表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
文学少年の恋物語 〜令和版源氏物語〜  作者: AYASAM
1年生1学期
PR
13/117

妖精探し対決 in植物園 パート2

 俺は花音たちを見送った後、北東門カフェの前にとどまり植物園のマップを開いた。

焦りは禁物。立ち回りを考えるための情報収集といこう。

この植物園はほぼ正方形に近い形をしている。入口は3か所で、正方形の右上・左上・左下の頂点にある。

俺たちが入ってきたのは右上の頂点、北東ゲートだ。最寄り駅が近いため、ゲートも一番大きいようだ。

そして午前の部終了の際に集合する南西ゲートは、正方形の対角、左下の位置にある。どうやらこちらが正門のようで、外にレストランの集合施設があるようだ。


そして残る左上は北西ゲート。こちらは一番小さい入口で、すぐ近くに絶滅危惧種エリアという非常に興味のそそられるスポットがある。


ここからは主な探索スポットの確認だ。

植物園を上空から見ると、幅広の歩道が漢字の『目』のような形状で敷地内に整備されており、全域を三分割している。一北側を北エリア、真ん中を中央エリア、南側を南エリアとでも呼ぼうか。


北エリアは川や池、神社があり、外側は林や温室エリアがある。

中央エリアには中央広場、温室、植物生態園などがある。

南エリアには各種の花壇や花畑が区画ごとに配置されている。バラ園、洋風庭園などもある。


妖精の数は全部で5体。子ども向けのイベントということもあるため、激ムズではないだろうが、一体くらい意地悪な隠し方をしていてもおかしくはない。

お花見スポットが沢山ある中、どう立ち回るのがよいか。

とりあえず目ぼしいスポットをピックアップしてみよう。


北エリア 神社、盆栽・針物展示場、絶滅危惧種エリア

中央エリア 温室 中央広場

南エリア バラ園、沈床花壇


こんなところだろうか。今度は重要スポットを厳選してみよう。

北エリアで注目すべきはまず神社だ。

マップ上で神社は北側エリアの中心付近にある。周りを川や池が囲んでいるため島になっていて、3本ある橋のどれかを渡って陸上する必要があるようだ。

ただの勘だが、ここに一体はいそうな気がする。注目スポットだ。


中央エリアは温室が怪しい。妖精を隠すスポットは無限にあると見た。


南エリアはバラ園あたりだろうか。

様々な花園があるなか、バラ園の面積が一番広く、時期的にもちょうどよい。

自分が従業員なら、ここに一体は隠したいところだ。

もしも神社、バラ園で妖精を一体ずつ見つけることができたなら残るは3体なわけだが、どこに隠れているかを予想するのは難しい。ピックアップした箇所は丁寧に捜索するとして、他のスポットも適宜探していく必要がある。


時間配分も気を付けなくてはならない。

官界の勝負ではオブザーバーのいない時間をどう使うかがカギとなる。

午前は一人なので身軽に動くことができるが、午後からはオブザーバーと行動しなければならないためペースが落ちる。

そのため、できるだけ午前のうちに回り、リードを保つ必要があるということだ。


花音もなかなか絶妙なゲーム設定を作ったものだ。

というのも、午後は午前より一時間ほど長いわけだが、午後に俺にオブザーバーを付けることにより、体力面での優位性を相殺している。対等な勝負になるようにしているわけだ。

花音はゲーム中に不正をしたことがない純粋なゲーマーであるため、正々堂々勝負に挑むことだろう。俺はそれに応える必要がある。


さて、長居は禁物だ。探索を始めよう。

見送りの際、彼女らは噴水の方に歩いて行った。そのまま南下して時計回りルートをたどるのだろう。

ならば逆ルートの反時計回りで行こう。俺は休憩所を出て西側へ歩き出す。


まずはサクラの道。周りを注意深く見回しながら、歩行者の横を通り過ぎていく。

花は無く葉っぱが青々と茂っている。二週間前までは見ごろだったろうに。

口惜しさを感じながらも、歩道から外れ、木々の根本を確認していく。

あまり時間をかけてはいられない。午後に再探索することを見越し、早めに切り上げる。


次はツバキ、ウメの林だ。

サクラと同様にどちらも4月までが見ごろの植物なので、花は咲いていない。

ここら一帯は冬や春が見ごろの植物のエリアのようなので、5月ともなると季節外れと言える。

妖精探しが捗るのは良いが、本来の楽しみ方ができていないことは少し悔しいところだ。


そして次は針葉樹林に入る。どの木もとても高く、20メートルくらいはありそうだ。

マツ、スギ、ヒノキなど他にも様々な種類の針葉樹が植えられていた。

北部エリアの1/4程度がこの林らしく、この中を探すのは骨が折れそうだ。

木の根元を探すだけでも手間がかかる。じっくりやっていたら日が暮れてしまいそうだ。

細い木や小さい木は捨てて、比較的幹の太い木をチェックしていく。

根本だけでなく枝分かれしている部分も注目する。妖精が座っている可能性も排除はできないからだ。

地面に小枝が落ちているため、足元にも注意して捜索していく。


小さい妖精を捜索するというのは非常に大変な作業だ。

普段の街の暮らしは便利ではあるが、従来人間に備わっていた身体能力や五感の機能が衰えてしまうため、豊かになりすぎるのも良くないのではないかと思えてくる。

朝ランや筋トレなど運動習慣を続けているとはいえ、中学の時と比べ若干だが体力が衰えているのを感じる。これは良くない傾向だ。

今一度普段のトレーニング内容を見直さなくては。


多少の雑念も混じりながら、ハイペースで探索を続ける。

やろうと思えばいくらでもできてしまうため、時間を見て次のゾーンへ移動することにした。


鋪装された道に戻り少し進むと、湿っぽい雰囲気が漂い始める。すぐに小川を発見した。

流れは非常に穏やかで、歩幅1mほどの橋が架かっている。

ガランガランと回転音がするので、そちらを見やると、直径3メートルほどの水車が木のツルやコケを巻き込みながら動いていた。

もしかするとここに妖精がいるのではと、いろいろな方向から水車を観察する。

橋の上で足を止めていると、


「にーちゃん、どいて」


と、後ろから声を掛けられる。「あ、ごめん」と謝りつつ橋を渡りきる。

話しかけてきた子どもが橋を渡り、その後ろに家族らしき男女が続いた。

探索に気を取られて、他の人の観光を邪魔してしまった。反省反省。

この教訓を胸に留めて次の地点に進もう。


橋をわたって進むと、池があった。道のそばには休憩所スペースがあり、池全体を展望できるようだ。

木の足場から池を眺めると、鯉が寄ってきて口を開けている。餌付けは禁止なので何もしない。

道に戻り少し進むと、またしても橋があった。これは位置的に、例の神社がある島へと続く橋だ。

歩幅は1m。前方から車椅子の老人が来たので、橋の入口付近で待機する。相手がわたりきったのを確認して、橋を渡る。

少し進むと、お目当ての神社の鳥居が見えた。ここは目星をつけていたスポットなので、身を粉にして捜索する。

少し進んでは立ち止まり、ぐるりと周りを見回す。地面だけでなく、木々にも視線を向けていく。

年季が入った鳥居を観察する。ここにも妖精はいない。

一礼してから鳥居をくぐり石畳の上を中央を歩いていく。

マナー的には端のどちらかを歩くのが正解だが、ものの落ちておらず掃除が行き届いているところを見ると歩きたくなってしまう。

途中にある水舎で手と口を清める。水はきれいなので遠慮せず使用した。

灯籠の間を通り、賽銭箱の前まで到達する。すぐ横には神社の説明書きが設置されており、その下に羽の生えた小さな女性、もとい妖精が座っていた。


「一体目」


そう呟きながら苦笑いをする。こんなにわかりやすい場所にあるとは思わなかった。

注意深く探索していたのが馬鹿らしくなってしまう。もう少しわかりづらい場所にあればいいものを。

嘆いても仕方がない。ここは切り替えて次を探しに行くことにする。

その前にお参りを済ませよう。

五円玉を賽銭箱に投げ入れ、正面にぶら下がっている縄を引っ張って鈴を鳴らし、二礼二拍手一礼。

名前・年齢・住所等を心の中で名乗り、それから願い事をする。健康と勝負運を祈る。

そして神社を引き返す。

鳥居をくぐって振り返り、一礼する。参拝作法として満点は無理でも及第点は取れたと自己採点しつつ、もと来た林を戻る。次のスポットへ向かおう。


林を抜け歩道を進み、絶滅危惧種園に到達した。

スロープで柵が木々を囲っている。あまりエリアは広くないようだ。

日本ではお目にかかることのできない海外の植物たちが、整然と並んでいる。

当然どれもこれも初めて見る植物ばかり。

植物に気を取られ、勝負そっちのけになってしまうのは、もはや回避不可能だろう。

多少は焦りを感じるのだが、好奇心の方が勝ってしまう。なんと恐ろしいエリアに足を踏み入れてしまったのか。


あるのは中国の植物が大半のようだ。アマミアセビ、リュウキュウモチ……。本当に珍しいものばかりで、一個一個説明文を読んでしまう。

海外から来た植物もいくつかあるようで、海外旅行にあこがれを持つ身からすると、なんだか少しうらやましく思えてくる。植物に嫉妬とは滑稽なと自虐したくなる気持ちを抑える。


妖精のことなど忘れじっくり眺めていると、人が徐々に増えてきた。

このまま植物観察を続けたいところだが、他人の鑑賞を邪魔するわけにはいかない。

予想だにしないところで時間を使ってしまったが、次のエリアへ進むことにする。


歩道を少し進むと、入場門が見えた。北西ゲートだ。

事前の情報通り、このゲートは一番規模が小さく人の数もまばらだった。

休憩所などの建物は見当たらず、ゲート管理者用の小屋が立つのみだ。

一応トイレと自販機はあるようだが、尿意は催していないし、飲み物は半分以上残っているため補充する必要はない。

このままスルーして大丈夫だろう。


ゲートのすぐ西側には丘がある。ここも一応、軽くチェックしておこう。

丘に足を踏み入れる。どうやらここは畑がメインのようだ。

黒いプランターが道の両側に整然と置かれている。中にそれぞれ違う植物が入っているが、特に見応えがあるものはないようだ。畑に入り、ふと足元を見てみると、各種スパイスが植えられているようだ。名前を確認してみるのだが、何一つピンとくるものはなかった。


ゲートから続く道を南下していくと、植木で囲まれた次のスポット、盆栽・鉢物展示場が見えた。

スポット説明用の立て看板には約70種類、140鉢ほど展示しているとある。その数の多さに関心しながら、植木の門を潜り抜けて展示場へ入場する。


アーチからはまっすぐ広い道が伸びている。中央道とでも呼ぼうか。

その中央道から等間隔で両側に道が何本も伸びており、木製の長テーブルが均等に並んでいる。

道の間隔は80cmほどなので、大人が普通の歩行姿勢ですれ違うのは無理そうだ。

俺は中央道を進みながら周りを観察する。

盆栽・鉢物は地味なので混雑しないだろうと思っていたが、予想は完全に外れで人口密度が非常に高い。

外国人が過半数いるのが意外だ。灯台下暗しというやつで、外国人の方が盆栽・鉢物の魅力に気づけるのかもしれない。


中央道から側道、すなわち盆栽の飾ってあるテーブルの間に入る。

一つのテーブルにつき、盆栽が4、5個程度置いてあるようだ。

盆栽のサイズも種類があり、ゲートの手前側は大きいサイズのもので、奥に行くにしたがってサイズが小さいものが展示されている。

半身の体勢で移動しながら、一つ一つの盆栽を素早く観察していく。

どれもこれも風情があり、心を穏やかにしてくれる。


一列見終わり一つ手前側の列に移動する。

沢山の盆栽を早いペースで観察し、どんどん進んでいく。

ときには心を動かされるものを発見し、立ち止まって説明ボードを読んでみる。

絶滅危惧種園では勝負のことなど忘れて魅入ったが、盆栽はメジャーな植物だ。

見事な作品に目を奪われることはあっても、虜になることはない。人の数がやけに多いというのも、意識が分散させられる要因の一つと言える。

次の列に向かう途中、幼い男の子が目の前でつまづき倒れ込んできた。


「おっと」


俺は両手で優しく受け止める。


「大丈夫?」


少年は困ったような表情をしている。日本語がわからないのかもしれない。


「Are you all right?」

「Yes」


予想通り日本語が通じなかったようだ。英語をしゃべるのはあまり自信がないので、早々に会話を切り上げよう。


「Good. Take care. Bye」

「Ah, wait, brother!」


服の裾を引っ張られたので振り返る。何か用でもあるのかな。


「What's up?」

「Mommy's gone somewhere」


母親がいなくなったという。近くにいるだろうか。

英語で話すのはちょっと億劫だが、覚えている語彙を総動員して会話に挑戦してみよう。

とりあえず母親の特徴だな。


「How does your mom look? Can you tell me Her height, hairstyle, clothes?」

「My mom is average height, has long blonde hair, and wears a light coat」


アメリカ人と仮定するなら、身長は160cmより少し大きいくらいか。

辺りを見回してみるが特徴と一致する人物は見当たらない。ここにはいないようだ。

いつはぐれたのか聞いてみよう。


「When did your mommy disappear?」

「I'm not sure」

「When was the last time you saw your mom?」

「Umm...about 5 minutes ago?」

「Do you remember where you saw your mom?」

「Cherry Blossom Grove」


グローブが何かはわからないが、チェリーブロッサムと聞こえた。

スマホのマップを開く。盆栽・鉢物展示場を少し南に行ったところに桜林がある。

おそらくそこではぐれ、この展示場にやってきたというところだろう。

少し時間が経っているため、その場にとどまっているとは考えにくい。

従業員に預けるのがよいだろう。


「I'm Kazuto. Can I ask your name?」

「Kevin」

「Kevin? That's good name」

「Thank you」


名前を聞きだしつつ、従業員を探す。

人が多いため手をつないで離れないようにする。


「There are no employees here」


植物園関係者は黄色のビブスか腕章を身に着けているのだが、どうやらここにはいないようだ。

ならば、迷子センターに連れていく必要がある。マップを開き、場所を確認する。

どうやら正門の南西ゲートに迷子センターがあるようだ。ここからそこそこ距離はあるが、早足で歩けばそれほど時間ロスにはならないだろう。


「I'll take you to the south-west gate」

「My mom is there?」

「No. But there should be some gardens employees, so you can ask them to call your mom there」

「Oh, I see」

「Then, follow me」

「Okay!」


どうやらついてきてくれるようだ。いったん勝負のことは保留にして人助けをしよう。

多少時間をロスするだろうけど、それくらいならば問題はない。

盆栽・鉢物展示場を出て、南に向かう。桜林を脇目に、温室の大きなドーム前を通ると、道が一気に開ける。北東門と同じで門前はコンクリートの幅広の道が整備されている。

ただっ広い道の真ん中に、広くて色とりどりの花壇がある。その東側を通り過ぎる。花壇の西側のさらに奥の方に、遊具などがたくさん置かれた遊び場「ちびっこ広場」があるが、それを遠目に見ながら進む。

ケビンはきょろきょろ見回していたが、足を止めることなかったので、数分で南西ゲートに到着した。

入場口に常駐している従業員の一人に事情を説明し、子どもを預ける。

どうやら迷子センターに連絡して、園内放送で呼び出すらしい。


「Thank you, Kazuto」


ケビンがお礼を言う。


「You are welcome. I hope you meet your mom」


そう言い残し、手を振って別れた。


気を取り直して探索に戻ろう。来た道を引き返す。

さっきは花壇の東側を通り過ぎたが、正門からだと西側の方が近い。

俺はちびっこ広場の様子を眺めてみる。たくさんの子どもがわいわいと遊んでいるようだ。

広場の端の方は休憩用の椅子とテーブルが置いてある。そこには家族連れや老人が多く滞在している。

小さな植木があったので、避けて進もうとする。すると、足元に手帳のような物体が落ちているのに気づいた。


「なんだろう」


俺はしゃがんで、砂で汚れたその物体を拾い上げる。

手で砂を払ってみると、それはピンク色の手帳だった。右上には金色のシロクマのイラストが印字されている。

名前が書いてあるかもと一番後ろのページをめくるが、名前もアドレスも一切記載がない。

何か情報はないかと適当にパラパラめくり、しおり紐が挟んであるページを見てみる。


=========================

「あくび少女に祝福を」


青く広がる空 お日さまの下で(It's nice! It's nice day!)

赤白黄色 鮮やかな花が躍る (Let's dance!)

滑り台には子どもたちが飛び込んでく (Hop,step. ホップ ステップ ジャーンブ!)

私は口を大きくひーろーげーて……あくび ↴ (So sleepy...)


こんなうららかな時間が永遠に続いたなら

どんなに幸せなことだろう (Isn't this paradise?)

口元隠して(アーアアー) 喉がふわっと(アーアアーアー)

止められない 止まらない よし、決めたよ!


さあベンチに背を預けて (Have a seat!)

メンドイことはすべて(集めてっ)!

ゴミ箱にShoot また会う日まで(バイバーイ!)

Blessing to the Yawning Girl(Yawning Girl)

リフレッシュ明日へのWarming up

できること (Hey, you are so happy)

気づいたの (Yeah, glad you noticed it)

ずっとこのままでいたいよ アーアアーアー


========================



詩かーーいや、英語も混じってるし、これは歌詞のようだ。

最初の三行は天気、花壇や子どもたちのことを書いているので、もしかしたらこの周辺の景色を見ながら創作していたのかもしれない。中盤から最後までさくっと読み終える。

のんびりした雰囲気だが、キャッチーなフレーズも散りばめられていて面白い。曲にするなら明るい曲調でテンポは普通ぐらいだろうか。

この作者はなかなかに作詞センスがあると言えるのではないか。


他にも何かないかと期待してパラパラとめくってみると、別の歌の歌詞と思しき文章が綴られているようだ。そこそこの文章量があるため、これを無くした人は困っているかもしれない。

これも早急に落とし物センターに届けたほうが良いだろう。落とし物センターは迷子センターと同じで、正門にある。

またしても時間をロスしてしまうが、仕方ない。善行をたくさん積むに越したことはないのだ。

まだ午前の部終了までは猶予があることを確認し、俺は駆け足で正門に向かう。


人の間をダッシュで駆け抜け、俊足で落とし物センターへと到達した。

透明なパネル越しに椅子に座って下を向いている従業員に話しかける。


「あの、すみません」

「……」


彼の反応はない。一体どうしたというのか。


「すいません、落とし物です!」

「……」


少し大きな声を出したが、まだ反応がない。居眠りしている……いや、もしかして熱中症で具合悪いとかか?


「ちょっーー」


従業員に向かって叫ぼうとしたその時、「あのっ!」と後ろから声をかけられる。

その大きな声に、俺は「わっ」と横に飛び跳ねる。一体何事だ!?


「あのっ! その手帳ちょっと見せてもらえますか?」


見ると、俺と同じくらいの年の少女が目を大きく見開いてそう言ってきた。


「えっ、これですか?」


焦りながら問いかけると、少女は「はい」と大きく頷いた。

俺は戸惑いながらも「どうぞ」と手帳を渡す。少女は手帳を勢いよく受け取って、ページを開いた。


「やっぱり私のだ。ふう、良かったー」


少女はそう言ってため息を吐く。まさかこの手帳の落とし主が彼女だったとは思わなかった。

俺が落とし物を拾ってから一分も経っていないわけだが、落とし主と鉢合わせするなんで、こんな偶然がそうそうあるだろうか。落としてから少し時間が経ってから、気付いたということだろう。


「あの、落とし物を拾ってくれてありがとうございます」


少女はこちらに向き直り、丁寧に頭を下げてくる。


「あー、いえいえ。どういたしまして」

「何かお礼……あ、そうだ!」


少女は肩にかけていた白いトートバックに手を入れ、何かを取り出した。


「これライブのチケットです」


とりあえず少女から紙を受け取る。見ると、彼女の言う通りライブのチケットなようで、ライブのスケジュールや参加グループなどが小さい字で書かれている。


「私、ナノハっていいます。Rosette(ロゼット)ていうガールズバンドでギターボーカルしてて、今月末にGreen(グリーン)Box(ボックス)っていうライブハウスでライブをする予定なんです」


なるほど。目の前の少女、もといナノハさんはバンドマンで、ライブに出演するから見に来いということだな。


「手帳を拾ってくれたお礼にチケットをお渡ししますので、もし良かったら聞きに来てください」


そう笑顔で言うナノハさんに、俺は「はい……」気の抜けた返事をする。


「じゃあ、私はこれで」

「ああ、はい」

「ライブハウスで会いましょう!」


ナノハさんは手を振って去っていく。

その様子を見送り、もらったチケットを眺める。Green Boxは大通りにあるのか。出演者は合計で8組…って、呑気にチケットの内容を確認している場合じゃなかった。

俺はスマホで時間を確認して、走り出す。

去り際にふと落とし物センターの従業員を見ると、大きなあくびをかましていた。



 ほどなくして盆栽・鉢物展示場に戻った。未捜索の列は確かここからだったか。

お昼が近くなってきたため、人の数は少し減ってきた。とはいえ人気のスポットであるため、減少量は微々たるものだが。

次々と独創的な形の盆栽を確認していく。中には高さが1メートルほどのものもあり、植木の根本から枝分かれした先端部までを素早くチェックするのは少し時間を取られてしまう。

飽きが来るかと心配していたが、それは杞憂だった。盆栽と言っても様々な種類があり、一つ一つ違いを見分けることができる。なかなかに面白い。


捜索、鑑賞、捜索。


速いペースで盆栽をチェックし終える。

残念ながら妖精は見つけることができなかった。

もう午前の部は終わりだ。もしここに妖精が隠れていたとするなら、俺の実力不足だとあきらめよう。

もう十二時だ。集合場所の中央広場へ向かおう。


新たな出会いがありましたね。今後どう繋がっていくのか。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ