前期中間考査対策/ハピバ その1
6月12日の日曜日。中間テストが近くなってきた。
今日はテスト対策として、春百と一緒に勉強することになっている。
場所は学校なので、服装は制服を着ている。太陽がギンギンと照らす中、俺は自転車で通学路を駆け抜けた。気温が異常に高い気がする。額から汗が垂れてきて、たまに目に入りそうになるのが煩わしかった。
図書館に着く頃には汗が滝のように流れ落ちる状態になっていた。距離は二キロ弱と大してないはずだが、暑さのせいでいつもより距離が長いかのように感じた。とりあえず入り口の日陰で息を整えよう。
それから待つこと数分後。
「おーい、和人!」
入り口の前でぼっーと外を眺めていると、彼女が小走りでやってきた。俺は頭をフルフルと振って思考を切り替えると、「よう」と手を上げて声をかけた。
「今日、めっちゃ暑くない?」
「ああ。すでに熱中症予備軍だわ」
タオルで汗を拭きながら俺は答えた。
「ちょっと大丈夫? はやく中入ろう」
春百に続き、目の前の自動ドアから図書館に入った。
「あー、極楽極楽」
「図書館ではお静かに願います」
「あっと、すいません」
図書館内は冷房が効いていて、それはもう快適そのものだった。
天にも昇るかのような快適さに、気色の悪い奇声を上げてしまったせいで図書委員の人に注意されてしまった。入り口付近でぼーっとしていたのがいかに愚かな行為であったかを思い至るのと同時に、図書委員としてもふさわしくない行動をとってしまった自分が情けなく思えてくる。
ふうと息を吐いた後、タオルで汗と愚鈍さをふき取りつつ、入り口付近にあるカウンターを通りすぎ、グループワークができる共用スペースに向かった。
共用スペースはいつでも学生が利用することができる。利用時間の制限はないが、静かにすることや飲食をしないことなど細かい決まりが何個かある。
大体のテーブルにはコンセントがついている。そして、スクリーンでプレゼンテーションなんかができるようなスペースもある。こちらは予約が必要で、使用規則も多少複雑になるのだが、今現在お世話になる予定はないので思い返す必要はないだろう。
「ここでいっか」
俺たちは適当な席を見つけ、それぞれの持ち物を四人用の広いテーブルにドサッと置いて、斜め向かいになるように座る。
「どうゆう風にやる?」
課題と筆記用具を取り出しながら、彼女が聞いてきた。
「最初に春百の課題を手伝うよ、確か国語だよな?」
俺は視線を送ると、春百は頷いた。
「で、何を教えればいいんだ?」
「……うーんと、とりあえず全部かな?」
おいおいマジかよ。全部て、範囲かなり広いでしょ。
「えっと、国語で何が一番苦手? 古典の何々とか、現代文の何々とか」
「古典かな。古文と漢文がさっぱりわからない」
「最近やったところはいいとして、最初の方にやった内容覚えてる? 古典は助動詞、助詞。漢文は返り点、再読文字ってやつ」
俺は指を折りながら習った内容を示していく。1年次は科目が同じなので、学んでいる内容は変わらない。
「うー……なんかあったね、そういうの」
彼女のリアクションは薄い。これは相当時間を取られるやつだ。覚悟しなくてはならない。
俺は午前をまるまる使って彼女に国語のあれこれを叩き込んだ。
学者内容をほとんど覚えていなかったので最初は難航するかと思われたが、思いの外記憶力は良いようで、それほど苦労はしなかった。さすがにこの学校に入学しただけの能力はあると感じた。
また、人に教えることを通して自分の弱い点を見出すことができたので、午前の時間を全て割いてしまったことは良しとする。
***
正午。
「やっと一段落」
「それはこっちのセリフだぞ、全く」
「おっしゃる通りで候う」
春百が大げさに頷く。教えたことをアウトプットできるのは彼女の良いところだ。
「そんじゃ昼飯だな。弁当持ってきたか?」
「うん。ほら、この通り」
春百はそう言って鞄から四角いカラフルな包箱を取り出した。
「ここって飲食OK?」
「バツです」
「じゃあ外出るしかない?」
「暑いけどしゃあなし」
「だよねー……」
俺たちは中庭に移動して、ちょうどよく木陰になっているベンチに並んで腰掛けた。
「じゃー食うか」
「うん」
「「いただきます」」
それぞれ腿の上で弁当箱の包みを開く。お披露目タイムだ。
「それって和人の手作り?」
「ああ。そっちのも美味そうだな」
「ふっふーん。私も自分で作りました」
「まじか」
なかなか彩の良い弁当ではないか。もしかして春百って家庭的なのか。あんまりイメージなかったけど、両手に絆創膏しているわけではないから料理慣れしている可能性がある? ーーいや、母親の功績を自分のものにしている可能性が消えたわけじゃない。ひとまず、試食して味を確かめてやろう。
もしそこで巷のラブコメ展開見たくメシマズだった場合は、即刻『生涯料理禁止』の烙印を額に押させていただく。あなたが指を怪我したら本業のピアノができなくなるのだから、叱ってやらないと。
「おかず交換しようぜ」
「いいよ。じゃ、唐揚げで勝負しよう」
彼女は俺の唐揚げを箸で摘んで、口に放り込む。
手で口元を押さえながら咀嚼し、飲み込んだ。
「ちょー美味しいんだけど!」
素直にそう言ってもらえるのは嬉しい。俺の長年の料理スキルが発揮されているので当然だ。
「サンキュー。じゃあ、俺も一つもらうよ」
彼女の弁当の中から、唐揚げを摘んで口に入れる。もぐもぐ。なんかしょっぱいな。
「どうよ、私の唐揚げは?」
春百は自信ありげな顔で感想を催促してくる。
「うーん、まあまあかな」
「お、やったー」
彼女はニッと笑った。そこは喜ぶところではない気がする。
「料理上手の和人さんから普通の評価いただきました」
味が濃い方が好みであれば合格点をあげるところだが、まだ詰めが甘い。もう少し洗練されれば文句のつけようのない唐揚げを作ることができるだろう。どうやらこの様子からして、本当に彼女が料理していると察する。
「まあ素人に毛が生えた程度の腕はあるんじゃないか」
「んー!?」
春百が顔を近づけてくる。目が鋭いため威圧感がある。
「えーっと、料理という趣味を持ったのは良い傾向だな。ピアノの息抜きにもなるだろう?」
俺はごまかして話をそらした。料理の腕の良さで言い争うのは本望ではない。
「うーん、まあそうだね」
「手をけがしないように注意が必要だな。それに手荒れ防止も」
「うん。そこは気をつけてる」
「それはいい心がけだな」
「……なんか和人、先生みたい」
「そうか?」
やんわり微笑む彼女に問いかける。まあ、ピアニストにとって手は大事な商売道具だから、心配するのは当然のことだ。それに料理に関して俺のほうが経験が上であることは、唐揚げの味でわかったため、優越感があるのかもしれない。
「そうだよ。変な感じ」
「どんなふうに?」
「うーんと、評価されたり心配されたりするのが昔とは逆で違和感がある」
「ああ。昔はいっつもお前に注意されてたからな」
ピアノ教室で合奏をするとき、俺はいつも春百にミスを指摘されていたことを思い出す。
「そうそう。私が優位な立場だった」
「だな。そう考えるとなんか新鮮な気がする」
「でしょ?」
「お前にマウントが取れるのは気分がいいな」
音楽では全然勝てないが、違う分野で勝っていることに多少の優越感がある。
「言ってくれるじゃん。見てな、すぐ追い越してあげるから」
「はっ。望むところだ。いつでもかかってこいよ」
「私には最強の料理仲間がいるからね、笑ってられるのは今のうち」
ほう、料理仲間ね。さすが春百、人脈があるな。
俺がなかなか手に入れることはできないが、人と容易に関係を構築できるのは彼女の長所と言える。
「じゃあ近い内に料理勝負しようぜ。夏休みの初めとかどうだろう?」
「いいけど、結構先だね?」
「今はテスト期間だし、確実に時間が取れるのは夏休みに入ってからだと思って」
「なるほど」
俺は最悪いつでも良いのだが、春百はピアノもあって何かと忙しいだろうから、そこは配慮しなくてはならない。
「それもそうだね。じゃあ夏休みにしよっか」
「おう。それまではせいぜい腕を磨いておくことだ」
「……絶対勝つ」
彼女の意気込みを聞き流しつつ、弁当を平らげるのに集中した。
***
その後、雑談も交えつつ弁当を食べ終わった後、俺達は図書館に戻り勉強体勢に入った。
「よろしくお願いします」
「ふっふーん、私に任せなさい」
「問題解いてわからないところがあったら声かけるから」
「あっ、そう? わかった」
俺は彼女の国語と違って、数学がまるまるわからないわけではない。
問題を解いていって引っかかったところだけ彼女に教わることにする。
「えっと、ここはどうやって解くの?」
「それはまず平方完成して、頂点を求める必要があるね」
「ああ、そうか」
「じゃあ、この問題は?」
「たすき掛けで、掛けて6、-15になる二組の数を探せばいいんだよ」
「ふんふん」
「……よしできた。…………これは?」
「簡単だよ。sin^2+cos^2=1っていう式と、tan=sin÷cosの二式をうまく合わせればできる」
「あっそうだわー。なんだ授業でやったじゃん」
彼女は教えるのが上手いので、すんなりと理解することが出来た。
なんなら家庭教師として彼女を雇いたいレベルだ。
だがそう甘えてはいられない。彼女もいろいろと忙しいからだ。
「ありがとう。これで数学はバッチリだよ」
「こっちも何とかなりそう。ありがとう」
そういって、俺たちは笑いあった。
これがいわゆるwin-winの関係だ。いつもでも続けていきたい。
「じゃー、今日は終わりだね」
「おう。めっちゃ助かったわ。ありがとな」
「こっちこそありがとう」
「うん。お互い試験、頑張ろうぜ!」
「うん、じゃあまた学校で。バイバーイ」
「じゃあな」
彼女は手を振り、この場を去った。
俺はもう少し勉強するため、図書館に残っていた。というのも、数学はいいとしても、物理、英語がヤバいからだ。
まず、物理。
落体の運動、速度・加速度、運動の法則、仕事・力学的エネルギー
範囲を見ただけで、やる気が失せてきた。多すぎだよ、これ。
物理担当の先生は厳しいと評判だ。いっそ先生に質問……は勇気が足りないのでできない。
でも、このままだとおそらく爆死してしまうな。
まあ、後でいいか。
次、英語。
文の構造。SV、SVO。
動詞の違い。自動詞・他動詞、現在完了・過去完了、助動詞、受動態。
まず文の構造が分からん。動詞の違いはわかるけどそれ以前の問題だ。
現在/過去完了???
頭が混乱してきた。
とりあえずこれも後回しにしよう。
***
帰り道、発汗が酷く喉がカラカラになったので、通りがかったハピバに寄ることにした。普段はまず寄らない店なので、少し冒険心がある。
ちなみにハピバはHappybacksの略称で、この会社は大手コーヒーメーカーで世界に千以上ものコーヒー店を展開している。
「次のお客様、ご注文をどうぞ!」
「あ、えっと」
若い女性が快活にオーダーを聞いてくる。その勢いに気圧されていることを気づかれないよう、俺は提示されたメニューを見た。
コーヒー、ハピチーノ、エスプレッソ……この店には何度か入ったことがあるのだが、メニューのバリュエーションが多すぎて困る。
喉がカラカラの非常時となれば、迷っている暇はないのに。
ギャルゲーの会話の選択肢みたく、メニューも三個くらいだったらちょうどいいのにと思いつつ、適当に目に入ったおすすめのメニューを頼んだ。
「ハピチーノをひとつ。以上です」
「かしこまりましたー!」
席はあまり混んでいなかったので、窓際の適当な場所に座った。
「ーーえー、私。全然だよー」
声のする方を見ると、近くの席で女の人達が喋っていた。
一体何の話だろう。なんとなく耳を傾けてみる。
「全然モテないよー。私、女子力低いもーん」
「うそうそー。ホントはいるんでしょ、付き合ってる人?」
「全然そんなのないよー。だって私、まわりのメンズから女子扱いされてないもーん。ひどくなーい?」
「えー、そうなのー?」
喋り方が少し特徴的で、語尾が間延びしている。ギャルっぽい喋り方だ。
「どうだろうねー。でもまあ、い・ま・はー、恋はーお休み中かなー」
「そっかー」
「私どっちかっていうと恋より仕事選んじゃうから。束縛されるのとか、無理じゃん?」
「そうだねー。ならさ、もし付き合うとしたらどんな人がいいの?」
「付き合うとしたらー、お・た・が・い、カンショーしすぎないカンケイセーが理想かなー」
強調が耳につく言い方だと思うと、店内のBGMが次の曲へと切り替わった。
「あ、この曲よくないー? フェス行きたい」
「ほんとそれなー」
「こう、なんかアガる感じのーー」
その後もダラダラと女性たちの会話は続く。
この会話を聞いていると、バカになりそうな気がしたので、俺は早々に退散することにした。
「ありがとうございました! またのご利用をお待ちしております!」
店員の気さくな挨拶を背に、そそくさと店を退出して帰宅した。
これからもよろしくお願いします。




