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文学少年の恋物語 〜令和版源氏物語〜  作者: AYASAM
1年生2学期
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新バンドメンバー募集 その2

 10月初旬。Green Boxのスタジオのドアを開けると、すでに目的の女子が中にいた。

肩までの髪を軽く巻いていて、見た目はどこか大人びている。

ギターケースを足元に置いたまま、スマホをいじっていた。


「あ、ナノハさん?」


顔を上げて、すぐに立ち上がる。


「あ、ユイさん。こんばんは」

「こんばんは。今日はよろしくね」


はきはきとした声。第一印象は悪くない。


「こちらこそよろしくです」


軽く会釈を返すと、隣でラブがにこっと笑った。


「どうも、ドラムのラブです。今日は軽く合わせてみましょうか」

「うん、やろう」


機材の準備をしながら、私は一度だけ深呼吸をした。

ちゃんと見なきゃ。音を鳴らせば、きっと伝わるものがある。


***


 最初に合わせたのは、Miraizのカバー曲だった。

イントロのギターに合わせて、ベースが動いていく。


――上手い。


音は安定しているし、リズムも正確。ピッキングも無駄がない。


ラブのドラムともしっかり噛み合っている。


Aメロを抜けBメロに入る。

ベースのルート音はまるでクリックそのものだ。

ゴーストノートも緻密で正確だ。

ピッキングの粒は完全に整っていて、曲がだんだん盛り上がっていく。


サビに入る。私は歌いながら、少しだけ違和感を覚えた。


音は合っている。曲がまっすぐ流れていく。

ミスは全くない。それどころか、アタックのばらつきもごくわずかしかない。

良く言えば完成されている。悪く言えば機械的。


曲が終わる。ユイがこちらを見る。


「どうかな? たぶん完璧だと思うけど」


自信のある言い方だった。


ラブは「うん、ほんと上手」と笑う。そして続けて言う。


「ライブで普通に通用するレベル」


私は少しだけ言葉を探してから、口を開いた。


「私も文句無しの演奏だと思う」


そこまでは、迷いなく言える。


「ただ……ちょっと聞いてもいい?」

「なに?」

「ユイさんはこの曲ってどういうイメージで弾いてる?」


一瞬だけ、ユイの表情が止まった。


「うーん、イメージかー……」

「例えば、この曲のサビは、感情を全面に出していく場面だと思うんだけど」


できるだけ柔らかく言う。否定にならないように。

でも。


「ユイさんの演奏は、ちょっと整いすぎてるっていうか」


言い切る。

ユイは少しだけ考えてから、答えた。


「まずは音をちゃんと刻むことかな」


迷いのない声。


「私は支えるポジションだから、あんまり個性を出してバランスを崩すのは良くないかなって思ってて」


その言葉に引っかかりを覚える。

私は一度だけ目を閉じて、息を整える。


「それは……大事だね」


否定はしない。その上で、


「でも、私はそこが一番じゃないと思う」


静かに言った。


ユイは少しだけ眉をひそめる。


「じゃあ、何が一番なの?」


試すような目。逃げない。


「気持ちかな」


言葉は、すんなり出てきた。


「ボーカルだけじゃなくて、すべてのパートにちゃんと意思が乗ってること」


スタジオが静かになる。


「完璧な演奏を求める姿勢は大事だけど、気持ちを置き去りにしてしまうのは良くなくて」


ユイは腕を組む。


「うーん、演奏さえしっかりできていれば、ライブでは通用すると思うけどね」


その通りだが、その考えは私の求めているスタイルとは違う。


「私的に気持ちっていうのは、うまく弾いていれば自然と乗ってくるものだと思うんだよね。ライブするうえでは、何よりも結果ありきって感じかな」


どこかで聞いたことのある言葉のニュアンスに、少し動揺してしまう。


「なるほど」


ラブが同意する。


「そういう考えか。となるとーー」


ラブが少しだけ視線をこちらに向ける。私は頷く。


「私、いや私たちは、何よりも"届けたい気持ち"を一番大事にしたいと思ってる」


ラブが空気を見ているのが分かる。でも、口は挟まない。

私は、最後まで言い切った。


そして沈黙。


「そっか……」


ユイが顔を上げる。


「ごめん、ナノハさん。多分だけど、私が求めているものとは違うかも」


はっきりと意見を言う。


「……そっか」


私は少しだけ視線を落とした。けれどすぐに戻して、


「わかった」


それ以上は何も言わなかった。


***


 スタジオを出たあと。

しばらく無言で歩く。


少しして、ラブが口を開いた。


「残念だったね」


軽い口調。


でも、その中にちゃんと意味があった。


「……うん」


短く答える。


「前だったらそのままやってたかも」

「かもね」


ラブの返事に、思わず苦笑する。でも、否定はできない。


「でも、それじゃダメなんだって、今はわかってるから」


自分でも驚くくらい、はっきり言えた。


「うん。それでいいと思う」


ラブは頷いて隣を歩く。それ以上は何も言わない。

けれど、それで十分だった。


 その日の夜。自室でスマホを開く。

募集の投稿には、特に新しい反応はなかった。

画面を閉じて少しだけ、息を吐く。


簡単じゃない。そう分かっていたはずなのに、改めて実感する。

SNSに新しい投稿を打ち込む。少しだけ言葉を変えよう。


――届けたい音楽を、一緒にやりたい人へ。


今度こそ、ちゃんと誰かに届くように。そう思いを込め、送信ボタンを押した。

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