夏の自由研究その5 リサーチデート?
7月9日、日曜の昼下がり。
LUCUA西口の前に立っていると、夏の光と人混みに気持ちが少し浮き足立った。しばらくして、人の波の向こうから日代さんが手を振ってくる。
「ごめん、待った?」
「いや、今来たとこ」
近づいてきた彼女は、白いブラウスに淡い色のスカート。清潔で涼やかな印象を与える。
「今日の服も似合ってます」
「ほんと? ありがと。古暮くんも涼しそうな格好でいいね!」
そんな会話をしながら、明るい雰囲気で館内へ向かう。
自動ドアに差し掛かったとき、先日の夜の光景が蘇る。前は初めてだったので、多少緊張していた。
ドアが開いて、冷たい空気が肌に触れる。あれから一ヶ月とは早いものだ。
そこからしばらく歩くと、天井の高い吹き抜けに出た。
西口一階の吹き抜けは、人のざわめきでいっぱいだった。ガラス越しに光が差し込み、床に四角い模様を描いている。
中央の大きなマップの前で足を止め、日代さんが指を差す。
「今日の予定だけどさ、まず電器屋を見て、そのあと文房具屋。で、ちょっと休憩してからお開きかな」
この誘いを受けるときに、行く目的と場所を教えてもらっていたので、特に異論はない。
前回のような純粋なデートではなく、自由研究の調査が本題であることを忘れてはならない。
「うん。連絡通りだね」
「古暮くんは行きたい場所とかある?」
「特にはないよ」
「そっか。じゃ、行こう」
俺たちは人混みを抜け、エスカレーターに並んで乗る。
冷気が上から降ってきたが、涼しいということはない。日代さんとの距離がほぼ0であり、むしろ暑い。
日代さんが首をこちらに向けて話しかけてくる。
「古暮くんはシャーペン、どんな選び方してる?」
「えっと……書きやすさ、持ちやすさとかかな」
日代さんはうんうんと頷く。
「日代さんは?」
「私は……音かな。書くときのカリカリ音」
「なるほど。それは盲点だった」
「え、うそ? 集中するとき大事じゃない?」
全く意識したことがなかったが、言われてみればその通りかもしれない。
心地の良い音がするものが売れているということだろうか。
エスカレーターを降りて八階に到着する。そこからほどなくして、目的の電器店のロゴが見えた。
白いライトに照らされた最新機器がずらりと並んでいる。
「調査開始!」
そう意気込む日代さんに続いて、俺は歩き出した。
電気店に入ると、冷たい空気と電子音に包まれる。
広いフロアの中央にはタブレットや電子ノートがずらりと並び、反射する白いライトにおもわず目を細める。
人の声とアナウンスが交じり合って、独特のざわつきが漂っている。
「まずはこれだね」
日代さんは真っ先にタブレットコーナーに駆け寄った。
最新の世代から、2つ前の世代まで。各メーカーのタブレットがずらりと並べられている。
彼女は機器の横にある備え付けのペンを手に取って、試し書きを始める。
軽やかに線を走らせて「日代ほのか」と自分の名前を書いた。
「古暮くんもやってみたら?」
「うん……お、スラスラ書ける」
「だよね。やっぱり最新のは性能が上がってる」
日代さんは感慨深そうにコメントする。そういえば彼女は何の機種を使っているのだろうか。
米国製、中国製。それとも国産だろうか。
「そういえば日代さんは、どのメーカー使ってるの?」
「Appleだよ。一年前に出たやつ」
「あっ、同じ。やっぱりAppleだよね」
「うんうん」
日代さんはぱっと笑顔を作り、満足そうに頷いている。
「タッチペンも?」
「もちろんApple。これも1年前に出たやつ」
「同じだ。まあ同じ時期に買えば必然的に被るか」
「ふふ。これじゃ比較にはならないね」
二人で苦笑する。趣味が被るのは良いことのはずだが、今回の目的を考えると笑えない。
「とりあえず、いろいろあるから試してみない?」
「だね。そうしよう」
日代さんは棚の上に並ぶ最新機種を次々試用していく。俺も使ったことのないメーカーのタブレットを触り、自分が使っているものとの違いを探していく。
「ねえ、古暮くん。これ、完全にPCの画面だよ」
日代さんがMicrosoftの最新型タブレットを示す。俺も近づいて画面を覗き込む。すると、本当に見た目がWindowsのホーム画面そのままだ。
「へえ、これなら抵抗なく使えそう……けど、わざわざiPadからこれに乗り換えるほどでもないんだよな」
そう漏らすと、「だよね」と相槌が返ってくる。
タブレット本体は良しとして、タッチペンはどうだろうか。これもAppleとMicrosoftの最新型を操作し比較してみよう。
Apple製のペンで画面に文字や図を描くと、ペン先の反応の速さや筆圧感知の精度の差がよくわかった。
「遅延がほとんどなくていい」
「やっぱり? こっちはどうか……おっ!」
日代さんが驚きの声を上げたので、なんだろうと近づく。
「これ、どう思う?」
「色味が自然。線も滑らか」
「だよね! 筆圧感知が優秀だし。文字とか絵を書くならこっちのほうが良いかも」
タッチペンはMicrosoft製に軍配が上がりかけたところで、販売員の人が近づいてきた。
「お客様、タッチペンをお探しですか?」
「あっはい。いろいろあって迷います」
言い淀むことなく返事をしたのは日代さんだ。まさかペンを買う気なのだろうか。結構お高いが。
どんな意図があるのかわからないが、少し離れた場所から見守ることにした。
日代さんは販売員を伴い、様々な最新機器を操作しつつ、会話をしているようだ。
そして数分後、「ありがとうございます」と販売員に挨拶をして戻ってきた。
満足そうにこちらに戻ってきた彼女に声をかける。
「いい情報は得られた?」
「うん。いろいろ聞けたよ」
「結構真剣そうだったから、もしかして何か買うのかなと思ったけど、結局買わなかったんだね?」
「うん。友達から話は聞けるから」
その手があったか。知り合いが多い人だから思いつく技と言える。
「じゃあ、隣のエリアに行こうか?」
タブレットコーナーを一通り体験し終えると、日代さんが元気よく言った。
「いいよ」
俺たちはタブレッドコーナーを後にした。
エスカレーターで一つ下の階に降り、通路を進む途中。
大きなテレビ画面の中からキャラクターがこちらを見て、「相談をどうぞ」と案内をしていた。
どうやら、AIチューターの体験ブースのようだ。
俺達は画面の正面に立つと、チューターが自然な音声で「こんにちは」と挨拶をしてくれた。
「私はAIチューターです。悩みがあれば、なんでも聞いてください」
日代さんと目配せをし、最初は俺が質問することにした。
「帝大文系学部に合格するにはどうすればいいですか?」
数秒の思考時間ののち、応答があった。
「帝大文系合格には、英数国社の基礎徹底と論述力強化が鍵です。過去問分析を重ね、英語・国語を軸に計画的学習を継続することが重要となります」
画面が切り替わり、各教科に対する勉強メニューや過去問の解き方などが並んだ。
「おお、本格的!」
日代さんが驚きの声を上げ、ふっと笑う。俺も内心で驚いた。結構真面目な回答が来るじゃないか。
「じゃあ私の番。えーっと……高校のバレーボールで県大会優勝するには何をすればよいか?」
今度は思考時間1秒もかからず応答があった。
「県大会優勝には、技術・チームワーク・戦術・メンタルの全てを高めることが必要です。日々の練習で精度と連携を磨き、試合で「普段通り」を発揮できる体制を作りましょう」
画面が切り替わり、代表的な体幹トレーニングや練習メニューが並んだ。
「え、めっちゃ有用じゃない?」
「うん。思ったより具体的」
「ちょっと写真取るね」
日代さんはポケットからスマホを取り出し、AIモニターを撮影する。
「ありがとう」
「お役に立てたようでなによりです」
「じゃあね」
AIチューターに挨拶をして、その場を立ち去った。
次に向かったのはパソコンコーナーだ。
先のタブレットコーナーと同様、ノートPCが整然と並んでいる。
光沢のある画面が無数のライトを映していて、まるでどこかの迷路に迷い込んだようだ。
「古暮くんはPC持ってる?」
日代さんが俺を見上げて聞いてきた。
「ノートPCがあるよ。ちょっと古いやつだけど」
正直に答えると、彼女はにやりと笑った。
「PCには詳しい?」
「いや、人並みかな」
「そっか。じゃあ、私のほうが詳しいかもね」
そう言う日代さんはどこか嬉しそうだ。ここはリードしてもらおうか。
俺は少し引き気味で隣に立ち、彼女の説明を聞くことにした。
「古暮くんのPCは何年前に買ったの?」
「えっと、3年半前くらい?」
中学に上がる際、父に買ってもらったのを覚えている。日付を正確には覚えていないが。
「そっか。なら最新のやつは今の2倍くらい性能が良くなってるはず」
「え、そんなに?」
「うん。あまり体感はできないかもだけどね」
「へえ」
数年でそんなに性能が上がるものだとは知らなかった。ちょっと興味が湧いてきたな。
「選ぶとき、スペックは気にしてた?」
「いや」
「店員さんに進められるままって感じ?」
「うん、そんなところ」
日代さんはふむと頷く。
「じゃあ、試しに選んでみていいかな? 古暮くんが次に使うノートPCを」
俺は「お願い」と返事をする。なんだか彼女がここで働く店員に見えてきた。
「まず、画面の大きさはどうしよっか?」
「うーん、普通がいい」
「じゃあ14インチ以上だね」
即答される。これは間違いなく日代さんの方が詳しいな。
「次はメモリ。普段使いなら16GBあれば十分だと思うけど、どうかな?」
メモリはいわばパソコンの作業机だ。メモリが大きいと机が広くて、たくさんの仕事を同時にできるイメージだ。ブラウジングや文章作成だけであれば、8GBで十分だが、PCゲームをやるためには16GBは必須だろう。
「うん。それで十分」
「SSDはどうしよっか。512ギガか1テラかな?」
SSDは記憶装置。ストレージと言えばほぼ全員がピンとくるだろう。
「容量は大きい方がいいかな」
「じゃあ1TBだね」
日代さんの言葉にうなずく。
「CPUは選ぶのがちょっと難しいんだよね。コア数とかクロックっていうのがあるんだけど」
「なんか聞いたことある。よくは知らないけど」
「あはは。基本的には数字が大きい方が性能は高いんだけど、ここはこだわると結構時間掛かっちゃうから、欲しい機種のCPU性能を検索して、OKかどうか判断するやり方がいいかな」
CPUに関しては奥が深そうだ。ここは別にこだわらなくてもいいか。
「判断基準としては、用途・コア数・クロック・省電力性の4つかな。必要に応じて変えればいいと思うよ」
日代さんの説明に俺はうなずく。もし性能の良いPCが欲しいとなったときに調べればよいか。
「バランスがいいのは、そうだねCore i5かな。軽い作業ならi3でもいいけど」
「なるほど。じゃあi5でお願いします」
「かしこまりました」
彼女は丁寧に答える。そこらの店員より詳しいのではないか。
「なら、これなんかどうかな?」
日代さんは俺の条件をもとにおすすめしてくれたのは2つ。Lenovo製とHP製だ。
どちらもスペックは同じで、値段は15万ほど。結構高いな。
「ちょっと手が届かないな」
「あはは」
日代さんは肩をすくめて同調する。学生に15万は重いよな。
「正直言うとタブレッドがあるからPCは必要ないんだよね」
「そうだね。どっちかがあればいい」
「多分PCが必要になるのは仕事するようになってからだと思う」
俺の意見に日代さんが頷く。PCが必要になったときは、この経験が役に立つだろう。
「じゃあ、次はゲーミングPCとかも見てみよっか」
「うん」
ノートPCの棚を離れ、デスクトップPCの方に移動する。
「あ、これかっこいい」
日代さんが注目したのはガラスケースに展示されているハイスペック型PCだ。
ケースのベース黒で赤ラインのLEDが光っている。
「なんか、すごい性能そうだね」
俺がそう問いかけると、彼女は興奮気味に答える。
「うん。普段使いには向いてない。GPUがすごく良いみたい」
「えっと、GPUって何?」
「映像処理用のチップだよ。FPSとか高度な動画編集向けかな」
ほう。GPUとは画面のグラフィックに関連するパーツのことか。また勉強になった。
「重量2キロ超えるし、冷却用のファンもデシベルが大きいから、ちょっとうるさいかも」
「なんかすごいな」
彼女のわかりやすい説明とは対照的で、俺の口からは稚拙な感想しか出てこない。
「値段は35万円。まあそれくらいはするよね」
日代さんは相場感もしっかり備えているようだ。さすがとしか言いようがない。
それにしても35万なんて、さっきのノートPCの倍近いじゃないか。
周りを見回すと、他にも似たような高性能PCがあるようだ。これだけ高価なものがたくさんあると、盗まれないか心配になってくるな。
「あっちのPCも見ていいかな?」
日代さんが聞いてくる。俺はどうぞと頷きつつ、彼女の後を付いて行く。
その後、目ぼしいデスクトップPCを鑑賞してから、俺達はPCコーナーを出た。
「じゃあ次はイヤホン・ヘッドホンだね」
俺たちは次のチェックポイントに移動する。目的地は隣の区画なので、すぐに到着した。
棚にたくさんのイヤホン・ヘッドホンが掛けられており、なかなかに壮観な眺めと言える。
「古暮くんはどのイヤホンを使ってるの?」
日代さんがBluetoothイヤホンを傍目に見ながら聞いてくる。
「いろいろだね。有線、ワイヤレス、骨伝導」
「おお、かなりお詳しい?」
「うん。自信はあるよ」
PCコーナーでは不甲斐なかったが、今度は間違いなく得意分野だ。
日代さんは先のデートで、あまり音楽は詳しくないような印象だったので、ここはリードできるだろう。
「じゃあ早速だけど、骨伝導って何?」
「文字通り、耳に入れずに骨を通して音を聞くタイプだね」
「音質は悪い……?」
「そうだね。傾向としては」
日代さんは近くの骨伝導イヤホンを手に取り、耳に引っ掛ける。
「ほんとだ。なんか音がこもってる」
「安いやつだとこもるけど、もう少し値段が高いやつなら音質は良いはず。これとか」
日代さんはイヤホンを外し、俺の示す商品を試し聴きする。
「あ、ほんとだ。これはいい感じ」
俺も隣のイヤホンを試聴する。家にあるものと比べると劣化版だが、全然聞けるレベルだ。
「骨伝導って、曲をちゃんと聞きたい人向けではないよね?」
「そうだね。鼓膜が弱い人向け。あと、ランニングとかのスポーツをする人向けかな」
「なるほど」
日代さんは頷きつつ、イヤホンの試聴を終える。
そして普通のイヤホンの棚に移動する。安いものから高いものまで、豊富なラインナップだ。
棚を眺めている日代さんがこちらに顔を向けた。
「これとこれの違いってわかる?」
日代さんの問に、俺は端末のスペック表示を眺めながら答える。
「まずこの小型イヤホンは遮音性が弱めで低音寄り。勉強用には少し重いかも。こっちの密閉型は耳全体を覆うから、周囲の音を遮断して集中しやすい」
「ふむふむ」
「あとBluetoothは便利だけど、音質を優先するなら有線のほうがいい。遅延もないし」
「このハイレゾ対応っていうのは?」
「高解像度音源だね。一般的な音質よりも情報量が多い音源に対応してるってことで、より細かい音が聞こえるってことだよ」
「ふーん。素人向けじゃないよね、たぶん?」
「うん。なくても問題はない」
俺の返答に日代さんは頷き、いくつかのイヤホンを試していく。
「……ん、はめずらいな」
「耳の形に合うかどうかも結構重要だよ。疲れにくさが全然違うからね」
「そっか。それは盲点だった」
俺の知識が役に立っているようで嬉しい。日代さんを音楽の世界に引き込むのもありかもしれない。
「うーん、どれも良さそうだけど。古暮くんなら、勉強用イヤホンとしてどれを選ぶ?」
「そうだね……俺ならこっちのインナーイヤータイプかな。軽くて長時間使っても耳が痛くならない。あとノイズキャンセリングが強めで、集中には最適だと思う」
「ノイズキャンセリング……?」
日代さんが首を捻ったので、説明を加える。
「ノイズキャンセルは周囲の雑音を自動的に減らして、音楽や会話を聞きやすくする機能のことだよ。内蔵されてるマイクが周りの音を拾って、逆の波形を作って音を打ち消してるんだ」
「へえ、すごい。さすが古暮くん、詳しいね」
おっと、いけない。必要ない原理まで喋ってしまった。理解してくれているようなので問題ないが、気をつけねば。
「ノイズキャンセルあり/なしを比較してみるね」
日代さんは楽しそうにイヤホンを耳に差し込み目を閉じる。体が若干リズミカル揺れているな。
数十秒後、イヤホンのノイズキャンセル機能をボタンで切り替える。
そして試聴が終わり、彼女は目を輝かせて感想を言った。
「全然違うね! 静かだし、音がクリア!」
「騒がしい場所で勉強するときなんかは重宝する機能だね」
「勉強になります!」
「他に何か聞きたいことはある?」
「えと、それじゃーー」
日代さんは次の質問を考えているようだ。いいぞ、どんと来い。
その後、イヤホン・ヘッドホン講座を閉幕する頃には、15時を回っていた。
「よし、これで電気屋は調査完了だね」
日代さんはさらりと黒髪を揺らして微笑んだ。
そして、二人エスカレーターに向かった。
「次は文房具だっけ?」
「うん」
返事をした日代さんが元気よく歩き出す。俺は並んで次のエリアへと向かった。
文房具フロアに入ると、色とりどりのペンやノートが整然と並んでいた。インクの匂いがほんのり漂って、なんだか懐かしい気分になる。
「テンションが上がるね! あ、これ新しいノートだ」
日代さんはそう言うと、新作ノートの棚に駆け寄った。
「古暮くんはこのタイプのノート、見たことある?」
外はシンプルなデザインのA4サイズのノート。ページを開く。
すると、一ページが3分割されている。上部が縦に2分割され、左側は狭く、右側は広い。そして、下部は横に広く縦に狭い。
「コーネルノート方式っていうんだけど」
「初めて見る」
俺が応えると、日代さんが解説してくれる。
「ページの左側に要点・質問、右側にメモ、下側にまとめを書くんだよ」
「日代さんはいつもこの方式のノートを使ってる?」
「うん。授業中に左側と右側を埋めて、夜に下側を使って復習してる」
「はあ、うまい使い方だ」
感心して、言葉を漏らす。
「使ったことないなら、一回試してみて」
「そうだね。そうするね」
興味が湧いたので、ノートを購入して試してみようと思う。これで勉強が捗れば儲けものだ。
ひとまずは置いておいて、エリア全部を見回ったら購入する品物を取りに来ようと思う。
続けて新作のノートコーナーを流し見していく。日代さんはまたしても何か見つけたようだ。
表紙を手でなぞり、ページをぱらぱらめくっている。
「この紙、サラサラしてていいかも」
良い材質の紙なのだろうか。読書好きからすると共感できる面もあるが、欠点もあることを指摘する。
「滑りすぎると書いた字が残りにくくない?」
「それ気にするんだね?」
「大事なことが書いてあるとき、何回も見返してるうちに擦れてくるんだよね」
「なるほど」
日代さんは頷きつつ、ノートを元の場所に戻した。
ノートの棚のそばには、ペンの試し書きコーナーがあった。
黒のゲルインク、ブルーのボールペン、蛍光マーカーを手に取って、試し書き用に置かれたノートに線を引きながら比べていく。
「これ、にじみにくいよ」
「ほんとだ。乾くのも早い」
日代さんがふとピンク色のマーカーを手に取り、ノートに小さなハートを書いて見せてきた。
「どうかな?」
「えっと……?」
質問の意図がわからず、聞き返す。
「きれいに書けてる?」
なんだ、出来栄えに対する感想か。違う意味があるのではないかと考えてしまいそうになった。
「う、うん。いいんじゃないかな」
俺は口ごもりながら答る。日代さんは「そっか」と陽気に笑った。
そのまま奥へ進むと、暗記用カードや付箋が並ぶ棚を眺める。ここには目ぼしいものは無かった。
そして次に、シャーペンコーナーに足を向ける。大手メーカーの定番シリーズから、聞いたことのない名前のメーカーまで、ずらりとシャーペンが並んでいる。
その中で、日代さんは王道メーカーの最新モデルのシャーペンを手に取り、芯の滑りやグリップを確かめる。
「うん。持ちやすいし書きやすい。定番はやっぱりいいね」
「俺もこれ使ってるよ。書きやすよね、これ」
「おー、わかってるね古暮くん」
日代さんが目を輝かせて言う。
「字を書くたびに芯が回転するから、芯が常に尖った状態で書けるんだよね」
「うん。革命的な機構だよね」
「これは皆にも勧めないと」
「そうだね!」
日代さんはどこか使命感に溢れた表情をしていた。
シャーペンを一通り試し終えると、今度はタイマーコーナーに目が止まった。
デジタル・アナログの小型時計が雑然と並んでいる。
日代さんが興味を示したのはデジタルタイマーだ。
「あっ、これ私使ってるんだど、かなり良いよ」
彼女はたくさんのタイマーの中から、手に収まるサイズのタイマーを示した。
全体的にパステルカラーで、手前に時間指定とストップボタンがあり、奥側に数字のパネルが斜めに付いているものだ。
「変わったデザインだね」
「あー、そうかも」
店の棚に並んでいるのは、薄くて角が丸い板状のものが多い。家にも似たようなものがあるため、ぱっと思い浮かべるものとは違うデザインと言える。
この商品は昔のゲームコントローラーっぽい雰囲気がある。
「何か変わった機能がついてたりするものなの?」
「ううん。操作音がしない設定とか、時間が来ても無音にできるとか、普通の機能だよ」
日代さんが丁寧に説明してくれる。どうやら見た目が独特なだけで、機能的には普通らしい。
試しにタイマーを操作してみる。ボタンの押し込みは軽くても反応する。
時間を一秒に設定すると、ピピピピと連続で音が鳴った。
音量はそれほど大きくはない印象。特に問題はない。
「どうかな?」
「なかなか良さそうだね」
「そういえば古暮くんはタイマーって使う派?」
そう聞かれて振り返ってみる。
時間を測る機会といえば、勉強するとき、料理するとき。カップラーメンを作るとき、ぐらいだろうか。
そのすべてがスマホのタイマーを使っていた気がする。
「使うけど、スマホのタイマーしか使ったことないかも」
「え、そうなの?」
「うん。おそらく」
「電池切れたときはどうしてるの?」
「うーん……めったにないけど、妹からスマホを借りてたかな」
そう応えると、日代さんは苦笑した。
今まで困ったことがなかったが、俺のも妹のも電池切れになる可能性を考えたことはなかった。
「ひとつくらい持ってたほうがいいんじゃない? 非常用として」
日代さんにそう指摘される。俺もそのとおりだと思う。
「そうだね。じゃあせっかくだし、同じものを使わせてもらおうかな」
「どうぞどうぞ」
俺は近くのかご置き場からカゴを取ってきて、商品を入れた。
文房具フロアのレジでもろもろの会計を済ませる。
リュックにはノートやペン、タイマー。他にも目ぼしい文房具を購入した。
日代さんもそこそこの数を購入したようで、膨らみのあるレジ袋を満足そうに持っている。
「よし、これで文房具も調査終了だね!」
日代さんの言葉に頷く。スマホの時計を見ると16時半を回っている。思ったより長い時間調査していたようだ。
「フードコートに行こう」
「そうだね。喉が乾いた」
こうして、少しずつお互いのこだわりや価値観を見せ合いながら、今日の午後は静かに進んでいった。
「ちょっと休憩しよっか」
日代さんに誘われ、フードコートへ向かった。人であふれる広場には、ジュースを片手に談笑する学生や家族連れが並んでいる。
空いた席を探して歩いていると、若い話し声が耳に飛び込んできた。
「おい、マジでそれ決まんの?」
「だって練習のあとだし」
視線を向けると、ジャージを着た男子が女の子と向かい合って座っていた。
男子のジャージの背番号は8。紺色でどこか見覚えがあるデザインだ。
「あっ」
日代さんが声を上げ立ち止まった。
するとテーブルに座っていた男子がこちらに気づき、ぎょっとした顔をする。
「姉さん!?」
「なにしてんの、こんなとこで」
「休憩だよ」
「そっちの子は?」
日代さんは男子の隣に座る女子に目を向ける。男子は隣の女の子を手でかばう。
「友達だよ。最近知り合った」
「へー」
日代さんは意味深な笑みを浮かべる。このフレンドリーな態度からして、彼は弟さんだな。さっき「姉さん」とも言っていたし。
「そっちこそ知らない男子連れてるじゃないか?」
「ん? ああーー」
日代さんが俺に視線を向ける。自己紹介のパターンだな。
「学校のクラスメイトの古暮くん」
紹介されたので会釈するに留める。
「古暮……あっ、去年の北中のキャプテンですか?」
「えっ、うん。そうだよ」
弟さんが身を乗り出して聞いてきたので、俺は身を引きながら答える。
「中総体見てました。惜しかったですよね」
「うん。そうだね」
弟さんはフレンドリーに話しかけてきた。
「守備はどっちも上手かったんで、スタミナの勝負でしたよねーー」
「うん。えっと、君は」
試合の感想を語り始めようとしたので、制止して自己紹介を促す。
「あっ、すいません。俺、日代慶太っていいます。北東中学2年です」
慶太はジュースを置いて席を立ち、会釈する。俺はよろしくと返す。
「それで慶太、そっちの可愛い子は誰?」
日代さんは気になっていたようで、紹介するようを急かす。
「だから友達だよ」
そう慶太が答えると、女子が口を開いた。
「花見です。慶太くんとは別クラスです」
小柄で可愛らしい少女は花見さんというらしい。二人でLUCUAに来ているということは、仲が良いということだろう。
「じゃあ、俺達いくから」
慶太がこの場を離れようと席を立ち、花見さんの手を引く。
「え、ちょっと」
「ったく、なんでいるかな」
慶太が何か呟いたようだが、よく聞こえない。そして、二人は飲みものを片付け、フードコートを早々に出ていった。
「……行っちゃったね」
日代さんに声をかける。すると彼女は
「まあいっか。家でじっくり聞けばいいし」
と、声を漏らす。
「弟さん、日代さんに結構似てるね」
「え、そう?」
「うん、目元とか」
そんな会話を交えつつ、ドリンクを注文して休憩する。
キンキンに冷えたアイスティーが、喉をすべっていく。生き返った。
その後も雑談をして、休憩を終える。
フードコートで休憩を終えた後、俺たちは本屋へと向かった。
俺はここの本屋は行きつけであるため、店員の代わりに日代さんを案内して回った。
彼女はライトノベルはあまり読まないようだが、漫画はそこそこ読むらしい。
最近流行りのスパイものの漫画の話で盛り上がった。
また、今売れ筋の参考書はどれかを隠る調査し、パラパラと中身をめくってみた。
冷やかすだけし、結局どちらも本は購入しなかった。
モールを出ると、外は夕方の色に染まっていた。西の空がオレンジに霞み、街路樹の影が長く伸びている。
「今日はありがとね」
日代さんが笑顔を見せた。
「一人での調査よりとっても捗ったよ」
「それは良かった。俺も勉強させてもらった」
少し暑い風を肌に浴びながら、並んで駅に向かって歩く。今日の客足はそれほどでもないようで、俺たちを遮るものはない。
周りの景色を眺め、日代さんの横顔をちらりと見る。夕焼けが彼女の端正な横顔を照らしている。
すると、ちょうど彼女も俺に目線を向け、目が合った。
なんと言えばよいかわからず、前に顔を戻す。胸の奥はじんわりと熱い。
「古暮くん」
顔を横に向ける。
「自由研究、頑張ろうね」
短く返事をする。他の言葉は不要だ。
そしてまもなく、駅前に到着した。
「じゃあね。バイバイ」
「うん。また」
鏡写しに手を上げる。元気に手を振る日代さんの姿が人波に溶けていくのを、俺は立ち止まって見ていた。
帰宅して机にバッグを起き、中身を取り出した。新しいノート、試供品のペン。
これらはこれから普段使いして、感触を日代さんに共有しようと思う。
そういや日代さん、すごかったな。デジタルデバイス・文房具の知識がすごい。とくにPCに関しては玄人感があった。
言い出しっぺということで、研究のリーダーは俺になったが、日代さんでも十分担えるのではななかろうか。
人脈の広さ。店員への明るい対応。これらは自分には足りない部分だと実感する。
俺はPCを開き、今日の記録を書き込んでいった。
――文房具:速乾性インク、暗記カード
――デジタルデバイス:タブレット、タッチペン、PC、イヤホン・ヘッドホン
手を止めて、ふっと息をつく。
デートを思い返すと、あのフードコートでの出来事が妙に頭に残っている。
弟に遭遇したとき日代さんの顔。堂々として華やかな普段の姿とは明らかに違った。新たな一面が見られたことに、少しだけ胸の奥が温かくなる。
集中が途切れたので、席を立ち、窓を開けた。夜風が入り込み、机の上の紙をぱらりとめくった。
スマホを取り出し、未読のままのメッセージを開く。
「今日はありがと。また調査があったら誘うね」
送られてきたシンプルな文章に短く返す。
「こちらこそ。文房具の使用感は後で共有するよ」
送信ボタンを押してから、メモを一度開いた。
研究はまだ始まったばかり。調査事項はたくさん残っている。
俺の誘いに乗ってくれた日代さんには本当に感謝しかない。これからも一緒に頑張っていきたい。
まだ将来の夢はないが、夏の自由研究というこの取り組みが、きっと何かを与えてくれる。
そう信じながら、ぎゅっとスマホを握りしめた。




