第48話「本物の薬包は、私の指を覚えていませんでした」
保管庫の中は、息が白くなりそうなほど冷えていた。
薬を眠らせるための部屋だ。
証拠も、ここでは眠らされていた。
私の名札がついた箱は、棚の中央にあった。
婚約破棄の日。
薬包三点。
鑑定済。
モーリスの署名。
私は布手袋をつけた。
「開けます」
エルネスト殿下が頷く。
ハロルドが筆を構える。
箱の中には、薬包が一つ。
舞踏会の日に見たものより小さい。
紙の折り方も違う。
私はそれを見た瞬間、胸の奥が冷えた。
「これは、私が折ったものではありません」
モーリスがいれば、笑ったかもしれない。
折り方など証拠にならないと。
だが、薬師は薬だけでなく紙も扱う。
湿気を避ける折り方。
粉が片寄らない包み方。
指が触れる場所。
全部に癖が出る。
「私の薬包は、最後を内側へ折ります。これは外へ逃がしている」
ハロルドが記録する。
私は薬包の端を開いた。
白い粉。
乾いた草片。
銀花石。
そして、苦殻。
毒になる組み合わせに見える。
見えるように作られている。
「反応を見ます」
水を一滴。
粉はゆっくり沈んだ。
私の配合なら、銀花石を洗っているから水は濁らない。
これは濁る。
未処理の粉が浮いた。
「私の薬ではありません」
声は思ったより静かだった。
怒りはある。
でも、今は怒りより、確かめる手が大事だった。
次に、紙の内側を見た。
薄い灰色の跡。
指で押した跡ではない。
手袋の縫い目。
黒い手袋。
「オスカーの手袋と照合できます」
グラント卿が頷く。
私はさらに紙を開いた。
折り目の奥に、小さな金色の粉がある。
薬材ではない。
化粧粉。
王妃宮で使われる粉だ。
銀の蛇の扉の部屋にも残っていた。
「リディアが触っています」
ラーニャが低く言った。
「では、リディアとモーリスとオスカーが関わった」
「はい。ただし命令者はまだ別です」
薬包だけでは、主に届かない。
でも、私には届いた。
あの日、私が毒を作ったという嘘には。
「陛下へ出せるか」
エルネスト殿下が問う。
「出せます」
私は薬包を封じ直した。
「ただ、もう一つ見たいものがあります」
隣の棚。
オルガ・メルダ。
箱は細長かった。
中には薬包ではなく、布と木札が入っていた。
布には、乾いた茶色の染み。
血ではない。
薬湯がこぼれた跡。
木札には、短い文字。
「冬熱死。再検不要」
再検不要。
誰が決めたのか。
私は布を近づけた。
白眠草。
苦殻。
北辺境では使わない香草。
そして、ほんの少し鉄の匂い。
「オルガ様は、薬湯で弱らせられた後に、別の薬を飲まされています」
「別の薬?」
ハロルドが聞く。
「心臓を急に速くする薬です。冬熱に見せるため」
私は布を置いた。
手が震えそうになる。
オルガ様は、気づいた。
記録を残した。
それでも間に合わなかった。
「この布にも金粉があります」
ラーニャが指した。
同じ化粧粉。
リディアの経路。
オルガ様にも、銀の蛇の扉が触れている。
その時、保管庫の外で物音がした。
グラント卿の兵が剣を抜く。
扉の隙間に、紙が差し込まれていた。
誰も近づいていないはずだった。
伝声管。
床下の通路。
私は紙を拾わず、布で押さえた。
一行だけ。
「本物を見ても、王子の心は戻らない」
字は細い。
リディアの字だ。
私の胸は、思ったほど痛まなかった。
戻らなくていい。
戻したいわけではない。
私はあの日を、元に戻したいのではない。
嘘を嘘として終わらせたいだけだ。
「殿下」
私は紙を封じた。
「この文も陛下へ」
エルネスト殿下が私を見る。
「いいのか」
「はい」
「王子の心」という言葉で、私を揺らそうとしている。
揺れるところを間違えている。
私が取り戻したいのは、誰かの愛ではない。
私の手で作った薬の名誉だ。
本物の薬包は、私の指を覚えていなかった。
そして、その薬包の隣で、オルガ様を冬熱に見せた布が、銀の蛇の粉を残していた。




