間くらい長かったけど、集中してたから、あっという間だったよ』


その声は、少しだけ掠れているような気がする。練習時間を延長しているのは本当らしい。


「喉は大丈夫か?」

『ダイジョブ。さっきお風呂入ったら回復した』


お風呂……変な想像をしてしまいそうになったので、その思考を追い払う。


「今何してるの?」

『今はアイス食べてる』


その返答に、口を閉じる。風呂上がりにアイス食べるんだな。


『何か文句でもある?』

「いや、健全だなと思って」

「体力を使ったぶん、カロリーが必要なの」


そんな他愛もない雑談を深めていく。

話の間が度々空くが、気まずくならないのは良い傾向だ。


『カズトは最近、家で何してることが多い?』


少しだけ声のトーンを変えて、ナノハが言う。

いきなりな質問だな。


「Kiraraの曲聴いてるし、Mioの曲もチェックしてる」

『え、同じことしてる!』


共感の即答が返ってくる。


『私は、新曲出ないかなーと思ってMioとかKiraraのSNS見てるんだけど、気づいたら一時間経ってることがよくある』

「あるあるだな」

『で、結局何も見つからずに終わる』


自嘲気味な笑い声。推し活をやっているものなら一度は通ったことがある道だ。


「将来音楽で食っていくんだったら、それも有意義な時間なんじゃないか?」

『あはは。カズト、ポジティブー』


少しだけ、間が空いた。


『この前の展示会で見たじゃん。(インフィニティ)Pの制作過程』

「ああ」

『あれからさ、ときどき考えるようになっちゃって』


雑談の延長のようで、話題は自然と音楽に寄っていく。


『すべてが完璧な作品は存在するのか、とか』

「しないんじゃないか」

「すなわち未完成な作品しかないと?』

「だと思うぞ」


そう答えると、ナノハが一息ついた。


『……バンドの練習の話なんだけどさ』


ここから、空気が少しだけ変わった。


『最近、スタジオ入る回数増えたっていうのは知ってるでしょ』

「言ってたか?」

『うん。週四回』


それはかなり多い。スタジオを借りる費用はどこから出ているのだろうか。


『ライブを意識して、セトリを詰めてるところなんだ』

「へえ、順調か?」

『うん、表向きはね』


その言い方が、少し引っかかる。


『前はリオと合わせる時間が多かったけど』


パート練習ってやつだな。吹奏楽でも合奏の前にやるやつだ。


『今はクリックを使って皆で合わせることがほとんど』

「個人の技術は十分ってことか?」

『まだ完璧ではないけど、確実に良くなってると思う』


自分でそう言えるということは、客観的に見ても成果は出ているのだろう。


『前はさ、勢いで誤魔化してたところも、今はできるだけ直してる』


技術が試されるライブとなれば、リオさんの目が鋭くなるのは間違いない。

きっと些細なミスも見逃さないだろう。


「リオさんに追いつけそうか?」

『無理とは言わないけど、厳しいかも』


自信なさげに言う。そこは気を強く持つべきだろう。


「他の人はどうなんだ?」

『皆真剣に頑張ってるよ。ラブのドラムの結構安定してきたし』


声のトーンが戻る。皆頑張っているのは良いことだ。


「ふーん。じゃあ今日は合奏か」

『うん。イントロからサビまでを延々ループしてさ。一音でもミスったら最初から』


想像するだけで、なかなかハードだ。


「それはハードだ。集中力持つか?」

『休憩まで頑張ってもたせてる』


ナノハの笑いは少しだけ乾いている。


「それで、完成度はどれくらいだ」

『曲によるけど、だいたいできてて、あと10%詰めるって感じかな』

「結構いい感じだな」

『いや、まだまだだよ』

「そうか」


向上心があるのは良いことだ。頑張って曲の完成度を高めてほしいところだ。


『だんだん良くなってきてはいるんだけど、なんかーー』


その言葉で、次の話題が来ると分かる。


『歌う理由? を考える時間が減ってる気がして』


電話越しに、ナノハの息遣いがわずかに聞こえた。


「どういう意味だ?」

『前はさ、歌詞の感情を前に出すか、抑えるかとか、そういう話を練習中によくしてたんだけど』


言葉を選びながら話しているのが分かる。


『今は感情抜きに、音量と音程とタイミングが合ってるかが最優先で』


そこで一拍。


『もちろん大事なんだけど、そればっかりになってる気がして』


否定ではない。でも、違和感ははっきりと滲んでいる。


「楽しくない?」

『……楽しくない、って言うと違う気もする。正しくは、前と同じ楽しさじゃない、かな』


その表現が、妙にリアルだった。


『上手くなっていくのは嬉しいし楽しい。周りから評価されるなら、今の方向性が一番なんだろうなって思う』


理屈では納得している。


『でも、私が届けたいのは完璧な音じゃなくて、誰かに刺さる歌なんだよね』


静かな声だった。


「雰囲気とか、空気とか?」

『うん』


短い肯定。


『First Bloomの話、したじゃん』

「ああ、歌詞と世界観が重視のライブな」

『最初はあの場所で歌えると思ってワクワクしてたんだ』


けど、と続ける。


『皆に別のライブに行きたいって言われて』


責める調子はない。ただ、事実として。


『リオからは『技術の先に、表現があるんじゃないの』って言われて』


そこで、ナノハは小さく笑った。


『それも正しいなって思って』


俺は相槌を打って続きを促す。


『うまく言えないないけど、私の求めるものは皆のとは違うのかもしれない』


それは「亀裂」というほど大きくない。ただ、確実に存在する溝だ。


「ナノハは、どうしたい?」

『……今は、まだ分かんない』


正直な答え。


『だから、こうやって言葉にしてる。そしたら整理できるかなって』


それを聞いて、少し胸が温かくなった。


「整理できそうか?」

『うん』


短く、でもはっきり。


『答え出すのは、もう少し先でいいと思ってる』

「それでいい。ライブが終わった後だな」

『うん』


電話の向こうで、ナノハが深く息を吐く。


『……今日も長くなっちゃったね』

「いつものことだろ」

『確かに』


また、軽い笑い。


『じゃあ、今日はこのへんで』

「おう。おつかれ」

『うん。聞いてくれてありがとう。おやすみ』


通話が切れ、画面が暗くなる。


静かな部屋で、さっきの言葉を反芻する。


方向性の違い。優先するもの。

正解が複数ある世界。


それに悩むということは、本気で音楽と向き合っているということだ。


この前の展示会。同じ空間で、同じ音楽を見て聴いて、彼女は何を思ったのだろうか。

この先、ライブが終わった後、彼女はどう結論づけるのだろう。


ーーこの声が届くなら It’ll be alrightーー


ぼんやり天井を見上げながら、彼女の行く末に思いを馳せた。

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