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文学少年の恋物語 〜令和版源氏物語〜  作者: AYASAM
1年生夏休み
38/51

明里の進路、春百からのヘルプ

 あと二日で夏休みも終焉を迎える。

俺は課題を順調にこなしてきたおかげで、全ての課題を無事終わらせることが出来た。

なので、今日から二日間は堕落した生活を送ることが出来るだろうと思う。


堕落した生活とは言っても、生活のリズムを崩すわけではない。今日もいつも通り早起きをして、ランニングに出かけた。

普段より少し長めに走って家に帰る。上で着替えて洗面所に行く途中で、明里とすれ違った。


「おはよう」


「おはようございます」


軽く挨拶を交わした後はリビングに行き、スポーツドリンクを飲む。ごくり、ああ美味しい。

その流れで椅子に座り、朝食を食べ始める。


「明里は宿題全部終わったのか?」


「はい。最初の五日間で終わりました」


夏休み初めの一週間で宿題を片付けたのか。なんと手際のいい。さすが我が妹。


「あいかわらずさすがだな。明里は将来やりたいことあるのか?」


明里が勉強熱心なのは前々から重々承知しているが、そうなる理由は聞いたことがなかった。何かやりたいことでもあるのだろうか。


「はい。私は数学と理科が好きなので、理系に進みたいです」


理系教科が好きなんて凄いな。今の時点で文理選択を決めてるなんて、俺とは大違いだな。


「高校は……まあ北高として、大学はもう決めてるのか?」


「そうですね、帝都大を考えてます」


明里はさらりと大層なことを言った。帝都大は超難関で、日本トップレベルの大学だ。よくそんなところ目指そうと思えるよな。

でも明里なら普通に頑張れば行けそうな気がするから、笑い飛ばしたりなんかはしない。むしろ、その先を伺いたい。


「入りたい学部とかも、もう決まっていらっしゃる?」


俺は丁寧語で質問した。妹は、静かに味噌汁をすすったあと、「目星はつけてますよ」と至って普通のトーンで返事をした。

な、まさか、文理どちらに進むかだけにとどまらず、志望大学、そして志望する学部までもが既に決定済みだとはな。今目の前にいる妹は、俺が思っているより遥かに大人だったということだ。


「もしかして、医学部か?」


俺は適当に帝都大学の理系学部で思いついたものを挙げてみた。妹はピクッと反応して驚いたが、すぐに澄まし顔に戻った。そして、


「はい」


とのたまった。

ななななんということだ! まさか日本最難関の大学で、その中でも入るのが一番難しいというあの医学部を志望しているとはっ!


「へえ、それは大した……」


俺の返答はとても鈍いものになってしまった。驚きを通り越して、恐れ慄いた。


「頑張れよ」

「はい。でも、まずはお兄さんが頑張ってくださいね」

「は、はい……」


応援する人を間違えたようだ。頑張れ、俺。




 十時頃、リビングにダラっと寝転がりながら本を読んでいた。


ピロリン♪


ラインの通知音がしたので、俺は机に置いていたスマホを手に取った。えーと、なになに。


「宿題が終わりそうにないから、手伝ってくれない?」


送信主は……春百だ。


俺はラインのトーク画面を開いた。


「どのくらい残ってるの?」

「三分の一くらい」

「それは大変だな」

「いろいろ忙しくて」


部活か、それともピアノだろうか。いろいろ頑張ってるだろうから、彼女がそういう状況になるのも頷ける。


「俺は全部終わってるから、手伝ってもいいよ」

「ホント!?」

「うん」


見返りはいらない。情けは人のためならず。


「助かる! じゃあ、今日の午後、いい?」

「いいけど、どこに行けばいい?」

「私ん家来る?」


急な誘いだったが、特にすることも無いので俺は承諾した。


昼食を取った後で、俺はそそくさと春百の家を訪れた。物凄く久しぶりな気がする。えーと、七年ぶりくらいだろうか。

家の前まで来たけど、庭はあまり変わってないようだな。ちゃんと手入れがされてるようだ。


ピンポーン。


「古暮です」

「コグレさん? ……もしかして和人君?」


小さな小鳥がさえずるような声。聞き覚えがある。……ああ、春百の母の明日奈(あさひな)さんか。


「はい。お久しぶりです、明日奈さん」

「あらまあ久しぶりね。今開けますわ」


玄関には少し大きめの下駄箱があった。前来たときはもっと狭かったような気がしなくもない。


「こんにちは。お邪魔します」


そう言うと、奥から春百が早足でやってきた。 


「よ、和人。早く上がって!」

「はいよ」


春百の後をついていく。

階段を上がり、廊下を進んで、一つの部屋に入った。


「うちに来たの、久しぶりでしょ」


穏やかな甘い香りがどこか懐かしい。そうだ、ここは彼女の部屋だ。


「昔、ボードゲームで遊んだよね」

「……ああ、懐かしいな」


白を基調とした清潔感のある部屋。

四角い白テーブル、丸い灰色のカーペット、シンプルだけどちょっとおしゃれな白色のコンパクトデスク。

また、本や雑誌、小物類が入っている戸棚の上には、丸鏡や色紙などが置いてある。

レイアウトは昔とほぼ変わっていないが、オブジェクトがいろいろ変わっていた。


「ちょくちょく変わったな」


周りを見渡した後でそう答えた。


「まあね。もうおもちゃは捨てちゃったし」

「ピアノがあれば十分か」

「うん。そうだ、飲み物持ってくるね」

「ああ、お構いなく」


春百は一旦部屋を出た。俺は鞄を床に置いて、マットの上に座った。



 一分後。


「和人、ドア開けてちょうだい」


ドアの向こうから春百の声がしたので、「はいはい」と立ち上がってドアを開けた。

春百は両手に茶色のグラスを持っていた。


「はい、麦茶」

「サンキュー」


俺は丁寧にグラスを受け取って、再びマットに座った。

麦茶を一口。ゴクリ。冷えていてとても美味しい。

春百も同様にお茶を飲み、ふうと一息ついたところで、


「じゃあ、さっさと終わらせますか」


俺は早速本題に入った。積もる話はたくさんあるが、まずは課題を解決しなければ。


「今の進捗状況は?」


そう問いかけると、春百はプリント類のものを漁り始めた。


「えっと、理系教科は大体終わってる。国語が全然……」


やはり国語か。テスト結果が赤点ギリギリ回避できたからよかった、というのを聞いていたから、なんとなく終わってない宿題の教科は予想はできたが……。


「わからないところは教えるけど、まず自力で解いてみて」


「うん、頑張る」




 数分後。彼女は顔を歪めながら、問題文と格闘していた。


「うーん、わかんない。和人、これなんて読むの?」


彼女は『菫』という漢字を指さした。おいおい、これくらい高一なら読めるだろう?


「えっと、それはすみれ」

「ふーん、じゃあこれは?」


次に指したのは『蘿蔔』と言う漢字。おう、これは難しいな。けれど俺は読めるぞ。


「それはすずしろ。大根の別名だ」

「へー、そうなんだー。和人ってば物知りだね」

「いえいえ」

「えっと……これ、どういう意味?」


彼女は『博覧強記』という四字熟語を指差した。ああ、この熟語か。クイズ番組の問題で見たことがあるな……そうだ、思い出した。


「広く物事を知ってて、よく覚えていること」

「へえ、そうなんだ」



彼女に何回か聞かれて思ったが、この問題集には、難しい漢字が所々に散りばめられていた。

クイズ番組をよく見ているおかげで、引っかかる漢字はそれほど無かったな。



「ちょっと、この問題ってどう答えればいいの?」


「えっと、なになに……ああ、心情を答える問題か。確か先生がこう言ってたな、「先入観を持ってはダメ。あくまでも文章に書かれていることから考察すること」って」


「そんなこと言ってたかも?」


春百は上の方を見ながら人ごとのように言う。


「だから解答の際は、こういう表現があるからこの人物はこう思っている、って感じで論理的に答えればいい」

「ええっと……」

「~~という理由から、~~と思っている、みたいな感じ」


春百はうんうんと頷く。


「あと、答えるときは文字数に気を付けて。解答に入れるべき内容を絞り込む必要があるから」

「了解です」


春百はビシッと敬礼して再び問題を解き始めた。





 それから少し時間が経って、春百が唐突に聞いてきた。


「ねえ、どうやったら、国語が伸びると思う?」


俺はそこで、霞先輩が言っていたことを思い出した。


~~~~~~~


「言語を学ぶ上で一番大事なのは語彙力だと思うわ」


~~~~~~~~


そして、こう答える。


「現代文にしろ古文・漢文にしろ、語彙力はやっぱり必須だと思う。読解力は、問題を多くこなしていけばいずれ身につくと思うよ」


「うん。わかった」


先輩の受け売りだけど、俺自身も語彙量は本当に大事だと思う。断言しても良い。


「はあ、やっぱり私って、国語のセンスないのかな……」


彼女はさっきまで解いていた問題の答え合わせをしながら、そんなことを呟いた。


「努力で天才を超えることはできないが、秀才になることはできる」

「ん?」


彼女は顔を上げて、こっちを見た。どうやら思ったことが口に出てしまったようだ。


「えっと、今のはある人が残した言葉で、その人は、「何事も才能が無かったといって、すぐに諦めてしまうのは勿体ない」っていうことを言いたかったんだ……ってごめん、急に変なこと言って」

「ふーん、いい言葉だね」


彼女はうんうんと深く感心した様子でいた。

さっきみたいに名言が口に出てることがあるから、気をつけないとな。



「あ、読書感想文やってなかった」


 勉強に戻ってから数分も経たずに、彼女はそんなことを言いだした。


「え? 読書感想文やってないの?」

「うん。今思い出した」

「今から何かの本読んで、感想文間に合う?」

「うーん、無理かも……」


そう言った後、彼女はじっとこちらを見てきた。


「……」


なんだその何かを懇願するような目は。おい、何か言ったらどうだ。


「……はあ、仕方ないな」


そこまで面倒を見るつもりはなかったが、助けることにした。


「ホント? ありがとう」


「確か、適当な新書を一冊読んで感想を書けばいいんだよな?」


「あっそうなの?」

「新書って被ったら問題ありだっけ?」

「いや、問題なかったはず。……うーんと、あっ、やっぱりオッケーみたい」


彼女はスマホを見ながら、そう答えた。


「そうか。なら本の要約的なものと、感想文の二つを後で送るから、それ見て」

「要約作ったの?」

「ああ。内容整理するためにA4何枚かにまとめてみた」

「へー、すごい。ありがとう」


彼女の声が弾む。


「全部同じ内容にしたらダメだよ。最低要約だけでも見て自分の感想を書くこと」

「はーい、わかりました」


春百はへらへらと笑いながら応える。本当にわかっているのか非常に怪しい。



 その後も休憩を挟みながら、ひたすら問題と格闘した。

俺は持って行ったラノベを読んだり、スマホを見たりしていた。

日が暮れてきたので、切りのいいところで宿題を止めて時計を見ると、もう六時を回っていた。

俺は彼女にそろそろ帰ると伝えた。



「教えてくれてありがとう。おかげで明日には全部終わりそうだよ」


「うん、力になれて良かった」


「今度お礼がしたいな」


「え、いいよ別にそんな……」


「お礼がしたいな」


彼女は一回目より語調を強めてきた。同じことを何度も繰り返して述べるのは、それが重要なことであることを表しているーーって、現代文の記述問題の解説じゃないんだから。


「……和人?」

「うーんと、じゃあ来週にでもご飯をおごってもらおうかな?」

「うん。いいよ!」


春百は力強く頷く。


「じゃあ、また連絡する」

「わかった」

「よし、次は学校で会おう。じゃあね」

「うん、バイバイ」


俺は別れを告げて、玄関の戸を閉めた。



辺りは暗くなってきているので、まっすぐ家に帰ることにしよう。

俺は自転車を漕ぎだした。




一応これで夏休み終了です。後で増量するかもしれません。

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