妖精探し対決 in植物園 パート3
集合場所である中央広場のカフェに来ると、花音と明里がすでに待機していた。
「わりー、ちょっと遅れた」
「……遅い!」
花音が少し荒い口調で言う。俺だけロスタイムというのは、不正と取られてもおかしくはないな。
「すまんすまん。ちょっと道に迷って」
「まったく……。まあ数分だったから、今回は見逃してあげる」
俺の弁護を花音は渋々受け入れてくれる。ふう、ペナルティがなくて良かった。
「サンキュー。ってか、結構混んでるな」
森のカフェの入口付近は人混みができていた。お昼の時間なので当然か。
「ベランダがあるんだな」
カフェの入口は南側の左端の方にある。ベランダはその隣、右端の方まで続いている。
パラソルの付いたテーブル席が6席あり、それぞれ四人座れるようだ。
「満席ですね」
明里の言葉に花音が「ほんとだ」と返す。
「待ち時間ありそうだな」
俺はそうぼやき、人混みをかき分けて進む。出入口のドアのすぐ右側に食券販売機があった。
券売機の上にカフェのメニューの全品が書かれたボードが吊るされている。
和食・洋食どちらもあり、どれも800円以下と良心的な値段が設定されていた。
「結構安いぞ。品数も多い」
後ろから来た花音と明里にメニューを示しながら説明する。
「ほう、素晴らしい!」
花音がパチンと手を合わせる。明里もにこりと微笑んだ。
「どれ……洋食はハンバーグ、ナポリタン、オムライス。和食はーー」
「いっぱいあるから迷っちゃうね」
「うーむ、この私を惑わすとは生意気、いや優秀な」
花音が腕を組みながら偉そうに言う。まったく素直じゃないな。
「俺はカレーに決めた」
一足先にメニューを決め、券売機の列に並ぶ。
後ろから「先手を取られるとは」などと言われた気がするが、まあ気にしない。
それから数十秒ほど経って、二人もメニューを決めたらしく俺のそばに来た。
下手すると割り込みになるかもしれないが、食券をまとめ買いするということで堪忍してもらいたい。
「私はミートソース、明里はチャーハンで」
「おう。ええっと、お金をーー」
「席確保しとくから!」
花音は早足でカフェの中へと入っていった。おいおい、嘘だろ。金欠の俺に奢れというのか。
「お兄さん、お金足りますか?」
明里がやんわり聞いてくる。金欠と言ったが、脳内で一度確認してみるか。
まず、財布に小銭を入れて持ってきてはいるが、中身は超ショボいので無視する。
そして次は電子マネーだが、植物園の入場料が一人当たり千円と考え、3000円が入っている。
入場料と飲料で400円使い、2600円の残金がある。
メニューの横に金額が書かれているので計算する。カレーは600円、チャーハン580円、パスタ560円であるため、合計すると1740円。支払い可能だ。
「足りなければ私が出しましょうか?」
明里がスマホを取り出そうとするので手で制止する。
「いや、大丈夫。俺が奢るよ」
「そうですか……? ありがとうございます」
明里が頭を下げて店内に入っていった。
俺は電子マネーで支払いを済ませる。残高が860円と表示される。
ラノベ一冊買ったらなくなってしまう金額だと少々落胆するが、一人では味わえない経験をすることができると思うと気が楽になった。
食券とレシートが受け取り口から出てきたので受け取る。横に注意書きがあり、料理は番号順に呼ばれるとのことだ。
さて、二人のもとへ向かおう。
俺は自動ドアをくぐり抜け、カフェの中に入る。眼の前に料理の受け取りカウンターがあり、上の柱にモニターが設置されていて、呼び出し番号が表示されていた。
俺は食券を確認する。番号がニ十個ほど離れているので、十分ぐらい待ち時間がありそうだ。
俺は右に曲がって進む。テーブル席は15席ほどあるようだ。
室内は日差しが差していてとても明るい。
BGMは落ち着いた曲調だが、観光客たちは和気藹々と話しをしているようだ。
汚れのない白い床を進むと、すぐに二人を発見した。窓際のテーブル席に陣取っていた。
「お、いい席じゃないか」
「でしょ」「運が良かったです」
花音は誇らしそうに胸を張り、明里は謙遜して微笑んだ。この反応の違いに性格が表れていると言える。
金欠の俺に奢らせたのは多少の不満があったが、良い席を確保してくれたので水に流すか。
俺は空いている椅子に腰掛ける。さて、待ち時間は何をしようか。
「和人、妖精探しは順調?」
花音が探るように聞いてくる。
もしこれが大事な物を賭けた勝負なら本気の心理戦を始めるところ。しかし、今日の勝負はお気楽なものなので、ブラフをする必要はない。
「……順調とは言えないな」
「ふーん。手こずってるわけだ?」
「そうだな」
俺は小さな声で同意する。相手の様子も探ってみるか。
「そっちはどうよ?」
そう問いかけると、花音はニヤリと笑った。おそらく順調ということだろう。
明里はさっきからずっと俺達をぼんやり眺めている。オブザーバーは顔色を変えてはいけないので、ポーカーフェイスを貫いているのだろう。
俺は花音の方を向いて話す。ちょっと踏み込んでみるか。
「その顔は順調はようだな。何体見つけたんだ?」
花音は少し考えて、口を開く。
「ニ体」
「ほう」
俺より多いとは。もしかしたら三体見つけたかと危惧していたが、そこまで行ってなかったことに安心した。これなら十分逆転は可能だろう。
俺は午前の部で植物園の北側半部を周り、一体しか発見できなかった。もし妖精がまんべんなく配置されているとすると、もう一体は北側半分にいるということになる。つまり俺は妖精を一体見落としている可能性があるということだ。
花音はおそらく南回りで探索していて、ニ体発見することができたという。この結果は真っ当と言える。
「なかなかやるな」
「当然。手加減をしないって自分で決めたわけだし」
花音が胸を張って応える。スポーツマンシップならぬゲーマー精神だ。
「そっちこそ、手は抜いてないよね?」
そう言われ、俺は迷子や落とし物といった勝負と関係のないことに時間を割いたことを思い返す。
不正どころか自らハンデを与えに行っている気もするが、別に言う必要はないだろう。
「うん、抜いてない」
「何かビミョーに間があったような……怪しい」
「安心しろ。不正は一切してないから」
「まあいいや。午後には見張りが付くからね」
花音はそう言って明里の方を見た。明里は黙って頷く。
「兄妹のよしみで、監視は甘めにしてくれると嬉しい」
俺が明里に猫撫で声をお願いすると、花音が鋭い視線を向ける。
「おいっ!」
「はは、冗談だよ。普通で頼む」
「まったく、油断も隙もない」
花音がため息をつく。たまにはおちょくってみるのも面白いものだな。
そんな感じで雑談をしていると、食券に書かれた番号が呼ばれた。
俺は「行ってくる」と席を立ち、料理の受け取りカウンターに向かう。
「〇〇番、お待たせしました」
俺は従業員に食券を渡し、お盆に載せられたカレーを受け取る。スパイスの効いた良い匂いに鼻腔を刺激される。
テーブルに戻り、お盆を置く。二人も呼ばれたようなので、俺は再度立ち上がった。
「俺が取ってくるよ」
「気が利くー」「お願いします」
俺はまかせろと言って、カウンターに戻る。
まとめて持っていた食券を出して、料理と引き換える。ミートソスとチャーハンだ。
「ほらよ」
「サンキュー」「ありがとうございます」
料理をサーブすると、二人から感謝される。今まで彼女らに同伴した経験から、執事の仕事はもう慣れっこだ。
「じゃあ、食べるか」
三人そろって手を合わせ、「いただきます」の挨拶をする。
見た目はシンプルなカレー。丸い皿に白いご飯と茶色のカレーが半々で陣取っている。
カレーのとろみは少々、具材は子どもでも食べられるように小さめにカットされているようだ。
ごくりと喉を鳴らし、スプーンでカレーをすくって口に運ぶ。
最初に感じるのは甘さ。このフルーティな酸味は間違いなくりんごだろう。
咀嚼して飲み込むと、マイルドな辛さが後味として残る。思ったより優しい味で美味しい。
グルメレポートはそこそこに、スプーンを走らせる。
休憩時間はきっかり一時間あるため、早食いする必要はない。
しかし、午前の部でたくさんカロリーを消費した体は食べ物を欲しているようで、いつもより食べるペースが早くなってしまう。これは必然だろう。
安い分カレーの量は少なめのようで、これではすぐに胃袋に収めてしまいそうだ。
食べ終わったあとは、二人の食事姿を見守るとするか。
***
昼食を取り終えた俺達三人は食器をカウンターに返却し、森のカフェを出る。
食事を取り終えてから、休憩がてら雑談をしたため、そろそろ午後一時になるところだ。
お手洗いやドリンク補充などの準備はもう済ませている。戦の準備は万端だ。
「準備はいい?」
「いいぞ」
「四時には北東門に集合ね」
「わかってる」
一時からきっかり三時間。妖精探しに全力で勤しむとするか。
「明里は和人の監視を頼むよ」
「うん」
花音に言われ、明里は頷いた。兄妹で植物園観光ができるとはとても楽しみだ。
「よーし、午後の部スタート!」
花音が大声を上げて、西の方へ歩いていく。俺の行き先も同じであるため、彼女の後をついていく。
「む、なぜついて来る?」
「方向が同じなだけさ」
「そう」
花音は特に深読みをすることもなく、顔を進行方向にそらした。
そのまま三人で進んでいき、花壇と温室をつなぐ道の中間あたりに出る。
右、すなわち北方向に曲がり、俺達は温室を目指して歩く。
少し歩いて左に曲がると、温室へと続く道に到達する。この道の両側にはきれいな池があり、魚は見えないものの、どこかゴージャス感があった。
そして入口に到着する。銀色のドーム状の温室がSFっぽいなと感じていると、花音が振り向いて、
「まさか温室?」
「ああ」
俺は返事をする。俺が左回り、花音が右回りで植物園を半分攻略したとなると、ちょうど鉢合わせるのが真西の中央にあるこの温室ということだ。行き先が被ってしまうのは仕方がないと言える。
「妨害は禁止だからね」
「わかってる」
花音が注意してくるのを適当にあしらいつつ、入口の立て看板を眺める。
温室の入場時間は午前10時から午後3時まで。入場の際はチケットを従業員に見せること。
俺はポケットからチケットを取り出して、入場口の列に並ぶ。列は十人ほど並んでいるが、進むペースは速い。すぐさま従業員まで到達し、チケットを見せて入場することができた。
入口の扉を抜けると、
「「でっか!」」
異常に大きな花が俺達を歓迎してくれた。花音と声が被ってしまった。
その花は標本のようで、ガラスの水槽の中に5個の花弁と中央に大きな穴が浮かんでいる。直径80cmはあるだろうか。すぐ横に説明ボードがあり、世界最大の花ラフレシアと書かれている。
実物は初めて見たが、サイズが非常に大きいことに感動を覚える。
「なんか臭い……」
花音が手を顔の前で仰ぐ。そして、順路の方に進んでいった。
それを傍目に見ながら水槽に鼻を近づけみると、かすかに腐臭がしたためすぐに離れた。
俺も、床に書いてある矢印に沿って、順路の道を進んでいく。
最初のエリアはジャングルエリアだ。亜熱帯から熱帯気候の植物たちが待ち構えているらしい。
道幅は1mくらいしかなく前が詰まっているようで、俺と明里は列に続いて進んでいく。花音はちょっと離れたところにいるようだ。
それにしてもこの混みようは酷い。これでは自由に探索どころではない。スーパーアリオブラザーズの強制横スクロールのステージのように、制約があるなかでなんとか戦わなければならないということだ。
俺は狭いルートをゆっくり進んでいく。きょろきょろと両側を見回して、数々の見知らぬ植物たちに焦点を合わせる。
入口から十歩ほど歩くと、一際赤い花が目に入った。その花は人間の唇の形そのもので、高さ3メートルほどの木にたくさんの唇が咲いているというのは、とても見栄えが良いと感じる。
説明ボードを見ると、「パリコウレア トメントサ Hot Lips」と書かれていた。俺は面白いものを見た記念に写真を一枚取ることにした。
そこから何歩か進むと、今度は真下に向かって花を開かせている植物が目に入った。赤白紫と様々な色の花が陽の光を浴びて輝いているのが、まるでシャンデリアのようだ。
その花の名前は「フクシア」というらしい。フクシアダイアナ・ウィルス、フクシアスターウォーズ、フクシアラ・フランスといった感じで、同じ種類だが色や形が微妙に違う花が豪華に咲き誇っていた。
祭りでもしているかのようなラインナップに、ずっと見ていられそうだと感じたが、そうは言っていられない。足を止めてしまっては、他の人の迷惑になってしまう。
俺は名残惜しくも足を進める。
どうやら水辺に入ったらしい。
小さな池には何種類かの葉や花が浮かんでいる。中でも「ニンファエア・ギガンティア」という花は見応えがあり、周辺に大きな丸形の葉が浮かび、紫の花弁が黄色の花糸を囲んでいる姿は神秘的だ。
スイレン属の中で最大な花や葉をつけるとのことだ。またしても良いものを発見することができたので、思わず写真をパシャリと取ってしまった。
進んでいて次に目に入ったのは、木の根が板状になっているマングローブだ。写真でしか見たことがなかったが、実際近くで根の形を見ることができるとは思わなかった。説明ボードにマングローブは世界に100種類以上あると書いてあるのを知って驚いた。
水辺を抜けると、暗い洞窟の中に入った。
進路の左側に淡く光を発する水槽が並んでいる。ここは水草のゾーンで、日本、アメリカ、アフリカ、アジアの順に主要の水草が育てられているようだ。
日本の水草は見たことがあるものが何個かあり、アメリカのもの全然ピンとこなかった。アフリカの水槽を覗いた時、一つの水草に目が行った。
その水草はひらひらと揺れており、網目状の形をしていた。一見漁獲用の網と見間違いそうになるが、どうやら植物らしい。説明ボードには「レースプラント」と記載があった。レースとは文字のまんまだ。
アジアの水槽も見たが、全然ピンと来なかったのでスルーして、暗い洞窟を抜けた。
洞窟の先はまたしてもジャングルエリア。
複数の竹が視界に入った。太さが20cmほどある竹を発見し感嘆の声を上げる。こんなに太い竹を見たのは初めてだ。ダイマチク(象竹)というらしい。ミャンマーや中国などが原産とのこと。
そこから何歩か進むと、バナナの木を見つける。実は付いていないが説明ボードにバナナと書いてあったので観察してみた。3mほどあり、葉っぱが細長く大きい。南国の木の葉っぱといった感じだ。
普段はあまり買って食べることはないが、市販のバナナがこの木と似たような種類の木から収穫しているのだと思うと、なんだか現実味が湧いて嬉しくなった。
ジャングルゾーンを抜け次のエリアに差し掛かった時、温度が一段と高くなった実感がある。
トロピカルフルーツの原産地の詳細説明が壁に書いてあり、ここからは熱帯気候で、フルーツなどが見られるらしい。
早々に作物エリアに入り、数々のフルーツの木を観察していく。
マンゴスチン、ドリアン、バナナ、パパイア、マンゴー……。
身近なものからマイナーなものまで色々と取り揃えているようで、時期になったら収穫して食べることはできるのだろうかと疑問が浮かんだが、まあいいかと振り払う。
妖精がいないかどうかも忘れずにチェックしていく。このエリアにもどうやらいないようだ。
最後の方でコーヒーノキが目に入ったので、説明ボードを読んでみる。旧大陸の熱帯に約40種類が分布し、数種類がコーヒー豆生産ように栽培されているとのこと。
俺の両親はコーヒー好きだが、俺は全然コーヒーに詳しくない。
アラビアコーヒーが上質だと書いてあるが、判断材料がないためそうなのかと受け入れざるを得ない。
たまに雑学クイズでコーヒー関連の問題が出ることがあるし、友達とコーヒーを飲む機会があるかもしれないので、ちょっとは知識をつけておいた方が良いかもしれない。
作物エリアを抜けると、今度は砂漠・サバンナエリアだ。温室も残り半分くらいか。
砂漠の植物と言われたら何を思い浮かべるか。それは当然サボテンだ。
多肉植物は組織が分厚くなっているため水分を多く蓄えることができるわけだ。
丸いもの、楕円形のもの、細長いもの。何種類か形があって、どれも大量のトゲが生えている。
数あるサボテンの中に、ものすごくでかいサボテンがあった。太さ30cm、高さ7mくらいあるだろうか。
名前を確認すると「大鳳竜」というらしい。原産地はメキシコ中部とのことだ。
こんなに巨大なサボテンが世の中にあることを知り、心底驚いた。これが倒れてきてぶつかったら絶対悲惨なことになるに違いない。なんと恐ろしいことか。
俺はスマホでこの恐ろしいサボテンの全貌をフレームに収めることにした。
そして、そこから少し歩いたところにアロエ属があった。短いトゲの付いた長い刃物のような葉が重なって中央から全方向に伸びている。直径1mといったところで、これまたかなり大きいと感じる。
南アフリカを中心に地中海沿岸、各諸島に分布し、小さいものから大木に育つ木立性のものまで種類は500ほどと説明ボードにあった。
アロエは食用だけでなく、美容や薬用として使うことができるため、とても有用な植物と言える。称賛の意を込めながら、写真に保存して置くことにした。
熱帯エリアはこれで終わりだ。気温も下がり快適な環境になった。
お次のエリアは昼夜逆転室。夜に見栄えの良い花が置かれているそうで、部屋内は真っ暗で、フラッシュ撮影は禁止の張り紙がしてあった。ここはスマホをポケットにしまっておくか。
仕切りの中に入ると、本当に部屋は真っ暗だった。申し訳程度の明かりを頼りに進んでいく。
部屋は狭く、壁際に長いテーブルが置かれているようだ。
顔をテーブルに近づけ、置いてある植物を観察する。もしここに妖精を配置しようものなら、企画主は鬼畜と非難してやろうと決意を固めながら。
植物の数は十数種類。最初に目に入ったのは月見草。小さくて白い花と見た目は至って普通だが、名前に惹かれるものがある。
段々と進むにつれ、なんだか甘い香りがしてきた。
どの花がこの心地よい芳香を醸し出しているのかと、鼻をスンスンしながら進み、より香りが強いと感じた花を観察する。黄色い筒型の花が下に向かって咲いている。名前はキダチチョウセンアサガオ、学名プルグルマンシアというらしい。なるほどアサガオと言われてピンと来る。
この花の甘い香りに部屋の暗さが相まって、うっとりした気分にさせられる。いかんいかん。後続がつっかえてしまう。
俺は重い足をなんとか動かして、部屋の仕切りから出た。
視界に光が溢れる。すぐに目が慣れて次のエリアが見える。
次は高山植物室だ。部屋の中央に円形の大きな花壇があり、その周りを道が囲んでいる。また、道の外側の壁付近にも花壇があり、たくさんの種類の植物が植えられている。
キク、キキョウ、スミレ、ナデシコ……といった具合で名の知れた植物たちが咲いているのだが、どこか集中できない。さっきの昼夜逆転室での芳香にやられたのが回復していないようだ。
それに、ここには数え切れないほどの植物たちが植えられており、すべて小型のもの。目線を惹きつけられるような特徴の持ち主は見受けられない。
俺がフレッシュな状態であれば花見兼妖精探しも捗るのだろうが、今の状態では良いパフォーマンスができないのは仕方がないと言える。
とりあえず前の人たちが注目したり写真を取ったりしている植物の周りだけ注目して、早々に部屋を退出することにした。
次が最後のエリアだ。ラン・アナナスエリアらしい。
ランは聞いたことがあり何となく花の形は想像できるのだが、アナナスというのは初耳だ。全然想像が付かない。
列をゆっくり進んでいき、まずはアナナスのお目見えだ。
一体どんな植物なのか。ランと同じエリアにあるということは、ランに似た種類の植物なのだろうか。
入口付近にアナナスの説明ボードがあったので目を通す。
アナナスはパイナップル科植物全体のことを総称する。ピトケアニア・フェ力アナ1種のみが西アフリカに分布し、その他は熱帯から暖温帯のアメリカ大陸に分布しているらしい。約78属、3650種あるそうだ。ほとんどが虫媒花で、花粉を媒介する特定の昆虫とともに進化してきたとのこと。なかなか壮大な話だ。
俺の予想は大外れで、ランとは無関係みたいだ。少し進むと、実物があったので観察していく。
全方向に広がる葉に白い縞が縦に入っている。葉の中心部は赤色で見事だ。
よく見ると葉の基部は筒状になっており、とても小さくて白い花が数個咲いている。
名前は「ネオレゲリア・カロリニア」というらしい。花ではなく葉の方が映えるという植物は初めて出会ったので興味深い。
俺はアナナスの写真を一枚取って、アナナスの区画を通り抜ける。
お次はランだ。
俺の乏しい予備知識で、ランの色は紫だろうと想っていた。しかしランには紫、赤、黄、白と何種類かあるようだ。
ラン科植物の説明ボードがあるので読んでみる。ランはアジア、中央・南アメリカ、アフリカなどの熱帯域に分布しているらしい。約880属、2万6千種あるそうだ。ほとんどが虫媒花で、花粉を媒介する特定の昆虫とともに進化してきたとのこと。なかなか壮大な話だ。
どんどん前に進みながらランを観察していく。ここにある花はすべてランなわけだが、様々な色・形があるためもはや別の花ではと思えてくる。たくさん進化してきたので、バリエーションが豊富なのだろう。
どれもこれも素晴らしい。興味深く観察しながら進んでいき、アナスス・ランの区画を後にする。
温室の出口付近にはガラスの棚があり、植物の化石が展示されている。
数千万年前のものから、数億年。白亜紀時代のものの化石が年代ごとに分けて置かれている。
どれも石なのでぱっとしないが、現存のものに比べて価値が高いのは間違いない。
過去にどんな植物があったかを化石から知ることができるのは、純粋にすごいことだと思う。
もう出口なので後ろからの人の圧はなく、順番に一つずつ見ることができる。
ものすごい過去に存在した植物を見るというのは貴重な機会だ。見入ってしまう。
出口に向かってジリジリと進んでいき、最後の方に達したところで、化石の斜め横に羽の生えた手のひらサイズの女性を発見した。
「ニ体目」
俺はほくそ笑む。やはり温室にはいるだろうと踏んでいたが、まさか出口にあるとは思わなかった。
しかもこんなに分かりづらい場所に隠れているとはな。化石に興味のある少年ぐらいにしか見つけられないのではなかろうか。
温室に入ってから、花音は先行していたわけだが、順番は変わっていない。距離も変わっていないので、俺がこの化石の棚に来た時点でいないということは、花音は妖精を見逃した可能性が高い。
彼女がもう一度温室に入ることはまずないので、見つけれる妖精の最大数は4体になる。
俺もおそらく一体見落としているので、逆転できる可能性が生まれたということだ。どちらも4体見つけると引き分けになってしまうかもしれないが、それはなったときに考えればいい話だ。
温室を退場し、俺は左回りで次のエリアへ向かう。
広い花壇とちびっこ広場は午前の部で一度訪れているため、探索は軽めに済ませようと思う。
一応どちらのエリアも妖精がいないかざっと確認し、正門へと続く道を曲がる。
次は洋風庭園だ。
コンクリートで均された赤褐色の道を進む。道の両側のきれいに剪定された植木の間を通り抜ける。
等身大の美しい女性の銅像が両側に一体ずつ置いてある。種類はわからないがピンク色の花を咲かせた植木が銅像の背景に広がっている。
雲一つない空、パステルカラーの植木、洋風の美人。少し引いてみると人物画そのものだ。
なかなか素晴らしい眺めだったので写真を取ることにした。
洋風庭園はそれほど広くないようで、すぐに次のエリアに差し掛かった。
ついにやってきたのはバラ園だ。横長の長方形で非常に広く、南エリアのなかでは一番要注目のエリアだ。ここは少し時間をかけて探索しようと思う。
まずはとりあえず中心に向かって歩いていく。前方にものすごく高い杉があったので、木の根元に近づく。種類は予想通りヒマラヤスギだった。高さ20m、幹の直径は1mほどあるだろうか。幹から枝が斜め上に何本も出ていて、枝分かれしたところから小さな細かい葉が垂れ下がっている。
写真で見たことがあるため知っていたが、実物は立体的でインパクトがすごい。
俺はヒマラヤスギの全体を今一度眺め、バラ園を進んでいく。
植木が植えてあるところは避けて進み、バラの植えてある土の部分は足を踏み入れないように注意しながら進む。
バラの花壇はみたところ数十個ほどある。皆どれもつぼみの段階のようで花を咲かせている種類は数えるくらいしかないようだ。バラの開花時期は5月だが、月初めではほんの少し時期が早かったようだ。これは惜しいことをした。
温室の植物の数と、バラ園にあるバラの数のどちらが多いだろうか。もしかしたらバラの数の方が多いのかと思えるくらいには、膨大な量のバラが育てられている。
これを一つ一つ観察していたら、間違いなく日が暮れてしまうだろう。これは探索場所を絞るなり、探索方法を簡略化する必要があるな。
とりあえず人が集まっていたりとか、説明ボードの人気ランキング順位を参考に見ていくことにするか。
バラの色は朱、オレンジ、黄色、白、ピンクとたくさんある。今はつぼみの段階なので見ごたえがあまりないが、色とりどりの花が一面に広がる姿はさぞかし壮観だろう。
人気ランキングの上位50以内は一つ一つチェックしていく。ボードのそばは妖精がいる可能性が高いので、要チェックだ。おっと1位を発見。4位。2位、3位も発見した。
ピンクオンリーの大きなバラ。白とピンクのバイカラーで小柄なバラ。
なるほど、あまり色が濃くないものがトップランカーとして君臨しているようだ。
12位、34位、49位。お、ついに5位を発見したぞ。
青空に陽の光を受けるそのバラは、オレンジ色の花びらを重ねてドームをかたどっている。明るい色なので、活力や元気といった印象を受ける。
説明ボードを確認する。フランス語で「スブニール・ドゥ・アンネ・フランク」と長い名前だ。別名「アンネの思い出」という。ベルギーの園芸家ヒッポリテ・デルフォルヘ(Dolforge)が生み出し、アンネの日記に感銘を受けたデルフォルヘから、アンネの父、オットーに捧げられたとのこと。
これはなかなか歴史のある品種のようだ。つぼみではなく花が咲いているのはラッキーだ。
俺は写真を取ろうとして、説明ボードの端に注目する。すると、なんと小指サイズの羽の生えた女性がぶら下がっているではないか。
「三体目」
一体目、ニ体目は十数センチと人形程度の大きさだったが、今回は5cmとスケールがかなり小さい。
これを見つけることができたのは非常に幸運だった。
これで残るはあとニ体。おそらく一体は北エリアで見逃してしまったため、見つけられるのは実質一体だろう。頑張って探しましょう。
俺はせっせとバラの観察を進め、人気ランキング上位30以内をどんどん埋めていく。炎天下の作業はなかなかに暑いので、たまに水分を飲みながら探索に勤しんだ。
十数分ほど経ってランキングを埋め尽くす。バラ全部を見るわけには行かないので、ここらへんで見切りをつけたいと思う。バラ園にもう一体いるのではないかという疑問も当然浮かんではいるが、ここは割り切りでいくしかない。
午後の部も残り半分を切っている。ピックアップしたスポットは残り一箇所で、沈床花壇というところだ。バラ園のすぐ東側にあるようなので向かうとしよう。
俺はバラ園を抜け、最後のスポットである沈床花壇にやってきた。
真っ先に見えたのは噴水だ。水が円錐型に吹き下ろしており、そしてその周囲を花壇が囲んでいる。花はまちまちといったところだ。
噴水と中央の花壇の周りを、正方形に花壇が囲んでいる。四季の草花が植えられている。
説明ボードがあったので読んでみる。
沈床花壇とは、周囲より一段低くなった部分を中心に草木を配置した西洋庭園の一様式、周囲との高低差を活かし、ガーデン全体を俯瞰的に観覧できる。
世界的な植物の審査団体(AAS、FS)に認められた園芸植物を展示する希少な庭園でもある。
より詳しい説明や審査団体についてなどが書かれた説明ボードが何枚か並んであるので、それらを順に視界に入れていく。説明内容を流し見ながら妖精を探すが、ここにはいないようだ。
そう簡単には見つからないということだろう。
遠くから見るときれいに見えるということらしいので、少し引いて観察してみる。
すると、なるほど海外の団体に認められているだけのことはある。
噴水を中心に線対称で花壇が並ぶ。もはや絵画そのものだ。
花がところどころにしか咲いていないのが残念と思いつつ、写真に景色を収めた。
そして、噴水の周りをぐるり一周しながら、芽吹いている草花たちを観察していく。
悲しいことにめぼしい花なかったため、妖精探しに集中することができてしまう。
夏に見頃な花が多いようで、もう少し遅ければと後悔しても仕方がない。
しっかりと探索を済ませ、沈床花壇を後にする。
もうじき午後三時。事前にピックアップした主要なスポットのすべてを探索し終えたため、植物園内のマップ内のまだ訪れていないスポットを何個か回ることにした。
中央エリア付近の細々としたスポット、例えばはなしょうぶ園や植物生態園、ぼたん・しゃくやく園などを訪れた。どれももう少し暑い時期にならないと見応えがないなと思いながらも、残りの妖精を捜索した。
中央エリアの未探索スポットを回っていたら、あっという間に午後の部終了の時刻になってしまったので、急いで集合場所である北東門に向かった。
***
北東門にはすでに花音が待っていた。
「お待たせ」
「うん、時間通りでよろしい。じゃあリザルトを確認しよう!」
花音が張り切って言い、スマホの写真を見せてくる。
「私は合計で4体見つけたよ」
スマホの画面をフリックして、小さな妖精を収めた写真が次々と表示される。
1枚目は複数の植木鉢と植物が写っているが、心当たりが何個かある。
「これはどこだ?」
「植物展示場」
「えー、あそこにあったんか」
植物展示場は中央エリアの東側の端のほうにある。竹笹園が隣にあるが、時間がなかったため全然探索することができなかった場所だ。近くを通ったとき、おそらくニ百個以上あると思われる植木鉢が、長テーブルの上に整然と並べられているのを一瞥した。俺は主要スポットにすら挙げなかったので、結果論だが戦略ミスと言える。
2枚目はバラ園。
3枚目は盆栽がちらっと写ってるから盆栽・鉢物展示場か。見逃したと思っていたが、そこにあったのか。
迷子や落とし物で時間を取られてしまったのが良くなかったと言える。
これらは間接的な敗因ではあるが、直接的な敗因ではないため、明里にジャッジをしてもらうことはできないだろう。
4枚目は神社。
うむ、間違いなく4体見つけたようだな。
「くー、俺は3体だ」
そう言って、花音と明里二人に神社、温室、バラ園で取った写真を見せる。
「化石ってことは……温室か。うわー」
「はっ、詰めが甘かったな」
俺が挑発するような口調で言うと花音はふんと鼻を鳴らした。
「敗者に語る資格なし」
「くっ。そんで、敗者の俺に何をお望みで?」
今回の勝負の賞品を思い出しながら問いかける。花音がニヤリと邪悪な笑みを浮かべる。
「お願いは決めてあります」
俺はゴクリとつばを飲み込んでその先の言葉を待つ。あまりハードなことを頼まれませんようにと祈りながら。
「シナファイの新キャラの性能評価に付き合ってもらいます」
「……そんなことでいいのか?」
俺は花音に確認する。シナファイ、正式名称「シナプス・ファイターズ」は人気の格闘ゲームでたくさんのキャラがいるわけだが、つい最近新キャラが出たことはもちろん知っている。
普段、花音とゲームをするときは試合形式でやっているので、性能比較、いわば練習に付き合うというのは新鮮なことだ。
「いいの」
「わかった。それで手を打とう」
「決まりー!」
花音はニコッと笑みを見せた。なかなかに破壊力のある笑顔だ。
「後でdiscordにチャット送るから」
discordはゲーマー向けのコミュニケーションツールで、ボイスチャットしながらゲームするときに重宝しているアプリだ。
「おう」
「じゃあ……あ、そうだ、シールどうする?」
花音が問いかけてくる。シール……ああ、探索イベントの景品としてお花のシールセットがもらえるんだったか。すっかりその存在を忘れていた。
「俺は必要ないけど、二人は折角だから貰っといたら?」
そう勧めてみると、花音は「ふむ、証拠としてはちょうどいい」などと意味不明なことをつぶやき顔を上げる。
「よし、もらってこう! 明里は?」
花音が明里に問うと、明里は「せっかくだし」と頷いた。
俺達三人はゲートの従業員に声をかけ、妖精の写真を見せてシールセットを受け取る。
妖精3体の場合はシールセット2個なので、花音と明里で各2個ずつ手に入れることができた。
「イラストだけど結構リアルな感じ」
「うん。あ、これとか可愛い」
「お、いいねー」
二人がシールを見せ合いながら感想を言い合っているのはとても和む。普段なかなか見られない光景だ。
「よしっと、それじゃ帰ろっか」
花音がそう言ってシールをしまう。俺は首肯し、ゲートの出口へと向かう。
ゲートの出口側の列に並び、すぐさま通過する。
従業員の人が「ありがとうございました」と声をかけてきたので、会釈して通り過ぎる。
***
植物園を退場した後は、朝来た道を引き返して電車に乗りこんだ。
手頃な席に座ると、二人は疲れが溜まっていたようでうとうと船を漕いでいた。
俺も疲れてはいたが、中学での部活と比較すると大したことなかったので、適当に窓からの景色を眺めながら過ごした。
愛表駅に着き、目を完全に閉じていた二人に声をかける。彼女らはゆっくりまぶたを開いた。
「じゃあ、花音。またな」
俺は彼女に声をかける。花音はもう一つ先の駅、近寄駅が最寄りなので、俺たちとはここでお別れだ。
お別れといっても会おうと思えば気軽に会える距離なので、特段寂しさを感じることはない。
「うん。また」
花音が頷いて手を振ってくる。俺は手を上げて応えた。
そして明里を連れて電車から降りる。扉がすぐにしまって発車した。
電車が見えなくなるまで見送り、ホームを歩いて改札を抜けた。
駅の隣の駐輪場に停めていた自転車を回収しつつ、明里に話しかける。
「明里、今日の植物園はどうだった?」
「とても楽しかったです」
「オブザーバーなんて面倒な役、引き受けてくれてありがとうな」
俺たちの勝負に巻き込んでしまったので、俺が代表して感謝する。すると明里は首を左右に振った。
「全然面倒とは感じませんでしたよ。二人が頑張って探してる姿は見ていて飽きなかったです」
「そうか。それなら良かった」
ははっと笑いかけると明里もにこりと微笑んだ。
「またどこか遠出するときは教えてくれると嬉しいな」
「わかりました」
「ありがとな。じゃあ行くか」
俺たちは帰路に着いた。




