第39話「セラフィナ嬢は、嘘より先に震えていました」
裁きの間には、もう人が集められていた。
第二王子レオンハルト殿下。
セラフィナ様。
宮廷薬師モーリス。
奥侍従長オスカー。
鍵番ベルトラン。
そして、古い女官長イザベル。
イザベルは銀の蛇の女ではなかった。
年を取りすぎている。
歩く速さも違う。
だが、彼女は扉の鍵を持つ側だ。
「この聴取は中止する」
エルネスト殿下が入るなり言った。
レオンハルト殿下が立ち上がる。
「また叔父上か。これは私の名誉に関わる」
「今は命に関わる」
その言葉で、部屋の空気が変わった。
私はセラフィナ様を見た。
彼女は椅子に座っている。
手は膝の上。
指先が白い。
震えていた。
嘘をつく人の震えではない。
何かを飲まされる前の人の震えだ。
「その茶を飲まないでください」
私の声に、セラフィナ様の手が止まった。
机の上の茶杯。
香は弱い。
だが、湯気の奥に苦殻がある。
声をかすれさせる薬。
水庭の扉に塗られていたものと同じだ。
「また薬か」
レオンハルト殿下が苛立った声を出す。
「あなたはいつも薬で人を疑う」
「薬で人を黙らせる者がいるからです」
私は茶杯を布で包んだ。
イザベルが静かに言う。
「お嬢様は緊張しておいでです。落ち着く茶を出しただけです」
「落ち着く茶なら、声は奪いません」
「無礼な」
「無礼で結構です。声を失うよりは」
セラフィナ様の唇が震えた。
「私、飲むように言われました」
レオンハルト殿下が彼女を見る。
「誰に」
セラフィナ様は答えない。
私は彼女の前に膝をついた。
「言えば、あなたの罪になることもあります」
彼女の目に涙が浮かぶ。
「でも、言わなければ、次に同じ茶を飲む人が出ます」
しばらく、静かな時間が流れた。
やがて、セラフィナ様はイザベルを見た。
「イザベル様に。私の声で、あの日のことを話せばいいと」
「あの日」
「舞踏会の日です」
私の婚約破棄の日。
胸の奥が少し冷えた。
セラフィナ様は泣きながら続けた。
「私は、リゼット様が毒を作ったとは見ていません。ただ、そう聞かされました。レオンハルト様を救うには、そう言うしかないと」
レオンハルト殿下の顔色が変わる。
「セラフィナ」
「ごめんなさい。でも、私も怖かったのです」
怖かった。
その言葉を、私はすぐに許す気にはなれなかった。
私の居場所を奪った言葉だ。
でも、今ここで必要なのは、怒ることではない。
記録することだ。
「誰に聞かされましたか」
セラフィナ様は息を吸った。
「黒い手袋の人です。顔は見ていません。でも、左手だけを隠していました」
ガスパル。
それとも、ガスパルのふりをした誰か。
イザベルの顔がわずかに動いた。
私はその動きを見た。
「イザベル様。あなたは黒い手袋の人を知っていますね」
「知らぬ」
「では、なぜ今、左手を見ましたか」
イザベルは黙った。
ラーニャが一歩前へ出る。
イザベルは笑った。
「若い薬師は、よく目が利く」
その声が変わった。
先ほどまでの老女の声ではない。
少し低く、乾いた声。
王太后様の声に似せた時の癖が混ざっている。
「ですが、遅い」
扉の外で悲鳴が上がった。
ハロルドが駆け込んでくる。
「殿下。王弟府宛てに偽命令が出ました。辺境砦への写しを止めろと」
次の声は、王弟のもの。
水庭の紙片の言葉が戻る。
イザベルは、王弟の声を使わせる時間を稼いでいた。
セラフィナ嬢は、嘘より先に震えていた。
そして、その震えの下から、婚約破棄の日の証言が初めて崩れ始めた。




