文化祭準備 その3
10月3日の月曜日。教室にて。
「それでは、クラスの出し物、喫茶店についての具体的な内容を決めたいと思います」
委員長は凛とした表情で、いつもみたく場を仕切っていた。文化祭は刻々と近づいてきている。今日の議題は、出し物の具体的な内容だ。
「今日決める内容は主にニつです。まず、喫茶店の内装と雰囲気をどうするか、つまり喫茶店のイメージを決めたいと思います。すぐに案が出るかわからないので、今から一分間、隣近所と話し合いをしてください」
委員長の指示で周りがざわざわ話し始めたので、俺は東条さんを見る。
「昨日話したけど、お化け屋敷風喫茶を言ってみる」
「うん。俺も漫画喫茶を提案してみるね」
短く会話して、時間が過ぎるのを待つ。
「それでは、案のある人は挙手をしてください……」
廊下側の男子生徒が真っ先に手を上げた。
「佐藤さん」
「メイド喫茶を希望します!」
彼は高らかに宣言する。いきなり定番をかましてきたな。さすがだ。
「えー、やだー」「これだから男子は……」
クラスの女子は顔を染めるか、歪めるかの二種類に分かれてた。一方男性陣は、
「よく言った!」「勇者!」「神!」
と概ね賛成の意を見せた。
「皆さん、静かにしてください」
興奮して沸き上がる野郎どもを委員長は冷静に制止して、他の案を求めた。
俺はすっと手を上げる。
「古暮さん」
「漫画喫茶がいいと思います」
「うん、それいいね」「ナイスアイデア」
さっきよりも賛成意見が増えているように思う。思ったより好感触だ。
「では、他に案のある人」
隣の席の東条さんがちらりとこちらに目線で合図を送る。
そしてぱっと手を上げた。
「東条さん」
「はい。お化け屋敷風喫茶をやりたいです!」
ついに提案される。皆の反応は……
「ええー、怖そう」
「需要あるかな……?」
「なんか面白そう」
どうやら賛否両論のようだ。
その後、バー風喫茶、コスプレ喫茶、メルヘン喫茶など多くの種類の喫茶店のイメージが挙がった。
かなりの案が挙がったので、多数決の原理を発動される。
委員長が候補の案を読み上げ、決を採っていく。
他の候補はあまり票が入らず、次は俺の案だ。
「次に、漫画喫茶がいいと思う人」
スッ。半数ほど手が上がった。これは驚いた。
どうやらこれで決まりのようだ。
「……票決の結果、漫画喫茶に決まりました」
「いぇーい!」「やったねー!」
歓声が上がり、ぱちぱちと拍手が起きる。
俺の案の何が皆の心に刺さったのかはいまいちわからないが、クラスの出し物に一役買うことができて何よりだ。
そういえばーー俺は隣に目を向ける。東条さんは肩を落としていた。
俺が案を出さなければ、採用される可能性が無きにしも非ずだったので、多少は申し訳ないことをしたかと思う。
そして話題は次の段階へ移行する。
「では次に、喫茶店で出すメニューについてです。都合上、今回は飲料のみを販売することになりました。なので、今からその種類を決めたいと思います」
そう言うと、クラスの喧騒レベルが上がってきた。軽食のメニューを考えるのは大変だし、飲料さえあれば十分だろう。
「はい、小島さん」
当てられたのは、屈強な男子。しかしその大きなガタイからは想像できない優しさでクラスのマスコットキャラクターと認知されている、小島だ。
「オレンジ、アップル、ピーチ、グレープ、メロンでどうだい?」
一つづつ言っていく流れだと思ったが、まさか一気に挙げるとは思わなかった。
「小島、欲張りすぎだぞ!」
水上がツッコミを入れると、クラスに笑いが巻き起こった。しかし、効率を考えれば彼の欲張り
な提案はむしろ良かったと言える。
「えっーと、もう一回言ってもらえる?」
他の皆が笑いあっているなか、委員長と書記は困り顔をしていた。
小島はアハハと頭を掻いて、先ほど提案したメニューを今度はゆっくりと繰り返した。
ドリンクの種類は小島の発言からかなり伸びて、全部で十五種類ほど挙がったが、委員長と書記、そして先生が少し話しあって、予算的に無理なものや、準備に手間がかかるものを排除していった結果、最終的に6つに絞った。
「メニューはオレンジ、アップル、グレープ、カルピス、コーヒー、ミルクティーの六種類にしたいと思いますが、異論はありますか?」
委員長が聞くと、クラスメイト達は首を縦に振るなどして、異論なしという意思表示をした。
「メニューが決まったみたいね。順調で何よりです。それじゃ今日はここまで!」
先生がそう言ったところで、授業終了のチャイムが鳴った。
***
今日の放課後は三人とも都合が悪いらしく、部活は無しということになった。
なので俺は、出された三つの課題のうち、今まで全く手を付けないでいたものに取りかかることにした。
その課題はすなわち、百人一首の中から一首選び、その感想を書け、というやつだ。
百人一首の思い出といえば『百人一首かるた』で、小学校の時に友達の家に行って遊んだ記憶がある。
その時に、短歌を何首か記憶したんだ。
一番歌
秋の田のかりほの庵の苫をあらみ
わが衣手は露にぬれつつ (天智天皇)
三十五番歌
人はいさ心も知らずふるさとは
花ぞ昔の香に匂ひける (紀貫之)
二十二番歌
吹くからに秋の草木のしをるれば
むべ山風をあらしといふらむ (文屋康秀)
もう少し覚えているかと思ったが、案外覚えている短歌は少なかった。
一階のパソコン室にやってきて、その隣の管理室にいた職員に声をかけ、パソコン使用の許可をもらった。
ガラリとドアを開けて、デスクトップ型のパソコンが四十と数台設置されている広い部屋へと入る。
適当な席に腰かけ、パソコンを起動した。そして、インターネットで、百人一首について調べ始めた。
・一般にいう百人一首は、藤原定家が選んだ小倉百人一首のことを指す
・小倉百人一首という名前は藤原定家の別荘が京都の小倉山にあったことに由来する
・選ばれた和歌は飛鳥時代から鎌倉時代のもので、一番から百番までおおむね時代順に配列されている
というか飛鳥時代って、千数百年前か。ものすごく昔のことじゃないか。そんなに昔に読まれた短歌が現代に伝わっているなんて、本当に大層なことだ。
天皇、貴族、公卿、女房、僧侶というような人達の詠んだ和歌が選ばれていて、和歌の種類は、恋の歌が四十三首、季節、旅や離別、その他が約六割といった具合だ。
定家個人の好みが反映されているとはいえ、恋を主題とする歌が全体の半分を占めているということは、恋についての歌を詠む人が相当数いただろうだから、この時代に生きる人々が色恋沙汰をいかに好んでいたかがわかる。
当時はテレビもゲーム、ましてパソコンやスマホなんていうハイテクなものはなかったわけで、読書や観光、もしくは物書きなど、やることがかなり限定されていただろうから、恋物語の主人公になりたいと思うのは当然のことか。
心情をストレートに表現する歌から、情景描写に心情を巧みに織り込んでいく歌など様々あり、どれもが秀歌で興味深い、か。実際見てみないとわからないけど、きっとどの歌も傑作なのだろうな。
今じゃ考えられないような、甚だ不便な生活をしていたであろう人達が、一体どのように心情を歌に表現しているのか、とても興味が湧いてきた。
ここまで調べたところで、俺は一息ついた。概要は大体掴めたので、今度は本題の歌選びだ。
とりあえず、サッと一通り目を通して、気に入ったやつをピックアップしてみよう。
一番歌
秋の田のかりほの庵の苫をあらみ
わが衣手は露にぬれつつ (天智天皇)
ニ番歌
春過ぎて夏来にけらし白妙の
衣干すてふ天の香具山 (持統天皇)
三番歌
あしびきの山鳥の尾のしだり尾の
ながながし夜をひとりかも寝む (柿本人麻呂)
〜〜〜〜〜〜〜〜
五十番歌
君がため惜しからざりし命さへ
長くもがなと思ひけるかな (藤原義孝)
ざっと半分見たところで休憩を挟む。あまり集中が続かなかった。
ここまで見てみると、寂しさを表現した歌や恋心について書かれた歌がやはり多いな。
目ぼしい歌は七首あったが、その中で気に入ったのは二つだ。
六番歌
鵲の渡せる橋に置く霜の
白きを見れば夜ぞ更けにける (中納言家持)
三十三番歌
久方の光のどけき春の日に
しづ心なく花の散るらむ (紀友則)
六番歌は、鵲が天の川に翼を広げて橋を架け織女を渡すという七夕の伝説を元にして詠んだものだ。
七夕の日に彦星と織姫が逢えるように、鵲が天の川に翼を広げて架けた橋、つまりは宮中の御階に降った霜が真っ白なのを見ると、夜もすっかりふけてしまったものだなあ、という内容だ。
ただし、この歌には二通りの解釈があるようだ。
一つ目は、冬の夜空を見上げて、天の川に輝く夜空の星が美しく、それが白い霜だと見立てて詠んだ説。
そして二つ目は、宮中の御殿に渡した階段に降りた霜が、天井に散らばる星のように見えて、七夕の伝説を連想して詠んだ説だ。
どちらの解釈でも美しくはあるが、俺としては一つ目の、最初に星空を見る方の解釈を取りたいところだ。星空を霜だと見立て、それを七夕伝説になぞらえて歌っているのは、とてもロマンチックだと思う。
三十三番歌は、作者が桜の花が散るのを見て歌ったものだ。
日の光がやわらかくさす春の日に、どうして落ち着いた心もなく、桜の花は散ってしまうのか、という内容だ。
幻想的で綺麗な歌と、美しくも切なさを覚える歌。
他にも惹かれる歌が数種あったが、俺の中ではこのニ首が同率一位だ。
次は五十一番歌から百番歌だ。
五十一番歌
かくとだにえやは伊吹のさしも草
さしも知らじな燃ゆる思ひを (藤原実方朝臣)
五十二番歌
明けぬれば暮るるものとは知りながら
なほ恨めしき朝ぼらけかな (藤原道信朝臣)
五十三番歌
嘆きつつひとり寝る夜の明くる間は
いかに久しきものとかは知る (右大将道綱母)
〜〜〜〜〜〜〜〜
百番歌
百敷や古き軒端のしのぶにも
なほ余りある昔なりけり (順徳院)
やっと百番歌まで見終わった。いやー、短歌を百首も一気見したと思うとどこか達成感がある。
五十一番歌から百番歌までの中で、いいなと思ったものは八首あるが、そのなかでいたく気に入ったのがこの三首だ。
六十八番歌
心にもあらで憂き世に長らへば
恋しかるべき夜半の月かな (三条院)
七十二番歌
音に聞く高師の浜のあだ波は
かけじや袖のぬれもこそすれ (祐子内親王家紀伊)
七十七番歌
瀬をはやみ岩にせかるる滝川の
われても末に逢はむとぞ思ふ (崇徳院)
六十八番歌は作者の三条院が病気で退位する決断をしたときに、月が明るいのを見ながら詠んだ歌だ。
私の気持ちに反して、このつらい世の中に生きながらえることがあれば、きっと恋しく思い出すに違いない今宵の月であることよ、という内容だ。
七十二番歌は、堀川院の『艶書合』というイベントで、藤原俊忠が「人知れぬ思ひありその浦風に波のよるこそいはまほしけれ(私は人知れずあなたを想っています。荒磯の浦風に波が押し寄せるように、夜にあなたを訪ねて話したいのですが)」と作者の紀伊に向けて読んだものへの返歌だ。
噂に名高い高師の浜の、いたずらに立つ波のように浮気者で有名なあなたのお言葉は心にかけないようにします。うっかり恋してしまって、やがて捨てられて涙で袖を濡らすことになるのは嫌ですから、という内容だ。
七十七番歌は、作者の崇徳院が、定家の父の藤原俊成に編纂を命じた『久安百首』の為に作られた歌だ。
川瀬の流れが速いので、石にせき止められる急流が、いったん二つに別れても再び合流するように、あなたと別れても、かならずまた逢おうと思う、という内容だ。
美しくもありながらつらさを感じさせる歌、技巧的で見事に相手の好意を断る歌、恋人にまた必ず逢うぞという強い意志を感じる歌。
作者の境遇や歌を詠んだ状況を踏まえて読むと、どの歌にもそれぞれドラマがあり、とても興味深く思えた。
ここまで絞るのにかなり時間がかかった。本当にどれも面白い内容の歌ばかりで、絞るのをどれだけ躊躇したことか。
それどころか、これからこの五つの短歌を選考して一つ選ばなければならないと思うと、さらに複雑な気分になる。
パソコンのホームに戻ってディスプレイの時計を見ると、いい時間だった。さすがに疲れたので今日はここまでにしようと思う。
パソコンをシャットダウンして立ち上がり、広い教室を後にした。




