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文学少年の恋物語 〜令和版源氏物語〜  作者: AYASAM
1年生1学期
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37/117

展示会デート その1

 日曜の朝。

愛野駅西口前は、平日より人が少なく、その分だけ空が広く見えた。


改札を出てすぐのロータリー脇。

指定された集合場所で立ち止まり、スマホを確認する。


——9時45分


まだ少し早い。

そう思った瞬間、視界の端に見覚えのある姿が入った。


白いトップスに、淡い色のジャケット。

肩にかけた小さめのケースは、たぶんイヤーモニターだ。


「おはよう、カズト」


鈴が鳴るような声とともに、慣れた調子で手を振ってきた。


「おはよう。早いな」

「カズトもね。私のほうが早いかなと思ったけど」

「こういうのはきっちりしないと」

「おー、偉い。模範的学生だ」

「いや、これは常識だから」


和やかに会話しながら、並んで歩き出す。

今日は隣町にある愛華中央駅まで、電車で一本だ。


ホームへ向かう途中、ナノハがちらっと俺を見る。


「今日の展示会場さ、結構広いらしいよ」

「駅前再開発エリアって言ってたか?」

「うん。ネオ・カルチャードームって、強そうな名前だよね」

「そうか?」


あまり共感できずに苦笑する。


電車に乗り込み、窓際の席に並んで座る。

走り出した車両から、見慣れた街並みが流れていく。


「∞Pの展示って、前からちょっと気になってたんだよね」


ナノハが、少しだけ声を弾ませて言う。


「制作過程を全部見せるって、なかなか無いじゃん」

「ああ、たしかに。裏側は知らないもんな」

「そう。曲が出来上がるまでの過程が案外面白かったりするんだよ」


その言葉に、俺は小さく頷いた。

どこか、前に電話で話した内容とも重なる。


ほどなくして、愛華中央駅に到着する。愛野駅より少し大きなターミナル。人の流れは多い。

北出口を出ると、景色が一気に変わった。


再開発エリアらしく、道幅は広く、建物はガラス張り。

歩道には発光ラインが走り、案内板はホログラム表示だ。


「あれだね」


ナノハが指差した先に、巨大なドーム型の建造物が見える。

外壁には無数の光の粒が浮かび、音符のような軌跡を描いていた。


——ネオ・カルチャードーム。


駅から北西に徒歩五分。その距離以上に、日常から一歩離れた場所に来た気がする。


「すごいな……」

「でしょ。気合入ってる」


嬉々とした声で進んでいるナノハの隣で、イベントに期待を寄せる。

どんな展示が待ってるいるのか。

ドームの入口が近づくにつれ、胸の奥が高鳴ってきた。



 ドームのエントランスを抜けた瞬間、視界が一気に開けた。


床は半透明で、足元を流れる光のラインが歩調に合わせて色を変える。

天井は高く、梁のような構造物が宙に浮き、そこから無数のスピーカーとスクリーンが吊り下げられていた。


「……思ってた三倍くらいすごい」


思わず本音が漏れる。


「同感」


ナノハは得意げに頷いた。


「会場写真は見てたけど、実物はやっぱ違うね」

「ナノハもこういうの初めてなんだよな?」

「うん。今日が初だよ」


その言葉に、少し安心する。

俺だけが置いていかれるわけじゃない。


案内ホログラムに〈CURRENT SOUND ZONE〉の文字が浮かぶ。

ここが、最近流行りの曲やスタイルを“体感”するエリアらしい。


東京ゲームショウ(T G S)みたいだな……」

「分かる。音楽版のそれ」


ブースはどれも未来的で、無駄な装飾がないぶん、逆に洗練されて見える。


最初に目に入ったのは、円形のステージ型アトラクションだった。

床に立つと、足元からリズムが伝わってくる。


〈STEP SYNC〉

 ——身体の動きでビートを生成


「踏むだけで音変わるの?」


ナノハが半信半疑で一歩踏み出す。


ドン、という低音。

次に横へ移動すると、ハイハットのような軽い音が重なる。


「え、すご!」

「完全に体で鳴らしてるな」


二人でリズムを刻むと、自然と一つのフレーズになる。

音楽を“聴く”というより、“参加してる”感覚だ。


「これ、初心者向けって書いてあるけど」

「プロアマ関係なくないか?」

「だね。めっちゃ楽しい」


STEP SYNCを一通り遊んだあと次のブースへ移動する。

そこにはモーションセンサー付きのエアギターが展示されていた。

実体はないのに、腕の動きに合わせて音が鳴る。


「ナノハ、やってみる?」

「いいの?」


彼女が構えると、思いのほか様になっている。ギタリストなので当然ではあるか。

そしてコードをかき鳴らすたび、シンセ寄りの歪んだ音が空間に広がった。


「これ、ライブで使えそうな演出だ」

「観客も真似できるな」


ナノハは名残惜しそうにエアギターを置く。


「やばい、最初から楽しい」

「時間足りなくないか……」


その先には、ジャンル別に区切られた展示ゾーンが広がっていた。

指向性スピーカーが使われており、一歩踏み出すごとに曲が切り替わる。


 ——ネオ・ボカロポップ

 ——感情同期型AIロック

 ——ローファイ・エモーショナル

 ——ハイブリッド・シンセ歌謡


「これ、完全に迷路だね」

「うん。曲で方向決めるタイプのダンジョンだ」


楽しみながら進んでいると、ふとナノハはローファイ寄りのエリアで足を止めた。


「最近、こういう“歌いすぎない曲”多くない?」

「確かに。主張控えめというか」

「一つ一つの音に意味が込められてるんだよね」

「うん。わかるよ。俺も特徴的な音が出た時は考察してるから」

「おーさすがカズト」


素人じゃないんだから。もはや習慣だ。


「それに、声も加工して楽器の一部として扱ってるよね」


 彼女は目を閉じ、しばらく聴き入ってから言う。


「感情はちゃんとあるのに、前に出すぎない。聴く側が入り込む余地を残してる」

「なんかこういう曲ってさ、あんまライブ向きじゃないよな?」

「そうかもね。でも、需要はたくさんある」

「ナノハはこういうの好き?」

「……好きだよ」


はっきり言い切らない、その間が妙に印象に残った。


別のスクリーンでは、制作スタイルの変遷が表示されている。


 ——作曲:人間+補助AI

 ——編曲:AI主導+人間調整

 ——歌唱:リアル/バーチャル/ハイブリッド


「昔はさ」


ナノハが口を開く。


「全部一人でやるのが“すごい”だったけど、今はーー」

「今は?」

「どう組み合わせるか、重要なんだよね」


彼女はスクリーンを見つめながら、静かに続けた。


「完璧じゃなくていい。歪んでたり、捻くれてるほうが、人間っぽくていいと思わない?」


その言葉が、胸に引っかかる。

流行を追っていく合間に、価値観を揺さぶられるよな感覚がした。


「そろそろ次、行く?」

「うん。∞Pのランキングだよね」


空気が、少しだけ引き締まった。



***


 通路を抜けると、照明が一段落とされた空間に出た。

中央には円形のホログラムステージ。

壁一面には、縦に連なる楽曲リストが光っている。


「うわ……」

「これが∞Pゾーンか」


表示されているのは、SNS総再生回数・主要コンクール受賞歴・カバー数を総合した〈ALL TIME HIT RANKING〉。


===

∞P ALL TIME HIT RANKING


1st 《無限残響エターナル・エコー

 SNS総再生:12.5億回

 主要受賞:∞Music Grand Prix/AI×Human Award


2nd 《ワールド・リライト》

 SNS総再生:8億回

 主要受賞:Live Impact Prize(最多)


3rd 《きみが消えるまでの0.8秒》

 SNS総再生:7.1億回

 主要受賞:Lyric Expression Award


4th 《クロックワーク・ドリーマー》

5th 《ネオンブルーの行方》

・・・

===


「やっぱ、この三つだよね」


ナノハが上位を見上げながらつぶやく。


「全部知ってる?」

「いや。1〜3位は歌詞も全部わかるけど」

「ふーん。私は全部わかるかな」


4位以下を眺めながら、ナノハが指を動かす。


「クロックワークはライブ映えするんだよね」

「ああ、あれは盛り上がるよな」


4位のクロックワーク・ドリーマーは歌詞が洗練されており、エモーショナルで華やかな曲調をしている。ライブでは定番の曲だ。


「ネオンブルーも好き」

「それは意外」

「えー、どうして?」

「歌詞がかなり悲しい感じの曲じゃなかったっけ?」

「そうだけど、サウンドが好き」

「なるほどな」


そんなやり取りを挟みつつ、自然と1位のパネルへ向かう。


1位 《無限残響(エターナル・エコー)


静かなピアノの単音から始まり、徐々に音が重なっていく。

メロディはシンプルだが、ループしていくので、一度聞いたら耳から離れない。


——テーマ:「記憶は消えても、感情は残る」

——総再生数:歴代1位


「これさ……」


ナノハが小さく言う。


「歌詞、ほとんど説明なくても、情景が浮かぶんだよね」


AIが生成したコード進行を、人間が意図的に崩して作曲したという解説が表示されている。


「完璧から少しずらしてるのが、完全にハマってるよな」

「うん。まさに“残響”じゃない?」


音が消えたあとも、確かに余韻だけが残った。


2位 《ワールド・リライト》


こちらは一転してアップテンポ。

エレクトロとロックが融合した楽しい曲調で、ライブ向きの曲だ。


——テーマ:「もしも、世界を一行だけ書き換えられるなら」

——代表的特徴:観客参加型コーラス

 ——総再生数:歴代3位

——カバー数:歴代1位


サビに差し掛かると、展示空間の照明が一斉に明るくなる。


「これ、文化祭とかで絶対やるやつ」

「観客も一緒に歌い出すタイプだな」


ナノハは少しだけ苦笑した。


「こういう曲が評価されやすいのも、わかるんだけどね」

「もしかして好みじゃない?」

「そんなことないよ。でも、私のランキングには入らない」


理由はわからないが、どこか気になる点でもあるのだろうか。

アップテンポでとても楽しい雰囲気ではあるが、彼女の推しのMioやKiraraの曲調とはそこそこ違いがある。


3位 《きみが消えるまでの0.8秒》


不規則なリズム。

歌い出しは、ほとんど囁き声だった。


——テーマ:「別れを理解するまでの時間差」

——構成:AIボーカル+人間ボーカルの交互使用

——評価点:感情表現のリアリティ


人間の声が震え、次の瞬間、AIの声が冷静に言葉をなぞる。


「これ……」

 

ナノハが息を吸う。


「初めて聴いたとき、ちょっと泣いた」

「意外だな」

「意外?」


ナノハがオウム返ししてくる。正直、彼女が曲を聞いて泣いている姿が想像できない。

イメージとは違って、共感度が高い系の人なのだろうか。


「ナノハはいつでも楽しそうにしてるイメージだから」

「まあ普段はそうだけど、たまにぐっと来て泣いちゃうことがあるの」


短くそう言って、彼女は展示を眺め進めていく。


そして∞Pのランキング全体を見終える。俺もナノハも黙り込む。

ランキング形式で並べられた名曲たち。どれも再生回数は驚くべき数字だが、ナノハが注目しているのは数字ではなくその内容だ。


「カズトが音楽に求めるものは何?」


ナノハがぽつりと言う。少し考えて答える。


「感情。共感、あたりかな」


喜怒哀楽を伝えるツール。それが音楽だ。


「勝ち負けは?」


そう聞かれて、頭を捻る。

気持ちが伝わればどんな形だって肯定する。

しかし、音楽を勝負として捉える場合は、シビアにならなければならない。


「場合による」


優劣の差をつけることが目的なら重要だ。


「まあ、そうだよね」


ぱっとしない返事。何を考えているか聞くか迷ったが、やめておくことにした。



***


 ランキングゾーンを抜けると、空気がふっと軽くなった。


ドーム中央に設けられた休憩エリアは、天井が高く、自然光を模した白い光に包まれている。

円形に配置されたテーブルの中央には、音符をかたどったホログラムがゆっくり回転していた。


「あそこの席で休もう」


 ナノハがそう言って、空いている席に向かう。


「ああ。思ったより動いたから、お腹が減った」


椅子に腰を下ろした瞬間、ようやく気づいた。

音を楽しむことにずっと集中していたため全然感じなかったが、体も脳もじんわり疲れてきている。


近くのカウンターで一風変わった軽食を注文し、席へ戻る。


休憩エリアのBGMに反応して色が変わる透き通るレインボードリンク。 グラスの底にLEDと音を拾うためのマイクが仕込んであるのだろう。

低音が響くたび、サンドイッチを載せたプレートがわずかに温まり、パンの表面からハーブの香りがふわりと立ち上る音響アロマサンドイッチ。


どちらも未来っぽいギミックで、五感すべてを楽しませてくれる。


「カズトは展示、楽しめてる?」


 ナノハがストローをくるくる回しながら聞いてくた。


「うん。正直、想像以上だよ」

「それは何より。私も来てよかったと来て良かったと思ってるよ」


ナノハが柔らかい笑顔を見せた。そして続けて問いかけてくる。


「ここまでで一番面白かったブースは?」

「そうだね……∞Pのランキングかな」

「へえ。どうして?」

「なんか∞Pっていう存在の偉大さを感じた」

「……それはまあ、そのとおりだね」


彼女がふっと軽く笑う。


「なんかさ」


ナノハは、テーブル中央のホログラムをぼんやり眺めながら続けた。


「上位の曲って、全部“わかりやすい強さ”があるような気がしない?」

「盛り上がるとか、泣けるとか?」

「そう。どれも良い曲だと思うんだけど、でも——」


言葉を選ぶように、一拍置く。


「私は、心に残る曲が結局好きなんだよね」


その一言が、妙に胸に残る。


「派手じゃなくても、あとからふと思い出す曲とか、聴き終わったあとに気持ちが変わるような曲とか」


ナノハは視線を上げ、こちらを見る。


「カズトはどういう曲が好き?」


真正面から聞かれて、少しだけ真剣に考える。


「俺は……特にこれが好きとかはなくて、そのときの気分によるかな」

「気分?」

「元気出したいとき、静かに沈みたいとき。音楽を聞く場面によって好みが変わるって感じ?」


曖昧な答えだったが、嘘ではない。


「あー、それはちょっとわかるかも」


ナノハは頷いてドリンクを一口飲んだ。


周囲では、展示の感想を話す声や、次に回るルートを相談する声が聞こえる。

にぎやかな場所の中で、ここだけ時間がゆっくり流れている気がした。


「そうだ、午後はさ」


ナノハが思い出したように言う。


「制作に関する展示がメインなんだよね」

「AIとかDTMとか?」

「うん。楽器もいっぱいあるみたい」


その声は弾んでいる。


「楽しみだな?」

「うん!」


返事に迷いはない。


「正直さ」


ナノハが視線を落として小声で続ける。


「こういう場所に来ると、自分が何を作りたいのか、どう作りたいのかを考えさせられる」

「ナノハの中で、答えは出てるんじゃないのか?」

「いや。まだ途中……かな」


そう言って、肩をすくめる。


「だから」


俺は黙って次の言葉を待つ。


「今日ここに来たのは、刺激をもらって考えを整理するためなんだ」


その言葉に、午前中の電話の内容が頭をよぎる。


7月のライブ。

技術重視のイベント。

ナノハの声の、わずかな曇り。


けれど、今はそれを口に出す気にはならなかった。


「じゃあ、そろそろ行こっか」


ナノハが立ち上がる。


「午後は……時間足りるかな?」

「断言する。足りない」


俺の言葉にナノハが苦笑する。


午後は、作る側の世界だ。

これまで俺は、音楽を作るということはほとんど考えたことがなかった。

完全に聴く側として生きてきた。満足感もあった。


しかしこの展示会で、音楽を制作する側に踏み込むことになる。

この体験はきっと、俺の中の何かを変えてくれるーーそんな気がする。


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