文学少年の暇つぶし3
6月18日の夕方。
テスト勉強を終え、自室でだらけているとスマホが震えた。
画面に表示された名前を見て、反射的に通話ボタンを押す。
「もしもし」
『あ、出た。おつかれ、カズト』
「おつかれ。今ちょうど暇だったわ」
『グッドタイミングだね』
ナノハはそう言って、軽く笑った。
きれいな声はいつも通り。どこか落ち着く。
「そっちは今日何してた?」
『今日は学校』
今日は土曜日だが、学校に行っていたという。授業なのか部活動なのか。
「部活か?」
『いや。授業だよ」
「へえ。それはお疲れ様」
そう労うと、うねり声が聞こえてくる。
『なんかね……ずっとバンドのこと考えてた』
「さすがナノハ」
『なにそれ?』
電話越しに、小さな笑い声がする。そして少しの間が空いたのち、
『ちょっと聞いてほしいことがあって』
ナノハがそう切り出した。
それだけで、内容が軽くないことが伝わってきた。
「なに?」
『7月にライブに参加しようと思うんだけど、候補が2つあって』
「2つ?」
『うん。一つは First Bloom Live。歌詞とか世界観をちゃんと聴いてもらう系のイベント』
「もう一つは?」
『Next Gear Showcase。曲のテーマや雰囲気より、技術面が大きく評価されるやつ』
説明の仕方が、どこか淡々としている。
「ほう。それで、どっちに出るんだ?」
俺がそう聞くと、少しだけ沈黙が落ちた。
『多数決になってNext Gear Showcaseに決まった』
「技術面が評価される方か」
『うん……』
ナノハの声のトーンが少し落ちた。
『リオが強く推しててさ。技術で評価されたい、って』
他人事のような言い草で、多少引っかかる。乗り気ではないのか。
「ナノハはどっちのライブを希望したの?」
『First Bloom』
技術面よりも、歌詞や世界観を重視するライブの方に行きたかったと。それならば乗り気でないのも頷ける。
「不服か?」
『うーん……ちょっとだけ、モヤっとしてる』
「え?」
『ちょっとだけ』
そう言ってはいるが、彼女の言動からして飲み込めていない部分があることは察する。
「どうしようもなくないか?」
思わず漏れた言葉に、ナノハは小さく息を吐く。
『うん。決まったからには頑張らないと』
「おう、頑張れ」
少し空気が緩んだところで、話題は自然と別の方向へ流れていく。
『曲作りって、旅行の計画を立てるのと同じでさ、出来上がった瞬間より、作ってる途中のほうが面白いって思うんだけど、カズトもそう思う?』
「あー、それはなんか分かるな」
『お、わかってくれるの?』
「おう。誰かが作った曲を演奏するのも楽しけど、自分が曲を生み出していくもの楽しいよな。いろいろ悩みながらさ」
『うんうん』
それがきっかけで、今度は創作の話になる。
最近聴いている曲はどんなジャンルが多いか。
歌詞や曲のアレンジについて考察はしているか。
どんなときに音楽を聞きたくなるか。
生まれてからずっと音楽に触れてきた俺だが、ナノハも相当音楽に入れ込んでいるようだ。
将来音楽で稼ぐことを決意しているなんて、俺とは反対にたいへん立派なことだ。
『ねえ、今度の週末って空いてる?』
ナノハの声のトーンが一段上がる。
「あー、特に予定はないけど」
少しだけ間があって、ナノハが続けた。
『駅前で∞Pの制作展示会があるんだけど』
∞Pは日本音楽シーンを象徴する国民的ボカロPだ。
その名の通り「無限」をテーマに掲げ、AIと人間の感性を融合させた楽曲で世代を超えて支持を集めている。
『そのチケットが1枚余分にあるから、よかったら一緒に見に行かない?』
なんと。どこで手に入れたのかは知らないが、こんな機会滅多にない。
「いいよ」
『ほんと?』
「断る理由がない」
『あはは、オッケー』
ナノハが嬉しそうな声を漏らす。
『じゃあ、詳細はメッセージで送るね』
「うん。頼んだ」
『それくらいかな。ふう、今日も結構話しちゃったね』
「だな。記録更新かも」
スマホの画面を見ると、通話時間は30分を超えている。電池が心もとなくなっているじゃないか。
『じゃあ、そろそろ切るね』
「うん。また」
「バイバイ」
通話が終わったあと、スマホを置いて天井を見る。
ライブの話。
多数決。
方向性の違い。
おとぎ話でしか知らなかったが、現実にもこういう状況は存在するんだな。
彼女にはなんとかうまく乗り越えてもらいたいものだ。
それと次の休みに、いわばデートをすることになった。
ナノハに対しては恋愛感情よりかは、友情の方が強い気がする。
とはいえ、同じ空間で過ごしてみたら違うということもあるかもしれない。
来週を楽しみに待つとしよう。




