第49話「第二王子は、私を好きだったから信じなかったのだと言いました」
本物の薬包は、陛下の前に置かれた。
箱。
紙。
粉。
折り目。
黒い手袋の跡。
金色の化粧粉。
そして、私の配合記録。
ハロルドが一つずつ読み上げる。
部屋には、第二王子レオンハルト殿下もいた。
顔色は悪い。
けれど、今日は誰も彼を中心にしていない。
中心にあるのは、薬包だ。
証拠は、人より強い時がある。
「リゼット・アルヴェーンの薬包ではない」
陛下が言った。
その言葉が、部屋に落ちた。
私は息を吸うのを忘れた。
十数日ではない。
婚約破棄の日から、ずっと喉に刺さっていたものが少し動いた。
抜けたわけではない。
でも、動いた。
「毒物証の差し替え疑いではなく、差し替えと判断する」
陛下は続けた。
「モーリス、オスカー、銀の蛇の名を使う者の関与を記録せよ。第二王子の裁定は再審に付す」
再審。
私の冤罪が、初めて公的に崩れた。
セラフィナ様が泣いていた。
私は彼女を見た。
恨みが消えたわけではない。
許したわけでもない。
でも、彼女の証言がなければ、ここまで来られなかった。
それも記録しなければならない。
レオンハルト殿下が立ち上がった。
「リゼット」
エルネスト殿下の視線が鋭くなる。
陛下も止めなかった。
王子は私の前まで来て、膝をついた。
あの日、私を見下ろした人が。
今は床に膝をついている。
「すまなかった」
声は震えていた。
「私は、お前を信じるべきだった」
私は答えなかった。
謝罪は必要だ。
でも、謝罪だけで終わるなら、また私が飲み込むことになる。
王子は続けた。
「私は、お前が有能なことを知っていた。誰よりも知っていた。だから、怖かった」
怖かった。
その言葉に、胸の奥が冷えた。
「私が王になった時、お前の方が正しいと皆が思うのではないかと」
部屋が静まる。
「それで、信じなかったのですか」
私の声は小さかった。
でも、彼に届いた。
王子は目を伏せる。
「好きだった。だから余計に、隣に立たれるのが怖かった」
好き。
あの日なら、泣いたかもしれない。
今は違う。
その言葉は、薬包の上に落ちた汚れのようだった。
「殿下」
私は言った。
「好きなら信じる、とは限りません」
彼が顔を上げる。
「でも、信じなかった責任は、好きだったという言葉では軽くなりません」
王子の唇が震えた。
「私はあなたに戻りません」
はっきり言えた。
思ったより、痛くなかった。
「私が欲しいのは、婚約者の座ではありません。私の薬を、私の薬として扱う記録です」
ハロルドの筆が止まった。
すぐにまた走る。
陛下が深く息を吐いた。
「記録せよ」
その時、王弟府の兵が入ってきた。
「殿下。薬師局の地下通路で、女を一人確保しました」
グラント卿が布を差し出す。
布の中には、銀の蛇の指輪。
今度は石が残っている。
エルネスト殿下が問う。
「リディアか」
「本人は、そう名乗っています」
部屋の空気が変わった。
リディア。
銀の蛇の女。
ようやく、扉ではなく人が捕まった。
だが、兵は続けた。
「ただし、持っていた帳面に奇妙な名が」
私は布の上に置かれた小さな帳面を見た。
黒い表紙。
その内側に、細い字。
「記録手候補、リゼット・アルヴェーン。王弟の隣に置けば、王弟の弱点となる」
エルネスト殿下の顔が冷えた。
私も、指先が冷たくなる。
第二王子は、私を好きだったから信じなかったのだと言った。
そして黒帳は、私が王弟の隣に立つことまで、もう弱点として数えていた。




