表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
文学少年の恋物語 〜令和版源氏物語〜  作者: AYASAM
1年生2学期
PR
102/117

ハピバ その4

 10月1日の土曜日。

俺は文化祭の展示用の作品作りを進めている。

一応、新しく詩を書くつもりだが、なかなか筆が進まない。


机の上にはノートが開かれているが、そこに書かれているのはタイトルだけだった。


『言葉』


……それ以降が続かない。


恋愛もの、青春もの、部活もの。ミステリー。

テーマだけならいくらでも思い浮かぶ。

でも、書こうとすると何も出てこない。


書きやすいので言えば、やはり恋愛ものだろうか。

巷に溢れているのは、恋愛ものが過半数と言っても過言ではないし。


創作の恋愛ならいくらでも知っている。

でも、それを参考に書いたら現実味がなくなる気がした。


「気分転換するか」


リュックを背負い外に出て、街へ向かう。特に行き先は決めていない。

なんとなく駅前の方に向かって自転車を走らせ、見覚えのある店の標識が視界に入る。


Happy Backsーーハピバだ。


ここに以前入ったのは、八月だったか。あれから気温は落ち着いてきて、過ごしやすい季節になったな。

駐車場はあまり込んでいないようだ。

少し迷いながらも、新たなドリンクを試すかと中に入る。


自動ドアが開くと、甘いコーヒーの香りと冷房の空気が迎えてくれた。


「いらっしゃいませ!」


カウンターの横に、小さなポップが置かれている。


『公式アプリダウンロードでドリンク1本半額』


どうやら公式アプリでクーポンをゲットできるようだ。

レジの前で店員に言われる。


「もしよろしければ、今ダウンロードしていただくと割引になります」

「じゃあ、入れます」


言われるままアプリをインストールする。

簡単な会員登録を済ませ、クーポンの画面を見せると割引が適用された。


支払いをして受け取った抹茶ラテを持って、店内を見渡す。

そして向かうのはやはり窓際の端の席だ。


前に来たときも、ここに座った。


カップを置き、鞄から漫画を取り出す。

今日持ってきたのは、『言えなかった言葉の栞』。


同じ図書委員の男女が主人公の恋愛漫画だ。

距離は近いのに、なかなか告白できない。


ページをめくる。


図書室。放課後。

本を整理しながら、どうでもいい会話を続ける二人。


読んでいて思う。


恋愛漫画なのに、全然告白が起きない。


むしろ、告白のタイミングを逃し続けている。


それでも物語は進む。


季節が変わり、三年生の冬。

卒業式前日。


主人公は図書室で、読み慣れた一冊の本を開く。


ページの間に、栞が挟まっていた。


そこには短いメモ。


『あなたと過ごした時間が、私の宝物です』


俺はそこでページを閉じた。ちょうどキリが良い。


……言えなかったのか。

それとも、言わなかったのか。


恋愛って、言葉にできないまま終わることもあるんだな。


続きの章を読み進もうかと考え、カップを持ち上げたそのとき。


「もう六人目なんだけどさ」


同じ窓際に座る女性たちの声が耳に入った。

どこか聞き覚えのある声に、妙な既視感を覚える。


「え、そんなに会ったの?」

「うん。最近はいい感じだったんだけど」


まさかなと思いつつ、ゆっくり視線を向けると、二人の女性が並んで座っている。

奥の席に座っているのは完全に見知らぬ人だ。


手前の席の人は向こうを向いているので、顔は見えない。

しかし、声と後ろ姿から、誰なのか判別がついてしまう。


ーーこの人、一ノ瀬先生だ。


白いニットにベージュのスカート。センスの良い服を着ている。

先生は俺に気づく様子もなく、ストローをくるくる回しながら言った。


「いい人が多いんだけどさー」


向かいの女性が笑う。


「またそれ?」

「しょうがないじゃん」


先生は肩をすくめた。


「たいていの人は優しいし、話も普通に楽しい。でも……なんか違うんだよね」

「ときめかない?」

「うーん……」


俺は視線を漫画に戻そうとしたが、耳は会話を拾ってしまう。


「六人目の相手はどうだったの?」

「印象は良かったけど、写真が加工され過ぎてて」

「それは切っても仕方ないな」


相手の女性が頷く。


「五人目は?」

「一番良いなと思ってたけど、連絡がつきません」

「あらー……」


先生はため息をついている。

いきなり音信不通になることがあるのか。

相手が悪いのか、先生が何かやらかしたのかどっちだろう。


「婚活って、こんなに疲れるものなの?」


八月に始めたなら、3ヶ月しか経っていない。疲れるのは早くないか。

内心そうツッコミを入れつつ、何気なく顔を向ける。

すると、不覚にも先生がこちらをパッと向いたため、目が合ってしまった。


固まって、数秒の沈黙が流れる。


先生の目が細くなる。

完全にバレた。さすがにこの距離ならば仕方ない。


「古暮くん?」

「こんにちは」


先生は腕を組む。


「聞いてた?」

「少しだけ」


言葉を濁す。


「本当は?」


そう圧力をかけられて、正直に答える。


「全部聞こえてました」


すると先生は小さく息を吐いた。

怒られるかと身構えたが、リアクションは想定と少し違った。

先生はぎこちない様子で口を開く。


「このこと、皆には秘密ね」

「はい」


素直に頷く。からかうのは違う気がしたからだ。


「もしこの噂が学校で流れたら、君を犯人って特定するからね」

「心配しなくても、俺、口は固いんで」


まるで探偵のようにじっと俺を観察してから、先生は小さく笑った。


「お願いね」


俺は軽く「はい」と返事をして、抹茶ラテを飲み干した。


「じゃあ、俺行くんで」


先生に声を掛け、カップを片付けて店から退出する。


まさかハピバで二度も先生に会うは思わなかった。

前回話を盗み聞いてから3ヶ月。

当初の予想通りで、先生は出会えはするものの、その後うまくいかずに苦労しているみたいだ。


思わぬ遭遇だったが、気分転換にはなったな。帰ったら漫画の続きを読むとしよう。


――言えなかった言葉の続きを。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ