第44話「セラフィナ嬢の証言は、婚約破棄の日をほどきました」
セラフィナ様の証言は、陛下の前で取られることになった。
王弟府の記録官。
グラント卿。
第二王子レオンハルト殿下。
宮廷薬師モーリス。
そして私。
あの日の夜にいた者が、再び同じ部屋へ集められた。
違うのは、私が一人ではないこと。
記録が一冊ではないこと。
そして、私を断罪するための声だけが、もう通用しないこと。
「セラフィナ・ベルクール」
陛下が名を呼んだ。
「婚約破棄の夜、リゼット・アルヴェーンが毒を作ったと証言したな」
セラフィナ様は椅子に座っていた。
顔は白い。
だが、背筋は伸びている。
「はい」
「今も同じ証言か」
彼女の手が震えた。
私はその手元を見た。
茶杯はない。
水も、私が確認したものだけ。
喉を塞ぐ薬はない。
それでも怖いのだ。
嘘をやめることも、怖い。
「いいえ」
セラフィナ様の声は、小さかった。
でも、部屋に届いた。
「私は、リゼット様が毒を作るところを見ていません」
レオンハルト殿下が立ち上がりかける。
「セラフィナ」
エルネスト殿下が視線だけで止めた。
「続けよ」
陛下が言う。
セラフィナ様は息を吸った。
「あの日、舞踏会の前に、黒い手袋の人が私の控室へ来ました。レオンハルト様を守りたいなら、リゼット様の薬包を指させと言われました」
「薬包は、誰が持っていた」
「私の侍女が。リディアと名乗っていました」
リディア。
銀の蛇の女の偽名。
モーリスの顔が少し動いた。
私は見逃さなかった。
「宮廷薬師モーリス」
陛下が呼ぶ。
「その薬包を鑑定したのは誰だ」
モーリスは膝をついた。
「私でございます」
「毒と断じた理由は」
「苦殻と白眠草の反応が」
「混ざっていれば毒になるとは限りません」
私は口を挟んだ。
モーリスが睨む。
あの日と同じ目だった。
人の知識を、邪魔なものとして見る目。
「あの薬包には銀花石がありました」
「なぜ知っている」
私は静かに答えた。
「私の配合では、銀花石をその形では使いません。砕く粒の大きさが違います」
ハロルドが私の記録を開く。
第十七話で回収した配合案の写し。
王都薬師局で奪われた私の案。
そこには、銀花石の扱いが細かく書かれている。
「リゼット様の配合案では、銀花石は熱湯で一度洗い、粉を落としてから使う。婚約破棄の日の薬包には、未処理の粉が残っていました」
ハロルドが読み上げる。
モーリスの額に汗が浮く。
「舞踏会の混乱で」
「混乱しても、石の処理は戻りません」
私は言った。
「あれは私の薬包ではありません」
部屋の空気が変わった。
小さな反転。
でも、確かな反転。
セラフィナ様が涙をこぼした。
「私は、それを知りませんでした。ただ、言われた通りに」
「誰に」
陛下が問う。
「黒い手袋の人です。ただ、その後で、モーリス様がこう言いました」
モーリスの顔色が変わる。
「セラフィナ嬢」
「言います」
彼女は震えながら、彼を見た。
「リゼット様が有能すぎるから、少し落とさなければ王子妃の座が危ういと」
あの日、胸に刺さったものの形が、ようやく見えた。
私の罪ではない。
私の能力が、邪魔だった。
レオンハルト殿下が呆然とモーリスを見る。
「お前、そんなことを」
「殿下のためです」
モーリスが叫んだ。
「あの女は、薬師局でも目障りだった。第二王子妃になれば、薬師局の嘘まで暴かれる。だから」
言ってから、彼は口を閉じた。
遅い。
言葉はもう部屋に落ちた。
ハロルドの筆が走る。
陛下の顔は硬い。
「つまり、毒の断定は政治的都合だったと認めるか」
モーリスは青ざめた。
「違います」
「では、薬包を出せ」
陛下が命じた。
「婚約破棄の日の薬包を、今ここで再鑑定する」
モーリスは黙った。
その沈黙で、私は嫌な予感がした。
薬包がない。
または、すり替えられている。
グラント卿の兵が薬師局の保管箱を運んできた。
封蝋は残っている。
だが、私は近づいた瞬間に気づいた。
匂いが違う。
「封蝋を開けないでください」
部屋が止まる。
私は箱の縁を指した。
「封蝋は本物です。でも箱そのものが違います。木が新しい」
モーリスの目が泳ぐ。
エルネスト殿下が低く問う。
「本物はどこだ」
その時、箱の底から紙が一枚落ちた。
細く折られた紙。
そこには、王の古い封印が押されていた。
今の陛下のものではない。
先王の時代の印。
セラフィナ嬢の証言は、婚約破棄の日をほどいた。
けれど、ほどけた糸の奥から、十年前に使われなくなったはずの王命印が現れた。




